ラインハットのヘンリー王子に憑依転生してパパスを救う   作:拓拓

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第11話 ゲマ

 遺跡の内部は、冷たく湿った空気に満ちていた。

 壁には苔がむし、崩れかけた天井からは地下水が滴り落ちている。

 

 だが、その静寂はすぐに破られた。

 

 ――カタカタカタ……。

 

 闇の奥から聞こえてくる、乾いた骨の音。

 骸骨――スカルサーペントの群れだ。

 さらに天井からは、不気味な瞳を持つ浮遊魔物、ダークアイが降下してくる。

 

「下がっていなさい、二人とも!」

 

 パパスが叫び、大剣を一閃させる。

 剛剣。

 骸骨兵の盾ごと胴体を粉砕し、風圧だけでダークアイを壁に叩きつける。

 さすがはレベル27(推定)。この辺りの魔物なら一撃だ。

 

 だが、数は多い。

 湧き出るように現れる魔物の群れに、パパス一人では手が回りきらない。

 

「リュカ、右だ!」

「はいっ! ……バギ!」

 

 俺の指示に、リュカが即座に反応する。

 右側面から迫っていた魔物の群れに向け、リュカが真空の呪文を放つ。

 

 以前の特訓で暴発させたようなデタラメな威力ではない。収束され、狙い澄まされた鋭い風の刃。

 先頭の魔物が切り裂かれ、後続が怯む。

 

「ナイスだ! トドメは俺がやる!」

 

 俺はリュカの前に飛び出し、怯んだ魔物たちを斬撃で吹き飛ばした。

 パパスが前衛、リュカが魔法支援、俺が遊撃。

 即席のパーティだが、連携は驚くほどスムーズだった。

 

「……ふぅ。数が減りませんな」

 

 第一層を掃討した後、パパスが額の汗を拭いながら言った。

 遺跡は迷路のように入り組んでいる。まともに探索していたら、消耗するばかりだ。

 

「パパス殿、こっちです」

 

 俺は迷わず、一見すると行き止まりに見える壁の方を指差した。

 

「王子? そちらは壁ですが……」

「この遺跡の構造図を、城の古い文献で見たことがあるんです。この壁の裏には隠し通路があり、最深部への近道になっているはずです」

 

 嘘だ。

 文献なんてない。あるのは俺の脳内に刻まれた、かつて数え切れないほど周回したゲームマップの記憶だけだ。

 この壁の奥に隠し階段があることなんて、RTA(リアルタイムアタック)走者ならずとも常識中の常識だ。

 

 俺は壁の特定の部分――石の継ぎ目が不自然な場所――を蹴り飛ばした。

 

 ――ズズズズ……。

 

 重い音と共に、壁が回転し、下り階段が現れた。

 

「なんと……!」

「すごいです、王子さま!」

 

 パパスとリュカが驚きの声を上げる。

 俺は「偶然ですよ」と肩をすくめて見せ、先に立って階段を降りた。

 

 その後も、俺のナビゲートは冴え渡った。

 落とし穴の位置、魔物が潜む死角、そして最短ルート。

 

 まるで自分の家の庭を散歩するかのように、俺たちは遺跡の深部へと進んでいった。

 魔物との戦闘は避けられないが、無駄な探索を省いたおかげで、体力も魔力も温存できている。

 

 何より、パパスの消耗を最小限に抑えられているのが大きい。

 原作では、パパスは息子を探して遺跡内を彷徨い、疲弊した状態でゲマたちと戦うことになった(という説もある)。

 だが今は、万全の状態だ。

 

 そして。

 俺たちはついに、巨大な青銅の扉の前に辿り着いた。

 

 この奥が、最深部。

 ゲマたちが待ち受ける祭壇の間だ。

 

 扉の隙間から、禍々しい紫色の瘴気が漏れ出している。

 肌がピリピリと痛むほどの邪気。

 リュカが不安げに俺の袖を掴んだ。

 

「……王子さま」

「大丈夫だ」

 

 俺はリュカの手を握り返し、パパスを見た。

 パパスもまた、覚悟を決めた戦士の顔で頷いた。

 

「ここからは、何が起きるか分かりません。……リュカ、ヘンリー王子。決して私の背中から離れないでください」

「ええ。背中は任せてください」

 

 俺は腰の『きせきのつるぎ』を抜き放った。

 レベル38。最強装備。そして万全の仲間たち。

 準備は終わった。

 

「開けますぞ」

 

 パパスが重い扉に手をかけ、力を込める。

 ギギギ、と軋んだ音を立てて、運命の扉が開かれた。

 

 そこには、俺の記憶にある通りの光景が広がっていた。

 祭壇。怪しげな儀式の痕跡。

 

 そして、俺たちを待ち構える三つの影。

 馬面の悪魔ジャミ。

 巨体の戦鬼ゴンズ。

 そして、中央に浮遊する、憎悪すべき僧侶姿の魔物――ゲマ。

 

「……おや、随分と早い到着ですね」

 

 ゲマが薄ら笑いを浮かべ、慇懃無礼な口調で出迎える。

 その瞳が、俺たちを値踏みするように細められた。

 

「ようこそ、パパス様。そして……可愛い生贄の皆様」

 

 来たな、諸悪の根源。

 俺は剣を構え、一歩前に出た。

 

 挨拶はいらない。ここからは、殺るか殺られるかのデスマッチだ。

 

 ♢

 

「……いい眺めですねぇ。絶望に染まる前の、希望に満ちた魂というものは」

 

 ゲマがゆらりと空中に浮き上がり、両手を広げた。

 その背後で、馬面のジャミと巨体のゴンズが、下卑た笑い声を上げて武器を構える。

 

「フフフ……。さあ、こい。 地獄の使者が、むかえにきたぞ!」

「フン! お前が、パパスか。 なかなか、いい面がまえだな」

 

 原作通りの、胸糞が悪くなる台詞。

 パパスが激昂し、大剣を握りしめる。

 リュカが恐怖に震え、身を縮こませる。

 

 ――シナリオ通りなら、ここから泥沼の消耗戦が始まり、やがて悲劇の幕が上がる。

 

 だが。

 

「……うるせえ、雑魚ども」

 

 俺は冷徹に呟き、懐から小さな小瓶を取り出した。

『ファイトいっぱつ』。

 錬金術師に特注で作らせた、攻撃力を限界まで引き上げる禁断の秘薬だ。

 

 さらに、素早さを高める『すばやさのたね(濃縮液)』も一気に煽る。

 ガリッ、とガラスごとかみ砕き、破片ごと液体を喉に流し込む。

 

 瞬間、心臓が破裂しそうなほど脈打ち、全身の筋肉がミシミシと悲鳴を上げて膨張した。

 視界が赤く染まる。世界が止まって見える。

 

「ヘ、ヘンリー王子……?」

 

 パパスが俺の異変に気づくが、もう遅い。

 俺は地面を蹴った。

 

 世界から音が消失したかのような静寂の加速。

 あまりの加速に、空気が置き去りにされたのだ。

 俺の姿がかき消える。

 

 次に俺が現れたのは、ジャミとゴンズの目の前──いや、その背後だった。

 

「な……!?」

 

 二匹の魔物が、間の抜けた顔で振り返ろうとする。

 遅い。

 あまりにも遅すぎる。

 

「消えろ。──はやぶさ斬り」

 

 俺の剣が、認識不可能な速度で閃いた。

『星降る腕輪』で加速された、音すら置き去りにする神速の二連撃。

 

 手加減なし。レベル38のステータスに、ドーピングによるブーストを乗せた、正真正銘の全力全開。

 

 ──ヒュンッ……ドォォォォォォンッ!!

 

 斬撃が速すぎて、破壊音は一瞬遅れてやってきた。

 十字の剣閃が、ジャミとゴンズを同時に切り裂き、その余波だけで空気が爆ぜる。

 

 断末魔すら上げる間もなく、二匹の巨体は細胞レベルで寸断され、衝撃波に吹き飛ばされて霧散した。

 斬撃の威力は留まるところを知らず、そのまま背後の遺跡の壁をも抉り取り、広間全体を揺るがす轟音となって吹き荒れた。

 

「え……?」

 

 ゲマの目が点になる。

 パパスが口をあんぐりと開ける。

 一瞬だ。

 瞬きする間に、中ボス級の側近二匹が、文字通り「消滅」したのだ。

 

「──次はお前だ。ゲマ」

 

 俺は『きせきのつるぎ』をゆらりと構え、ゆっくりとゲマの方へ向き直った。

 全身から立ち上る湯気。過剰なエネルギーがオーラとなって噴出している。

 

「パパス殿!!」

 

 俺は呆然としているパパスに一喝した。

 

「リュカを守れ! 一歩も動くな! 雑魚は俺が片付けた、残るゴミ掃除は俺一人で十分だ!」

「は、はいっ! ……し、しかし王子、相手は……!?」

「関係ない。……今の俺は、機嫌が悪いんだ」

 

 俺は剣先をゲマに突きつけた。

 ゲマの顔から、余裕の笑みが消え失せていた。

 脂汗が、その青白い額を伝う。

 

「ば、馬鹿な……。ジャミとゴンズを一撃で……? 人間ごときが、ありえません……!」

「ありえない? なら、もっと見せてやるよ」

 

 俺は一歩踏み込む。

 ゲマが条件反射的に杖を振るった。

 

「おのれ、小賢しい! 燃え尽きなさい! メラゾーマ!!」

 

 極大の火球。

 本来ならパパスの命を奪うはずだった、絶望の炎。

 それが俺に向かって放たれる。リュカが悲鳴を上げる。

 

 だが、俺は避けなかった。

 真正面から、その炎に突っ込んだ。

 

 ――ボォォォォッ!!

 

 紅蓮の炎が俺を飲み込む。

 ゲマが勝ち誇ったように口角を上げる。

 

 しかし。

 

「……なんだ、この温風は」

 

 炎を切り裂き、俺はゲマから視線を外すことなく――現れた。

『しんぴのよろい』と『マジックシールド』、それから俺自身の高い魔法耐性。

 かすり傷程度のダメージも、鎧と剣の神秘的な力ですぐさま癒えていく。

 

 メラゾーマのダメージなど、微々たるものだ。

 

「な、なにィィッ!?」

「驚くにはまだ早いぞ」

 

 俺はゲマの懐に潜り込み、がら空きの腹部に蹴りを叩き込んだ。

 

 ドゴッ!!

 

「ぐ、おぉっ……!?」

 

 ゲマがくの字に折れて吹き飛ぶ。

 壁に激突し、ずり落ちる魔道士。

 

 俺は追撃の手を緩めない。

 回復する隙など与えない。詠唱する暇など与えない。逃げる間など――与えない。

 これは戦闘ではない。処刑だ。

 

「立てよ、ゲマ。お前のシナリオはこんなもんか?」

 

 俺は倒れたゲマの顔面を、ブーツの底で踏みつけた。

 グリグリと力を込める。

 

「パパスを殺す? 俺たちを奴隷にする? ……笑わせるな」

 

 俺は『きせきのつるぎ』を振り上げた。

 神秘的な輝きを放つ刀身に、メラの炎を宿らせる。

 

 かつてビアンカに見せた、小さな手品の炎ではない。

 今の俺の魔力が込められたそれは、太陽の表面温度にも匹敵する白熱の刃だ。

 

「お前が殺すはずだった男の息子(リュカ)が見てるぞ。無様に散れ」

 

 ゲマが恐怖に目を見開き、何かを叫ぼうとした。

 

「ま、待て! 私はミルドラース様の……!」

「知るか」

 

 ――ザンッ!!

 

 一閃。

 白熱の刃が、ゲマの身体を袈裟懸けに両断した。

 

 断末魔すら上げる間もなく、その身体が灰となって崩れ落ちていく。

 後に残ったのは、ただの黒い煤だけ。経験値が入ったファンファーレすら鳴らない、あっけない幕切れだった。

 

 俺は剣を振り払い、ふぅ、と息を吐いて「ファイトいっぱつ」の副作用で震える腕を抑えた。

 

 終わった。

 圧倒的な暴力によって、運命は書き換えられた。

 

 振り返ると、パパスは畏怖と驚愕がないまぜになった顔で、リュカは涙を溜めた瞳で救世主を崇めるように、俺を見つめていた。

 

 煤となって消えたゲマの残滓を見届けた瞬間、俺を支えていた「力」が、砂の城が崩れるように抜け落ちていった。

 

「……あ」

 

 急激な脱力感。視界がグラリと揺れる。

 ドーピングアイテム『ファイトいっぱつ』と『すばやさのたね(濃縮液)』の強烈な反動だ。無理やり引き出された筋肉と魔力が、悲鳴を上げながら急速に冷却されていく。

 

 俺は膝から崩れ落ち、冷たい石床に手をついた。

 

「ヘンリー王子!!」

 

 パパスが弾かれたように駆け寄り、大きな手で俺の身体を支える。

 その目は、まだ信じられないものを見ているようだった。

 

「大丈夫ですか!? 今のは……一体、何だったのですか。あの身のこなし、あの魔法……。貴方は、本当に8歳の子供なのですか?」

 

 震える声。伝説の戦士が、俺という存在に怯え、同時に心からの敬意を払っている。

 俺は荒い息をつきながら、無理やり口角を上げた。

 

「……言っただろ。俺は、ただの……我儘王子だ。……少し、無理をしただけさ」

 

 その時。

 

「王子さまぁぁぁっ!!」

 

 小さな、しかし必死な叫び声と共に、紫のターバンが俺の胸元に飛び込んできた。

 リュカだ。

 彼は俺の首に腕を回し、顔を胸に埋めて泣きじゃくった。

 

「死んじゃうかと思った……! あの怖い魔法に打たれて、もう会えないかと思ったんだよぉ!」

「……お、おい。苦しいって、リュカ」

 

 縋り付いてくる身体の、驚くほどの柔らかさと温かさ。

 鼻をくすぐる、石鹸と涙が混じったようなリュカ特有の香り。

 俺は内心で(……お、落ち着け俺。こいつは男だ、原作主人公だ!)と必死に理性を保ちつつ、震える背中を優しく撫でた。

 

「泣くな。……言っただろ、俺はお前を離さないって。約束は守る主義なんだ」

「……うん、ううっ……王子さまぁ……」

 

 パパスが、その光景を静かに見守っていた。

 彼の目には、もはや疑念はない。ただ、自らの子にこれほどの安らぎと勇気を与える「少年」への、深い確信があった。

 

(……ヘンリー王子。貴方こそが、我が子を託し、共に対等に歩むべき御方……)

 

 パパスの胸中で、ある二文字が、あるべき運命として強固に結びついた瞬間だった。

 

 少し落ち着きを取り戻した後、俺はゲマの消滅跡を調べた。

 真っ黒な煤の中に、焼け残ったいくつかの物品がある。

 

「これは……?」

 

 一つは、羊皮紙で作られた計画書。そこには、ラインハットを足がかりに中原を支配する『光の教団』の拠点図が克明に記されていた。

 そしてもう一つ。不気味な光を放つ紫色の水晶玉――通信機だ。

 

 水晶に触れると、微かにノイズが混じった低い声が響いてきた。

 

『……ゲマよ、どうした。パパスの処理は済んだか……』

 

 イブール。あるいは、さらにその上の。

 俺は無言で、その水晶玉を床に叩きつけて粉砕した。

 

「……パパス殿。敵はゲマだけじゃない。この世界には、もっと根の深い闇が広がっているようだ」

「ええ。光の教団……そして、その背後にいる者たち。……ヘンリー王子、我々の戦いは、まだ始まったばかりのようですね」

 

 俺たちは顔を見合わせた。

 原作では知る由もなかった、敵の全貌。

 だが今の俺たちには、それを迎え撃つ力と、事前の知識がある。

 

 ♢

 

「……さて。長居は無用だ。とっととここを出ようぜ。この空気、肌に悪そうだ」

 

 俺が立ち上がると、リュカが慌てて俺の服の裾を掴んだ。

 まだ離れるのが怖いらしい。俺は苦笑して、そのままリュカを連れて階段を登った。

 

 遺跡の外へ出ると、眩しいほどの朝日が差し込んできた。

 冷たい朝の空気が、火照った身体に心地よい。

 

「ぷはぁ! 生きてるって感じがするな!」

「あはは、王子さま、変な顔!」

 

 リュカがようやく笑った。

 パパスもまた、大きく伸びをして空を仰いだ。

 

「……ふむ。緊張が解けたら、急に腹が減ってきましたな」

「そうだな。昨日の晩飯、半分しか食ってないし」

「ヘンリー王子。城に戻ったら、是非私の手料理を振る舞いましょう。サンタローズ仕込みの戦士の肉料理、絶品ですよ」

 

 パパスが自信満々に胸を叩く。

 俺とリュカは一瞬、顔を見合わせた。

 

「……リュカ。親父さんの料理、美味いのか?」

「……えっと。お肉は、すごく……ワイルド。顎が、丈夫になるよ……あはは」

「……察した。俺、今日は城の厨房に注文しとくわ」

 

 俺たちのやり取りに、パパスが「おや、失礼な!」と笑い声を上げる。

 

 平和だ。

 本来ならここで命を落とし、あるいは奴隷として絶望のどん底にいたはずの俺たちが、こうして笑っている。

 運命は、確かに変わった。

 

 だが。

 

(……待ってろよ、ミルドラース。俺が大人になる頃には、お前の居場所なんて無くなってるからな)

 

 俺はリュカの手を繋いだまま、ラインハットへの凱旋の道を歩き出した。

 王子の、そして俺の物語は、ここから加速していく。

 

 ラインハット城の正門が見えてきた時、城門を守る兵士たちの顔には明らかな動揺が走っていた。

 死地へと送り出したはずのパパス一行、そしてヘンリー王子が、傷一つないどころか、さらなる威圧感を纏って帰還したのだから。

 

 俺たちは出迎えの言葉も待たず、真っ直ぐに玉座の間へと向かった。

 廊下ですれ違う侍女や大臣たちが、俺の纏う「覇気」に当てられ、壁際にへたり込んでいく。

 

 ――バァァァンッ!!

 

 俺は玉座の間の重厚な扉を、蹴り破る勢いで開け放った。

 

「ヘ、ヘンリー!? パパス殿も……無事だったのか!」

 

 玉座に座る父王が、驚きと共に立ち上がる。その隣には、相変わらず扇で口元を隠し、忌々しそうに目を細める太后の姿があった。

 

「……随分と早いお帰りですこと。魔物討伐はどうなりましたの?」

 

 太后の冷ややかな声。

 俺は一言も発さず、懐からあの「計画書」と「粉砕した水晶玉の破片」を取り出し、玉座への階段にぶちまけた。

 

「……なんだ、これは?」

「太后の『お友達』からの手紙ですよ、親父」

 

 俺は低く、よく通る声で告げた。

 これまでの子供っぽい演技は一切含まない、一国の王子としての、そして「最強の戦士」としての宣告だ。

 

「遺跡にいたのは単なる魔物じゃない。光の教団……世界を裏から支配しようとするカルト集団だ。そしてそこのババア……太后は、その手先としてラインハットを乗っ取ろうとしていた」

 

「な、何を馬鹿なことを……! ヘンリー、狂ったのですか!?」

 

 太后が激昂し、立ち上がる。

 だが、俺の隣でパパスが一歩前に出た。その眼光は、魔物を射抜く鋭い矢のようだった。

 

「ヘンリー王子の仰る通りです、陛下。私はこの目で、遺跡に蠢く教団の幹部と、彼らが所持していたラインハット乗っ取りの書状を確認しました」

「パパス殿まで……。し、しかし、信じられん。太后がなぜ……」

「親父、まだ分からないのか?」

 

 俺は一歩、また一歩と階段を登る。

 太后の背後に控えていた護衛兵たちが、俺の殺気に耐えきれず、ガタガタと震えながら剣を落とした。

 

「本物の太后様は、城の地下に幽閉されている。……だろ、お前?」

 

 俺は太后の目の前まで歩み寄り、その瞳を真っ直ぐに睨みつけた。

 レベル38の『看破』。

 もはや人間の仮面など、俺の前では紙切れ同然だ。

 

「……フフ。フフフ……。あーあ、バレちゃった。これだから勘のいいガキは嫌いなのよ」

 

 太后の口が、ありえない角度まで裂けた。

 上品だったドレスが内側から膨れ上がり、醜悪な筋肉と体毛が突き破っていく。

 

「ギャァァァッ!! 化け物だっ!!」

「陛下をお守りしろ!!」

 

 玉座の間がパニックに陥る。

 父王が腰を抜かし、デールが泣き叫ぶ。

 現れたのは、巨大な爪と牙を持つ、高位の魔物。偽太后の正体だ。

 

「あはは! バレたならしょうがないわね! まずは王の首を喰らって、この国を血の海にして――」

「――遅い」

 

 魔物が跳躍しようとした瞬間、俺の手がその首を掴んでいた。

 

 レベル38の力。

 数トンの岩石をも砕くその指先が、魔物の分厚い皮膚に食い込む。

 

「ギ、ガッ……!? な、なに、この、ちから……っ!」

「お前のシナリオはここで終わりだ。……リュカ、見るなよ」

 

 俺は背後のリュカに一言かけ、反対の手で剣を抜いた。

 剣が、魔力を帯びて白熱する。

 

「冥土の土産に教えてやるよ。……お前らが『奴隷』にするはずだったガキに殺される気分はどうだ?」

 

「ま、まて……たすけ……」

「死ね」

 

 ――ザンッ!!

 

 一閃。

 玉座の間を、眩い光の線が横切った。

 

 魔物の巨大な頭部が宙を舞い、残された胴体が噴水のように血を吹き出して崩れ落ちる。

 静寂。

 

 返り血を浴びた俺は、冷徹な目で、床に転がる魔物の首を見下ろした。

 周囲には、あまりの光景に声を失った大臣たちと、ただ震える父王がいる。

 

 俺は剣を払い、鞘に収めた。

 

「……終わったぞ。親父、あとの『掃除』は大臣たちにやらせろ。文句はないよな?」

 

 俺の言葉に、父王はただ、縋るように何度も何度も頷くことしかできなかった。

 ラインハットの闇は、今この瞬間、物理的な暴力によって完全に払拭された。

 俺の、真の意味での「執政者」としての生活がここから始まる。

 

 背後でリュカが、震える手で俺の服の裾をギュッと掴んだ。

 俺は振り返り、その頭を優しく撫でる。

 

「……怖かったか?」

「……ううん。……王子さま、カッコよかった」

 

 そう言ってはにかむリュカの笑顔だけが、血生臭い玉座の間で唯一の救いだった。

 

 ♢

 

 魔物の死骸が放つ異臭が立ち込める玉座の間で、俺は立ち尽くす父王と大臣たちを冷ややかに一瞥した。

 返り血を拭うことすらせず、俺は玉座の裏側、隠し扉のレバーを迷わず引く。

 

「ヘ、ヘンリー? どこへ行くのだ」

「決まっているだろ。……『掃除』の次は、『救出』だ。おい、親父も大臣たちも全員ついてこい。お前たちが何を見落とし、何を切り捨ててきたのか……その目でしっかり焼き付けてもらうぞ」

 

 拒絶を許さない覇気に押され、父王や大臣たちは顔を青くしながら、俺とパパスの後に続いた。リュカの手を引き、俺たちは湿った地下階段を降りていく。

 

 地下深く、鉄格子の嵌まった薄暗い一室。

 そこには、ボロボロの衣服を纏いながらも、気品を失わずに祈りを捧げる一人の女性がいた。

 

「……そ、そんな。あそこにいるのは……」

「まさか、本物の太后様……!? では、今まで玉座にいたのは……」

 

 後ろからついてきた大臣たちが、驚愕のあまり腰を抜かした。父王は「ああ……」と力なく声を漏らし、目の前の現実を信じられないといった様子で震えている。

 

「母上」

「……え?」

 

 俺の声に、女性がゆっくりと顔を上げた。

 本物のラインハット太后。俺の義母であり、デールの母だ。

 彼女は幽霊でも見るかのような目で、俺、それからその背後にいる夫や臣下たちを見つめ、それから震える声で俺の名を呼んだ。

 

「ヘンリー……なの? 生きて……いてくれたのね……!」

「ああ。……今、出します」

 

 俺は腰の剣を抜き、物理的に鉄格子を叩き切った。

 レベル38の暴力は、錠前を探す手間すら省かせてくれる。

 

 崩れ落ちるように俺に縋り付く太后。彼女は、かつて俺が「我儘」で困らせていたことなど忘れたかのように、ただひたすらに涙を流して俺の無事を喜んだ。

 

「太后……すまない、私は、私はなんて愚かなことを……!」

「お許しください、太后様! 我らが無能なばかりに……!」

 

 父王が、そして大臣たちが次々とその場に膝をつき、震える声で言葉にならない謝罪を絞り出す。

 背後でパパスが、その光景を深く頷きながら見守っていた。リュカもまた、もらい泣きをしながら太后の背中を優しくさすっている。

 

(よし。これでラインハットの内憂は完全に消えた)

 

 俺は太后を支え、自責の念に駆られる父王たちを促して地上へと連れ戻した。

 玉座の間で再会した太后とデールの抱擁、それから家族全員が手を取り合い、嗚咽する姿。

 本来なら憎しみ合い、バラバラになっていたはずのこの家族を救ったのは、原作知識という名の、俺の「狂気」だった。

 

 ラインハットの王子ヘンリー。

 奴隷に堕ちる運命を捨て、彼はこの日、実質的な「覇王」としての産声を上げた。

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