ラインハットのヘンリー王子に憑依転生してパパスを救う   作:拓拓

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第10話 太后からの刺客

 太后からの勅命を受けた俺たちは、すぐに城を出発した。

 表向きは「パパス殿による魔物討伐」だが、俺が同行することは、一筋縄ではいかなかった。

 父王は当初、「危険すぎる」と俺の同行に難色を示したのだ。

 

「古代の遺跡に巣食う魔物の『主』を叩き、王都の安寧を守る。それをこの目で見極めるのも王家の務めではありませんか」

 

 俺がそう食い下がっても、父は首を縦には振らなかった。愛息を死地に送りたくない親心だろう。

 だが、そこで意外な助舟――いや、毒船が出されたのだ。

 

「良いではありませんか、陛下。ヘンリーも次期国王。パパス殿のような英傑の戦いを間近で見ることも、得難い経験となりましょう」

 

 太后だ。彼女が扇で口元を隠しながら、猫なで声で父王を説得したのだ。厄介払いの好機と見たのだろう。

 父王は太后の言葉に弱く、結局は渋々と、しかし「絶対に無茶はするな」と念を押して俺の同行を認めたのだった。

 

 出発の朝、城門には太后の姿があった。

 彼女は扇で口元を隠しながら、目を細めて俺を見送った。

 

「素晴らしい心がけですわ、ヘンリー。是非、王家の務めを果たしていらっしゃい……ふふっ」

 

 その艶やかな笑顔の裏には、「二度と戻ってくるな」という明確な殺意が見え隠れしていた。

 俺はニヤリと不敵に笑い返し、無言で踵を返した。

 行ってやるさ。だが、戻ってくるのは俺たちだ。

 

 ラインハット城を出て、北の森へと続く街道。

 空は厚い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうな天気だった。

 俺たちは無言で歩を進めていた。

 先頭にパパス、中央にリュカ、そして殿(しんがり)に俺。

 完璧な布陣だ。

 

 城門が見えなくなり、街道が木々に覆われた薄暗い獣道に差し掛かった頃。

 

 ――ピクリ。

 

 俺の触覚が、周囲の殺気を感じ取った。

 魔物ではない。理性的で、かつ粘着質な人間の殺意。

 数は10。街道を挟むように伏せている。

 

「……パパス殿」

「ええ、気づいています」

 

 俺が小声で呼びかけると、パパスは歩を緩めずに短く答えた。

 さすがだ。歴戦の勇者は、背後の気配すら掌握しているらしい。

 

「リュカ、俺のそばを離れるなよ」

「えっ? う、うん……」

 

 リュカが不安げに周囲を見回す。

 その瞬間。

 

 ――ヒュンッ! ヒュンッ!

 

 風切り音と共に、茂みから数本の矢が放たれた。

 狙いはパパスと、俺。

 

「甘い!」

 

 パパスが大剣を抜き放ち、旋風のような速さで矢を叩き落とす。

 俺は微動だにしない。

 俺に向かってきた矢は、俺が纏う「気」のバリアに弾かれ、空しく地面に突き刺さった。

 

「チッ、外しやがったか!」

「構わん、囲め! ガキどもごと始末しろ!」

 

 茂みから黒装束の男たちが飛び出してきた。

 手には毒塗りの短剣や曲刀。

 装備の質がいい。山賊ごときが持てる代物ではない。城の兵士が使う制式採用の武器だ。

 やはり、太后の差し金か。

「魔物に襲われて全滅した」という筋書きにするつもりなのだろう。

 

「リュカ、盾を使え! 防御に専念しろ!」

「は、はいっ! 『マジックシールド』!」

 

 リュカが素早く盾を構え、その陰に身を隠す。

 教えた通りの完璧な動きだ。

 これで心置きなく暴れられる。

 

 俺とパパスは背中合わせに立った。

 視線を交わす必要すらない。

 

「数は10。私が前衛を」

「なら俺は遊撃といこう。……賭けますか? どっちが多く狩れるか」

「ハハッ、王子には敵いそうにありませんな」

 

 軽口を叩き合う俺たちを見て、暗殺者たちが激昂する。

 

「ナメやがって……殺せえぇぇっ!!」

 

 男たちが殺到する。

 だが、彼らは知らない。

 自分たちが襲ったのが、獲物ではなく「捕食者」だということを。

 

 ――シッ!

 

 俺は地面を蹴った。

 残像を残すほどの高速移動。

 先頭の男が反応する前に、俺の鋼の剣が閃く。

 

 ――ザシュッ!

 

 峰打ちだ。だが、レベル38の力で行う峰打ちは、鉄パイプで殴打するに等しい破壊力を持つ。

 男が白目を剥いて吹き飛ぶ。

 

「なっ……!?」

「よそ見してる暇はないぞ!」

 

 パパスが咆哮と共に大剣を薙ぎ払う。

 豪快かつ繊細な剣技。一度に三人の男が空中に舞い上げられ、地面に叩きつけられて昏倒する。

 

 強い。

 単純なステータスなら俺の方が上かもしれないが、実戦での「空間支配力」はパパスに一日の長がある。

 これが、勇者の父の背中か。

 

「なら、俺は魔法で援護といこうか! ……ベギラマ!」

 

 俺は距離を取ろうとした弓兵たちに向けて、掌を向けた。

 灼熱の閃光が迸る。

 手加減はしている。黒焦げにはせず、全身の体毛だけをチリチリに焼き払って戦闘不能にする、絶妙かつ慈悲深い出力調整。

 

「うわああああっ!!」

「ひぃぃっ! なんだこいつら、化け物か!?」

 

 悲鳴が上がる。

 戦いになっていない。一方的な蹂躙だ。

 わずか数十秒。

 街道には、呻き声を上げて転がる黒装束の男たちの山ができていた。

 

「……ふぅ」

 

 俺は剣を納め、パパスと顔を見合わせた。

 パパスも涼しい顔で剣を拭っている。

 

「お見事です、王子。魔法と剣の連携、完璧でした」

「パパス殿こそ。背中を預けられる安心感が違うな」

 

 俺たちは拳を軽く合わせ、勝利を称え合った。

 盾の陰から恐る恐る顔を出したリュカが、目を輝かせて駆け寄ってくる。

 

「すごい……! 二人とも、あっという間だった……!」

「怪我はないか、リュカ」

「うん、大丈夫! 王子さまがくれた盾のおかげ!」

 

 リュカが無邪気に笑う。

 その笑顔を守れたことに安堵しつつ、俺は倒れている男の一人の覆面を剥ぎ取った。

 見覚えのある顔だ。城の裏門を守っていた衛兵の一人。

 

「……やはり、な」

 

 パパスが険しい顔で男を見下ろす。

 

「山賊ではありませんな。この装備、そして連携……軍隊の動きだ」

「太后の私兵でしょう。俺たちを魔物の仕業に見せかけて始末するつもりだったようだ」

 

 俺が淡々と告げると、パパスはギリと奥歯を噛み締めた。

 

「腐っている……。王子、貴方はこのような闇の中で戦っておられたのか」

「慣れっこですよ。……それに、ここまでは想定内だ」

 

 俺は森の奥、古代の遺跡がある方角を見据えた。

 これだけの戦力差を見せつけても、まだ俺たちを殺せると過信している黒幕がいる。

 ゲマ。

 奴はまだ、俺というイレギュラー(バグ)の本当の恐ろしさを知らない。

 

「行こう、パパス殿、リュカ。これはただの前座だ。本番は、この先にある」

 

 俺たちは意識を失った男たちを放置し(縄で縛って木に吊るしておいた)、再び歩き出した。

 雨雲が割れ、薄日が差し込んでくる。

 

 古代の遺跡まで、あと少し。

 運命の歯車を叩き壊す、最高の舞台が待っている。

 

 ♢

 

 その日の夜。

 俺たちは遺跡から少し離れた岩場の陰で野営を張った。

 不用意に火を焚けば魔物に見つかる可能性があるが、パパスがいる以上、多少の灯りは許容範囲だ。むしろ、魔物を引き寄せて狩るくらいの気概がある。

 

 深夜。

 見張りの当番は俺だった。

 パパスは少し離れた場所で、大剣を抱くようにして仮眠をとっている。規則正しい寝息。どんな状況でも休める時に休むのがプロの戦士だ。

 

 俺は焚き火の残り火を棒でつつきながら、星空を見上げた。

 満天の星。

 ドラクエ5の世界の夜空は、吸い込まれそうなほど美しく、そしてどこか寂しい。

 明日、あそこへ入る。

 原作では、ここから先は「子供時代」の終わりであり、地獄の始まりだ。

 パパスが死に、俺たちが奴隷として連れ去られるシナリオ。

 

(……させるかよ)

 

 俺は拳を握りしめた。

 レベル38。装備万全。心の準備もできている。

 だが、それでも不安が消えないのは、相手が「運命」という不確定要素だからか。

 

「……王子さま?」

 

 背後から、衣擦れの音と共に小さな声がした。

 振り返ると、リュカが毛布を肩から羽織って立っていた。

 眠そうな目をこすっているが、その表情には不安の色が濃い。

 

「どうした、眠れないのか?」

「うん……。目を閉じると、嫌な夢を見ちゃって」

 

 リュカがぽつりと呟く。

 予知夢かもしれない。あるいは、母親の血が危機を察知しているのか。

 俺は焚き火の横を叩いて示した。

 

「座れよ。一人で震えてるよりマシだろ」

「……うん」

 

 リュカは俺の隣にちょこんと座り、膝を抱えた。

 パチパチと薪が爆ぜる音だけが響く。

 リュカの体温が、微かに伝わってくる。

 

「……怖いか?」

 

 俺が聞くと、リュカは少し考えてから、小さく首を横に振った。

 

「ううん。不思議なんだけど……怖くないの」

「強がりじゃなくてか?」

「本当だよ。だって……王子さまがいるもん」

 

 リュカが顔を上げ、焚き火に照らされた瞳で俺を真っ直ぐに見つめた。

 

「お父さんもいるけど、王子さまが隣にいてくれると、なんだか『絶対に大丈夫』って気がするの。……ボク、変かな?」

 

 はにかむような笑顔。

 その言葉の重みに、俺の胸が熱くなる。

 俺がいるから、怖くない。

 最強の殺し文句だ。

 

 俺はリュカの頭に手を置き、乱暴に、しかし優しく撫で回した。

 

「変じゃないさ。俺も同じだ」

「えっ?」

「俺も、お前がいるから戦える。お前が信じてくれるから、俺は強くなれたんだ」

 

 これは嘘じゃない。

 リュカという存在がいなければ、俺はただの「転生して調子に乗ってるだけのガキ」で終わっていただろう。

 守りたいものが、俺を「戦士」にした。

 

「リュカ。約束だ」

 

 俺は小指を差し出した。

 

「明日、何が起きても、絶対に俺のそばを離れるな。俺もお前を離さない」

「……うん!」

「そして、三人で生きて帰るぞ。帰ったら、また風呂上がりの果実水を飲もうぜ」

 

 リュカが吹き出し、それから自分の小指を俺の小指に絡めた。

 

「指切りげんまん、嘘ついたら……」

「針千本……じゃなくて、デボラお嬢様に逆さ吊りにされる刑な」

「えっと……デボラお嬢様? 誰なの?」

 

 リュカが不思議そうに首を傾げる。

 しまった。口が滑った。こいつはまだ、あのサラボナの爆弾娘を知らないんだった。

 

「ああ、俺の知り合いでな。とんでもなく気性の激しい……でも、一本筋の通った女性さ。いつか紹介してやるよ」

「ふふっ、王子さまがそんな顔をするなんて、よっぽど怖い人なんだね」

 

 ひとしきり笑い合うと、リュカの緊張はほぐれたようだった。

 やがて、安心したのか、リュカの頭がこくりこくりと揺れ始め、最後には俺の肩にコツンと寄りかかった。

 

 健やかな寝息。

 長い睫毛が頬に影を落とし、無防備に開いた口元からは、安心しきった寝息が漏れている。

 

(……まったく、襲われても文句言えないぞ)

 

 俺は苦笑し、自分のマントをリュカの背中にかけてやった。

 この温もりを、絶対に冷たい石床には転がさせない。

 

 東の空が白むまで、あと数時間。

 俺はリュカの寝顔と星空を見守りながら、静かに剣の柄を握りしめた。

 

 ♢

 

 翌朝。

 俺たちは森を抜け、開けた場所に出た。

 そこには、朽ち果てた石柱と、地下へと続く不気味な階段が口を開けていた。

 

 古代の遺跡。

 全ての因縁が交差する場所。

 

「……行きますか」

 

 パパスが低く呟き、大剣を構える。

 俺とリュカも頷き、後に続いた。

 もはや迷いはない。

 ゲマ、首を洗って待っていろ。

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