ラインハットのヘンリー王子に憑依転生してパパスを救う 作:拓拓
太后からの勅命を受けた俺たちは、すぐに城を出発した。
表向きは「パパス殿による魔物討伐」だが、俺が同行することは、一筋縄ではいかなかった。
父王は当初、「危険すぎる」と俺の同行に難色を示したのだ。
「古代の遺跡に巣食う魔物の『主』を叩き、王都の安寧を守る。それをこの目で見極めるのも王家の務めではありませんか」
俺がそう食い下がっても、父は首を縦には振らなかった。愛息を死地に送りたくない親心だろう。
だが、そこで意外な助舟――いや、毒船が出されたのだ。
「良いではありませんか、陛下。ヘンリーも次期国王。パパス殿のような英傑の戦いを間近で見ることも、得難い経験となりましょう」
太后だ。彼女が扇で口元を隠しながら、猫なで声で父王を説得したのだ。厄介払いの好機と見たのだろう。
父王は太后の言葉に弱く、結局は渋々と、しかし「絶対に無茶はするな」と念を押して俺の同行を認めたのだった。
出発の朝、城門には太后の姿があった。
彼女は扇で口元を隠しながら、目を細めて俺を見送った。
「素晴らしい心がけですわ、ヘンリー。是非、王家の務めを果たしていらっしゃい……ふふっ」
その艶やかな笑顔の裏には、「二度と戻ってくるな」という明確な殺意が見え隠れしていた。
俺はニヤリと不敵に笑い返し、無言で踵を返した。
行ってやるさ。だが、戻ってくるのは俺たちだ。
ラインハット城を出て、北の森へと続く街道。
空は厚い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうな天気だった。
俺たちは無言で歩を進めていた。
先頭にパパス、中央にリュカ、そして
完璧な布陣だ。
城門が見えなくなり、街道が木々に覆われた薄暗い獣道に差し掛かった頃。
――ピクリ。
俺の触覚が、周囲の殺気を感じ取った。
魔物ではない。理性的で、かつ粘着質な人間の殺意。
数は10。街道を挟むように伏せている。
「……パパス殿」
「ええ、気づいています」
俺が小声で呼びかけると、パパスは歩を緩めずに短く答えた。
さすがだ。歴戦の勇者は、背後の気配すら掌握しているらしい。
「リュカ、俺のそばを離れるなよ」
「えっ? う、うん……」
リュカが不安げに周囲を見回す。
その瞬間。
――ヒュンッ! ヒュンッ!
風切り音と共に、茂みから数本の矢が放たれた。
狙いはパパスと、俺。
「甘い!」
パパスが大剣を抜き放ち、旋風のような速さで矢を叩き落とす。
俺は微動だにしない。
俺に向かってきた矢は、俺が纏う「気」のバリアに弾かれ、空しく地面に突き刺さった。
「チッ、外しやがったか!」
「構わん、囲め! ガキどもごと始末しろ!」
茂みから黒装束の男たちが飛び出してきた。
手には毒塗りの短剣や曲刀。
装備の質がいい。山賊ごときが持てる代物ではない。城の兵士が使う制式採用の武器だ。
やはり、太后の差し金か。
「魔物に襲われて全滅した」という筋書きにするつもりなのだろう。
「リュカ、盾を使え! 防御に専念しろ!」
「は、はいっ! 『マジックシールド』!」
リュカが素早く盾を構え、その陰に身を隠す。
教えた通りの完璧な動きだ。
これで心置きなく暴れられる。
俺とパパスは背中合わせに立った。
視線を交わす必要すらない。
「数は10。私が前衛を」
「なら俺は遊撃といこう。……賭けますか? どっちが多く狩れるか」
「ハハッ、王子には敵いそうにありませんな」
軽口を叩き合う俺たちを見て、暗殺者たちが激昂する。
「ナメやがって……殺せえぇぇっ!!」
男たちが殺到する。
だが、彼らは知らない。
自分たちが襲ったのが、獲物ではなく「捕食者」だということを。
――シッ!
俺は地面を蹴った。
残像を残すほどの高速移動。
先頭の男が反応する前に、俺の鋼の剣が閃く。
――ザシュッ!
峰打ちだ。だが、レベル38の力で行う峰打ちは、鉄パイプで殴打するに等しい破壊力を持つ。
男が白目を剥いて吹き飛ぶ。
「なっ……!?」
「よそ見してる暇はないぞ!」
パパスが咆哮と共に大剣を薙ぎ払う。
豪快かつ繊細な剣技。一度に三人の男が空中に舞い上げられ、地面に叩きつけられて昏倒する。
強い。
単純なステータスなら俺の方が上かもしれないが、実戦での「空間支配力」はパパスに一日の長がある。
これが、勇者の父の背中か。
「なら、俺は魔法で援護といこうか! ……ベギラマ!」
俺は距離を取ろうとした弓兵たちに向けて、掌を向けた。
灼熱の閃光が迸る。
手加減はしている。黒焦げにはせず、全身の体毛だけをチリチリに焼き払って戦闘不能にする、絶妙かつ慈悲深い出力調整。
「うわああああっ!!」
「ひぃぃっ! なんだこいつら、化け物か!?」
悲鳴が上がる。
戦いになっていない。一方的な蹂躙だ。
わずか数十秒。
街道には、呻き声を上げて転がる黒装束の男たちの山ができていた。
「……ふぅ」
俺は剣を納め、パパスと顔を見合わせた。
パパスも涼しい顔で剣を拭っている。
「お見事です、王子。魔法と剣の連携、完璧でした」
「パパス殿こそ。背中を預けられる安心感が違うな」
俺たちは拳を軽く合わせ、勝利を称え合った。
盾の陰から恐る恐る顔を出したリュカが、目を輝かせて駆け寄ってくる。
「すごい……! 二人とも、あっという間だった……!」
「怪我はないか、リュカ」
「うん、大丈夫! 王子さまがくれた盾のおかげ!」
リュカが無邪気に笑う。
その笑顔を守れたことに安堵しつつ、俺は倒れている男の一人の覆面を剥ぎ取った。
見覚えのある顔だ。城の裏門を守っていた衛兵の一人。
「……やはり、な」
パパスが険しい顔で男を見下ろす。
「山賊ではありませんな。この装備、そして連携……軍隊の動きだ」
「太后の私兵でしょう。俺たちを魔物の仕業に見せかけて始末するつもりだったようだ」
俺が淡々と告げると、パパスはギリと奥歯を噛み締めた。
「腐っている……。王子、貴方はこのような闇の中で戦っておられたのか」
「慣れっこですよ。……それに、ここまでは想定内だ」
俺は森の奥、古代の遺跡がある方角を見据えた。
これだけの戦力差を見せつけても、まだ俺たちを殺せると過信している黒幕がいる。
ゲマ。
奴はまだ、俺という
「行こう、パパス殿、リュカ。これはただの前座だ。本番は、この先にある」
俺たちは意識を失った男たちを放置し(縄で縛って木に吊るしておいた)、再び歩き出した。
雨雲が割れ、薄日が差し込んでくる。
古代の遺跡まで、あと少し。
運命の歯車を叩き壊す、最高の舞台が待っている。
♢
その日の夜。
俺たちは遺跡から少し離れた岩場の陰で野営を張った。
不用意に火を焚けば魔物に見つかる可能性があるが、パパスがいる以上、多少の灯りは許容範囲だ。むしろ、魔物を引き寄せて狩るくらいの気概がある。
深夜。
見張りの当番は俺だった。
パパスは少し離れた場所で、大剣を抱くようにして仮眠をとっている。規則正しい寝息。どんな状況でも休める時に休むのがプロの戦士だ。
俺は焚き火の残り火を棒でつつきながら、星空を見上げた。
満天の星。
ドラクエ5の世界の夜空は、吸い込まれそうなほど美しく、そしてどこか寂しい。
明日、あそこへ入る。
原作では、ここから先は「子供時代」の終わりであり、地獄の始まりだ。
パパスが死に、俺たちが奴隷として連れ去られるシナリオ。
(……させるかよ)
俺は拳を握りしめた。
レベル38。装備万全。心の準備もできている。
だが、それでも不安が消えないのは、相手が「運命」という不確定要素だからか。
「……王子さま?」
背後から、衣擦れの音と共に小さな声がした。
振り返ると、リュカが毛布を肩から羽織って立っていた。
眠そうな目をこすっているが、その表情には不安の色が濃い。
「どうした、眠れないのか?」
「うん……。目を閉じると、嫌な夢を見ちゃって」
リュカがぽつりと呟く。
予知夢かもしれない。あるいは、母親の血が危機を察知しているのか。
俺は焚き火の横を叩いて示した。
「座れよ。一人で震えてるよりマシだろ」
「……うん」
リュカは俺の隣にちょこんと座り、膝を抱えた。
パチパチと薪が爆ぜる音だけが響く。
リュカの体温が、微かに伝わってくる。
「……怖いか?」
俺が聞くと、リュカは少し考えてから、小さく首を横に振った。
「ううん。不思議なんだけど……怖くないの」
「強がりじゃなくてか?」
「本当だよ。だって……王子さまがいるもん」
リュカが顔を上げ、焚き火に照らされた瞳で俺を真っ直ぐに見つめた。
「お父さんもいるけど、王子さまが隣にいてくれると、なんだか『絶対に大丈夫』って気がするの。……ボク、変かな?」
はにかむような笑顔。
その言葉の重みに、俺の胸が熱くなる。
俺がいるから、怖くない。
最強の殺し文句だ。
俺はリュカの頭に手を置き、乱暴に、しかし優しく撫で回した。
「変じゃないさ。俺も同じだ」
「えっ?」
「俺も、お前がいるから戦える。お前が信じてくれるから、俺は強くなれたんだ」
これは嘘じゃない。
リュカという存在がいなければ、俺はただの「転生して調子に乗ってるだけのガキ」で終わっていただろう。
守りたいものが、俺を「戦士」にした。
「リュカ。約束だ」
俺は小指を差し出した。
「明日、何が起きても、絶対に俺のそばを離れるな。俺もお前を離さない」
「……うん!」
「そして、三人で生きて帰るぞ。帰ったら、また風呂上がりの果実水を飲もうぜ」
リュカが吹き出し、それから自分の小指を俺の小指に絡めた。
「指切りげんまん、嘘ついたら……」
「針千本……じゃなくて、デボラお嬢様に逆さ吊りにされる刑な」
「えっと……デボラお嬢様? 誰なの?」
リュカが不思議そうに首を傾げる。
しまった。口が滑った。こいつはまだ、あのサラボナの爆弾娘を知らないんだった。
「ああ、俺の知り合いでな。とんでもなく気性の激しい……でも、一本筋の通った女性さ。いつか紹介してやるよ」
「ふふっ、王子さまがそんな顔をするなんて、よっぽど怖い人なんだね」
ひとしきり笑い合うと、リュカの緊張はほぐれたようだった。
やがて、安心したのか、リュカの頭がこくりこくりと揺れ始め、最後には俺の肩にコツンと寄りかかった。
健やかな寝息。
長い睫毛が頬に影を落とし、無防備に開いた口元からは、安心しきった寝息が漏れている。
(……まったく、襲われても文句言えないぞ)
俺は苦笑し、自分のマントをリュカの背中にかけてやった。
この温もりを、絶対に冷たい石床には転がさせない。
東の空が白むまで、あと数時間。
俺はリュカの寝顔と星空を見守りながら、静かに剣の柄を握りしめた。
♢
翌朝。
俺たちは森を抜け、開けた場所に出た。
そこには、朽ち果てた石柱と、地下へと続く不気味な階段が口を開けていた。
古代の遺跡。
全ての因縁が交差する場所。
「……行きますか」
パパスが低く呟き、大剣を構える。
俺とリュカも頷き、後に続いた。
もはや迷いはない。
ゲマ、首を洗って待っていろ。