様子のおかしいハリー・ポッターさん(10代) 作:夜風ミシェル
一時間なんてあっという間に過ぎてしまった。
少し走ってフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店に向かうと、そこには凄まじい人だかりができていた。
「あれ、どうしたんだろう?」
僕は背伸びをしながら人混みの中心を見る。そこには整った顔立ちの男性がいて、サインを書いていた。
僕はその顔に見覚えがあった。
ギルデロイ・ロックハート。
最近、ママがどハマりしている作家だ。書店に垂れ下がっている横断幕にも、『ギルデロイ・ロックハートのサイン会~自伝「私はマジックだ」~』と書かれている。
ふと行列を見ると、案の定ママが並んでいた。頬を上気させる様は恋する乙女って感じ。
人の流れに抗えず、なぜか僕たちも列に並ぶことになった。尚、ハーマイオニーはウキウキである。⋯⋯ああ、君もファンなんだね。確かに、甘いルックスではあるけれど。
日刊予言者新聞のカメラマンに声をかけられ、ロックハートはサインを書く手を止めて顔を上げる。
その瞳が、僕たちに向けられた。
「もしや、ハリー・ポッターでは?」
その言葉に釣られ、書店の客の目がハリーに向いた。モーセのように人が道を開け、ロックハートがハリーの腕を掴んだ。
「なんということでしょう!かの英雄ハリー・ポッターも私のサイン会に来てくださったようだ!」
「どうも皆さーん、ハリー・ポッターでぇ〜っす!!」
ハリーはノリノリでウィンクをかます。
書店は黄色い歓声に満ちた。⋯⋯ちょっと羨ましいかも、なんて思ってはない。ないったらない。
カメラマンが前に出てきて、二人を写真に収めようとしている。ハリーとロックハートは握手を交わすと、完璧な笑みを浮かべた。
何枚か写真を撮ったカメラマンは、指示を出し始める。
「いいですねぇ、次はちょっと際どいポーズでも⋯⋯」
「なるほど、確かに需要はありそうですね」
「なんせ僕とロックハートさんですもんね!」
「「HAHAHAHA⭐︎」」
二人は肩を組んで大笑い。僕は鳥肌が止まらない。うっわー⋯⋯。どっちもキャラ濃いなぁ⋯⋯。
しばらくして、ロックハートは咳払いで場を静かにさせた。
「今日は記念すべき日になりました。なんと、かの有名なハリー・ポッターが私の自伝を買いに来ました。──いえ、もらいに来たのです。君にはプレゼントしますよ!」
「本当ですか!?あ、実は僕の友達も買いに来たんです。彼らの分も⋯⋯?」
「もちろん、無料です!」
大きく頷いたロックハートに、近くの書店員が「え、何勝手なこと言ってんの?」という顔をした。でも、ハリーは気が付いていない様子で、ロックハートを持ち上げる。
「流石です、ロックハートさん!よっ、マーリン勲章勲三等!」
「HAHAHA!褒めても何も出ませんよー?」
「いやいや!自分の本が世に出てるじゃないですかぁ!」
ハリーのツッコミに、その場がドッと沸く。うるせぇ⋯⋯。でもハリー、しれっと僕たちの教科書代を浮かせてくれたもんね。そこは感謝だ。
ロックハートはその後もペラペラと喋っていたが、突如とんでもない発表をした。
「皆さま、ここに、大いなる喜びと誇りを持って発表いたします。この九月から、私はホグワーツ魔法魔術学校にて、『闇の魔術に対する防衛術』担当教授職をお引き受けすることになりました!」
⋯⋯なん、だって?
周囲の歓声が遠い。
僕はロックハートと、その隣のハリーを見た。
自然とため息が零れる。面倒くさいのが増えたな⋯⋯。
書店で本をもらい、人混みを抜け出した先で、ばったりマルフォイに出会った。
「あ、ドラコじゃん!久しぶり」
「やぁ、ハリー。君は⋯⋯なかなか、人気者じゃないか」
小さく笑うマルフォイは、先ほどのサイン会を見ていたのだろう。すごく愉快そうだった。
ふとマルフォイの視線は、僕が持っているロックハートの本に向けられる。それから、隣にいるジニーの教科書も見て、嘲笑した。
「おやまぁウィーズリー。そんなに大量に買い込んで。君のご両親はしばらく飲まず食わずだろうね」
「やだ、ドラコってば。ロンの家族を心配してるんだね」
ハリーはペチペチとマルフォイの背中を叩いた。発言の意図を曲げすぎで笑った。
それに乗っかることに決めて、僕は胸を張った。
「心配は結構。これ、ロックハートからプレゼントされたからな。羨ましいだろ」
「別に」
マルフォイはスンッとして返す。ああ、こいつはロックハートのファンじゃないな。
とここで、人混みをかき分けてパパがやってきた。
「何してるんだ?ここは人が多すぎる。早く離れよう」
「──おやおや、これはアーサー・ウィーズリーではないか」
知らない声がして、僕はマルフォイの背後を見た。そこには、マルフォイとそっくりの、意地悪そうな顔のおじさんがいる。
初対面だけれど、パパの嫌そうな表情を見て悟った。この人はルシウス・マルフォイだ。ドラコ・マルフォイの父親で、もちろんガッチガチの純血主義者だって、パパは言ってた。
「お役所は忙しいのではないか?当然、残業代は──」
「初めまして、マルフォイさん!」
パパとルシウスの間に割って入るように、ハリーが大声で挨拶をかました。ルシウスの目は、自然と下を向く。
「君は⋯⋯ああ、ハリー・ポッターか。息子から話は聞いているよ」
「へぇ、どんなふうに言われているんでしょうね」
「それは⋯⋯⋯⋯⋯⋯愉快な友達、だと」
今こいつ、すっごい言葉を選んだな、と僕は思った。その証拠に、マルフォイが小さく吹き出している。
「ハリー君、どうかね?来年はうちに遊びにきてはどうだろう?もっとまともなご飯を振るまうことができるけれど──」
「余計なお世話だ、ルシウス」
パパは低い声で唸った。でも、ルシウス・マルフォイは怯まない。ヨレヨレのパパの服をじろじろと見て、鼻で笑った。
ルシウスは徐に、ジニーの大鍋に手を突っ込んだ。
「これは失礼。⋯⋯ 『変身術入門』の本すらも新品では買えないような家だが、プライドだけは高いようだな」
「なんだと⋯⋯!」
ジニーが中古で買った教科書を弄ぶルシウスに、流石のパパもキレそうだった。
そんなタイミングで、ハリーが咳払いをする。
「じゃ、僕たちはこの辺りでお暇しまーす。ドラコ、またホグワーツで!」
「あ、ああ⋯⋯」
マルフォイはちょっと気まずそうだった。あからさまにハリーが会話を打ち切ったからだ。空気読めないフリして、君ってば案外読めるんだなぁ⋯⋯。処世術ってやつか。
「あ、ルシウスさん!その本は返してください」
「ああ、もちろんだとも。我が家には新品があるからね」
ルシウス・マルフォイは最後まで嫌味たっぷりな人物だった。教科書を大鍋に雑に戻すと、マルフォイを引き連れて颯爽と立ち去っていった。
「マルフォイの父親って感じだな。嫌な奴」
「そうだね。ドラコがマシに思えてくるんじゃない?」
「⋯⋯確かに」
マルフォイはなんだかんだ、ドラゴンのことも隠してくれたし⋯⋯っていや、騙されるな!
流されそうになった僕は、慌てて首をぶるんぶるん振った。
今日は色々な出会いがあった。
ハーマイオニーのご両親やらマルフォイ親子やら。それから、ロックハート。
僕は、ロックハートがホグワーツにいる様子を想像してため息をつきたくなった。
ロックハートとハリーは、同類の匂いがする。絶対にやかましいし、面倒くさい!僕は断言するよ。
「はぁ⋯⋯。学校、行きたくないなぁ⋯⋯」
*****
⋯⋯なんて言ったことを、僕は現在、激しく後悔していた。
皆でフォード・アングリアに乗り込み、時間内にキングズ・クロス駅に到着したまでは良かった。
兄やジニー、両親が先に壁を通り抜けて、そのまま僕とハリーも通ろうとして──通れなかったのだ。
「え⋯⋯?」
僕は呆然として、壁を見つめる。普通なら難なく通れるはずの壁が、まるで僕たちを拒むようにどっしりと構えていた。ペタペタと触っても、その入り口は硬く冷たい。
どうしよう。
入り口が閉じちゃってる。
壁にぶつかったせいで落ちた荷物をカートに乗せ直しながら、ハリーは時計を見た。
「⋯⋯駄目だ、もう列車が出ちゃった」
「ど⋯⋯どうしよう?ママとパパは戻ってこれるの?」
僕の不安をかき立てるように、ヘドウィグが激しく鳴く。それをなんとか宥めながら、ハリーも表情を暗くさせた。
「とりあえず、ここを離れよう。マグルから目立ちすぎるし。それで、ホグワーツに手紙を出せばいいと思う」
「でも⋯⋯何て伝えるの?『壁が通れませんでした』?ただの言い訳にしか聞こえなくない?」
僕は憂鬱な気分でそう言った。壁が閉じるなんて、兄からも聞いたことがない。信じてくれるのだろうか。「遅刻した者はホグワーツには入れません!」とか言われて、門前払いされるのも嫌だ。
周囲の人からの視線が痛い。マグルから見れば、僕たちの姿は奇妙に映るのだろう。
とりあえず、パパの車に戻るか。そんなことを考えた瞬間、名案が閃いた。
「そうだ、車だ!車でホグワーツに行こう!」
「⋯⋯いや、ここは大人しく待っておいた方が⋯⋯」
「大丈夫だよ!半人前の魔法使いでも、本当に緊急事態だったら魔法を使ってもいいんだよ。なんとかの制限に関する第十九条とかなんとか⋯⋯。とにかく、僕たちは本当に困ってる。だから、合法だ」
「いやいや、下手に動かない方がいいよ」
ハリーは首を横に振る。こんなときだけ真面目なハリーに、僕はチッチッチ、と指を振った。
「それにほら、ロマンがあるだろ?空飛ぶ車でホグワーツ!思い出になるよ」
「それは⋯⋯⋯⋯そうだね」
ハリーは好奇心を見せる。よし、ここで押せ押せ!
僕は数歩進んでから、振り返ってハリーに微笑んだ。
「よ、そこの嬢ちゃん。俺の車に乗ってけよ」
さて。
荷物を全て載せて、誰も見ていないことを確認してから、僕は小さな銀色のボタンを押した。行きでパパが、「車を見えなくさせる機能があるんだよ」と説明していたのを覚えていたからだ。
「うわ、すごい!僕も透明になってる!」
僕は興奮して、自分の体をペタペタ触った。感触はあるのに、何も見えない。なんだこれ、めっちゃ面白い!
車が上昇して、地面が遠くなる。数秒後には、ロンドン全体が眼下に広がっていた。
その時、ボンっという音がして透明モードが切れた。僕は慌てて、もう一回ボタンを押す。
「い、いかれてるのか?」
「気付かれる前にここから離れよう」
ハリーの提案に頷いて、僕は車を操作する。車はますます高度を上げる。
ここまで来れば大丈夫か。
僕は右腕を挙げた。
「よーし、出発進行!」
「ウウェーイ⋯⋯」
「テンション低」
運転し始めたあたりは良かった。雲の中を飛ぶなんて、普通じゃありえない体験。僕たちは遠足気分でお菓子を食べたりしていた。
⋯⋯でも、ホグワーツって遠くってさ。
段々車から、あんまり良くなさそうな音がし始めた。ギギギ、とか、ガコンッていう機械音が。
星々が空に瞬く中、ようやくホグワーツが見えてきた頃にはエンジンが唸り、ボンネットから煙が噴き出していた。
車全体が不安定に揺れ始めて、僕はハンドルを固く握りしめた。頼む、マジで。あとちょっとだから、本当に。
しかし、願いむなしくエンジンが止まった。
「⋯⋯こうなる気はしてた」
「今更言うなよハリー!」
内臓が冷える、独特の浮遊感。
パパのフォード・アングリアは落下し始めた。
「やばいやばいやばい!ちょ、と、止まって!」
「ロン!目の前に壁が!」
「Noooooo!」
僕は必死にハンドルを回した。なんとか壁からは逸れたけど、落下する運命からは逃れないようだった。
僕は杖を取り出して計器盤や窓を叩く。その杖を、サッと奪われてしまった。
「何やってんだ!折れるよ」
「僕の心はもう折れてるよ⋯⋯」
泣きべそをかいている間にも車は落下し続け、地面が近付く。
ふと視界に、大きな木が映り込む。地面に衝突するよりは衝撃が和らぐかな、と少しだけ安心したのも束の間、まるで意志があるかのように、枝が蠢いた。
鞭のようにしなる木は、的確に車の窓を突き破った。
「うわあああああぁぁぁぁ!?」
思い切りのけ反った瞬間、隣のハリーが杖を突き付けた。
「イモビラス!」
枝の動きが止まった。でも、ほかの枝はまだ暴れまくっている。車の屋根が段々へしゃげていくのを見て、僕は悲鳴を上げた。まずい、パパに殺される!
僕はハリーの腕に抱きついた。ハリーは怯えることなく窓から身を出して、冷静に杖を振る。
「デパルソ!」
瞬間、僕たちを載せた車が吹っ飛んだ。その勢いで地面に衝突し、「ぐえっ」という声が漏れる。
兎にも角にも、なんとか木からは逃れられた。ほっとしたのも束の間、勝手に車の扉が開いて僕たちは車から振り落とされた。続けて、荷物がドサドサっと地面に転がる。
フォード・アングリアは、「人間なんて、まっぴらごめん」とでも言うように、僕たちに背を向ける。そして、結構なスピードで走り去ってしまった。
大量の荷物とともに放り出された僕たちは、呆然とその姿を見送った。
「ハリー⋯⋯。『デパルソ』って何?」
「物を吹っ飛ばす呪文だよ。今回は対象が地面に生えてる木だったから、衝撃波が車に跳ね返った感じかな」
「おったまげー。咄嗟に使えてすごいなぁ⋯⋯」
それに比べて僕は⋯⋯と、ついため息が零れた。ハリーがいなかったら死んでた気がする。
ハリーは「そうだ、これ返すね」と言って僕に杖を差し出した。受け取りつつ、僕は立ちあがろうと足に力を込めた。
その瞬間、視界がぐらついた。車の中であれだけの衝撃を受けたせいで、車酔いしたみたいだ。立ち上がったはいいものの、バランスが取れなくて僕は再び地面に手をついた。
ぱき、という小さな音がした。
「「あ」」
僕とハリーの声が重なった。
僕の杖は、ちょうど真ん中あたりでぽっくり折れていたのだ。
「⋯⋯⋯⋯」
もう言葉も、出てこなかった。
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ロンの杖は、折れる運命だったのだ⋯⋯。