様子のおかしいハリー・ポッターさん(10代) 作:夜風ミシェル
1.ハリオとジニエット
夏休み。
死にかけのエロールを労わるように撫でながら、僕は呟いた。
「ハリーからの手紙が来ない」
長期休みに入ってから、僕は何度かハリーに手紙を送った。帰還したエロールは手紙を持っていなかったから、向こうに手紙が渡ったことは確定している。それなのに、返信がないのだ。
確か⋯⋯ハリーは叔母さん夫婦と仲が良くない。普通じゃないものを嫌っているとかなんとか。手紙を取り上げられているのかもしれない。いや、あるいはもっと危機的状況に陥っているのかも。
僕は、コンパートメントで初めてハリーと出会った日のことを思い出す。ひょろっとしていて、とても満足に食べていなさそうだった。何かしらの虐待を受けていたと思う。
心配だなぁ⋯⋯と唸っていると、不意に背後から「恋の悩みかな?ロニー坊や」とフレッドに声をかけられた。⋯⋯いや、これはジョージだな。
僕は、ハリーから手紙が来ないことを相談した。すると、ジョージは顎に手をやって考え始める。
「そいつは心配だな。⋯⋯よし、フレッド!」
「どうした?」
大声で呼ばれ、部屋からフレッドが出てきた。ジョージはウィンクする。
「囚われのお姫様を助けに行くぞ!」
ジョージが指を指したのは窓の外。
パパの愛車・フォード・アングリアである。
僕たちは、両親にバレないように家を出て、車に乗り込んだ。
フレッドは、慣れた手つきでボタンを操作すると、アクセルを踏んだ。その瞬間、車は一気に上昇し、雲に突っ込んだ。
「Fooooooo!」
フレッドはノリノリである。こんな状況じゃ、僕もついはしゃいじゃうね。
「いけー、フレッド大佐!姫を助けるのだ!」
「かっとばすぜぇぇーっ!」
こんなテンションで行ったもんだから、ハリーの家があるというプリベット通りに到着する頃には、僕たちは喉が枯れていた。
「って、どれがハリーの家なの?」
「さあ?⋯⋯ん、あれじゃね?」
助手席のジョージが指を指した。そこには、家の前でストレッチ体操をしているハリーの姿があった。こんな夜中に何をやっているんだ。思ってたより元気そうだし。
フレッドはハリーの目の前に車を停めた。
「おっす、久しぶりだなハリー」
「わ、フレッドだ。なになに、迎えに来てくれたの?」
「そうさ。うちの弟が、『ハリーから手紙が来ないわ。もう愛想尽かしちゃったのかしら、ぐすん』って泣いてたからね」
「事実無根」
テキトーなことを言う兄はとりあえず放っておくとして。
僕はハリーの前に立った。
「心配したんだよ。一通も返信寄越さないし⋯⋯。てっきり僕、親戚のマグルにいじめられてるのかと思って迎えに来たんだけど」
「あー⋯⋯叔母さんたちとは⋯⋯いい関係を築いてるよ」
ちょっとだけ言い淀んだことが気になり、僕は首を傾げる。追求すると、ハリーはさらっと白状した。
「魔法界では『ハリー・ポッター』って大スターみたいなものでしょ?ファンも大勢いるし。『僕の発言力は結構大きいんですよー』とか、『皆、僕がどこに住んでるのか知ってるんですよ。ファンが押し掛けてくるかも』って言ったんだ。そしたら、待遇が良くなった」
「がっつり脅してるじゃん」
ハリーへの虐待が露呈した瞬間、叔母さん夫婦は魔法界から総攻撃を食らうことになる。魔法嫌いな家庭の元に魔法使いが来るとか、それなんて拷問?
あまりにもハリーが強かなので、これって助ける必要あったんかな⋯⋯と悩む僕だった。
ハリーは一旦家に戻ると、必要な荷物をまとめて出てきた。そして車に乗り込む。
「よし、これで姫の救出は完了!安全運転で帰るぞー」
フレッドは、辺りにマグルがいないことを確認すると、再び車を操作して飛び始めた。
しばらくしてから、ハリーが口を開く。
「そうそう、手紙はさ。ドビーとかいう屋敷しもべ妖精が盗んでたらしい。どうやら僕をホグワーツに行かせたくないらしくてさ。友達からの手紙がなければ、悲しみのあまり学校をサボると考えたんだって」
「⋯⋯そのハウスエルフの目は節穴だね」
何をどう見たら、このハリーが手紙如きで悲しむと思えるのか、僕にはさっぱりだった。
それにしても不思議だな⋯⋯。屋敷しもべ妖精は大抵、金持ちの家に仕える存在だ。主人から命令を受けたのだろうか?
「ううん、あくまで自分の意志だって言ってた。ホグワーツは今年、めっちゃ危険。だから僕に行ってほしくないんだって」
「危険、ねぇ⋯⋯。曖昧だなぁ」
「騒がれても面倒だし、とりあえず素直に頷いて帰ってもらったんだけどね」
「冷静だな。それにしても、なんでドビーはそんなこと知ってるのかな⋯⋯」
そんな話をしているうちに、僕たちは無事に隠れ穴に戻ってこれた。
フレッドはなるべく静かに車を停車させ、エンジンを切った。
「皆、静かに部屋に戻るんだ。朝になったらハリーのことを紹介しよう。お袋は大喜び!俺たちが車を飛ばしたことなんて追求もされないはずだ」
「了解、ブラザー」
返事をした瞬間、玄関の扉が開く音がした。
僕たちはぎこちなく、音のした方を見る。
我らが母親・モリー・ウィーズリーである。
ママは鬼の形相で、ずんずん近づいてきた。ああ、これは終わったな⋯⋯。
*****
しっかり怒鳴られ、お叱りを受けた僕たちには、庭小人の駆除という任務が与えられた。
途中までハリーも参加していたのだが、ふと気付くと、ハリーはサボってジニーと隅っこで話していた。
ジニーはハリーの大ファンだ。顔を真っ赤にしながら必死に話す姿は、なんだか微笑ましい。
どんな会話をしているのか気になって、僕はさりげなく二人に近付いた。そして、耳に全神経を注ぐ。
「⋯⋯なるほど、君は今年からホグワーツなんだ」
「う、うん。でも、色々不安で⋯⋯」
「分かるよ、僕もそうだったから」
ハリーはジニーを安心させるように微笑む。こいつが不安そうにしている姿は見たことがないけど、まぁ、ジニーの不安を和らげるためなら、嘘も方便か。
「でも、世界が広がってとても楽しいよ。それにほら、ジニーの周りには頼れる兄や、僕がいるでしょ?」
「え⋯⋯ハ、ハリーに頼っていいの⋯⋯?」
「もちろん!分からないことがあったら何でも聞いてよ」
僕は内心、感心していた。ハリー⋯⋯君、そんな普通の会話ができたのか、と。
だが、ハリーがウィンクをした瞬間から雲行きが怪しくなった。
「日々のことだけじゃなくて、人生のことも、ね」
「え?」
ジニーは瞬きを繰り返す。
ハリーはジニーの手を取った。ジニーの顔はさらに赤くなる。⋯⋯まずい、なんかムーディーな空気が漂い始めたぞ。
僕は庭小人を握りしめた。いつでも投げられるようにね。
「大人の世界のこと⋯⋯手取り、足取り教えてあげる。そうだねぇ⋯⋯まずは、ディープキs」
「言わせねーよ」
僕は庭小人を振り回した。手を離すと、庭小人は僕の狙い通りハリーの顔面にヒット。ジニーが悲鳴を上げた。
「痛い痛い痛いっ!」
庭小人に噛みつかれ、痛みに呻くハリー。だが、可哀想という気持ちは一切起きない。自業自得だね。
なんとか庭小人を引っ剥がしたハリーは、恨みがましく僕を睨んだ。
「酷いな!これが友に対する仕打ちかっ!?」
「黙れクソ眼鏡。セクハラ野郎に情けはない」
「許してくださいお義兄さん!」
「誰が『お義兄さん』じゃ!」
こんな奴に、可愛い妹をやるつもりはなかった。ぷんすかする僕の前で、芝居がかった仕草でハリーは大袈裟に嘆く。
「ああ、これは許されない関係なのか⋯⋯。おおジニー、君はどうしてジニーなの?僕を想うなら、お兄様も家名も捨ててくれ」
「名作を穢すな」
こんなの見たら、シェイクスピアも泣くぞ!
僕は深々とため息をついたが、ジニーはうっとりした様子でハリーを見つめている。⋯⋯恋は盲目とはよく言ったものだ。僕は君が心配だよ。
その後もハリー目がけて大量の庭小人を投げ捨てていると、残業終わりのパパが帰宅してきた。
パパは非常に疲れた様子だったが、うちに『ハリー・ポッター』がいると知った瞬間、瞳に生気が宿った。
「噂はかねがね。うちの息子と仲良くしてくれてありがとう」
「いえいえー。こちらこそ」
ハリーとパパは握手を交わした。ハリーの腕をぶんぶん振り回したパパは、その腕を一気に引き寄せると、「⋯⋯それで、うちの空飛ぶ車はどうだったかな?」とおずおずと尋ねる。完全に趣味の話題である。
しかし、いつの間にかいたママにその話を聞かれていた。
「あなたのせいですよ!法の穴をついた車のせいで、フレッドとジョージが危険を冒したんです!」
「え、ああ⋯⋯。それは、息子が悪いな。うん⋯⋯」
しれっと責任を子どもに押し付けるパパに、ママはキッと眦を決した。⋯⋯これは、長くなりそうだな。
僕は、地獄の空気の両親から目を逸らした。パパ⋯⋯ごめんね。
*****
ハリーを連れ出してから、数日経過したある日。
僕たちは、慌ただしくお出かけの準備をしていた。
今日はダイアゴン横丁で、新年度の授業に必要な教材を買う予定なのだ。そこでハーマイオニーと落ち合うことにもなっている。彼女はハリーが無事だったことに安堵して、『早く会いたい』と手紙には書いてあった。
着替えが終わったのか、ジニーが部屋から出てくる。それに目敏く気付いたハリーは、髪の毛を整え始める。
僕は後ろから、その黒髪をぐしゃぐしゃに掻き回した。
「ぅえ!?ちょっと、何をするんだ!」
「うるせー。またジニーに声を掛けるつもりだったろ」
僕は腕を組んだ。脳内の『お兄ちゃんセンサー』は警報を鳴らし続けている。
ここ数日、ハリーはあの手この手でジニーを口説こうとしていたのだ。やれ、「君は我が理想、我が愛」だの「僕は君の小鳥になりたい」だの。いたいけな少女に対するセリフとしてはキモすぎる。しかもここはウィーズリー家。よくもまぁ、人の家で白昼堂々とやれるよな。
ジニーは満更でもない様子だけど、僕が許すわけない。こんな奴が恋人とか、絶対碌でもないことが起きるに違いなかった。夢見がちな妹を守るのは、僕しかいない。
改めて決意を固めたところで、ようやく皆の準備が終わったようだ。
ダイアゴン横丁には、煙突飛行で向かう。
ママが暖炉の上の植木鉢を手に取った。
「あら。だいぶ少なくなったわね。買い足さなきゃ。⋯⋯さぁ、ハリー。お先にどうぞ」
「ありがとうございます」
ハリーは礼を述べてから、鉢の中の煙突飛行粉を掴み取る。
そして、暖炉の火に振りかけた。
火は緑色に変わり、激しく燃え上がる。
ハリーは粉を吸わないように鼻を軽く押さえながら、「ダイアゴン横丁!」と叫んだ。瞬間、ハリーの姿が消える。
それを見届けて、ママはフレッドに鉢を差し出した。
「さ、順番ですよ」
そんなこんなで、家族全員がダイアゴン横丁に到着した。ハリーは手持ち無沙汰だったのか、近くの店を覗き込んでいた。
まずは銀行に行って、お金を下ろさなくちゃならない。皆でぞろぞろ並び、グリンゴッツに向かう。すると、銀行のカウンターに見覚えのある癖っ毛の人物がいた。
ハーマイオニーだ。隣にいる二人の大人は、彼女の両親だろう。
「ハーマイオニー!」
僕は手を挙げた。ハーマイオニーもこちらに気付いて、小走りで駆け寄る。
「ロン!それにハリーも!良かった、心配してたのよ」
「ごめんね、ありがとう」
再会を喜ぶ僕たちの横では、パパがしげしげとマグルの世界のお金を見つめていた。
「なんと!これが十ポンド紙幣か!素晴らしい!」
「え、ええ⋯⋯そう、でしょうか?」
グレンジャー氏はドン引きである。だけどパパはそれに気付かないで、熱弁を奮っていた。
僕はハーマイオニーに「またここで会おう」と約束を取り付けると、家族と一緒に地下の金庫に向かった。
「いくら必要かしら?⋯⋯これくらい?」
金庫からお金をかき集めたママは、首を傾げる。ただでさえ少ないお金が、さらに減ってしまった。僕は、殆ど空っぽの金庫から目を背ける。これ以上見ていたら、涙が出そうだったからだ。
いつの間にかハリーもお金を下ろしていたようで、ウィーズリー家の金庫の前で仁王立ちして待っていた。
これで銀行に用はなくなったので、ここからは別行動することになった。
パーシーは、新しい羽ペンを買いに。
フレッドとジョージは、友達を見つけて。
ママはジニーの制服を買いに。
パパはハーマイオニーのご両親と一杯引っかけるそうだ。
一時間後にフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店で合流する。それまでは自由だ。⋯⋯もちろんママは、「ノクターン横丁には行ってはなりませんよ!」と釘を刺したけれど。
僕はハリーの腕を引っ張った。
「いっぱい回りたいところがあるんだ!君も絶対楽しいから」
「いいじゃん。その前に、まずは腹ごしらえを、ね」
ハリーはアイスクリームを売っている屋台を指差した。
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