様子のおかしいハリー・ポッターさん(10代) 作:夜風ミシェル
クリスマス休暇が終わる頃、『日刊予言者新聞』ではダンスパーティーの出来事が取り上げられた。
「あ、僕とハリーが写り込んでる」
僕は、写真の隅を指差した。踊っているため、見えては隠れを繰り返している。
「『生徒たちは学校の垣根を超えて文化的な交流に勤しんだ』⋯⋯って、これ書いたのもリータ・スキーターなの? なんかめっちゃ普通の記事なのに。おっどろきー」
今までのあいつは、いかにもなゴシップ系ジャーナリストだった。それなのに、ここに来てやけに真っ当な記事ばかり書くようになったのだ。まさか善の心に目覚めたわけでもあるまい。
「それは僕のお陰だよ」
「あ、そうなんだ⋯⋯⋯⋯ん?」
僕は新聞から顔を上げ、ハリーを二度見した。あまりにも当然のように言うから、一瞬流してしまったが。
ハリーは事もなげに言う。
「ルシウスさんのコネで、リータ・スキーターを脅迫したんだ。学校関係の記事で、変なことを書かないように。実は、リータの秘密を握ってるんだよねぇ」
「へぇ⋯⋯ルシウス、ね⋯⋯」
それはひょっとして、ルシウスも脅して巻き込んだんじゃなかろうか。魔道具の所持は、一生強請れるネタだし。
ハリーははっきりと明言はしなかったが、いつもより笑みが深い。ので、色々察した。
⋯⋯ルシウス、か。
まさかハリーの方から例の件について触れるとは思わなかったので、内心驚いている。でも、ルシウスの名前を平然と出したってことは、やましいことはないってことなんじゃないかな⋯⋯。
確かにハリーは何かを隠してる。でも、だからって悪いことを企むような奴だとは思えないんだ。⋯⋯マルフォイに言ったら、「でも証拠はないんだろ?」と返されるんだろうけど。
ダンスの時、ハリーに握られた手を意味もなく開いては閉じる。そこにまだ、ハリーの感情の残滓があるような気がして。
第二の課題は二月二十四日──残り二週間というところにまで迫っていた。
舞台が水中なので、ハリーは鰓昆布という魔法植物を使うことにしたらしい。
大広間で夕食を食べながら、ハリーは包装紙に包んだそれをテーブルに載せた。
「これを食べると水中呼吸ができて、泳ぎも速くなるんだとか」
「へぇ⋯⋯そんなものどこで手に入れたのさ」
「スネイプ先生にお願いしたよ。『分けてください』って」
マジか。スネイプもよく渡してくれたもんだ。
「てか、それ美味しいの?」
「少し齧ってみたら?」
「⋯⋯遠慮させていただく」
流石に昆布そのままを齧るのはちょっと⋯⋯。そう付け加えたら、「じゃ、塩昆布にするか⋯⋯。ついでにタンパク質も欲しいから、肉と炒めて⋯⋯」などと思案するハリー。美味しく調理して食べようとしてる。海藻なんて日常的な食べ物じゃないのに。
とはいえ、課題クリアの手段が既にあるというのは朗報だ。僕は口元を拭って一息ついた。
逃亡中のシリウスからも、応援の言葉が届いた。見慣れないモリフクロウが手紙を運んできたのだ。
「『P.S. 次のホグズミード行きはいつか教えてくれ』⋯⋯? どうしてそんなこと聞きたいんだ?」
「きっと会いに来てくれるんだよ」
「えぇっ!?」
思わず声が出た。仮にも犯罪者なのに、大丈夫なんだろうか。
とはいえ、久しぶりに会えるのは嬉しい。贈り物のお礼も直接伝えたいしね。
そんな感じで気楽に構えていたら、あっという間に課題前日となった。
今は部屋で駄弁っている。
「ついに明日か。⋯⋯大丈夫?」
「問題ないよ」
言いながら、ハリーは最終確認と称して水着の確認をしていた。短パン一丁ではない。ラッシュガードも用意してあった。
僕はそれを拾い上げた。
「意外だな。君のことだから、『この僕の素晴らしい腹筋を見なよ⋯⋯!』とか言って半裸で泳ぐのかと思ってた」
ハリーは口で「チッチッチ」と言いながら人差し指を振る。
「このご時世、男の裸でセクハラ云々訴えられる可能性があるからね」
「君はどのご時世を生きてんのさ」
ハリーの言うことは、よく分からなかった。
「見なさい! 僕のツルツルな足を!」
「うわぁぁぁぁぁ!?」
突如としてハリーはズボンを下ろした。へ、変態だ!
しかも足の毛が一本も生えてない。ご丁寧に剃ったらしかった。
「触る? 触りたい? 触りたいよね?」
「三段活用やめろ、そして近付くな!」
全力で拒否しているのに、ハリーは執拗に迫ってくる。
「おーい、ロン? マクゴナガルが呼んでる⋯⋯ぞ⋯⋯」
そしてタイミング悪くやって来たフレッド。
下半身露出ハリーと、顔を真っ赤にした僕を見て、何を思ったのか真顔になった。
「⋯⋯ごめん」
ガチの謝罪だった。何か、あらぬ誤解をされているような気がする。
僕は杖を振ってハリーに毛布を巻き付けると、兄に近寄った。
「違うから、やましいことは何もないから!⋯⋯それで、マクゴナガルがなんだって?」
「お前をお呼びだ。何をしたのかな、我が弟よ」
何もしていない。むしろ、今はされた側だった。
「よし、行ってきます!」
僕はこれ幸いとばかりにハリーから逃げた。マクゴナガルよ、グッドタイミングであらせられました。
*****
水が跳ねる音で、意識が覚醒した。
「あ、あれぇ⋯⋯?」
首から下が水に浸かっている状態だ。陸地の方では、生徒が大声で何やら叫んでいる。何これ、どういう状況?
「これが第二の課題だったんだよ」
「あハリー」
真横にハリーがいた。彼も髪の毛先までびしょびしょに濡れている。
ハリーに手を引かれ陸地まで泳ぎながら、僕は思い出す。そうだ、昨日の夜、何故かマクゴナガルに呼び出されて⋯⋯。着いて行ったらダンブルドアやバグマンがいて、『湖で眠ってもらうよ』的なことを言われて⋯⋯。
そして僕は、ハリーの『大切なもの』に選ばれ、人質になったわけか。
温かいタオルにくるまると、背後からものすごい勢いで抱きつかれた。
「ごふっ!」
「ああロン⋯⋯! 良かった⋯⋯」
ハーマイオニーである。タオル越しでも分かる体の柔らかさとか、泣いているような声で、寒気なんてすっかり飛んでいった。あとすいません⋯⋯こ、呼吸が、で、できないや⋯⋯。
「ぐえー⋯⋯」
「きゃあぁぁぁぁ、ローン!」
互いに落ち着いてから、僕は辺りを見回した。
「ほかの選手は?」
「僕が一番だったからね。ああでも、水底で全員合流したから、そろそろ上がってくるんじゃない?」
ハリーの言葉通り、選手と人質が続々と上がってきた。クラムとセドリックはパーティーで踊っていたパートナーが人質になっていた。フラーは妹だ。
「さきほどーは、あーりがとうございまーした」
「いえいえ」
ハリーはひらひらと手を振る。グリンデローに襲われていたフラーを助けてあげたらしい。
フラーからの熱いキスを持ち前の運動神経で躱し続けているハリーを観察していたら、くしゃみが出た。ハリーははっとして僕を見る。
「寒いよね。早く中に入ろう」
ハリーが急かして僕に右手を差し出す。
その手を掴んだ瞬間、一気に引っ張り上げられて脳が激しく揺れた。
視界に映る世界が回る。
体が思考についていかず、思わず倒れそうになった瞬間、ハリーの左手が僕の腰を支えてくれた。
顔がぐっと近付いて、そして離れる。
「⋯⋯っとと、ごめん! まだ体が怠いか」
「ああ、大丈夫⋯⋯」
ハリーが杖を振って、肩に掛けたタオルを温め直す。僕は「ありがとう」と呟いて、その温もりに頬を近付けた。
ハリーは何かに気付いたような顔で止まった。
「⋯⋯待って、今のムーブすごくイケメンじゃなかった!?」
「その台詞で色々台無しだよ」
それぞれの得点は以下の通り。
ハリーは、人質救出の速さとライバルを助けた道徳的精神から四十七点。
セドリックは泡頭呪文を使いこなし、二番目に課題クリアということで四十六点。
クラムは制限時間オーバー、中途半端な変身術だったが人質救出には効果的だったため四十点。
フラーも制限時間オーバー、途中でグリンデローに襲われ一人では対処できていなかったため三十点。
結果として、ハリーは未だ一位の座にいるわけだ。カルカロフが真っ当な審査員だったら、ハリーは五十点満点だったに違いない。
「第三の課題は、六月二十四日の夕暮れ時に行われます」とバグマンの声がした。課題内容は一ヶ月前に知らされるという。
「次が最後の試練かぁ⋯⋯」
まだまだお祭り騒ぎは続きそうだった。
*****
シリウスとの再会は、案外早かった。彼は手紙で場所の指定を伝え、ついでに『甘いもの沢山くれ』という情けない要求をかましてきた。
食料を籠に入れ、僕たち三人は指定された地点に向かう。
ホグズミードから離れたところで黒い犬は大人しく待っていた。
「久しぶり、シリウス」
ハリーが頭を撫でると、犬は一際大きな声で吠えた。そして、「ついて来い」とでも言うように先陣を切って歩き出す。
かれこれ三十分は歩いただろうか。険しい山道にひぃひぃ泣いて到着したのは洞窟だった。狭い岩の裂け目に体を捩じ込むようにして入ると、涼しい空気を肌に感じた。
シリウスは人型に戻ると、「スイーツ!」と叫んだ。ハリーが籠からスコーンやフルーツタルトを差し出すと、シリウスは貪るように食べ始めた。
「犬の姿だと肉をくれる奴はいるが、甘いものは食べられないからな。久しぶりの甘味に感動する」
シリウスは唇についたクリームを舌で舐めとった。ハーマイオニーが手巾を渡しながら笑う。
「でもお肉は食べられてるみたいで安心だわ。野良犬に優しい人がいて良かった」
「ああ、バーテミウス・クラウチ・シニアだ。君たちも知っているだろう?」
「え、クラウチさん?」
意外な名前に驚いた。クラウチは三大魔法学校対抗試合の運営に携わる魔法使いだ。とても忙しいだろうに、犬に餌をやる余裕があるのか?
ハーマイオニーもまた不思議そうだった。
「あの人は、屋敷しもべ妖精を躊躇なくクビにするような人間よ。それなのに、野良犬には優しくする⋯⋯? まるで別人じゃない」
そして思い出したかのように、「屋敷しもべ妖精に給料を! 彼らを解放しろ!」と腕を突き上げた。
シリウスはドン引きしてた。「ハーマイオニーは一体どうしたんだ。気でも狂ったのか?」とこそこそ尋ねられ、僕は苦笑いするしかなかった。
「さぁシリウスも! 今こそ屋敷しもべ妖精の地位向上のため立ち上がるべきよ!」
「え、あー⋯⋯そうだな、うん。私の冤罪が晴れた暁には協力しよう」
面倒くさそうなにおいを感じ取ったのだろう、シリウスは問題を先送りにして逃げた。これは草。
そして話を変えるシリウス。
「クラウチはな⋯⋯。死喰い人の活動が活発だった頃、奴らに対して強硬な態度を取っていた。『疑わしきは罰せよ』がモットーの男で、私がアズカバン送りになったのも彼の力が大きいんだ」
「うわ⋯⋯。あの人が冤罪の原因なのかよ」
それからシリウスは、クラウチについてやたら詳しく語り始めた。息子が死喰い人だったとか、そのせいで魔法大臣になれなかったとか。ハーマイオニーは屋敷しもべ妖精のことを忘れて話に聞き入っていた。
「⋯⋯とまぁ、クラウチについて熱く語りすぎたか。いかんせんあいつとは並々ならぬ縁があるからな」
シリウスは咳払いをしてハリーに向き直った。
「新聞で読んだ。第一、第二の課題共に高得点だったみたいだな。凄いぞハリー!」
髪をくしゃくしゃとかき混ぜるように撫でられ、ハリーは目を細めながら「ありがとう」と微笑む。
「その場で君の優勝を見届けられないのが残念だ。⋯⋯ピーターめ、次会ったときには覚えてろよ」
「激しく同意」
僕とシリウスは熱く握手を交わした。⋯⋯あ待って、なんか臭いかも。
僕は手を繋いだことを後悔し始めた。だが、シリウスは力強く握り返してくる。あまりにも強すぎて段々手が湿ってきた。これはまずいです。ネチャネチャしてる。
「シリウス? あの、手を放して?」
「ん? ああすまない。同志と再会できてつい」
シリウスはぱっと離れた。ハリーが声を出さないように喉の奥でククッと笑っている。
そうだ、忘れないうちに伝えておこう。
「梟ありがとう。ピッグって名付けたんだ」
「そうか。可愛がってくれると嬉しい」
「当たり前じゃん! ⋯⋯ところで、梟を買ったお金ってどこから⋯⋯」
「今日は天気がいいなー。春の訪れを感じるー」
空なんか見えやしないのに、シリウスは天井を見上げる。こいつ⋯⋯ガチの犯罪者になってて笑えない。
「銀行で泥棒したんだろ? 白状しな!」
「泥棒とは失礼だな。ちゃんと口座から下ろして買ったわ! クルックシャンクスに協力してもらったんだよ」
「え⋯⋯?」
「やましいことがあるとすれば、縁を切った実家の金を使ったことくらいだ。あ、言い忘れていたがファイアボルトの贈り主は私だ」
「あ、うん知ってるよシリウス。ありがとう」
「ハリーっ! 分かっていたのか⋯⋯!」
感極まって涙を流すシリウス。諸々の購入費用は自分の金じゃなかったのか。⋯⋯ってそんなことより!
「シリウスの脱獄と同時期に、グリンゴッツにも泥棒が入ってたって、新聞で読んだんだけど⋯⋯。あれ、シリウスじゃなかったんだ!?」
「そんなわけないだろう。杖もないのに、どうやって侵入するんだ」
それはそうだ。え、てことは偶々別の人が泥棒に入ってたってこと?
世間は多分、銀行泥棒もシリウスだって思ってる。なんというか、色々と冤罪が重なっていて可哀想だな。
「グリンゴッツもガバガバだね」
アズカバンから脱獄した犬を見つめながら、ハリーはのほほんと宣った。
次回投稿は8/27を予定しています。9/1から新章を開始したいため、投稿ペースが若干上がります。