様子のおかしいハリー・ポッターさん(10代)   作:夜風ミシェル

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2.ナルシストとのナウい旅

 

 一時間なんてあっという間に過ぎてしまった。

 少し走ってフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店に向かうと、そこには凄まじい人だかりができていた。

 

「あれ、どうしたんだろう?」

 

 僕は背伸びをしながら人混みの中心を見る。そこには整った顔立ちの男性がいて、サインを書いていた。

 僕はその顔に見覚えがあった。

 ギルデロイ・ロックハート。

 最近、ママがどハマりしている作家だ。書店に垂れ下がっている横断幕にも、『ギルデロイ・ロックハートのサイン会~自伝「私はマジックだ」~』と書かれている。

 ふと行列を見ると、案の定ママが並んでいた。頬を上気させる様は恋する乙女って感じ。

 人の流れに抗えず、なぜか僕たちも列に並ぶことになった。尚、ハーマイオニーはウキウキである。⋯⋯ああ、君もファンなんだね。確かに、甘いルックスではあるけれど。

 日刊予言者新聞のカメラマンに声をかけられ、ロックハートはサインを書く手を止めて顔を上げる。

 その瞳が、僕たちに向けられた。

 

「もしや、ハリー・ポッターでは?」

 

 その言葉に釣られ、書店の客の目がハリーに向いた。モーセのように人が道を開け、ロックハートがハリーの腕を掴んだ。

 

「なんということでしょう!かの英雄ハリー・ポッターも私のサイン会に来てくださったようだ!」

「どうも皆さーん、ハリー・ポッターでぇ〜っす!!」

 

 ハリーはノリノリでウィンクをかます。

 書店は黄色い歓声に満ちた。⋯⋯ちょっと羨ましいかも、なんて思ってはない。ないったらない。

 カメラマンが前に出てきて、二人を写真に収めようとしている。ハリーとロックハートは握手を交わすと、完璧な笑みを浮かべた。

 何枚か写真を撮ったカメラマンは、指示を出し始める。

 

「いいですねぇ、次はちょっと際どいポーズでも⋯⋯」

「なるほど、確かに需要はありそうですね」

「なんせ僕とロックハートさんですもんね!」

「「HAHAHAHA⭐︎」」

 

 二人は肩を組んで大笑い。僕は鳥肌が止まらない。うっわー⋯⋯。どっちもキャラ濃いなぁ⋯⋯。

 しばらくして、ロックハートは咳払いで場を静かにさせた。

 

「今日は記念すべき日になりました。なんと、かの有名なハリー・ポッターが私の自伝を買いに来ました。──いえ、もらいに来たのです。君にはプレゼントしますよ!」

「本当ですか!?あ、実は僕の友達も買いに来たんです。彼らの分も⋯⋯?」

「もちろん、無料です!」

 

 大きく頷いたロックハートに、近くの書店員が「え、何勝手なこと言ってんの?」という顔をした。でも、ハリーは気が付いていない様子で、ロックハートを持ち上げる。

 

「流石です、ロックハートさん!よっ、マーリン勲章勲三等!」

「HAHAHA!褒めても何も出ませんよー?」

「いやいや!自分の本が世に出てるじゃないですかぁ!」

 

 ハリーのツッコミに、その場がドッと沸く。うるせぇ⋯⋯。でもハリー、しれっと僕たちの教科書代を浮かせてくれたもんね。そこは感謝だ。

 ロックハートはその後もペラペラと喋っていたが、突如とんでもない発表をした。

 

「皆さま、ここに、大いなる喜びと誇りを持って発表いたします。この九月から、私はホグワーツ魔法魔術学校にて、『闇の魔術に対する防衛術』担当教授職をお引き受けすることになりました!」

 

 ⋯⋯なん、だって?

 周囲の歓声が遠い。

 僕はロックハートと、その隣のハリーを見た。

 自然とため息が零れる。面倒くさいのが増えたな⋯⋯。

 

 

 

 

 

 書店で本をもらい、人混みを抜け出した先で、ばったりマルフォイに出会った。

 

「あ、ドラコじゃん!久しぶり」

「やぁ、ハリー。君は⋯⋯なかなか、人気者じゃないか」

 

 小さく笑うマルフォイは、先ほどのサイン会を見ていたのだろう。すごく愉快そうだった。

 ふとマルフォイの視線は、僕が持っているロックハートの本に向けられる。それから、隣にいるジニーの教科書も見て、嘲笑した。

 

「おやまぁウィーズリー。そんなに大量に買い込んで。君のご両親はしばらく飲まず食わずだろうね」

「やだ、ドラコってば。ロンの家族を心配してるんだね」

 

 ハリーはペチペチとマルフォイの背中を叩いた。発言の意図を曲げすぎで笑った。

 それに乗っかることに決めて、僕は胸を張った。

 

「心配は結構。これ、ロックハートからプレゼントされたからな。羨ましいだろ」

「別に」

 

 マルフォイはスンッとして返す。ああ、こいつはロックハートのファンじゃないな。

 とここで、人混みをかき分けてパパがやってきた。

 

「何してるんだ?ここは人が多すぎる。早く離れよう」

 

「──おやおや、これはアーサー・ウィーズリーではないか」

 

 知らない声がして、僕はマルフォイの背後を見た。そこには、マルフォイとそっくりの、意地悪そうな顔のおじさんがいる。

 初対面だけれど、パパの嫌そうな表情を見て悟った。この人はルシウス・マルフォイだ。ドラコ・マルフォイの父親で、もちろんガッチガチの純血主義者だって、パパは言ってた。

 

「お役所は忙しいのではないか?当然、残業代は──」

「初めまして、マルフォイさん!」

 

 パパとルシウスの間に割って入るように、ハリーが大声で挨拶をかました。ルシウスの目は、自然と下を向く。

 

「君は⋯⋯ああ、ハリー・ポッターか。息子から話は聞いているよ」

「へぇ、どんなふうに言われているんでしょうね」

「それは⋯⋯⋯⋯⋯⋯愉快な友達、だと」

 

 今こいつ、すっごい言葉を選んだな、と僕は思った。その証拠に、マルフォイが小さく吹き出している。

 

「ハリー君、どうかね?来年はうちに遊びにきてはどうだろう?もっとまともなご飯を振るまうことができるけれど──」

「余計なお世話だ、ルシウス」

 

 パパは低い声で唸った。でも、ルシウス・マルフォイは怯まない。ヨレヨレのパパの服をじろじろと見て、鼻で笑った。

 ルシウスは徐に、ジニーの大鍋に手を突っ込んだ。

 

「これは失礼。⋯⋯ 『変身術入門』の本すらも新品では買えないような家だが、プライドだけは高いようだな」

「なんだと⋯⋯!」

 

 ジニーが中古で買った教科書を弄ぶルシウスに、流石のパパもキレそうだった。

 そんなタイミングで、ハリーが咳払いをする。

 

「じゃ、僕たちはこの辺りでお暇しまーす。ドラコ、またホグワーツで!」

「あ、ああ⋯⋯」

 

 マルフォイはちょっと気まずそうだった。あからさまにハリーが会話を打ち切ったからだ。空気読めないフリして、君ってば案外読めるんだなぁ⋯⋯。処世術ってやつか。

 

「あ、ルシウスさん!その本は返してください」

「ああ、もちろんだとも。我が家には新品があるからね」

 

 ルシウス・マルフォイは最後まで嫌味たっぷりな人物だった。教科書を大鍋に雑に戻すと、マルフォイを引き連れて颯爽と立ち去っていった。

 

「マルフォイの父親って感じだな。嫌な奴」

「そうだね。ドラコがマシに思えてくるんじゃない?」

「⋯⋯確かに」

 

 マルフォイはなんだかんだ、ドラゴンのことも隠してくれたし⋯⋯っていや、騙されるな!

 流されそうになった僕は、慌てて首をぶるんぶるん振った。

 

 

 

 

 

 今日は色々な出会いがあった。

 ハーマイオニーのご両親やらマルフォイ親子やら。それから、ロックハート。

 僕は、ロックハートがホグワーツにいる様子を想像してため息をつきたくなった。

 ロックハートとハリーは、同類の匂いがする。絶対にやかましいし、面倒くさい!僕は断言するよ。

 

「はぁ⋯⋯。学校、行きたくないなぁ⋯⋯」

 

 

*****

 

 ⋯⋯なんて言ったことを、僕は現在、激しく後悔していた。

 皆でフォード・アングリアに乗り込み、時間内にキングズ・クロス駅に到着したまでは良かった。

 兄やジニー、両親が先に壁を通り抜けて、そのまま僕とハリーも通ろうとして──通れなかったのだ。

 

「え⋯⋯?」

 

 僕は呆然として、壁を見つめる。普通なら難なく通れるはずの壁が、まるで僕たちを拒むようにどっしりと構えていた。ペタペタと触っても、その入り口は硬く冷たい。

 どうしよう。

 入り口が閉じちゃってる。

 壁にぶつかったせいで落ちた荷物をカートに乗せ直しながら、ハリーは時計を見た。

 

「⋯⋯駄目だ、もう列車が出ちゃった」

「ど⋯⋯どうしよう?ママとパパは戻ってこれるの?」

 

 僕の不安をかき立てるように、ヘドウィグが激しく鳴く。それをなんとか宥めながら、ハリーも表情を暗くさせた。

 

「とりあえず、ここを離れよう。マグルから目立ちすぎるし。それで、ホグワーツに手紙を出せばいいと思う」

「でも⋯⋯何て伝えるの?『壁が通れませんでした』?ただの言い訳にしか聞こえなくない?」

 

 僕は憂鬱な気分でそう言った。壁が閉じるなんて、兄からも聞いたことがない。信じてくれるのだろうか。「遅刻した者はホグワーツには入れません!」とか言われて、門前払いされるのも嫌だ。

 周囲の人からの視線が痛い。マグルから見れば、僕たちの姿は奇妙に映るのだろう。

 とりあえず、パパの車に戻るか。そんなことを考えた瞬間、名案が閃いた。

 

「そうだ、車だ!車でホグワーツに行こう!」

「⋯⋯いや、ここは大人しく待っておいた方が⋯⋯」

「大丈夫だよ!半人前の魔法使いでも、本当に緊急事態だったら魔法を使ってもいいんだよ。なんとかの制限に関する第十九条とかなんとか⋯⋯。とにかく、僕たちは本当に困ってる。だから、合法だ」

「いやいや、下手に動かない方がいいよ」

 

 ハリーは首を横に振る。こんなときだけ真面目なハリーに、僕はチッチッチ、と指を振った。

 

「それにほら、ロマンがあるだろ?空飛ぶ車でホグワーツ!思い出になるよ」

「それは⋯⋯⋯⋯そうだね」

 

 ハリーは好奇心を見せる。よし、ここで押せ押せ!

 僕は数歩進んでから、振り返ってハリーに微笑んだ。

 

「よ、そこの嬢ちゃん。俺の車に乗ってけよ」

 

 

 

 

 

 さて。

 荷物を全て載せて、誰も見ていないことを確認してから、僕は小さな銀色のボタンを押した。行きでパパが、「車を見えなくさせる機能があるんだよ」と説明していたのを覚えていたからだ。

 

「うわ、すごい!僕も透明になってる!」

 

 僕は興奮して、自分の体をペタペタ触った。感触はあるのに、何も見えない。なんだこれ、めっちゃ面白い!

 車が上昇して、地面が遠くなる。数秒後には、ロンドン全体が眼下に広がっていた。

 その時、ボンっという音がして透明モードが切れた。僕は慌てて、もう一回ボタンを押す。

 

「い、いかれてるのか?」

「気付かれる前にここから離れよう」

 

 ハリーの提案に頷いて、僕は車を操作する。車はますます高度を上げる。

 ここまで来れば大丈夫か。

 僕は右腕を挙げた。

 

「よーし、出発進行!」

「ウウェーイ⋯⋯」

「テンション低」

 

 

 

 

 

 運転し始めたあたりは良かった。雲の中を飛ぶなんて、普通じゃありえない体験。僕たちは遠足気分でお菓子を食べたりしていた。

 ⋯⋯でも、ホグワーツって遠くってさ。

 段々車から、あんまり良くなさそうな音がし始めた。ギギギ、とか、ガコンッていう機械音が。

 星々が空に瞬く中、ようやくホグワーツが見えてきた頃にはエンジンが唸り、ボンネットから煙が噴き出していた。

 車全体が不安定に揺れ始めて、僕はハンドルを固く握りしめた。頼む、マジで。あとちょっとだから、本当に。

 しかし、願いむなしくエンジンが止まった。

 

「⋯⋯こうなる気はしてた」

「今更言うなよハリー!」

 

 内臓が冷える、独特の浮遊感。

 パパのフォード・アングリアは落下し始めた。

 

「やばいやばいやばい!ちょ、と、止まって!」

「ロン!目の前に壁が!」

「Noooooo!」

 

 僕は必死にハンドルを回した。なんとか壁からは逸れたけど、落下する運命からは逃れないようだった。

 僕は杖を取り出して計器盤や窓を叩く。その杖を、サッと奪われてしまった。

 

「何やってんだ!折れるよ」

「僕の心はもう折れてるよ⋯⋯」

 

 泣きべそをかいている間にも車は落下し続け、地面が近付く。

 ふと視界に、大きな木が映り込む。地面に衝突するよりは衝撃が和らぐかな、と少しだけ安心したのも束の間、まるで意志があるかのように、枝が蠢いた。

 鞭のようにしなる木は、的確に車の窓を突き破った。

 

「うわあああああぁぁぁぁ!?」

 

 思い切りのけ反った瞬間、隣のハリーが杖を突き付けた。

 

「イモビラス!」

 

 枝の動きが止まった。でも、ほかの枝はまだ暴れまくっている。車の屋根が段々へしゃげていくのを見て、僕は悲鳴を上げた。まずい、パパに殺される!

 僕はハリーの腕に抱きついた。ハリーは怯えることなく窓から身を出して、冷静に杖を振る。

 

「デパルソ!」

 

 瞬間、僕たちを載せた車が吹っ飛んだ。その勢いで地面に衝突し、「ぐえっ」という声が漏れる。

 兎にも角にも、なんとか木からは逃れられた。ほっとしたのも束の間、勝手に車の扉が開いて僕たちは車から振り落とされた。続けて、荷物がドサドサっと地面に転がる。

 フォード・アングリアは、「人間なんて、まっぴらごめん」とでも言うように、僕たちに背を向ける。そして、結構なスピードで走り去ってしまった。

 大量の荷物とともに放り出された僕たちは、呆然とその姿を見送った。

 

「ハリー⋯⋯。『デパルソ』って何?」

「物を吹っ飛ばす呪文だよ。今回は対象が地面に生えてる木だったから、衝撃波が車に跳ね返った感じかな」

「おったまげー。咄嗟に使えてすごいなぁ⋯⋯」

 

 それに比べて僕は⋯⋯と、ついため息が零れた。ハリーがいなかったら死んでた気がする。

 ハリーは「そうだ、これ返すね」と言って僕に杖を差し出した。受け取りつつ、僕は立ちあがろうと足に力を込めた。

 その瞬間、視界がぐらついた。車の中であれだけの衝撃を受けたせいで、車酔いしたみたいだ。立ち上がったはいいものの、バランスが取れなくて僕は再び地面に手をついた。

 ぱき、という小さな音がした。

 

「「あ」」

 

 僕とハリーの声が重なった。

 僕の杖は、ちょうど真ん中あたりでぽっくり折れていたのだ。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 もう言葉も、出てこなかった。

 

 




次回投稿 3/1(日)
ロンの杖は、折れる運命だったのだ⋯⋯。
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