何も知らない一般人さん 作:愉悦時間
貴方の居場所はここにある。だから、決して断絶されぬ金糸で私達を結んで。
昨日も、今日も、明日も、その次の日も、ずっと共に生きて行こう。二度とさようならなんて言わないから。
貴方の勇ましさが、私達を奮い立たせる。どうか、いつまでも死を受け入れないで。
死なんか忘れて、共に踊ろう。花の海で私達を抱きしめて。
全てを取り戻して、私達があなたを証明しよう。この世界の真実を、一から教えて。
あなたがいるだけで、私達は安心することができる。あなたの闇を包み隠さないで。
空っぽの心を嘘で埋めつくしてもいい。どんなときも、私達はあなたの傍にいる。
あなたの楽園はずっとそこにある。どうか、一人で背負わないで。
あなたが望むなら永遠に宴を続けよう。あなたの歌で、私達を癒して。
あなたと共に、星の海を泳ぎ尽くそう。いつか、私達の首を落とすのはあなただ。
私達は、あなたがいる開拓の道を守り続けよう。あなたは彼らと共に開拓の道を照らし続けて。
明日は必ずやってくる。私達があなたの苦しみを受け継ごう。
私達があなたを忘れることは絶対にない。ずっと傍にいて、離れないで。
願わくば、あなた達とずっと一緒にいたい。
◀◁◀
おかしくなりそうだ。
「ヒアンシー」
冷や汗が止まらなくて、景色が重なって見える。
「おい」
気持ち悪い。
「ひあ」
「──っう、お、ぇ゛」
綺麗な服が汚れてしまった。黄金色の温かい液体が、口から止まらない。息ができない。
怖い。
「落ち着け。息を吸って、吐くんだ。ゆっくりと⋯⋯そうだ。そのまま、」
「⋯」
寝てしまった。
あんなに青年を心配させた少女は、腕の中で苦しそうに眠っている。腕にのしかかる重さは軽く、前回あった時よりも痩せて見えた。今も呻き声をあげる少女に何があったのか、青年は大切な仲間から事情を聞いていた。その内容はなんとも無惨で、何も知らず何も出来なかった青年は自分に腹を立ててしまうほどだった。だから、せめて見舞いにでも行こうと足を運んだのだ。これは自分のご機嫌取りなのかもしれない。彼らは大丈夫だろうか。うざったい不安が頭の中をぐるぐると回っていた。そんな青年だったからか、大切な仲間には「いつもの丹恒と違うな」なんて言われてしまった。それほどまでに焦っていたのだろう、今思えばそんな気がする。丹恒にとって、少女も大切な仲間だ。共に戦い、共に歩み、共に笑っていた、大切な仲間なのだ。
だから、記憶にある少女と違っていたことに青年は嫌気がした。似たようなことがあったな、なんて結構前の記憶を掘り起こしては埋めて。衝撃的な記憶だったからか、記憶は埋めても埋めても芽を出してくる。長夜月と名乗る三月なのか瓜二つの少女と初めて会った時、三月なのかと違う服装をしていたからと、三月なのかの解釈違い、この二つによって丹恒は三月なのかではないと見破いた。だが今は状況が違っている。見た目も、声も、変わらない。丹恒が知っている通りだった。でも一つだけ決定的に違ったのは、少女の本質だった。鋭い観察眼で、丹恒はそれを見破った。故に疑念をもち、今も少し警戒しつつ様子を疑っている。丹恒にとって少女は大切な仲間ではなく、怪我をした可哀想な少女という認識に変わりつつあったのだ。
彼女は彼女じゃなくても、怪我をして苦しんでいるのには変わりはない。丹恒は少女を抱き抱え、揺らさないよう細心の注意を払って立ち上がった。そして一歩一歩、本来少女がいるべき所へ足を進めた。
「⋯⋯長夜月か」
「うん。そうだよ。残念ながら、丹恒の大切な仲間なのかは今いないんだ」
「そうか」
足を進める中で、思いがけぬ邂逅をした。見た目こそ三月なのかだが、中身が長夜月だった。手には三月なのかが愛用している手鏡を持っているし、きっと朝日に照らされるなのかって超可愛いとかでもやっていたのだろう。謎に解釈の高い考えを他所に、丹恒は足を止めず進み続ける。
「ねぇ、アタシもついて行っていい? その子の中身が気になってるの。いいでしょ? この可愛い可愛いお顔に免じて」
着いてきてもいいよ。なんて言わなくても勝手に着いてくるだろう。
「はぁ⋯好きにしろ」
丹恒が了承するとスキップして近づいてくる。その様子はまさに三月なのかそのもので、丹恒や彼らでなければきっと見分けがつかないだろう。三月なのかが長夜月を思い出し、それなりに月日が流れたからか、長夜月の演技は素晴らしいものになっている。その逆で、三月なのかの演技も多少は劣るがさまになっていると言っていい。偶に開かれる、【三月なのかか長夜月どっちでしょうクイズ】には一応は全問正解している丹恒だが、いつしか間違えてしまう日が来るかもしれない。
◀◁◀
「もう、早く起きてよ。ここ、何も無くてウチはずっと暇してるんだよ〜? アンタが起きないと、ウチはこっから出ちゃダメって言われたんだから」
だ、か、ら、は、や、く、お、き、て。
少し怒りが混じった声は、何も無くて退屈な空間に遠くまで響いた。見渡す限り全面白。空も、地面も、全て白一色。気味が悪いと思うほどだ。
「⋯うぅ⋯⋯ん、 うわぁ!?」
「あ、やっと起きた!」
男が目を覚ますと、視界いっぱいにピンク色の髪をした綺麗な瞳の少女が映っていた。あとほんの少しで鼻先が触れそうな距離で、男がゆっくりと顔をあげなければ鼻先同士が触れていただろう。
「じゃあ早速本題に入るよ⋯⋯そ、そんなに怯えなくていいんじゃない⋯? ウチはアンタのことが知りたいだけで、危害を加えるつもりはない。それにアンタに何かしたら、丹恒に怒られちゃうし」
少女は両手を挙げてヒラヒラと、何もしませんよ〜と言うように無害アピールをする。明るくて、男にはさぞ眩しすぎる笑顔は、逆に男の不安を煽ってしまった。それもそうだろう。さっきまで意味のわからない世界にいて、精神が崩壊する寸前まできていたのだ。今も男の精神は不安定で、扱うのが難しい。そのことを、少女はきっと分かっている。だから無害アピールをして落ち着かせる。それでも無理なら他の対処法をしなければいけない。
「⋯まだ怖いの? ウチってそんなに怖い見た目してるかな⋯⋯」
少女は頭を悩ました。美少女で、点数がつけられないほどに魅力的な可愛いらしさ、誰とでも話せるコミュ力は、どの世界でも雰囲気を和ませて皆を癒してきたのだ。それが通用しないのが信じられない。こういうのは自分ではなく丹恒がやった方が早いのでは⋯⋯と考えるが、その子は今、他の用事で忙しい。これは少女がやるしかないのだ。
「うーん⋯あ! 手を貸してくれない? でも、いきなりは怖いか⋯⋯ウチのキラキラオーラが眩しすぎて手が出しにくいよね」
少女が手を差し出すと、男の肩はビクッと震えた。知っている見た目で怯えられるのに、少女は少しだけ気分が悪くなってしまう。彼女の瞳は恐怖に満ちている。きっと彼らがこのことを知ったら失望するどころではないだろう。
「⋯ウチの名前、まだ教えてなかったよね。ウチは三月なのか。アンタの名前はなんて言うの?」
男は三月なのかの手を見つめ続けた。名前なんて知らない。何もかも覚えていない。そんな自分が怖くて仕方がない。手を差し伸べてくれた少女には悪いが、男は何も答えることができなかった。一体、自分は何ができるというのだろうか。
目の前に差し出され続けた手はゆっくりと元の位置に戻ろうとしている。少女は悲しそうな顔をして、口を閉じた。その変わりに男が口を開き、手を差し出した。震えている声でゆっくりと喋り出す。
「名前は、覚えて……ないです。すみません」
「そっか⋯ ウチを信じてくれてありがとう」
三月なのかは差し出された手を強く握った。
「ねぇ、知ってる? 手を繋ぐことで恐怖を和らげることができるんだよ。アンタの手はまだ震えてるけど、一歩踏み出せた。だから、そんな顔しないで。ウチは今ちょ〜嬉しいんだよ!」
男の顔はさっきよりも歪んでいる。手を繋ぐことが嫌じゃないんだろうけど、そんな顔をされるとこっちまで眉毛が八の字になっちゃうよ。
「今から話すことは、アンタにとって凄く辛いもので意味がわからないことだと思う。ウチらはね、アンタのことを全然知らない。それに、アンタも自分のことを何一つ知らないんだよね? でもね、これだけははっきりと言える。ウチらはアンタの味方だよ。アンタが辛くなった時は、ウチの手を思いっきり握ってね! なんなら、ぎゅってしてもいいんだよ!」
何故彼女は自分のためにそこまでするのだろうか。普通は、こんなやつ放っておくだろう。
三月なのかが優しく接するのは、男がヒアンシーだから?
「自分でもわかってるかもしれないけど、アンタの本来の居場所はここじゃない。これはヘルタから教えてもらったことなんだけど⋯⋯あ、ヘルタはウチの知り合いね。それで、────」
───色々あって、アンタはヒアンシーの魂と融合しちゃったってわけ。まだ完全とはいかない。アンタの魂とヒアンシーの魂を剥がそうとしても、剥がれない。無理に剥がそうとすれば、ヒアンシーとアンタが死んじゃう可能性が高い。
アンタの魂はヒアンシーを拒み続けてる。でもヒアンシーはアンタを受け入れてる。
アンタはいずれ、ヒアンシーを呑み込んで彼女はいなくなってしまう。そうしたら、体の持ち主も、精神もアンタのものになる。アンタも、一生元の居場所に戻ることができない。
アンタとヒアンシー、両方がハッピーエンドになるために───
「───ウチらと協力してほしい。無理にとは言わないよ」
手を取るか、手を取らないかはあなた次第。
「俺は⋯⋯」
◀◁◀
こんな難しい話、やっぱりウチには向かないや。丹恒や長夜月がやってくれればよかったのに⋯二人とも他にやることがあるからってすぐどっかいっちゃうんだから。
ちゃんと伝わってるよね? ウチって説明するの下手だし、途中で話を飛ばしちゃったりもした。
でも、ウチの手を強く握ってくれたってことは、そういう意味で受け取ってもいいんだよね。さっきまではこの子の手の方が震えてたのに、今じゃウチの方がブレッブレ! こんなんじゃ、丹恒と穹に笑われちゃうや。
「よし! じゃあ現実に戻ろっか。現実に戻るには⋯ウチと一緒にあの光に向かって歩くだけでいい」
「ちゃんと目を覚まして、ウチの仲間にこう言ってよね。”三月なのかはこの子と友達になることができました”ってね!」
「大丈夫! ウチらはアンタの手を絶対に離したりしないから! 」