様子のおかしいハリー・ポッターさん(10代) 作:夜風ミシェル
トロールの一件以来、私たちは三人でいることが増えた。
私がふざけたことを言い、ロンとハーマイオニーがツッコむ。課題を後回しにしがちなロンの尻を叩くのは私とハーマイオニーの仕事だ。何でも完璧にこなそうと力みすぎるハーマイオニーには、ロンと私の緩さが丁度良い。
かけがえのない、大切な親友。私は二人が大好きだ。未来では家族にもなれる。ホグワーツで、私は友と家族を得ることができたのだ。それのなんと尊いことか。
三人の時間が増えて、私は内心ほくほくしていた。
だが、クィディッチの練習が始まってからは目が回るような忙しさだった。
キャプテンのオリバー・ウッドの熱意は凄まじい。授業以外の時間は全てクィディッチに充てることになった。
大変だったけど、楽しい時間だったと今なら思う。
「いいか、一年生だからって甘い指導はやらない」
ウッドの圧を、私は真正面から受け止める。
「分かってる。僕も本気だから」
二度目の初戦はもうすぐだ。
滑らかで光沢がある柄。真っ直ぐに整った小枝を束ねた長い尾。
ニンバス2000を片手に、私はクィディッチ初戦に臨んでいた。
マダム・フーチの笛が高らかに鳴る。それを合図に、真紅と深緑のローブが空へ羽ばたいた。
私は一直線に上昇する。体が軽い。思うように動かない三十代の肉体との差を実感するばかりだ。
空気が頬を切る感覚も心地良い。体の一部と化した箒を操って、私はビーターの視界外に位置することに専念した。
上空を陣取り、目を凝らしてスニッチを探す。スリザリンの攻撃の的にならないように、ウッドと立てた作戦だ。
体内で血が熱く沸くのを感じる。
空にいる間は自由だった。ただひたすらに勝利だけを望み、それ以外のことは忘れていられた。
私は目を皿にして、スニッチを探す。だが見つからない。こればかりは、例え一周目の記憶があろうとも分かるものではない。
スリザリンのシーカー、テレンス・ヒッグズがこちらを見ている。私がスニッチを見つけた瞬間、横取りしようという寸法だろう。
どこだ⋯⋯どこにある。
焦る気持ちが汗となって滲んだ瞬間、リー・ジョーダンの声が会場を沸かせた。
『待ってください⋯⋯あれは、スニッチか?』
私は急降下した。やや遅れて、ヒッグズが私の後を追ってくる。
競技場の中心部で、金属製の小さなボールが羽ばたいていた。グリフィンドールとスリザリンの点差はまだ小さい。今試合終了しても問題ない。
ニンバスが更に加速する。あと少し──!
そのとき、確信めいた予感を覚えた。闇祓いとして数多の死線をくぐり抜けたからこそ分かる、この気配。
「っ!」
咄嗟に私は箒の先端を上に向けた。そのまま上昇する。
「えっ⋯⋯?」
スニッチを無視した私の行動に、ヒッグズが不意をつかれる。だが、加速していた彼の箒は止まれない。
そこへ、マーカス・フリントが突撃した。
実況のジョーダンが嬉しそうに叫ぶ。
『おっと、ここでスリザリンチーム衝突! だが、両者共に箒から落ちない! 根性見せやがってクソ野郎!』
私は、鉄棒にぶら下がるような格好で箒にしがみつくヒッグズを見て胸を撫で下ろした。そうだ、確か前回もフリントがこちらに体当たりを仕掛けてきたのだっけ⋯⋯。
危うく死にかけた記憶が蘇った。
ジョーダンはノリノリだ。
『落ちろ、ヒッグズ!』
『ジョーダン! まずあなたを実況席から降ろしますよ』
『ごめんなさい』
そしてマクゴナガルに叱られるまでがセットだ。
フリントの体当たりを回避した私は思考を切り替え、見失ってしまったスニッチを探すことに専念する。
スリザリンから恨みのこもったブラッジャーが飛んでくる。頭上ギリギリを通り過ぎた瞬間、ニンバスが揺れ始めた。
──来た。
私はしっかりと箒の柄を掴んだ。
顔の向きは変えず、眼球だけをぐいっと端に寄せる。教員席で、クィレルがこちらを凝視しているのを確認した。
箒は、まるで意志を持ったかのように暴れている。乗り手を振り落としてやると言わんばかりの挙動だ。それでも、まだ私が落下せずにいられるのはスネイプのお陰で。
スネイプ先生はどんな気持ちで、愛した人と憎い人の要素を兼ね備えた私を見ていたのだろうか。
やがて、箒は落ち着きを取り戻す。私は力を緩めると、一直線にスニッチの元へ駆けた。
ずっと探していた。その金色を。
伸ばした右手が、勝利を掴んだ。
「スニッチを取った!」
私がそう叫ぶと、ゲーム終了を告げる笛の音が競技場の熱気を切り裂いた。
選手は地上に降りるよう指示される。
私の両足が地についた途端、フレッドとジョージが私を抱きしめた。
「よくやったぞ、ハリー!」
「ナイスプレーだったぜ」
続々と仲間に囲まれて、もみくちゃにされる。こそばゆい思いではにかんでいると、ふと人の隙間からスリザリンチームの様子が見えた。
当然ながら落ち込んでいる。そして、グリフィンドールチームを親の仇のように睨んでいる。
「ちょっとごめん」
私は一言断りを入れてから、グリフィンドールの輪の中から出た。
そして、フリントとヒッグズに声をかけた。
「あの、すみません。フリント先輩が近くにいたことに気付いてなくて⋯⋯。怪我はないですか」
私は申し訳なさそうな顔をしてみせる。すると二人は驚いたように目を丸くした。まさかグリフィンドールが謝るとは思っていなかったのだろう。
「⋯⋯いや、大丈夫だ」
フリントはなんとか声を絞り出す。私は笑顔を作った。
「良かったです! 対戦ありがとうございました。また一緒にクィディッチをしたいので、休み時間に誘ってもいいですか?」
「え?」
「いいですか? いいですよね!」
「あ、ああ⋯⋯」
圧で言質をもぎ取った。最後にぺこりと頭を下げると、私は自チームに帰る。すると、ウッドがとんでもないものを見る目をして言った。
「お、おお⋯⋯スリザリンと仲良くするなんて、気でも狂ったか?」
その言葉に、私は肩をすくめてみせた。
「分かってないなぁ、僕は魔法界のヒーローなんだよ? つまり、皆友達!」
「どういう思考回路??」
売られた喧嘩は買うし、私が勝つ。だが、後腐れなく終わることが大切だ。
第一小隊員を殺したのはデルフィーニだけではない。彼女に付き従った仲間──純血主義の恩恵を受けられなくなった者たちが、隊員の半数を持っていった。
いずれ私はヴォルデモートを殺す。そのとき、再び純血主義者から恨まれてもおかしくない。──その怨念は、私が望んだ世界を蝕む。
だから、事前に親しくなっておこうと思った。
悪意の芽生えは早めに摘んでおく。
未来で誰かが殺されるのはごめんだ。
*****
ニンバスの挙動がおかしくなった原因は、スネイプが呪いをかけたから。
ロンとハーマイオニーはそう思ってスネイプに疑いの目を向け、ハグリッドはニコラス・フラメルの名前をうっかり漏らした。
現在、二人は『スネイプはトロール騒ぎに乗じて四階に隠された物を盗みに行った。それはフラメルに関係がある』ということまで知っている状態だ。
一度目の世界と全く同じだ。勿論、そうなるように必要な情報はこちらから提示していたけれど。
私に呪いをかけたのはクィレルだが、二人には黙っておくことにした。こちらが勘付いていることは知られない方がいい。スネイプを疑うことで、クィレルとヴォルデモートを油断させることができる。
「ニコラス・フラメル⋯⋯。駄目ね、この本にも載ってない」
ハーマイオニーは静かに本を閉じた。
私たちは今、図書館の隅の席を陣取ってフラメルについて調べているところだ。机には数十冊の本が積まれている。
当時は非常に骨の折れる作業にひぃひぃ泣いていたが、今となっては懐かしさすら感じる。ロンとハーマイオニーとの共同作業なんて、久しぶりじゃないだろうか。
振り返れば、この時間さえも愛おしいと思う。だから私はフラメルの正体を知りつつも、こうして二人と共に調査をしていた。
「あ〜⋯⋯だる」
ロンは疲れた様子で、窓の外に目をやった。釣られて私も空を見る。そういえば、そろそろクリスマスだ。
クリスマスにはダンブルドアから透明マントを贈られる。今から待ち遠しかった。
クリスマス休暇に入った。私はロンとチェスを楽しんだり、クィレルの後頭部に雪玉を投げ付けたりして有意義に過ごしている。これくらいなら子どもの遊びとして処理されるだろうから、本気で投げまくったのはいい思い出だ。
そうこうしているうちに、ついに私の手元に透明マントがやって来た。
このときばかりは、課題に苦しむロンを放置する他なかった。できれば一人で行きたいからだ。
恨めしそうな視線が背中に突き刺さる中、私は談話室を出た。
行き先は決まっていた。人目を避けながら、暗い方、暗い方へと足を進める。今だけは、絵画の中の人にも会いたくなかった。
「⋯⋯ここか」
私はある扉の前で立ち止まると、ノブを回した。錆びついた音と共に開く扉。
そこは、今は使われていない教室のような部屋だ。机と椅子が積み上げられている壁の向かいには、背の高い鏡が立て掛けられている。
人の望みを映すみぞの鏡。
私はこれが見たかった。
鏡の前に立つと、私の背後に沢山の人がいることに気付く。初めて鏡を覗き込んだときは、両親や見知らぬ親戚が私に手を振っていた。
今は違った。
鏡の中の私は十一歳ではなく、三十一歳の容貌だった。私を囲むのは失われた世界で私が喪った者たちで、奥行きさえも分からないほど数多の人間が、鏡の世界を埋め尽くしていた。
そして彼らは皆、成長した姿で佇んでいた。一度目の世界で生きていたのなら、きっと今頃こうなっていただろうという幻。年齢が変わらないのは、デルフィーニ一派の襲撃を受けた者たちだけだ。
これが私の望み。
私は、皆と共に生きていきたかった。
今の私には、それを可能にするだけの知識がある。
限りなく現実に近い幻のはずだった。
鏡像の向こうへと手を伸ばす。だが、氷のように冷たい鏡面は越えられない。
私は鏡に額を押し当てた。
──『テセウスの船』という思考実験がある。
船のパーツが徐々に別のものに交換され、最終的に全て替えられたとき、それは元々の船と同一のものだと言えるのか。つまり、同一性の保持について問うもので、その矛先は今、私に向けられていた。
私は、一度目の世界を厳密に再現するつもりはない。連鎖的に齎される死を回避するには、大幅な改変が必要だ。
その過程で、一度目とは違う歴史が刻まれる。交わした会話が、感情が、元の世界とずれていく。確かにそこにあったはずの思い出も、私の方にだけ取り残される。
私は皆を助けたい。だが、私が救おうとしている人たちは、共に生きていきたいと思った者たちと同一なのだろうか。何もかも変わってしまっても、私は彼らを助けたことになるのだろうか。
ここでの救済は、本当の意味での救いになり得るのか。
その答えを、私はまだ見つけられないでいる。
*****
ニコラス・フラメルの調査は、予想外の結末を迎えた。
「すごいだろ? スキャバーズのお陰なんだ」
そう胸を張るロンの手の中には、スキャバーズがいた。蛙チョコレートに同封される偉人カードから、フラメルについて記載されたものを探し出してくれたのだという。
⋯⋯こんなこと、一度目の世界ではなかった。
私はスキャバーズを見た。バレないように開心術を掛けてみたものの、動物状態だからか上手く心が読めない。
これも、私の行動が変わったことに起因する差異なのだろうか。
ロンの様子は至って普通で、スキャバーズに何かされたわけでもなさそうだ。これの中身がペティグリューだと知っている私からすれば少々不安だった。まぁ、ペティグリューにそんな度胸はないだろうが。
フラメルが作った『賢者の石』について、ハーマイオニーが説明してくれる。話を聞き終えたロンが「なるほどね。確かに、それなら誰でも欲しくなるよね」と頷くのを、私は黙って見ていた。
賢者の石が生み出す命の水は、飲んだ者に永遠の命を与える。──永遠。なんて甘美な響きなんだろう。
不老不死に興味はないけれど、少しだけ心が揺れた。
賢者の石は、確実な永遠を約束する。
私は、永遠に続く日常が欲しい。
「ハリー? どした?」
怪訝そうな表情のロン。私ははっとして瞬きをした。
「いや、なんでもないよ」
首を横に振る。そうだ、例え賢者の石を持っていたとしても死の呪文には敵わない。賢者の石はあくまで老化による死を防ぐだけなのだ。
だから私に、賢者の石は不要だ。
それ以降も話はトントン拍子に進んだ。
「スネイプがクィレルを脅していた」という話を聞かせると、二人はますますスネイプを敵視するようになった。よし、スネイプへの陽動は順調だな。
そしてハグリッドはやはり違法にドラゴンを飼い、それがドラコに知られた。が、友人には優しい彼はドラゴンを逃すのに手を貸してくれた。
「もう二度とこんなこと手伝わないからなっ!」
ノーバートを送り届けた後、ドラコは頬を真っ赤にして宣言した。なんだかんだ言っても今後も協力してくれそうだな⋯⋯と直感でピンときて、私はついにやにやしてしまう。
「そもそも、犯罪行為を隠蔽すること自体──」
「はいはい、分かったから。ハグリッドにはきつく言っておく」
まぁ、それでハグリッドの悪癖が治るなら誰も苦労はしない。悪い人ではないんだよ⋯⋯本当に⋯⋯。
透明マントでドラコを寮に返した私は、真夜中の校舎を一人で歩き始めた。足音を消す魔法を併用しているから、特段慎重に歩く必要もない。
昔は夜の冒険にドキドキしていたのに、今じゃすっかり慣れてしまった。闇祓い時代は現行犯逮捕のために、夜更けに出動することも多かったからね。
ピーブズの声が廊下に響いていても、私は足を止めない。そして、あまりにも冷静な自分に苦笑する。これが歳を取ったってことなのかな。
寮に戻ると、談話室で待ち構えていたロンとハーマイオニーが駆け寄ってきた。
「上手くいったのね?」
「ああ、もうばっちりだよ」
「良かった⋯⋯。けどマルフォイじゃなくても僕が行ったのに」とロンは拗ねている様子だ。それがなんだかとても子どもっぽくて、ふと我が子のことを思い出した。
大丈夫。きっとこの世界でも会えるはずだ。
戸惑ったようなロンの顔が面白い。
「えっ、何? なんかめっちゃ慈愛に満ちた表情をしてるんだけど⋯⋯」
「いや、ガキンチョだなって思って」
「君もだろ!」
「はいはい」と言って、私はロンの頭を撫でた。
次回投稿:明日