様子のおかしいハリー・ポッターさん(10代) 作:夜風ミシェル
二度目のホグワーツ生活は、順調な滑り出しと言えるだろう。
ロンと仲良くなったし、一度目の人生で関わりのあった子たちとも話した。
また、現状記憶から外れた出来事もない。傷の疼きから、クィレルの後頭部にヴォルデモートが寄生しているのも確かだ。
そして癖の強い私のキャラクターも定着した。
入学直後は色んな人から『あのハリー・ポッター!?』というような視線を受けていたが、
「そう! 僕こそが魔法界の希望、ポッター・ハリーィィィィ!」
「⋯⋯」
私がこんな調子だからか、大衆の好奇心はすっかり薄れていた。
そう、それでいい。私は尊敬に足る人間ではないのだから。
「そうそう、聞いてよロバート。昨日の授業、あ、マッチ棒を針に変身させるって奴なんだけど、もうばっちり決めてきたよ」
「へ、へぇ⋯⋯すごーい」
青いネクタイの男子生徒は、『なんで僕は今、自慢話を聞かされているんだ?』と疑問符を頭上に浮かべながら、テキトーに拍手をした。
私は拍手に応えて両手を振る。
「ありがとありがと。『流石偉大なるハリー』だなんて、照れるな」
「言ってないんだけど⋯⋯」
いよいよ男子生徒の目が零度を通り越してマイナスに到達したその時、駆け付けてきたロンが私の首根っこを掴んだ。
「廊下で他寮の生徒に絡むな! すみません、うちのハリーが迷惑をかけたようで」
「え、は、はぁ⋯⋯?」
「僕と話せて彼も嬉しそうだよ? そうだ、君を僕のファンクラブの副隊長に任命しよう」
「任命すんな」
ロンが私の腕を捻りあげる。「あとなんで副隊長とかいう微妙な役職なんだよ。どうせなら隊長にしてやれよ」と言うロンの言葉は無視して、私は男子生徒に手を振った。
「じゃあ、僕たちはこれから魔法薬学の授業だからー。またねー」
「ま、また⋯⋯」
彼は律儀に手を振り返してくれた。
レイブンクロー所属、私と同い年の少年。
いつか私に憧れて闇祓いに転職し、そしてデルフィーニに殺された副隊長だ。
隣でロンがぶつぶつ言っている。
「ったく⋯⋯これからあのスネイプの授業だって言うのに、呑気なもんだ」
「いやぁ、楽しみだね」
「君⋯⋯正気か⋯⋯?」
私たちは地下牢に向かった。席に着いて暫くすると、スネイプがゆったりと登場した。
変わらない仏頂面に、黒いローブ。懐かしいな、と思わず微笑んでしまう。
スネイプは出席を取り始める。
「ハリー・ポッター。我らが新しい⋯⋯スターだね」
目が合った。
心臓が震える。呼吸すらも覚束ない。
スネイプ先生の、最期のあの表情が脳裏に焼き付いていて、私は、わたしは⋯⋯。
感傷に浸る私を、スネイプは「ポッター!!」と大声で呼んだ。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になる?」
⋯⋯。
ああ、あったな、こんなこと。
私は記憶を辿って即座に解答した。
「強力な眠り薬、生ける屍の水薬になります」
「⋯⋯ベゾアール石を見つけろと言われたら、どこを探す?」
「山羊のいる場所を探します。その石は、山羊の胃から採れるので」
スネイプの瞳に宿る憎悪が、一層激しく燃え上がった。
私は澄まし顔を崩さない。
今なら理解できる。スネイプがどうして私を憎んでいたのか。自分の父がやっていた行為に思うところがないわけではない。
が、理由を知っていても、『それはそれとして理不尽じゃね?』という気持ちが積乱雲のように湧き上がる。
そう、親は親。私は私だ。
「モンクスフードとウルフスベーンの違いは何だね?」
「⋯⋯」
私は躊躇いを見せた。スネイプが内心ウキウキし始めたのが分かる。
絶望を経て得た希望。その瞬間の人間の心を、私は身をもって体感している。
そして今、『上げて落とす』作戦を決行する!
「ほう、有名なだけではどうにもならんようだな。分からないのか、ポッター」
「⋯⋯ええ、スネイプ先生。僕が記憶するに、その二つに違いなんてものはありませんから。ですが、魔法薬学のスペシャリストであるスネイプ先生は、違いをご存知なのですよね。だから問題を出したのですよね? いやぁ参りました。素人には皆目見当もつきません」
決まった。完全に成功した。
減点できると浮き足立ったスネイプに、強烈なカウンターを差し込むことができた。
勿論スネイプ先生には感謝している。私を裏から守り、支えてくださった。それは本当だ。
それはそうと、『常に悪意をぶつけてくんな!』という気持ちもまた本心なのだ。ちょっと最期に良いとこを見せたからって、それまでの罪が帳消しにできると思ったら大間違いだ!
仮にも教師なのだから、スネイプは自分の行いを省みるべきだと、私は思う。
親になって分かった。教師の質は子どもの精神状態に直結する。スネイプのせいで、魔法薬学自体を嫌ってしまう生徒は数多いたはずだ。こんなカスみたいな先生に教わるなど言語道断。
人目を憚らず歯を食いしばるスネイプ。ちょっとした意趣返しができて私は満足だ。
*****
さて、本日は飛行訓練の授業がある。学校の古い箒とはいえ血が騒いで仕方がなかった。
スリザリンと合同だと聞いて不平不満を垂れ流すロンを他所に、私は内心にやにやしていた。
前回同様、私の超絶技術でマクゴナガルを魅了し、シーカーの座を射止めるつもりだ。そうしなければ、記憶通りに物事が進まなくなる。
入学初日の夜、私はベッドの上である程度の方針を決めていた。
まず、いきなりクィレルに「後頭部失礼しまーす」などと言ってヴォルデモートを引き摺り出すのはNGだ。私はあくまで無知で馬鹿な子ども。未来の知識のことは悟られるわけにはいかない。
それに、ヴォルデモートを殺すには分霊箱の破壊が必須だ。クィレルから追い出したところで別のものに取り憑くだけ。私の知らないところで暴れられても困る。
また、現在の靄状態のヴォルデモートは殺せない可能性が高い。一度肉体を与えなければならないだろう。
全ての分霊箱を壊し、ヴォルデモートを復活させる。そして私の中にある彼の魂を滅してから、あいつを仕留める。自分の知っている未来の中で、確実に殺すのだ。
つまり、決着は三年後。だから当面は大きく行動を変えることはしない。ドラコには悪いが、私のシーカー就任の糧になってもらおう。決して早くニンバスに乗りたいからだとか、クィディッチがしたいからとか、そういう邪な気持ちからではない。断じて、ない。
ドラコとは列車で会話したきりで、そこまで関係が深まったわけではない。必ず余計なことをしてくれるだろう。悪い意味での信頼がある。
早速ドラコは朝食の席で、ネビルから思い出し玉を奪い取った。冗談混じりで嗜めながら、私は勝利を確信する。
が、残念なことに⋯⋯いや、良いことなのだが、ドラコは根のいい奴だった。
「ふ、普通やめるだろ。⋯⋯友達に言われたら、さ」
顔を真っ赤にするドラコ。思い出し玉は私の手の中。
シーカー就任終了のお知らせである。はい、解散。
⋯⋯いいや、諦めるにはまだ早い!
脳内で様々な数式が動き始める。気分は物理学者。左手はフレミングの左手の法則の形で添えるだけ。
この時間、マクゴナガルは授業がない。一度目の世界でも同じだったはずだ。ではどこにいたのか?
前回、マクゴナガルは私が思い出し玉を取り戻して皆から歓声を受けているところに現れた。そこから逆算すれば、彼女がどこで私の飛行術を見たのか分かる。
マクゴナガルの歩く速さと、彼女の興奮状態を加味すると、それらしい場所が思い付いた。
自室だ。
「実に面白い」
「何がだよ」
ロンのツッコミを無視して、私は飛行ルートを考え始める。フーチが戻ってきたら授業再開だ。それまでに、自室にいるであろうマクゴナガルによく見える角度を計算しておかなくては。
ふと思う。こういうところで組み分け帽子は私をスリザリン認定したのだろうな⋯⋯。
これから私は人を利用する。時には騙して動かすことも、きっとある。
そうして私は、望む未来を掴み取る。
*****
「シーカーになったんだって? ウッドから聞いたよ。俺たちも選手だ」
夕食のステーキをナイフで切り分けていると、ジョージが私の肩を叩いた。顔を上げると、自然と目線は彼の耳に吸い寄せられる。
私は無言でジョージの耳たぶを揉み揉みした。
「え、何この子⋯⋯きゃー痴漢よ」
裏声でジョージが悲鳴を上げた。勿論本気じゃない。「訴えないでジョージ」と私も冗談めかして言うと、彼は「凄いな。俺がジョージってよく分かったね」と目を丸くした。
フレッドも来て、「優勝杯はいただきだぜ」と言うので、私は「へっへっへ」と笑ってみせた。また二人と一緒にプレーできることを嬉しく思う。
ドラコは不服そうな顔をしていたが、それでも「おめでとう」を告げにわざわざグリフィンドールの席までやって来た。前回はここで真夜中の決闘の申し込みがあったが、祝いの言葉を述べるとドラコはささっと帰っていった。
いろいろと流れが変わってきた。まぁ、この程度なら誤差か。
私は席を立つと、黙々と食べているハーマイオニーの隣に座った。
「ハーマイオニー、後で一緒に宿題やろうよ」
「あなたなら一人でも大丈夫でしょう。それに、あなたの友達は私のことを嫌っているみたいだし」
ハーマイオニーは顎でロンを指す。私がハーマイオニーと話しているためか、ロンは不満そうだ。
この頃のハーマイオニーは出しゃばりで、他人からは煙たがられている。そうならないように割と頻繁に話しかけてはいたが、心を閉ざされてはどうしようもなかった。
ハーマイオニーはそこそこ優秀な私に敵対心を抱いているのだ。こちらは二度目の学生生活だから、勉学において有利なのは間違いなかったが、それでも彼女には負ける。ライバル視しないでほしかった。
そういうわけだから、ここで私が何を言っても無駄だろう。私は三人の子を持つ父親だ。注意するより、子ども自身に気付かせなくては成長にならないということはよく分かっている。
雨降って地固まる。ここは一度目と同様、ロンとハーマイオニーには喧嘩してもらおう。
*****
『レヴィオーサ いえいえあなたは レヴィオサー』という指摘を受けたロンは、やはりイライラしていた。
「何だよあいつ。人を馬鹿にして。そんなんだから、友達が一人もいないんだよ」
ロンがそう吐き捨てると、ハーマイオニーがぶつかりながら横を通り過ぎていった。取り残された涙の粒が地面に落ちる。凄まじい罪悪感だ。
無理矢理仲良くさせたところで以前のような親友にはなれない。だからここは『待ち』のポーズを取ってみたけれど⋯⋯うーん、他にも良い手はあった気がする。
私は心の中でハーマイオニーに平謝りした。
という反省はありつつも、今日、私にはやるべきことがあった。
十月三十一日、ハロウィン。つまり、両親の命日である。
スネイプもそれを意識しているのか、いつもより眉間の皺が深い。尤も、私かダンブルドアでないと気付かないくらいの些細な変化ではあったが。
連日、私はスネイプに反抗的だった。その謝意を示す時が来た。
ハロウィンはケルト民族の祭礼に由来するとされ、伝承では十月三十一日に死者が現世へ戻ってくると信じられていた。
というわけなので、私は眼鏡を外し、赤毛のウィッグを着けていた。そう、我が母、リリー・ポッターの仮装である。
ロンが奇異な目を向ける。
「なんで急に女装を?」
「悪戯だよ。名付けて、『スネイプイチコロ作戦』」
というのはまぁ、冗談なんだけど。
スネイプの心労を慮り、少しでも元気づけようと考えた故の選択だ。尚、その内三割くらいは『あのスネイプはどんな反応するのかな』という好奇心だったりする。いや、なんなら五割はそうかも。
邪念がないわけではないが、偶にはいい夢を見てほしいなと思ったのは真実だ。
逆転時計で戻ってきた私がいたところで、リリー・ポッターの死は覆らない。私と違って、スネイプには希望がないのだ。
過去を書き換えられるという希望が。
私はロンの肩を叩いた。「唐突な尿意が!」だのなんだの騒いでから、「今、ハーマイオニーはトイレで泣いているよ」と真面目な話で切り込む。
「え」
ロンは短く声を発した。バツの悪そうな表情が、じわじわと形作られる。
「⋯⋯君のトイレに付き合ってあげるよ」
席を立つロン。こういうのが彼の良いところだよねと私は小さく微笑んで、ロンを誘導した。
以前よりハーマイオニーを探しに行くタイミングが早かったため、トロールは廊下にいなかった。
私たちはすんなりと女子トイレに到着。
ロンとハーマイオニーは薄いドアを挟んで言葉を交わしている。
「ごめんなさい、反省してます」
女子トイレに侵入した気まずさからロンが早口で言い募ると、個室からハーマイオニーが出てきた。
「私も、ごめんなさい。上から目線に言ってしまって。言い方には、気を付けるわ」
「⋯⋯うん、ごめん」
上手く事が運んで、私はほっとした。やっぱり、私には二人がいてくれないと駄目なんだ。
高揚感が抑えきれなくて、つい頬がだらしなく緩む。
さ、あとはトロールに出くわさないように大広間に戻ろう。戻ったらスネイプを揶揄って、そしたらクィレルが「トロールが!」と自作自演を始めるから、何食わぬ顔で寮に帰る。
いくら闇祓いの私がいたとて、絶対に二人を守り切れるとは言えない。だからトロールとの接触は控えるつもりだった。
そのはずだったのに。
「⋯⋯?」
鼻を掠める悪臭と、足を引き摺るようにして歩く音。
トイレの入り口から顔を見せたのは、トロールだった。
おかしい。まだトロールはここに来ないはずなのに。⋯⋯私の変化が、トロールの周回ルートに影響を及ぼした?
よく分からなかったが、巻き込まれてしまったものはしょうがない。ここは前回同様、ロンに決めてもらおう。
私はロンに言った。
「トロールの棍棒に向かって、ウィンレヴィするんだ」
「ウィンレヴィって何だよ。分かんねーよ」
とツッコミを入れつつも分かったようで、ロンはトロールの棍棒に浮遊呪文を掛けた。棍棒は天井付近まで浮き上がり、徐に落下する。
脳天直撃した結果、トロールは気絶した。
恐る恐るトロールに近付くロンに、ハーマイオニーが囁く。
「これ⋯⋯死んだの?」
「ぐすん、ぐすん。アズカバンでも頑張ってね、会いに行ってあげるから」
私は嘘泣きをした。「え、僕犯罪者になっちゃったの?」と素直な反応が返ってきて、ちょっと可愛いなと思ったが、
「だ、大丈夫よ! トロールに人権なんてないから!」
『確かにそうなんだけど実際に言うとなんか酷いな⋯⋯』なハーマイオニーの発言に全て持っていかれた。尚、彼女は三年後、屋敷しもべ妖精の権利について騒ぎ出す模様。
「姿が見えないので探しに来たら⋯⋯これはどういうことですか!」
ここでマクゴナガルとスネイプがやって来た。クィレルは外でへたりこんでいる。
スネイプはトロールの様子を観察している。私は左に一歩ずれて、スネイプの視界に入る位置を陣取った。
スネイプはトロールから目を離し、顔を上げた。
「気絶している。貴様らがやったのか?」
黒く濁った目が私を捉える。
そう、赤毛で、かつ眼鏡を外し、緑色の瞳を惜しげもなく向けている私である。
スネイプの口から、悲鳴が漏れた。
「⋯⋯って、はわわ!」
聞き間違いかと思った。
が、ロンが「はわわ?」と小さな声で復唱するのが聞こえたので、どうやら現実っぽかった。
私は奥歯を噛んで耐え忍ぶ。
はわわ。
はわわ。
はわわ⋯⋯。
「⋯⋯〜〜〜〜っ、んぐ」
思わず吹き出すところだった。『はわわ』ってなんですか。その顔で言わないでほしい。
流石スネイプ。人妻になったリリーに対しても恋情を抱くくらいだから、私の仮装にさえもときめくようだった。ちょろいな。これはあまりにも愉快すぎる。天国の母も多分大笑いしている。
私を直視して固まるスネイプに代わり、マクゴナガルが話を進めていく。
最終的に、一人五点を貰えることになった。
「甘いですぞ」
だが、ここでスネイプが正気に戻った。決してグリフィンドールに得点を許さない、という鋼の意志が恋心を上回ったようだ。
「目立ちたがり屋のポッターは、怖いもの見たさでトロールを探しに来たに決まっている。グリフィンドールから二十点げん、」
折角ロンとハーマイオニーの間に友情が芽生えた良い日なのに、水を差されるのは御免被りたい。減点は嫌だ⋯⋯減点は嫌だ⋯⋯。
ということで、私は母譲りの要素を存分に活かすことにした。
「おっと、目にゴミが!」
私はウィンクをかました。
スネイプの頬に朱が差す。
「はわわ!」
スネイプは心臓を両手で押さえた。両手を使うことで気持ち悪さも増し増しだ。これにはマクゴナガルもドン引き。
スネイプの同僚との関係にヒビを入れたところで今日は満足してやろう。
私はマクゴナガルに頭を下げると、ロンとハーマイオニーの背中を押した。
「さ、寮に戻るよ!」
「⋯⋯うん!」
ロンはへへ、と鼻の下を掻いた。ハーマイオニーは口元を隠しながら笑っている。
私は片手を突き上げた。
「よーし、三人で競争だ! 誰が一番最初に着くかなっ!」
「お、いいね! 今なら廊下走り放題だ!」
ロンは私の手の平に拳を押し当てた。
にこやかに手を叩くハーマイオニー。
「廊下は走ってはいけないわ」
「⋯⋯はい」
「⋯⋯すみません」
やはりハーマイオニーは真面目だった。
私はロンと目を合わせると、揃って肩をすくめた。
次回投稿:明日