様子のおかしいハリー・ポッターさん(10代) 作:夜風ミシェル
休暇と言えども、ずっと遊べるってわけじゃない。チェスでハリーをこてんぱんにした後は、真面目に教科書と向き合った。休暇明けに提出する課題がいくつかあるからだ。
「ま、こんなものかな」
先に宿題を終わらせたハリーが立ち上がる。
「じゃ、僕はこの透明マントで散歩してくるから。あとは頑張れ」
「羨ましすぎる⋯⋯」
僕は、ハリーが手に持っている透明マントを見つめた。
それは、ハリー宛のクリスマスプレゼントだ。差出人は不明。でも、どうやらハリーの父親の知り合いらしい。手紙にはそう書いてあった。
取り残された僕は、一人きりの談話室でソファに倒れ込んだ。
「⋯⋯つかれたー。ていうかさ、手伝ってくれてもいいと思わない?スキャバーズ」
僕は、自分のペットのネズミにそう話しかけた。するとスキャバーズは、僕を慰めるかのように顔をスリスリしてきた。可愛い。
「よーし、ちょっと楽しいことしよう!えーっと、ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
杖を振ると、スキャバーズの体がふよふよと浮上した。そのまま左右に揺らしてやると、スキャバーズは驚いたように手足をバタバタさせた。
「おっと、ごめんごめん。降ろすよ」
僕は魔法を解いた。でも、スキャバーズは浮いたままだ。あ、あれ?
「おかしいな、解けない。え、ちょっと待ってね?」
この前、トロールの棍棒に使ったときは勝手に切れたのに。今度はその逆?まずい、魔力が不安定すぎる。
いや待って、確か魔法を強制的に終了させる呪文があったはずだ。僕は必死に、呪文学の教科書をめくった。
確か発展として、このあたりに載ってたはず⋯⋯。
「あった!フィニート・インカンターテム!」
落下予測地点にクッションを滑らせながら、僕は再び杖を振った。するとどうだろう、スキャバーズは大きな物音を響かせながら落下した。
そう、ネズミがクッションの上に落ちたにしては、あまりにも大きすぎる音と共に。
「⋯⋯え?」
僕は瞬きを繰り返した。
そこにいたのは、ネズミのスキャバーズではなかった。
少々薄汚れた、割と太ってるおっさんだった。
おっさんは、不気味な笑みを浮かべながら「や、やぁ⋯⋯」と片手を挙げた。
気まずいくらいの沈黙が訪れて、再びおっさんは口を開く。
「あ、あなたは元気ですか?」
「はい、私は元気です。ありがとう。あなたはどうですか」
「私も元気です」
「なるほど、それはいいですね」
へぇ⋯⋯元気なんだ⋯⋯いいことやんけ⋯⋯。
翻訳を繰り返した文章みたいな、中身のない会話を繰り広げたあたりで、僕は正気に戻った。
「う、うわあああああああああぁぁっ!!だ、誰かっ!不審者が──」
「さ、叫ばないで!」
おっさんは俊敏な身のこなしで僕の口を押さえた。そのままソファに押し倒されて、僕はもうパニック!
「て、抵抗しないで!こっちには、杖があるんだから!」
いつの間にか僕の杖は奪い取られていて、本当の絶体絶命!終わった⋯⋯。
「大人しくして。そう、僕に身を委ねて⋯⋯」
キモいキモいキモい。
おっさんは荒い息を隠さない。ああまずいです神様、僕の、僕の童貞の危機が迫ってます!闇祓いを呼んでくれ!
マジでやられる五秒前!
「ちょ、ジタバタしないで。別に君を殺したりしないから!」
「んーんんんんんっ!?(こ、殺すより酷いことしようとしてる!?)」
「これからも、良き主人とペットでいるために必要な措置を施すだけだから!」
「んっん⋯⋯?(ペット⋯⋯?)」
そういえば、スキャバーズが見当たらない。その代わりの如く現れたのが、このおっさん⋯⋯。
かつてないレベルで回転する脳みそが、ある答えを導き出す。
最悪だ。知りたくなかった。死にたくなった。
スキャバーズの正体は、このおっさ
「オブリビエイト!」
「ほわあああああああっ!?」
自分の悲鳴で、目が覚めた。
目の前には、書きかけの羊皮紙。どうやら宿題の途中で眠ってしまったようだ。時計を見ると、およそ一時間が経過していた。
僕は、自分の左胸に手をやった。激しい脈動が続いている。
なんか、すごい嫌なものを見た気が⋯⋯。あ、悪夢?思い出せない⋯⋯。
「いや、やめよう!思い出さない方が幸せなことだってある!」
僕は頭をぶんぶん振った。本能が、『思い出すな!』と全身に訴えているような気がしたからだ。
不意に、服の裾を何かに引っ張られた。見れば、スキャバーズだ。その口に、紙を咥えている。
「⋯⋯偉人カード?」
蛙チョコレートのおまけカードだ。僕の大事なコレクションで、ダンブルドアがウィンクしている。
僕は何気なくカードをひっくり返した。
「これって⋯⋯!」
*****
「『近代の魔法使いの中で最も偉大な魔法使いと言われている。特に、一九四五年、闇の魔法使い、グリンデルバルドを破ったこと、ドラゴンの血液の十二種類の利用法の発見、パートナーであるニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究』⋯⋯なるほどね、こんなところに名前が載ってたなんて」
休暇明け。
世紀の大発見に、ハーマイオニーも目を丸くしていた。
僕は胸を張る。
「すごいだろ?スキャバーズのお陰なんだ」
「へぇ⋯⋯スキャバーズの」
ハリーは、緑の瞳をスキャバーズに向けた。じっとりと見つめられ、スキャバーズはそそくさと教科書の影に隠れる。
「怯えてるじゃんか。⋯⋯それで、ニコラス・フラメルってのは誰なの?」
「賢者の石を創り出した人よ」
手元の本を読みながら、ハーマイオニーは簡潔に答えた。
賢者の石。
それは、あらゆるものを黄金に変え、不老不死となる命の水を生み出す源。
「それを、スネイプは狙ってるのよ!」
「なるほどね。確かに、それなら誰でも欲しくなるよね」
「⋯⋯」
なぜかハリーは無言で、じっと僕を見つめている。
「ハリー?どした?」
「⋯⋯いや、何でもないよ。えっとつまり、三頭犬が守ってるのは賢者の石ってわけだね」
「そうなるね」
なんだか、すごいことを知ってしまった。興奮する僕に、ハリーは冷静に告げた。
「ま、知ったところで僕たちにできることはないけどね。目の前の宿題をやるだけさ。あと僕は、クィディッチの練習もあるし」
「次の試合は、ハッフルパフが相手なんだよね?しかも審判がスネイプ。⋯⋯まずくない?」
「まぁ、大丈夫だよ。審判って忙しいし、僕に何かする余裕なんてない」
「そうかなぁ⋯⋯」
心配だったけど、ハリーの言う通りだった。
スネイプは特に手を出したりはしなかったのだ。
試合はハリーがスニッチをさくっと獲って終了。寮対抗杯に優勝する可能性が高くなって、談話室は大盛り上がりしていた。
でも正直、僕たちにとってはそれどころじゃなかった。
「僕たちは正しかったんだ」
ハリーは僕とハーマイオニーを人気のない教室に誘うと、開口一番そんなことを言った。
「賢者の石を手に入れるのを手伝えって、スネイプがクィレルを脅していたんだ」
「なんですって?」
ハーマイオニーが驚いたような声を上げた。
「スネイプは、フラッフィーを出し抜く方法を知ってるか訊いてた。それから、クィレルの魔法についても。多分、フラッフィー以外にも石を守る何かがあって、スネイプはそれを何とかしないと石を盗めないんだ」
「それじゃあ、賢者の石が安全なのは、クィレル先生がスネイプに対抗できるうちだけってこと?」
「そんなんじゃ、石はすぐになくなるな」
はっきり言って、気弱なクィレルがスネイプに耐えられるとは思わなかった。
でも、予想に反して、クィレルは粘りを見せた。
フラッフィーの唸り声はまだ聞こえる。つまり、石の守りはまだ破られていない。
クィレル先生⋯⋯いつも馬鹿にしてごめんね。実はすごい人だったんだ。尊敬する。そういう意味を込めて、僕は、クィレルの授業を真面目に聞くようにした。しっかり頷いて、聞いてることをアピールする。
「クィレル先生、今日も素敵なお召し物ですね」
「え?あ、あああありがとう⋯⋯」
戸惑うクィレルに、僕は笑顔を返した。
クィレルのどもりを揶揄う奴は、さりげなく窘めるようにした。
「何だよロン。今更先生に媚びを売るなんて。単位目的?」
「そんな下衆じゃねぇよ!」
思わずディーンに噛みついてしまい、ハリーに宥められた。
「落ち着いて!ごめんねディーン。ロンは最近、クィレルの強火オタになったから⋯⋯」
「えっ⋯⋯」
「誤解しか生まない発言はやめろ!」
ディーンの引いた様子に耐えられず、僕は慌てて否定した。
そんな僕の首根っこを掴む人がいる。
「クィレルのファンやってる場合じゃないわ。勉強よ、試験は迫ってきてるのよ!」
「まだ試験は先のことだろ?」
「勉強勉強勉強勉強勉強死刑死刑死刑勉強勉強勉強」
「大変申し訳御座いません。厳しく改善指導致します」
「大変申し訳御座いません。即指導致します」
「大変申し訳御座いません。指導徹底致します」
勉強勉強勉強勉強勉強⋯⋯最早呪いの言葉か何か?ってくらい、ハーマイオニーは勉強に取り憑かれていた。
彼女は、僕たちにもそれを強制する。ディーンはさりげなく逃げた。クソが。
「うへぇ⋯⋯。もう無理だぁ」
図書館の座席で天を仰ぐと、ハグリッドと目が合った。図書館で会うなんて珍しい。
「ハグリッド!ここで何してるの?」
「ああ、いやちょっとな⋯⋯」
ハグリッドは、本を隠すように背中に回す。それから眉を顰めて、「お前さんたちは何してるんだ。まさかまだニコラス・フラメルを⋯⋯」と問いただすので、僕は胸を張った。
「そんなのとっくに分かったよ。あの犬が守ってるのは賢者のい──」
「シーーっ!」
ハグリッドは口の前に人差し指を立てた。そうか、これは言いふらしちゃまずいね。
ハグリッドは決まり悪そうに周囲を伺い、「話したいなら小屋でな」と言って、手に持っていた本を棚に戻す。
そして図書館を出た。
何の本を読んでいたんだろう。賢者の石に関係があるのかな?
僕は、さっきまでハグリッドが立っていた本棚の前に行った。
「⋯⋯ドラゴン?」
ハグリッドは、ドラゴンの本を読んでいたらしい。
ドラゴン⋯⋯ハグリッド⋯⋯。
嫌な予感しか、しなかった。
次回投稿 2/8(日)
スキャバーズ「お詫びにニコラス・フラメル教えてあげるから⋯⋯。許してロン⋯⋯」