様子のおかしいハリー・ポッターさん(10代) 作:夜風ミシェル
イースター休暇が終わると、夏学期が始まる。生徒たちの間で最終課題が話題に挙がりつつある中、ハリー含む代表選手はバグマンとクラウチから集合の呼び出しを受けた。
「最後の試練だもんな⋯⋯。一体、何があるんだろう?」
「さぁ? もしかしたら、決闘⋯⋯なんてことがあるかもね」
ハーマイオニーと口々に予想を話し合っていると、肖像画の扉が開いてハリーが入ってきた。扉が閉まる直前、向こう側にクラウチがいるのが見えた。夜も遅いし、寮まで送り届けてくれたのだろうか。
僕は軽く右手を挙げた。
「お疲れハリー。で、何を聞いたのさ」
帰ってきたハリーから聞き出したところ、どうやら第三の課題は迷路からの脱出らしい。迷路の中心に優勝杯があり、最初に辿り着いた者が満点を獲得するという。
「勿論、途中で障害物がある。それらを乗り越えて迷路をクリアしないといけないわけだ」
「ふーん。ま、君なら楽勝かもね」
僕はハリーの背中を叩いた。「僕と一緒に魔法の練習する?」と尋ねると、「残念ながらロン。君との練習じゃ何もならない」と笑って返された。ふんっ!
課題のことも気になるが、僕とハーマイオニーにはやらなければならないことがあった。そう、期末試験の勉強である。代表選手のハリーは試験が免除されているから、本当に羨ましいなと思う。
占い学の授業中、眠気に抗いながら内職に励んでいると、隣のハリーが鼻で笑う気配がした。くそ、自分は勉強しなくていいからって……。
トレローニーは透明振動とかいう頭ぱっぱらぱーな単語について説明している。真面目に聞くのがアホらしくて、僕は手元の星座早見盤に目線を落とした。日付と時刻を合わせ、さらに何かの情報を掛け合わせることで自身の運命を占うことができるのだが、生憎まともに授業を聞いていないせいで『何か』が分からない。なんだっけ……出生時の天体環境、だったような気がするけど、それはまた別の占いだったかな?
課題に臨むハリーの運勢を占ってあげようかと思っていたけど、こんなガバガバ占いの結果を聞かせたら悪影響を及ぼしかねない。僕は早見盤をくるくると回し、期末試験の日程に日付と時刻を合わせた。そして、自分の出生時の天体情報を数値化し、占いに編み込む。最終課題当日の午前、僕たち一般の生徒は普通に試験がある。試験問題の予想ができたらいいなと淡い期待を抱いたのだ。
恐らく正しくない手順で占った結果、『再会』の予言を得た。しかも、普通の再会ではない。予想外の邂逅らしい。 一体、なんだって言うんだ?
テキトー占いによって得た予言『再会』は、案外呆気なくやってきた。
期末試験を終えて昼食を食べていると、何故か両親と兄が大広間に入ってきた。ハリーと楽しそうに会話をしている。
最終課題を控えている代表選手には、家族との団欒の機会が提供される。ハリーにはうちの家族があてがわれたらしい。
僕は、ついさっき受けた魔法史の試験を思い出して唸る。
「ゴブリンの反逆者の名前なんだったっけ? 僕いくつかでっち上げちゃったんだけど」
「まぁ!」
母が目を吊り上げた。母親の前でするべき話ではなかったことに気付き、僕は慌てて「皆、同じような名前だからさ。問題ないよ」と取り繕った。
そうだ、テストのことなんて早く忘れよう。なんせ、今日の夜は晩餐会だ。
夜の大広間は、いつもより豪華だった。品数も多い。僕は口いっぱいにパンを詰め込んだ。
教職員席には、バグマンが着席していた。クラウチの姿は見当たらない。運営の一人だっていうのに、この場にいないなんて妙だな。
空に擬態した天井が橙色から青藍のグラデーションを描く頃、ダンブルドアが立ち上がった。
「さて、五分後には皆クィディッチ競技場に行かねばならぬ。そこで最終課題が行われるのじゃ。代表選手はバグマン氏に従い、先に向かうように」
ハリーが「じゃ、行ってくるね」と席を立つ。僕の両親は拳を握り、ハリーに応援の言葉をかけた。
ハーマイオニーはいそいそと水を差し出す。
「最後に水分補給しなきゃ」
「ありがとう」
ハリーは少量の水を口に含んだ。飲み過ぎたらお腹がたぷんたぷんになるもんね。
僕は魔法でハリーの眼鏡を綺麗にしてあげた。視界の確保は重要だ。
曇りのないレンズ越しに、ハリーが僕を見つめている。
「ロン」
名前を呼ばれた。
優しい声色。凪いだ表情で。
「僕、頑張るよ」
徐にハリーは僕を抱きしめた。思いのほか力が強い。
首筋に毛先が当たって、少し擽ったさを覚えながら僕は視線を彷徨わせた。流石のハリーも緊張しているんだろうか。
僕は恐る恐るハリーの背中に手を回そうとした。その瞬間、素早くハリーが身を引く。
「それじゃ、またあとで」
「あ、うん」
行き場をなくした手を持て余している僕に、ハリーはくしゃりと笑いかける。それからセドリックと合流すると、そのまま出て行ってしまった。
僕は念押しするように、「頑張れ、ハリー」と小さく呟いた。
代表選手が去ってから五分後、僕たちは観客席に誘導された。他校の客人が優先され、続いてハッフルパフ、レイブンクロー、グリフィンドール、スリザリンの順に案内を受けた。
僕たちは人海戦術でS席を勝ち取った。最終課題の迷路は、定点カメラで中継される。空中に映像が映し出されるため、その正面の席はとても人気なのだ。
ちなみに、第二の課題の時は中継システムなぞなかったらしい。「私たち観客は虚無を見つめ続けていたわよ」とはハーマイオニーの言葉だ。彼女の顔は悟りの境地に至っていて、笑った。
どこもかしこも人だらけで騒がしい。席に座ってぐるりと辺りを見回した僕は、後ろの方の座席──いや、あそこは観客席の更に後ろの通路か──に、見知った顔の屋敷しもべ妖精がいることに気付いた。奇抜な柄の靴下を履いているから、間違いない。
「僕の席取っといて」とハーマイオニーに囁いて、僕は立ち上がった。通路に出ると、ちょうどスリザリン生の入場と重なり、人波に抗う形で歩くことになった。
「ドビー!」
僕は何人かとぶつかりながら名前を呼んだ。ビー玉のような瞳がこちらを向く。
「ロン・ウィーズリー?」
「そうだよ!」
ようやくドビーの元に辿り着いた。僕は息を整えてから、ドビーの手を取る。
「ここからじゃ中継もよく見えないでしょ。僕のところにおいでよ」
「ああ⋯⋯お優しいロン・ウィーズリー。ですがドビーめはここで充分でございます」
「いやいや、遠慮しないで」
「いえ、ドビーめは⋯⋯」
問答を繰り返していると、背後から低い声が聞こえた。
「ドビー?」
マルフォイだった。彼は何故か、驚愕に満ちた表情を浮かべていた。
ドビーの口から、「⋯⋯ドラコ坊っちゃま」という聞きなれない名称が飛び出して、僕は二人を交互に見た。まさかの知り合い。
マルフォイは僕の肩を掴むと、無理矢理振り向かせた。
「どういうことだ。お前、どうしてドビーと話しているんだ」
「え、一緒に観戦しようかなって」
「そういうことじゃない! どうしてドビーを知っているんだ!」
声を荒げるマルフォイ。通り過ぎるスリザリン生の視線が痛いが、マルフォイはそんなことちっとも気にしていないようだった。それ程までに、動揺している。
「ドビーは、ハリーの知り合いなんだよ。その繋がりで」
「ハリー⋯⋯ああ、ここでもハリーか」
マルフォイはため息をついた。ビクッとするドビー。
僕はマルフォイに説明を求めた。
「一体何なのさ!」
「ドビーは我が家に長年いる屋敷しもべ妖精だった。それがいつの間にかいなくなっていて⋯⋯そういえば、ハリーの来訪と同時に姿を見なくなったような気がするが⋯⋯」
後半、説明は放棄された。独り言を拾う限り、どうやらハリーが遊びに来た時期でドビーがいなくなったらしい。
そう、ハリーがルシウスを脅したあの夏休みに。
「ドビー、君は何か知っているね?」
僕は真っ直ぐに問いかけた。ドビーは口を真一文字に結んで答えない。痺れを切らしたマルフォイが「答えろ、命令だ!」と怒鳴ると、ドビーは首を横に振った。
「ドビーは自由な妖精です! 命令は聞きません!」
「分かった。じゃあ、これはお願い。僕に教えて」
僕は身を屈めて、ドビーに目線を合わせた。
競技場にアナウンスが響き渡る。──紳士淑女の皆さん、『三大魔法学校対抗試合』最後の課題がまもなく始まります。現在の得点状況をもう一度お知らせしましょう。一位、ハリー・ポッター⋯⋯。
「⋯⋯ドビーめは、何も言いません」
知らない、のではなく、言わない。
何も言わないということは、言えない何かがあるということだった。
屋敷しもべ妖精が自由を得るには、主から洋服を貰わないといけない。長年勤めていた妖精をクビにするなんて、よっぽどのことがあったんだろう。それが偶々、ハリーがマルフォイ邸を訪れたタイミングだなんて。あまりにも出来過ぎている。
競技開始のホイッスルが鳴った。現在一位のハリーが迷路に入る様子が空に映し出されている。
僕は、ハリーに抱きしめられた感触を思い出していた。
荒々しくて、内に秘めた熱を押し殺すような抱擁を。
「ハリーの隠し事って、何?」
そう尋ねた瞬間、ドビーの耳がぴんと張り詰めたのが分かった。目線が僕から外れて、ホグワーツの塔に向けられる。
「申し訳ありません、ドビーは、行かなくてはなりません」
「は? 行くってどこに──」
ドビーの真ん丸の目が伏せられた。そして、片手を挙げる──。
「っおい!」
咄嗟にマルフォイが動いた。
彼は、右手で僕の手を握り、左手でドビーの足を掴んだ。ドビーの口が何かを言いかける。だが、指先の動きは最早止められる段階ではなかった。
ぱちん、と指が鳴る音がした。
細い管の中に押し込められるような感覚。
それは時間にして数秒のことだったが、解放された瞬間、僕とマルフォイは床に倒れ込んだ。
姿くらまし。今回は強引に同行したせいで、酔いが酷かった。
僕は床に手をついて、なんとか上体を起こした。床材は馴染みのある模様だ。ここはホグワーツ城内部に違いない。恐らく、先程ドビーが見ていた南の塔だろう。
顔を上げると、真っ先に視界に入ったのは──おっさんを押し倒すおっさんの姿だった。直前まで揉み合っていたのか、二人とも呼気が荒い。一体、ナニをしていたんですかねぇ⋯⋯。
押し倒している側の男が顔を上げた。バーテミウス・クラウチ・シニアだった。
クラウチは最初にドビーを見て、次に僕とマルフォイの存在に気がつくと、瞳孔が僅かに開いた。『どうしてここにいる』と言いたげな表情になったのも束の間、すぐに冷静さを取り戻すと「ドビー、ウィンキーを止めろ。あいつが拘束を解こうとしている」と奥の部屋を顎で指した。
ドビーは僕たちを置いて、姿を消した。同時に、奥の部屋から激しい物音が聞こえてくる。ドビーが瞬間移動して、何かと戦い始めたようだ。僕とマルフォイがおろおろして顔を見合わせた瞬間、押し倒されていた側の男が首を捻って僕に顔を向けた。
「こいつは私の偽物だ! 私はずっと、こいつに監禁されていたんだ!」
「えっ⋯⋯!?」
僕は呼吸を忘れた。男の話が衝撃すぎたからではない。
上に乗る男も、下敷きになっている男も、どちらもバーテミウス・クラウチ・シニアだったからだ。
「え⋯⋯クラウチさんが、二人⋯⋯?」
マルフォイが呆然と呟いた。フリーズしたのは一瞬で、マルフォイはすぐさま「レベリオ!」と鋭く唱えた。
その呪文の効果が現れたのは、一方のクラウチだけだった。
それなりに生えていた髪の毛は全て抜け落ち、逆に肌は艶を取り戻していく。
薄い唇、神経質そうな顔立ち。
間違えようがなかった。なんせ、一年間教室で顔を合わせていたのだから。
「「クィレル!?」」
僕とマルフォイの声が重なった。
死んだはずのクィリナス・クィレルは、気まずそうに眉根を寄せた。
情報量の多さに、僕の頭はパンクしていた。誰かに説明してほしかった。
たが、生憎そんな余裕はなかった。
本物のクラウチがクィレルに失神呪文を放つ。至近距離からの攻撃を難なく躱したクィレルだったが、クラウチが股間目掛けて膝蹴りしようとしたため咄嗟に距離を取った。そして、すらっと長い足を生かして、逆にクラウチの股間を狙う。おい⋯⋯魔法使えよ。
「助けてくれ!」
クラウチは必死になって叫んだ。
僕は、クィレルが闇の帝王の下僕で、賢者の石を狙っていたことを知っている。どう考えてもクラウチは被害者だった。
僕はクィレルに向けて、手当たり次第に魔法を放った。
「ステューピファイ! エクスペリアームス! えっと、インカーセラス!」
子供騙しな魔法でも、少しはクィレルの邪魔ができたようだ。彼はクラウチから視線を離し、防御魔法を展開した。
その隙を、クラウチは見逃さない。
防御の範囲外である膝に蹴りを入れられ、ふらつくクィレル。そこに、容赦なく攻撃魔法が放たれた。
クィレルは転がるように光線を避けて、素早く身を起こす。
「ダンブルドアがいない時を狙いましたね、クラウチ!」
「黙れ! あいつがここにいては、私の全てが終わる!」
その時、二人の背後で、奥の部屋の扉が吹っ飛んだ。閉ざされていた部屋に光が差し込み、秘密が暴かれる。
一人の男性と一匹の屋敷しもべ妖精が、よろよろと歩いて現れた。その背後では、ドビーが必死に魔法を繰り出している。
「やめるのです、ウィンキー!」
⋯⋯ウィンキー?
先ほどクィレルも口にした、クラウチの元屋敷しもべ妖精。
僕は、部屋から出てきた男の顔を見た。
「ムーディ先生⋯⋯?」
義眼が僕を睨み付けた。そして、服が、皮膚が、その眼が、でろんと剥がれ落ちた。
何かの効果が切れたのだと分かった。
ムーディを騙っていた者は、揉み合うクィレルとクラウチを見て大笑いした。その癖、目だけは笑っていなくて、危険な色が見え隠れしている。
「おい、逃げるぞ! 嫌な予感しかしない」
横にいるマルフォイが囁くと、ムーディの偽物は僕たちに舐めるような視線を向けた。目に光がない。
本能的に理解した。こいつは、僕を簡単に殺せる側の人間なのだと。
僕たちは立ち上がって、出口に向かった。
そして絶望した。ドアが開かない。クラウチを監禁していたのだから、それも当然なのかもしれなかった。
「邪魔だ、ウィーズリー!」
マルフォイは僕を押し除けてあらゆる解除呪文を試し始めた。僕は頻繁に後ろの様子を確認しながら焦る気持ちを抑えた。
ドビーが光の縄を放つ。それが偽物を絡め取る前に、そばにいたウィンキーが跳ね返した。衝撃で、ドビーが床に転がる。
「ご主人様に手を出すな!」
ウィンキーは牙を剥いた。
クラウチが叫ぶ。
「バーティ! 早く逃げ──うぐっ⋯⋯!」
突如、クラウチの動きが鈍くなった。見えない重りを背負っているかのように、膝が折れて床に倒れ込む。⋯⋯この魔法、どこかで。
ウィンキーが憤怒の表情で手の平をクィレルに向けた。途端に、壁に叩き付けられるクィレル。その手から杖が転がり落ちた。
クラウチは力を振り絞って、偽物に杖を投げた。
「早く⋯⋯消えろ⋯⋯!」
「──ああ、そうするよ。お父さん」
偽物は嘲笑した。刃のような鋭さを秘めた瞳に射抜かれて、僕の鼓動はうるさいくらいに脈打っていた。
どうせなら一人くらい殺していこう、と彼は呟いて。
徐に、僕に杖を向けた。
「アバダ ケダブラ」
視界が、鮮烈な緑色に埋め尽くされた。
*****
セドリック・ディゴリーは息を殺しながら迷路を進んでいた。魔法生物との接触はできるだけ避けたい。脳内にはゴールまでの最短ルートが刻み込まれていた。
バグマンから最終課題の説明を受けた際、セドリックは成長途中の生垣を観察していた。どこが行き止まりで、どこが正規ルートなのか。記憶力には少々自信がある。短時間で迷路の道を把握し切ったのだ。
とはいえ、避けられない障害もある。
運悪く、尻尾爆発スクリュートに出会ってしまったのだ。これの対処は面倒くさい。ありたっけの妨害呪文を唱えると、セドリックは杖を掲げた。
「プロテゴ!」
第一の課題で、ハリーが使っていた防御魔法だ。セドリックも密かに練習し、使えるようにした。
セドリックが盾を持続できるのは三秒。その間に尻尾爆発スクリュートの横を走り抜ける。彼らの視界から外れると、ようやく一息つけた。
ふと、霧の向こうに何かの気配を感じた。まだ気を緩めるのは早かったようだ。
先手必勝。セドリックは失神呪文を唱えた。──だが、見えない盾によって弾かれた。防御魔法だ。相手は人間だった。
セドリックは杖先に灯りを灯した。
「あ⋯⋯ハリーか、ごめん」
ハリーは何故か驚いた顔で、「セドリック⋯⋯? め、迷路早いね」と言った。それに対し、セドリックはやんわり微笑む。
「君に負けたくなくてね。頑張って防御魔法を習得したお陰で、わりとさくさく進めているよ」
「そそそうなんだ」
ハリーは「凄いね」と笑う。だが、その笑みは酷く強張っていた。
セドリックは生垣の道を左に曲がった。すると、ハリーも同じ進路を選んだ。迷いのない足取り。恐らくハリーも、正規ルートを覚えたのだろう。
ハリーはセドリックを追い抜いて走り出した。負けじとセドリックも足を早めて並走する。周囲の警戒は怠らない。
そして、特に接敵することもなく迷路は唐突に終わった。
前方に明かりが見える。台座の上で、優勝杯が輝いていた。
横にいるハリーが、セドリックに顔を向けた。
「どうだろうセドリック。ここは脚力勝負ということで」
つまり、魔法を使わずに、単純に足の速さで先に優勝杯を掴んだ方が勝ち、ということだろう。セドリックは間髪入れずに頷いた。
「いくよ──3、2、1⋯⋯0!」
二人は同時にスタートを切った。セドリックの方が若干速い。これは──いける!
そう思った矢先、セドリックの足に何かが絡まった。上半身だけが先行して、転倒する。足元を見れば、太い縄が巻き付いていた。
頭上で、ハリーが大笑いする声が聞こえる。
「油断したな! 優勝するのはこの僕だけだ!」
騙されたっぽかった。普段は温厚なセドリックも、この時ばかりは腹の底から沸いてくる感情に気付いた。そうか⋯⋯これが、怒り!
セドリック は 怒り を 知った!
だが、生憎彼は怒鳴ることができない人間だった。故に、なす術もなくハリーを見つめるばかりだ。
ハリーはぴたりと笑うのをやめた。
「⋯⋯長生きしてね、セドリック」
「え⋯⋯?」
「チョウと上手くやっていけるのは、君しかいない。いや、マジで」
やけに実感のこもった台詞である。
戸惑うセドリックを置いて、ハリーは優勝杯を掴んだ。
移動キー独特の不快感が治らない中、私は無理矢理目を開いた。
そこは、墓地だった。大きく呼吸すれば、死と絶望のにおいが肺を満たす。
だけど、私にとっては希望に違いなかった。
ここから、何もかも変えてしまおう。
死者に命を。
慟哭に光を。
そして安息を。
もしかしたら、終わりの始まりに。
祝福あれ。
⋯⋯ああ、それにしても。
移動キーの眩暈の酷さは、逆転時計に少し似ている。