ラインハットのヘンリー王子に憑依転生してパパスを救う   作:拓拓

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第4話 アルカパのおてんば姫

 季節は巡り、ラインハットの城下町にも初夏の風が吹き始めていた。

 

 俺がヘンリーになってから、数ヶ月という月日が流れていた。

 その間、俺は狂ったようなスピードで成長を続けていた。

 現在のステータス、レベル15。

 

 7歳の子供としては、もはや「異常」と呼ぶほかない数値だ。筋肉の密度、神経の伝達速度、魔力の保有量。すべてが常人の域を凌駕している。城周辺のスライムやドラキー程度では、もはや準備運動にすらならない。一睨みで逃げ出す魔物さえいる始末だ。

 

 退屈だ。圧倒的に刺激が足りない。

 

 ある日、俺は好機を見つけた。「北の関所付近に出没する盗賊団」の噂だ。

 俺はすぐさま兵士長の部屋へ乗り込み、机を叩いて直談判した。「王家の威信にかけて、この俺が成敗してくれる!」と。

 

 もちろん、子供の戯言だと一蹴されかけたが、そこは日頃の「手のつけられない暴れん坊」演技が功を奏した。「行かせなければ城内の骨董品を片っ端からへし折る」という無言の圧力をかけ、半ば呆れられる形で外出許可をもぎ取ったのだ。

 

 表向きは「公務」としての討伐遠征。だが実態は、ただの「お忍び」だ。

 護衛の兵士たちも、街道の入り口で「邪魔だ、ついてくるな」と撒いてきた。今の俺の脚力についてこられる兵士など、この国には存在しない。

 

 俺の真の目的は、盗賊退治のその先にある。

 関所を越えた北西の宿場町、アルカパ。

 そこへ行き、リュカの花嫁――ビアンカの動向を探ることだ。

 

 金髪のおてんば娘。幼馴染であり、数奇な運命に翻弄される天空の花嫁候補。

 パパスたちが到着する前に、彼女が今どうしているのか、この目で確かめておきたい。いや、あわよくば接触し、少しでも好感度を……じゃなくて、未来の悲劇を回避するための布石を打っておきたいのだ。

 

 しかし、運命とは皮肉なものだ。

 俺が探すまでもなく、向こうからやってきたのだから。

 

 ――アルカパへと続く山間の街道。

 そこで俺は、非道な光景を目撃した。

 

「へっへっへ、いい身なりをしてるじゃねえか」

「金目の物を置いていけば、命だけは助けてやるよ!」

 

 数人の薄汚い男たちが、一台の馬車を取り囲んでいた。

 御者台には、困り顔の壮年の男――ダンカン。

 そして馬車の荷台からは、女性が不安げに顔を覗かせている。ビアンカの母親だ。

 

 そんな二人を守るように、小さなナイフを構えて男たちを睨みつける金髪の少女がいた。

 

「やめなさいよ! お父さんとお母さんに指一本触れさせないわ!」

 

 おてんば姫、ビアンカだ。

 まだ幼いけれど、その勝気な瞳は宝石のように輝いている。二つに結った金髪が、威嚇するように揺れていた。

 だが、相手は凶悪な武装盗賊団。子供のナイフで太刀打ちできる相手じゃない。

 

「生意気なガキだ。さらって売り飛ばしてやる!」

「きゃっ!?」

 

 盗賊の一人が汚い手を伸ばし、ビアンカの腕を掴もうとした瞬間。

 

「――そこまでだ、下種ども」

 

 俺は街道脇の岩場から跳躍し、馬車の屋根に音もなく着地した。

 逆光を浴びて、深緑のマントがバサリと翻る。

 眼下の盗賊たちを見下ろす俺の心臓は、激しく脈打っていた。恐怖ではない。これが「運命の出会い」だという確信への興奮だ。

 

「誰だ、てめぇは!」

「通りすがりの……そうだな、正義の味方ってとこか」

 

 俺はニヤリと笑い、腰の剣――城の武器庫から拝借した「はがねのつるぎ」を抜き放った。

 鋼の刀身が、初夏の太陽を反射してギラリと輝く。

 

「さあ、ショータイムだ。かかってこいよ」

 

 リュカの未来の嫁(候補)の前で、無様な姿は見せられない。

 俺は剣先に「メラ」の熱量を集中させる。ボッ、と音を立てて鋼の刀身が紅蓮に染まった。松明(たいまつ)代わりにもなる、便利な照明器具の完成だ。

 

 戦闘は、一方的な蹂躙だった。

 

「う、うわあああっ! なんだこいつ、速すぎる!?」

「剣が燃えてるぞ!? 魔法剣士かよ!」

 

 盗賊たちの悲鳴が木霊する。

 俺は最小限の動きで彼らの錆びた剣や棍棒をかわし、峰打ちと蹴りで的確に急所を突いていく。

 レベル15の身体能力にとって、彼らの動きはスローモーションのように鈍重だった。

 

 最後の一人、リーダー格の男が震える手で剣を構える。

 俺はため息をつき、剣に纏わせた炎を強く燃え上がらせた。

 

「――消えろ」

「ヒッ、ヒイイイッ!!」

 

 男は腰を抜かしかけながら背を向け、仲間を引きずって蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

 街道に静寂が戻る。

 俺は剣の炎を消し、大げさに血振りの動作をしてから――実際には斬っていないので血はついていないが、鞘に納めた。

 

「怪我はないか? お嬢さん」

 

 俺は振り返り、呆然と立ち尽くしているビアンカに声をかけた。

 彼女は大きな瞳をパチクリとさせ、それから頬を朱に染めて大きく頷いた。

 

「う、うん! 助けてくれてありがとう! ……すごく強かったわ!」

「ははは、どういたしまして」

 

 やばい、可愛い。

 勝気な吊り目が、今は尊敬と驚きで丸くなっている。破壊力抜群だ。

 

「おお……なんと感謝してよいやら。旅のお方、あなたが来てくださらなければ、どうなっていたことか」

 

 御者台から降りてきたダンカンが、深々と頭を下げた。

 荷台の奥からは、母親も安堵の息を吐きながら、弱々しくも微笑みかけてくれている。

 

「礼には及びません。通りがかっただけですから」

「いやいや、そういうわけにはいきません! 見れば、あなたもアルカパへ向かう途中でしょう? どうぞこちらの宿屋へ来てください。最高のもてなしをさせていただきますぞ!」

 

 ダンカンの申し出。

 断る理由はない。というか、それが目的だ。

 俺は「それならお言葉に甘えて」と、少し照れたふりをして頷いた。

 

 こうして俺は、ダンカンの馬車――つまりビアンカの隣に座り、アルカパへの道のりを共にすることになった。馬車に揺られながら、ビアンカが身を乗り出してくる。

 

「ねえねえ、さっきの剣、どうやったの? 魔法? どこで覚えたの?」

「独学だよ。……君は?」

「私はビアンカ! 大きくなったら、あなたみたいな強い冒険者になりたいの!」

 

 弾けるような笑顔。

 俺は眩しさに目を細めながら、心の中でガッツポーズをした。

 第一関門、突破。

 コネクション作りは、これ以上ない形で成功したようだ。

 

 やがて、山間の盆地に、温かな明かりの灯る町並みが見えてきた。

 アルカパの町だ。

 

 ♢

 

 アルカパの町に到着した頃には、日はすっかり沈み、家々の窓から漏れる明かりが石畳を暖かく照らしていた。

 ダンカンの経営する宿屋は、町の中心にある立派な建物だった。

 

「さあ、着いたぞ! 母さんは部屋で休んでいてくれ。ビアンカ、お客様をご案内するんだ」

「はーい! こっちよ、お兄ちゃん!」

 

 ビアンカに手を引かれ、俺は宿屋の客室へと通された。

 清潔なリネン。木の温もり。ラインハットの豪華だが冷たい石造りの部屋とは違う、生活の匂いがする空間。

 荷物を置き、一息ついたところで、ドアが控えめにノックされた。

 

「……入っていい?」

 

 顔を出したのはビアンカだ。背中に何かを隠している。

 モジモジと部屋に入ってくると、彼女は隠していた小さな包みを差し出した。

 

「これ……お礼。その、形はちょっと変になっちゃったけど……」

 

 包みを開けると、そこには不格好な形のクッキーが入っていた。

 焦げ目が少しあり、大きさもバラバラ。

 デールが持ってきてくれたものを思い出させる、手作りの菓子。

 

 あの時、俺はそれを床に叩きつけた。

 弟を守るために。心を鬼にして。

 

 ――でも、今は違う。

 

 俺はクッキーを一つ摘み上げ、ビアンカの不安そうな瞳を真っ直ぐに見つめた。

 そして、口に放り込む。

 サクッとした食感。砂糖の甘さが、旅の疲れと乾いた心に染み渡っていく。

 

「……ん、美味い」

 

 演技ではない。自然と頬が緩み、満面の笑みがこぼれた。

 

「すごく美味しいよ、ビアンカ。お店で売ってるのより好きだ」

「ほ、ほんとに? お世辞じゃない?」

「ああ。君の優しさが詰まってる味がする」

 

 俺がそう言うと、ビアンカの顔がボッと音を立てんばかりに赤くなった。

「も、もう! 調子いいんだから!」と照れ隠しに俺の腕をペシペシ叩くが、その表情は嬉しさで緩みきっている。

 

(ごめんな、デール。兄ちゃんだけ、こんな役得で)

 

 心の中で弟に詫びつつ、俺はこの温かな時間を噛み締めた。

 

 その後、一階の酒場で開かれた夕食会は、ダンカンの豪快なもてなしで大いに盛り上がった。

 特製のシチューに、焼きたてのパン。ダンカンは上機嫌でジョッキを傾け、俺の武勇伝を聞きたがった。俺は正体がバレない程度に、適当な冒険譚をでっち上げて彼を楽しませた。

 

 そして、夜。

 部屋に戻り、ベッドで魔法の練習をしていた時だ。

 

 ――コンコン。

 

 再びノックの音。

「開いてるよ」と言うと、ビアンカが枕を抱えて……ではなく、目をキラキラさせて飛び込んできた。

 

「ねえ! 約束、覚えてる?」

「約束?」

「魔法よ! さっきの剣が燃えるやつ、私にも教えてくれるって言ったじゃない!」

 

 ああ、そういえば馬車の中でそんな話をしたような。

 ビアンカは魔法使いの素質がある。将来「メラゾーマ」まで覚える彼女なら、今の段階でも「メラ」くらいは習得できるかもしれない。

 

「よし、いいよ。ちょっと手を出して」

 

 俺はベッドの端に座り、ビアンカを隣に座らせた。

 小さな掌を上に向けてもらう。

 俺はその下から自分の手を添え、彼女の指先を包み込むように支えた。

 

「えっ……?」

「魔法っていうのは、イメージだ。身体の中にある熱い力を、指先に集めるんだ。こうやって……」

 

 俺は自分の魔力を少しだけ流し込み、彼女の魔力回路を誘導してやる。

 肌と肌が触れ合う距離。

 ビアンカの体温が伝わってくる。彼女の肩が少し強張り、耳まで赤くなっているのが分かる。

 シャンプーのような、甘い石鹸の香り。

 

 やばい。これ、リュカが見たら嫉妬で狂う案件じゃないか?

 いや、これは特訓だ。師匠と弟子だ。邪念を捨てろ。

 

「集中して。指先に小さな太陽を作るイメージだ。……熱くなってきただろ?」

「う、うん……なんか、ピリピリする……」

「そう、それが魔力だ。それを一気に解放する! ……メラ!」

 

 俺の声に合わせて、ビアンカも叫ぶ。

 

「メラッ!」

 

 ボッ!!

 

 彼女の指先に、マッチの火ほどの小さな炎が灯った。

 揺らめくオレンジ色の光が、二人の顔を照らし出す。

 

「わあ……! できた! 私にもできたわ!」

「すごいな、一発成功だ。ビアンカ、君には才能があるよ」

 

 俺が手を離しても、炎は消えない。

 ビアンカは炎を見つめ、それから俺を見て、今日一番の笑顔を咲かせた。

 

「ありがとう、先生!」

 

 その笑顔の破壊力に、俺の心臓は「会心の一撃」を受けたかのように跳ね上がった。

 これは……守りたい。

 レヌール城の幽霊だろうがゲマだろうが、この笑顔を曇らせる奴は全員、俺が灰にしてやる。

 

 夜更けまで続いた魔法教室。

 二人の影が、暖炉の明かりで壁に一つに重なっていた。

 

 ♢

 

 翌朝。

 早起きした俺たちは、朝の散歩がてら町の武器屋と防具屋を覗いてみることにした。

 ラインハットの城下町ほどではないが、アルカパも活気のある宿場町だ。掘り出し物があるかもしれないという淡い期待を抱いて。

 

 しかし、現実は甘くなかった。

 

「いらっしゃい! おすすめは『ブーメラン』だ! あとは『こんぼう』に『ひのきのぼう』!」

 

 武器屋の親父が威勢よく勧めてくるが、俺はため息交じりに棚を眺めるしかなかった。

 今の俺は「はがねのつるぎ」装備だ。レベル15の物理攻撃力を活かすには、少なくとも「はがね」以上のグレードが欲しい。だが、ここに並んでいるのは初期装備のラインナップばかり。

 

「……まあ、そうだよな」

 

 ゲームの進行度的には、ここはまだ序盤の町だ。強力な武器が売っているはずがない。

 ガッカリして店を出ようとした時、壁に掛けられた一振りの武器が目に入った。

 

 トゲのついた革製のムチ。

「いばらのムチ」だ。

 

「……そうだ。これなら」

 

 俺は足を止め、そのムチを指差した。

 

「親父、それ一本くれ。一番質のいいやつを頼む」

「へい! 毎度あり!」

 

 俺は袋からゴールドを取り出し(ラインハットの公費だ、遠慮はいらない)、ムチを購入した。

 そして、隣できょとんとしているビアンカに手渡す。

 

「はい、プレゼント」

「えっ!? わ、私に?」

「ああ。昨日の盗賊みたいな奴らに、また襲われるかもしれないだろ? 護身用だ」

 

 ビアンカはおずおずとムチを受け取り、その感触を確かめるように握りしめた。

 少し重そうだが、彼女の筋力なら扱えるはずだ。

 

「でも、私、ムチなんて使ったことないわ……」

「大丈夫、コツさえ掴めば簡単さ」

 

 俺は店の裏手にある広場へ彼女を連れ出し、即席のレクチャーを開始した。

 

「いいか、ビアンカ。ムチの最大の利点は『攻撃範囲』だ。剣やナイフは目の前の敵一人しか狙えないが、ムチはしなる動きで複数の敵を一網打尽にできる」

 

 俺は彼女の手を取り、手首のスナップの効かせ方を教える。

 

「手だけで振るんじゃない。腰を入れて、遠心力を使って……横に薙ぎ払うイメージだ! そうすれば、グループ単位の敵全員にダメージを与えられる」

「こ、こう!?」

 

 ビアンカが掛け声と共にムチを振るう。

 ヒュンッ!

 空気を切り裂く鋭い音が響き、ムチの先端が地面の空き缶を弾き飛ばした。

 

「うまい! 筋がいいぞ!」

「やったぁ! これなら、いっぺんにやっつけられるわね!」

 

 ビアンカが得意げにムチを構える。

 その姿は、将来の「天空の花嫁」としての片鱗をすでに見せ始めていた。

 

 メラによる遠距離攻撃と、いばらのムチによるグループ攻撃。

 この装備があれば、レヌール城のゴースト相手でも十分に無双できるはずだ。

 

「よし、準備万端だな」

 

 俺は満足げに頷いた。

 この投資は、必ず未来で活きてくる。

 ……まあ、一番の理由は、ムチを構えるビアンカが予想以上に似合っていて可愛かったから、というのは内緒だが。

 

 特訓を終えて宿屋に戻ると、ロビーはチェックアウト後の客室清掃と、昼食の仕込みで戦場のような忙しさになっていた。

 ダンカンが額に汗を浮かべ、一人で走り回っている。

 

「おじさん、手伝うよ」

「い、いやいや! お客人にそんなことさせられませんぞ!」

「いいから。泊めてもらってるお礼もしたいし、じっとしてると体が鈍るんだ」

 

 俺は遠慮するダンカンを押し切り、エプロンを装着した。

 さあ、レベル15のスペックを見せてやる時だ。

 魔物退治だけが冒険者のスキルじゃない。

 

「まずは皿洗いだな。……『ピオリム(身体強化)』!」

 

 実際にはピオリムは使えないが、イメージで神経を加速させる。

 俺の両手が残像と化した。

 キュキュッ! カチャッ!

 山積みだった皿が、瞬きする間に洗われ、拭き上げられ、棚へと整列していく。その速度、まさに神速。

 

「す、すげえ……」

「次は客室のモップ掛け!」

 

 俺はモップを構え、廊下を疾走した。

 摩擦熱で床が輝くほどの高速スライド。廊下の端から端まで、残像を残しながら「ピカピカ」という擬音が具現化しそうな勢いで磨き上げる。コーナーリングではドリフトを決め、家具の隙間の埃も逃さない。

 10部屋の清掃をわずか5分で完了させた俺は、涼しい顔でロビーに戻ってきた。

 

「終わりました。次は薪割りですか?」

「あ、あんた……一体何者だ……?」

 

 ダンカンが口をあんぐりと開けて立ち尽くしている。

 ビアンカも目を丸くして、「すごーい! 魔法みたい!」と拍手喝采だ。

 

 昼食の時間。

 俺の働きで回転率が上がったおかげか、宿屋は大繁盛だった。

 一息ついた休憩時間、ダンカンが冷たい麦茶を差し出してくれた。

 

「いやあ、助かったよ。正直、あんたがいなけりゃ回らなかった。……どうだ? 将来、本当にウチの婿に来てくれないか?」

 

 ガハハ、と豪快に笑うダンカン。

 冗談だ。分かっている。旅の子供に対する、最高の賛辞としてのジョークだ。

 

 だが、俺の心臓は早鐘を打った。

 婿。ビアンカの夫。

 その響きの甘美さよ。

 俺は危うく「はい! 喜んで! 今すぐ契約書を!」と食い気味に叫びそうになるのを、鋼の理性で飲み込んだ。

 ここで即答したら、ただの危ない子供だ。

 

「ははは……ビアンカが大人になって、まだ売れ残ってたら考えてみますよ」

「なっ、何よそれ! 失礼ね!」

 

 ビアンカが怒って頬を膨らませる。

 その顔を見て、俺とダンカンは顔を見合わせて笑った。

 

 平和だ。

 この穏やかな時間が、ずっと続けばいいのに。

 そう思っていた矢先のことだった。

 

「ねえ、ヘンリー。夕飯の買い出しに行きたいんだけど、荷物持ちしてくれない?」

「ああ、いいよ」

 

 俺たちは連れ立って夕暮れの町へと繰り出した。

 アルカパの町外れ、川沿いの道を歩いている時だ。

 橋の下から、子供たちの騒ぐ声と、弱々しい動物の鳴き声が聞こえてきた。

 

「……ミャー……ミャウ……」

「へへっ、逃げんじゃねーよ!」

「もっとつつこうぜ!」

 

 俺とビアンカは顔を見合わせた。

 次の瞬間、ビアンカは買い物カゴを放り出し、土手を駆け下りていた。

 

「ちょっと! 何やってるのよあんたたち!」

 

 そこには、三人の悪ガキが、一匹の子猫――いや、正確には「ベビーパンサー」の幼獣を囲んで棒でつついている光景があった。

 独特の斑点模様。まだ牙も生え揃っていないが、将来は凶暴な魔物になる種族だ。

 だが、今のそいつは傷だらけで、怯えきって震えていた。

 

「あ、なんだよビアンカかよ」

「魔物いじめて何が悪いんだよ。どうせ大きくなったら人間を襲うんだぜ?」

 

 悪ガキたちは悪びれる様子もない。

 ビアンカが怒りで顔を真っ赤にする横で、俺は静かに前に出た。

 そして、ニッコリと笑った。

 ――「狂気の王子」モードの笑顔で。

 

「へえ、弱い者いじめか。楽しそうだな」

 

 俺は落ちていた手頃な石を拾い上げると、指先だけで「バキンッ!」と粉々に握りつぶした。

 白い粉がパラパラと落ちる。

 

「……ッ!?」

「俺も混ぜてくれよ。ただし、次は『お前ら』がつつかれる番な」

 

 底冷えするような声。

 悪ガキたちの顔が青ざめる。彼らは「ひ、ひいいっ!」と悲鳴を上げ、脱兎のごとく逃げ出した。

 レベル15の威圧感、効果てきめんだ。

 

「……大丈夫?」

 

 ビアンカが子猫に駆け寄り、優しく抱き上げる。

 子猫は「ミャ……」と安心して、彼女の胸に顔を埋めた。

 

「怪我してる……かわいそうに」

「魔物の子供だけどな。……飼うつもりか?」

 

 俺が聞くと、ビアンカは強い瞳で俺を見上げた。

 

「当たり前でしょ! 放っておけないわ。ねえ、名前は何がいいかしら?」

 

 来た。原作名物、名前論争だ。

 ビアンカは子猫の顔を覗き込み、嬉しそうに候補を挙げ始めた。

 

「そうねえ……『ボロンゴ』なんてどう?」

「ボロンゴ……強そうだな」

「じゃあ『プックル』は?」

「可愛い系か」

「うーん、それとも『ゲレゲレ』?」

「……独特なセンスだ」

「あ! 『チロル』もいいかも!」

 

 次々と飛び出す名前に、俺は苦笑いするしかない。

 どれも懐かしい。

 俺にとってのこいつは「キラーパンサー」であり、かつて共に旅した相棒だ(ゲーム)。

 どの名前になろうとも、こいつが将来、パパスの剣を守り続ける忠義の獣になることは変わらない。

 

「ビアンカの好きなように呼びなよ。君が助けたんだから」

「むぅ……じゃあ、とりあえず『ボロンゴ』にする! 強くなって、私を守ってくれそうだし!」

 

 ビアンカは「ボロンゴ」を高々と持ち上げ、夕日に透かして笑った。

 子猫も嬉しそうに手足をバタつかせている。

 

 その光景は、あまりにも美しく、そして切なかった。

 本来なら、ここにいるのはリュカであるべきなのだ。

 彼らがリボンを託し、再会を誓い合うはずの場面。

 

(……まあ、いいか)

 

 俺は心の中で呟いた。

 ボロンゴがビアンカに懐いているなら、それはそれでいい。

 大事なのは、こいつが生き延びたことだ。

 

 俺たちはボロンゴと買い物カゴを抱え、宿屋への帰路についた。

 子猫の温もりと、隣を歩くビアンカの笑顔。

「今日はシチューにしましょうね!」と張り切る彼女の声を聞きながら、俺はこの世界に来て初めて、心の底からリラックスしている自分に気づいた。

 

 その夜のシチューは、絶品だった。

 家族団欒のような温かい食卓。ボロンゴもミルクを貰い、暖炉の前で満足そうに丸くなっている。

 俺は久しぶりに、何の警戒も計算もなく、深く安らかな眠りにつくことができた。

 

 ♢

 

 翌朝。

 俺は旅立ちの準備を整え、宿屋の入り口に立った。

 あまり長居はできない。城を抜け出してきている以上、これ以上の滞在は「捜索隊」のリスクを高めるだけだ。それに、本来の主役であるリュカたちがいつ到着するか分からない。鉢合わせは避けるべきだ。

 

 目的は十分に果たした。

 ビアンカとのコネクションは確立し、彼女の装備も整え、ボロンゴも救った。あとは運命の流れに任せるだけだ。

 

「……もう行っちゃうの?」

 

 見送りに出てきたビアンカが、少し俯き加減で問いかけてくる。

 その足元には、すっかり懐いたボロンゴがまとわりついていた。

 

「ああ。これ以上、城の連中……いや、親を心配させるわけにはいかないからな」

「そっか……。もっと色々、魔法とか教えてほしかったな」

 

 寂しげな表情に、心が揺れる。

 だが、俺は笑顔で彼女の頭をポンと撫でた。

 

「大丈夫さ。君には才能があるし、何よりこの『ボロンゴ』がいる。二人で強くなれるよ」

「うん……」

「それに、これが今生の別れってわけじゃない」

 

 俺はしゃがみ込み、彼女の目線に合わせて真っ直ぐに見つめた。

 

「また会いに来るよ。その時までに、いばらのムチを使いこなせるようになっておくこと。それが宿題だ」

「……ほんと? 絶対?」

「ああ、約束だ。次はもっと面白い奴を連れてくるかもしれないぜ?」

 

 俺がリュカのことを示唆してウィンクすると、ビアンカはようやくパッと顔を輝かせた。

 

「分かった! 約束よ! 次会う時までに、ボロンゴと一緒にすっごく強くなってるから、覚悟しててよね!」

「期待してるよ、おてんば姫」

 

 俺は立ち上がり、ダンカンにも軽く会釈をした。

 

「おじさん、世話になりました。シチュー、最高でしたよ」

「またいつでも来なされ! あんたなら大歓迎だ!」

 

 二人の笑顔と、ボロンゴの「ミャー」という鳴き声を背に受けて、俺は歩き出した。

 振り返らない。

 振り返れば、帰りたくなくなってしまうから。

 

 ♢

 

 アルカパの町を出て、街道を歩く。

 風が心地よい。

 足取りは軽い。確かな成果と、未来への希望を手に入れたからだ。

 

「さて……帰るか」

 

 俺は人目のない場所まで来ると、懐からキメラの翼を取り出した。

 次はポートセルミへ向かうつもりだが、その前にやるべきことがある。

 これ以上の長期不在は、さすがにただの「行方不明」として扱われかねない。一度戻り、今後は堂々と動けるように「既成事実」を作る必要がある。

 

「ラインハット!」

 

 俺は高らかに唱え、光の渦に身を委ねた。

 数秒後、視界が白から緑へと変わる。ラインハット城外の森の中だ。

 

 俺はマントの埃を払い、城へと向かった。

 城内は、俺の数日間の不在で蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 

「王子! ヘンリー王子! 今までどこへ……!」

 

 血相を変えて駆け寄ってくる兵士長を無視し、俺はまっすぐに玉座の間へと向かった。

 重い扉を押し開ける。

 そこには、頭を抱える父王の姿があった。

 

「ヘンリー! 無事だったか! お前というやつは……!」

 

 駆け寄ろうとする父を手で制し、俺は不敵に笑って見せた。

 

「親父。いちいち騒ぐな、みっともない」

「な、なんだと……?」

「俺は決めたぞ。この狭い城に閉じこもっているのは飽きた。俺は外の世界を見てくる」

 

 俺は腰の剣を叩き、宣言した。

 

「王になるには見聞が必要だろ? しばらく旅に出る。止めても無駄だ。止めるなら、この城の壁を全部ぶち壊してでも出て行くからな」

 

 それは我儘な子供の暴論だ。

 だが、レベル15の威圧感を纏った今の俺の言葉には、大人の兵士すらたじろぐほどの迫力があった。

 父王は呆気にとられ、それからふっと息を吐いて、どこか頼もしそうな目で俺を見た。

 

「……勝手にしろ。だが、必ず戻ってこい。お前は次期国王なのだからな」

「はんっ、気が向いたらな」

 

 言質は取った。

 これでお尋ね者にならずに済む。

 俺は弟のデールにも「俺がいない間、親父を頼むぞ」と(心の中で)別れを告げ、その足で再び城を出た。

 

 次なる目的地は南。

 港町ポートセルミ、そしてサラボナへ。

 公認の「武者修行」の始まりだ。

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