ラインハットのヘンリー王子に憑依転生してパパスを救う   作:拓拓

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第5話 サラボナの姉妹

 ラインハットを飛び出してから数日。

 俺は険しい山道を越え、魔物の群れを蹴散らしながら、大陸を南下していた。

 レベルは18に到達していた。

 

 ベギラマの閃光が山賊ウルフの群れを焼き払い、イオの爆発がオークを吹き飛ばす。

 道中の村や関所はすべて立ち寄り、「場所」を記憶に刻み込んだ。これでいつでも飛んでこれる。

 

 そして、ついに視界が開けた。

 潮の香りを含んだ風が吹き抜ける。

 眼下に広がるのは、活気溢れる巨大な港町――ポートセルミだ。

 

「でかいな……」

 

 無数の船が行き交い、市場の喧騒がここまで聞こえてくるようだ。

 俺はフードを目深に被り、町へと降りていった。

 

 港の桟橋は、荷積みをする労働者や船乗りたちでごった返していた。

 その中で、ひときわ目を引く一団がいた。

 豪華な装飾が施された馬車と、質の良い服を着た護衛たち。

 馬車の紋章には見覚えがある。サラボナの大富豪、ルドマン家のものだ。

 

「おいおい、困ったな……この人数じゃ心もとないぞ」

「海賊が出るって噂だ。もっと腕の立つ傭兵はいないのか?」

 

 護衛のリーダーらしき男が、苛立った様子で部下を怒鳴りつけている。

 どうやら人手不足らしい。

 俺はニヤリと笑い、馬車の方へと近づいていった。

 

 馬車の窓から、二人の少女が退屈そうに外を眺めているのが見えた。

 一人は、透き通るような青い髪をなびかせた、清楚な美少女。

 もう一人は、漆黒の髪を派手に巻き、豪奢なドレスを纏った強気な美少女。

 

 フローラと、デボラだ。

 ビンゴ。やはりこの時期、彼女たちはここにいた。

 

「ねえ、いつ出発するの? 退屈でカビが生えそうなんだけど」

「お姉様、そんな言い方は……。でも、確かに遅いですわね」

 

 デボラの不機嫌そうな声と、フローラの鈴のような声。

 俺は深呼吸を一回し、努めて「生意気だが腕の立つ子供」の顔を作って、護衛たちの前へ躍り出た。

 

「お困りのようですね」

「あ? なんだ坊主、ここは遊び場じゃ……」

 

 護衛の男が「邪魔だ」とばかりに、無造作に手を伸ばしてきた。

 その刹那。

 世界がスローモーションに見える。レベル18の神経速度にとって、男の動きはあくびが出るほど遅い。

 俺は男の懐へ滑り込むと同時に、男が腰に佩いていた剣の柄を掴んだ。

 

「え?」

 

 男が間の抜けた声を上げるよりも速く。

 

 ――スラリ。

 

 涼やかな金属音と共に、俺は男の剣を抜き放ちながら、流れるような動作でその背後へと回り込んだ。

 そして、切っ先を男の首筋、動脈の真上にピタリと添えた。

 

 誰も反応できない神速の早業。

 男は自分の剣を奪われたことすら気づかず、首元の冷たい感触にようやく硬直した。

 

「敵だったら、もう死んでますよ」

「なっ!?」

「護衛が足りないんでしょう? 俺を雇いませんか。食費とサラボナまでの片道切符だけでいい」

 

 男が驚愕の表情で俺を見下ろす。

 周囲の空気が凍りついた。子供だと思って油断していた屈強な傭兵が、一瞬で制圧されたのだ。

 

「てめぇ……何者だ」

「ただの通りすがりの旅人さ。でも、腕は保証するよ」

 

 俺は手を離し、不敵に笑って見せた。

 馬車の窓から、デボラが興味深そうにこちらを見ているのが分かった。

 

「ふーん。生意気な小魚ね。……おい、その子を連れて行きなさい。退屈しのぎにはなりそうよ」

「し、しかしデボラお嬢様! こんな子供を……」

「私の命令が聞けないの?」

 

 デボラの一睨みで、護衛たちは「は、はいっ!」と直立不動になった。

 さすがだ、デボラ様。幼いながらにしてその貫禄。

 

「決まりだな」

 

 俺は肩をすくめ、隊列の末尾に加わった。

 こうして俺は、ルドマン家の商隊の「押しかけ護衛」として、サラボナへの道中を共にすることになった。

 

 ルドマン家の自家用船「シルク・ド・ソレイユ号」は、ポートセルミの港を滑るように出港した。

 内海を渡り、対岸のサラボナへ向かう船旅だ。

 海は穏やかで、カモメが帆柱の上で羽を休めている。

 だが、俺の安息は長くは続かなかった。

 

「ねえ、退屈よ。小魚」

 

 甲板で海風に当たっていた俺の背中に、不機嫌そうな声が降ってきた。

 振り返ると、日傘をさしたデボラが、気だるげに手すりに寄りかかっている。

 

「ヘンリーです、デボラお嬢様」

「名前なんてどうでもいいわ。私を楽しませなさいと言っているの。……そうね」

 

 デボラは意地悪く口角を上げると、自分の耳につけていた豪奢なルビーのイヤリングを外した。

 そして、あろうことかそれを海面に向かって放り投げたのだ。

 

「あっ! 手が滑ってしまったわ」

「……は?」

「あれ、お気に入りの宝石なの。拾ってきてくれる? もし拾えたら、あんたを雑巾係から下僕に昇格させてあげる」

 

 無茶苦茶だ。

 船は進んでいる。イヤリングはすでに波間に消え、海の底へと沈んでいっているはずだ。

 常人なら「無理です」と断るか、飛び込んで溺れるのがオチだろう。

 デボラもそれを分かっていて、俺が慌てふためく様を楽しもうとしているのだ。

 

 だが、相手が悪かったな。

 

「……仰せのままに」

 

 俺はマントとブーツを脱ぎ捨てると、一礼してから躊躇なく手すりを乗り越え、海へとダイブした。

 あくまで優雅に、執事のように。

 

 ――ザブンッ!!

 

 冷たい海水が全身を包む。

 目を開ける。塩水が染みるが、レベル18の肉体は痛覚すら制御できる。

 視界の悪い海中。だが、俺の動体視力は、海藻の揺らめきの中に沈んでいく紅い煌めきを捉えていた。

 

(見つけた……潜行!)

 

 俺は身体を捻り、マーマンのような速度で海底へと突き進んだ。

 水圧が増す。だが、鍛え上げられた筋肉の鎧にとっては、心地よい加圧トレーニング程度だ。

 俺は砂地に着底する寸前でイヤリングを掴み取ると、海底を蹴って急浮上した。

 

 甲板では、デボラが少しだけ心配そうな顔で海面を覗き込んでいた。

 まさか本当に飛び込むとは思っていなかったのだろう。

 

「……バカじゃないの。死んだらどうするつも――」

 

 ――バシュッ!!

 

 水しぶきと共に、俺はイルカのように海面から飛び出し、甲板の手すりに着地した。

 全身ずぶ濡れの水も滴るいい男(7歳)の登場だ。

 

「ただいま戻りました、お嬢様」

 

 俺は濡れた髪をかき上げ、手のひらの上のルビーを差し出した。

 デボラが目を丸くして、言葉を失っている。

 

「……あんた、人間?」

「優秀な下僕、とお呼びください」

「……ふん。水臭いから近寄らないでよ」

 

 デボラは乱暴にイヤリングをひったくると、プイと顔を背けた。

 だが、その耳が微かに赤くなっているのを、俺は見逃さなかった。

 どうやら「合格」は貰えたらしい。

 

 その後、俺は船員にタオルを借り、濡れた体を拭いて服を着直した。

 日が傾き、風が強くなってきた頃。

 船が揺れ始めた。

 内海とはいえ、潮の流れが速い海域に入ったようだ。

 

「……うぅ……」

 

 船室の方から、弱々しい声が聞こえてきた。

 俺が様子を見に行くと、一等客室のソファで、フローラが青ざめた顔をしてぐったりとしていた。

 船酔いだ。

 侍女がオロオロと背中をさすっているが、あまり効果がないようだ。

 

「失礼します」

 

 俺は部屋に入り、侍女に代わってフローラの隣に膝をついた。

 

「ヘ、ヘンリーさん……ごめんなさい、無様なところを……」

「喋らなくていいです。深呼吸をして」

 

 俺は懐から、厨房の氷で冷やした手ぬぐいを取り出し、彼女の額に当てた。

 そして、手首にある「内関(ないかん)」というツボ――船酔いに効くツボを、親指で優しく、しかし的確な力加減で押した。

 

 レベル18の指先は、筋肉の張り具合から最適な圧力を瞬時に計算できる。

 さらに、微弱な「ホイミ」の魔力を指先から流し込み、乱れた自律神経を整えていく。

 

「……ぁ……」

 

 フローラの呼吸が、次第に落ち着いてくる。

 こわばっていた肩の力が抜け、顔に赤みが戻ってきた。

 

「楽になりましたか?」

「はい……不思議。波の揺れが、遠くに感じます」

 

 フローラが薄く目を開け、俺を見つめた。

 その瞳は潤んでいて、守護欲を掻き立てられる破壊力がある。

 彼女は俺の手を、自分の両手でそっと包み込んだ。

 

「ヘンリーさんの手、大きくて温かいですね。……なんだか、お兄様がいたら、こんな感じだったのでしょうか」

「お兄様、ですか」

「はい。私、ずっと頼れるお兄様に憧れていたんです。……ふふ、出会ったばかりのヘンリーさんに言うことじゃありませんね」

 

 フローラが可憐に微笑む。

 その笑顔に、俺の胸の奥がキュンと音を立てた。

 やばい。この姉妹、属性が違いすぎて攻略難易度が高すぎる。

 デボラのツンデレと、フローラの天然癒やし。

 リュカ、お前よく将来ここから一人を選べたな。

 

「……光栄です。サラボナに着くまで、俺が貴女の兄代わりになりましょう」

「はい……頼りにしていますね、お兄様」

 

 こうして、俺はサラボナへの航海の中で、未来の花嫁候補たちとの距離を――物理的にも精神的にも縮めていった。

 

 だが、海の旅は優雅なばかりではない。

 サラボナまであと半日という海域に差し掛かった頃、事態は急変した。

 

 ――バシャバシャバシャッ!!

 

 突然、海面が沸騰したかのように泡立ち、無数の白い触手が甲板に雪崩れ込んできたのだ。

 半透明のブヨブヨした身体に、黄色い麻痺毒を含んだ触手。

「しびれくらげ」の大群だ。

 

「うわあああっ! な、なんだこの数は!?」

「ぐあああっ! 身体が、動か……ッ!」

 

 甲板にいた船員たちが、次々と触手に薙ぎ払われ、悲鳴を上げて倒れ伏す。

 毒の回りは早い。屈強な海の男たちが、瞬く間に痙攣して動けなくなっていく。

 

「きゃあああっ!」

「な、なによこれ! 気持ち悪いわね!」

 

 フローラとデボラが身を寄せ合い、壁際に追い詰められる。

 数匹のくらげが、無防備な少女たちに狙いを定め、触手を伸ばした。

 

「――下がっててください、お嬢様方」

 

 俺は二人の前に立ちはだかり、マントを翻した。

 焦る必要はない。

 レベル18の魔法戦士にとって、この程度の群れは「経験値の塊」でしかない。

 

「吹き飛べ! ……『イオ』!」

 

 俺は空中に魔法陣を描き、爆発の呪文を解き放った。

 

 ——ドォォォォンッ!!

 

 甲板の上空で炸裂した閃光と衝撃波が、群がるくらげたちを吹き飛ばす。

 ブヨブヨした身体が空中で弾け飛び、海へと散っていく。

 

「す、すごい……」

 

 フローラが息を呑む。

 だが、まだ終わらない。爆風を耐え抜いた数匹が、死角から飛びかかってくる。

 俺は腰の剣を抜き放ち、残心もそこそこに踏み込んだ。

 

「遅い!」

 

 ――ザシュッ! ザザシュッ!

 

 鋼の剣が銀色の軌跡を描き、残りのくらげを正確に切り刻む。

 毒の触手が俺の頬をかすめるが、今の俺の回避能力と耐性には届かない。

 わずか数十秒。

 甲板を埋め尽くしていた魔物の群れは、光の粒子となって消滅した。

 

 静寂が戻る。

 俺は剣についた粘液を振り払い、鞘に納めてから振り返った。

 

「お怪我はありませんか?」

「ヘ、ヘンリーさん……」

 

 フローラが震える足で駆け寄り、俺の腕にすがりついた。その瞳には、恐怖ではなく、英雄を見るような熱い色が宿っている。

 

「ありがとうございます……! あんな魔法まで使えるなんて……本当に、魔法使いの騎士様みたいでした」

「ふん。……まあ、少しは見直してあげるわ」

 

 デボラも腕を組みながら近づいてきた。素直じゃないが、その口元は微かに緩んでいる。

 彼女は倒れている船員たちを一瞥し、それから俺を真っ直ぐに見た。

 

「あんたがいなかったら、今頃私たちは毒まみれだったわね。……礼を言うわ。ご苦労だったわね、下僕」

「もったいないお言葉です」

 

 俺が恭しく一礼すると、デボラは「フンッ」と鼻を鳴らして顔を背けたが、その耳はやっぱり赤かった。

 

 こうして、俺は姉妹の信頼を、ついでに船員たちの感謝も――完全に勝ち取った。

 やがて、水平線の向こうに、花の香りに包まれた美しい街並みが見えてきた。

 

 サラボナだ。

 ルドマンの屋敷、そして「天空の盾」が眠る場所。

 

 ♢

 

 サラボナの港に降り立つと、そこは花の香りで満ちていた。

 

 潮風と混じり合う、甘く優雅な香り。

 石畳は磨かれ、行き交う人々もどこか品が良い。ポートセルミの喧騒とは違い、富裕層の余裕が街全体を包んでいる。

 

「やっと着いたわ。船旅も悪くなかったけど、やっぱり陸が一番ね」

 

 デボラが日傘を開き、大きく伸びをする。

 その横で、フローラが少し残念そうに海を振り返った。

 

「そうですか? 私は、もう少しヘンリーさんのお話を聞いていたかったですけれど」

「……あんたね。こいつはただの傭兵よ。いつまでも構ってないの」

 

 デボラが憎まれ口を叩くが、その視線がチラリと俺に向いているのを、レベル18の動体視力は見逃さない。

 俺は苦笑いしながら、荷物を担ぎ直した。

 

「さあ、お屋敷までお送りします。それが契約ですから」

 

 俺たちは街を歩き、丘の上に建つ巨大な屋敷へと向かった。

 ルドマンの屋敷。

 ゲーム内でも屈指の豪邸だが、実物は圧巻だ。広大な庭園、白亜の壁、そして門を守る私兵たちの鋭い眼光。

 だが、お嬢様たちの帰還を知ると、門番たちは慌てて敬礼し、重厚な鉄扉を開け放った。

 

「おかえりなさいませ! 旦那様がお待ちです!」

 

 屋敷のホールに入ると、恰幅の良い、髭を蓄えた男が階段を降りてくるところだった。

 サラボナの主、ルドマンだ。

 威厳と愛嬌を同居させたその顔に、安堵の色が浮かぶ。

 

「おお、フローラ! デボラ! よくぞ無事で戻った!」

「お父様!」

「パパ、大げさよ。……まあ、変なクラゲには襲われたけどね」

 

 親子が再会を喜ぶ中、俺は静かに一歩下がって気配を消そうとした。

 だが、希代の大商人の目は節穴ではなかった。

 

「……そちらの少年が、例の『凄腕の傭兵』かね?」

 

 ルドマンの視線が、俺を射抜く。

 鋭い。値踏みするような、それでいて底知れない温かみのある目だ。

 

「はっ。旅の剣士、ヘンリーと申します」

「ヘンリー……か。ふむ」

 

 ルドマンは顎髭を撫でながら、俺の剣、立ち姿、そして目をじっくりと観察した。

 数秒の沈黙。冷や汗が背中を伝う。

 やがて、彼はニカっと豪快に笑った。

 

「いい目をしている。ただの子供ではないな。……まるで、一国の王子のような気品すら感じるぞ?」

 

 心臓が止まるかと思った。

 カマをかけられたのか? それとも本気で勘付いているのか?

 俺はポーカーフェイスを維持し、肩をすくめて見せた。

 

「買いかぶりすぎです、旦那様。俺はただの、通りすがりの冒険者ですよ」

「はっはっは! そうかそうか。まあ、そういうことにしておこう。……時にヘンリー君。急ぐ旅でなければ、数日ほど当家に滞在してはいかがかな? 娘たちも君を気に入っているようだ」

 

 断る理由はなかった。

 むしろ好都合だ。俺には、この大富豪に頼みたいことがあったのだから。

 

 ◇

 

 それから数日間、俺はルドマン邸の客として過ごした。

 フローラは事あるごとに俺の元へやってきては、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。お茶を入れてくれたり、旅の話をせがんだり。その姿は、憧れのお兄様に接する妹のようで、俺の荒んだ心を存分に癒やしてくれた。

 

 一方のデボラは、「下僕としての素質があるかテストしてあげる」と称して、俺を買い物に付き合わせたり、庭の池掃除(という名の水遊び)に巻き込んだりした。文句を言いながらも、俺の姿が見えなくなると不機嫌になるあたり、実に分かりやすいツンデレ姫だった。

 

 そしてある夜。

 俺はルドマンの書斎を訪れた。

 

「……なるほど。報酬の代わりに、装備品を譲って欲しいと?」

 

 重厚な机の向こうで、ルドマンが葉巻をくゆらせながら俺を見据える。

 

「はい。『きせきのつるぎ』、『しんぴのよろい』、そして『星降る腕輪』。……ご存知ですよね?」

 

 俺が名を挙げると、ルドマンの眉がピクリと動いた。

 どれも一介の武器屋には並ばない、世界的な秘宝クラスの武具だ。

 特に『しんぴのよろい』は、装備者の傷を自動で癒やす国宝級の代物。原作では結婚祝いとして贈られる品でもある。

 ルドマンは「メダル王」とも知己があるという噂の大商人だ。コネクションはあるはずだ。

 

「ふむ……。確かに、私はそれらの品の入手ルートを知っている。倉庫に眠っているものもある」

 

 ルドマンは煙を吐き出し、鋭い眼光で俺を射抜いた。

 

「だがな、ヘンリー君。君は腕が立つ。娘たちの命の恩人でもある。信用はしているよ。だが……『信頼』はまだできない」

「信頼、ですか」

「ああ。それらは強大な力を持つ武具だ。どこの馬の骨とも知れぬ……失礼、素性の知れぬ少年に、ホイと渡せるものではない。それが商人の、いや、人の道というものだ」

 

 正論だ。

 7歳児がいきなり核兵器をくれと言っているようなものだ。断られて当然。

 だが、ここで引くわけにはいかない。

 

「では、どうすれば信頼していただけますか?」

 

 俺が食い下がると、ルドマンはニヤリと口角を上げた。

 それは、商談を楽しむ商人の顔だった。

 

「いいだろう。君の実力と覚悟、試させてもらおうか」

 

 ルドマンは引き出しから古い地図を取り出し、二箇所に赤丸をつけた。

 

「死の火山に眠る『炎のリング』。そして、滝の洞窟に沈む『水のリング』。……この二つの指輪を持ってきなさい」

 

「は……?」

 

 俺は絶句した。

 炎のリングと、水のリング。

 それは、原作において結婚イベントのために主人公が集めることになる、結婚指輪の対となる重要アイテムだ。

 それを、今? 10年も前倒しで?

 

「何だその顔は。無理だと言うのかね?」

 

「い、いえ……。しかし、それは……」

「これらは古より伝わる秘宝だ。これを手に入れられるだけの実力と運の持ち主ならば、私も喜んで蔵を開放しよう」

 

 ルドマンは「まあ、子供には無理だろうがね」と言いたげに笑った。

 諦めさせるための方便。体の良い厄介払い。

 だが。

 

(……どうせ必要になる)

 

 俺は瞬時に計算した。

 魔界へ至る門を開くため、あるいは伝説の勇者の装備を揃えるため、これらのリングはいずれ必要になる。

 それが10年後か、今かの違いでしかない。

 ならば、今やる。

 最強装備を手に入れ、さらに物語のキーアイテムまで確保できるなら、一石二鳥だ。

 

「……分かりました。取ってきましょう」

 

 俺が即答すると、ルドマンは目を見開いた。

 

「本気か? 死の火山は灼熱地獄、滝の洞窟は迷宮だぞ。死ぬかもしれんのだぞ」

「死にませんよ。俺は、欲しいものは必ず手に入れる主義なんで」

 

 俺は不敵に笑い、地図をひったくった。

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