ラインハットのヘンリー王子に憑依転生してパパスを救う   作:拓拓

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第7話 レベリングの怪物

 サラボナを出港してから数日。

 

 俺が漕ぎ出した小船は、荒れ狂う外海の波を乗り越え、ついにその目的地へと辿り着いた。

 

「試練の洞窟」

 

 本来はグランバニアの王族が儀式のために訪れる神聖な場所だが、海路を使えばサラボナから大幅に距離を短縮して到達できる。

 

 そして、俺のような「やり込みプレイヤー」にとっては、ここは約束の地(パラダイス)だ。

 

 ザザッ……。

 

 俺は船を鬱蒼と茂る森の岸辺に引き上げ、木々の隙間に口を開けた洞窟の入り口を見上げた。

 ぽっかりと開いた暗黒の口は、ただの自然の造形ではない。かつての王たちがその資質を試された、厳格な聖域への入り口だ。

 

 足を踏み入れると、背後の波音はふつりと途絶えた。

 支配するのは重厚な静寂。

 

 響くのは、自分の足音と、どこか遠くで滴り落ちる水滴の音だけ。

 岩肌は常に湿り気を帯び、吐く息が白くなるほどの冷気が、挑戦者である俺の肌を刺す。

 

 足元を見れば、自然の岩盤ではなく、綺麗に切り出された石畳が敷かれていることに気づく。

 壁には古びた紋章や、歴史を物語るレリーフが刻まれているが、時の流れによって一部は崩落し、苔むしている。

 

 その荒廃した様子さえも、ここで行われてきた試練の過酷さを物語っているようだ。

 

「……さて、行くか」

 

 俺は松明を掲げ、奥へと進む。

 この洞窟の最大の特徴は、「水」と「石像」による仕掛けだ。

 

 通路の脇に並ぶ、無機質な戦士や王たちの石像。松明の揺らぐ光の中で、それらはまるで生きているかのように影を伸ばす。

 俺がその横を通り過ぎる時、石像たちもまた、侵入者の覚悟を値踏みするように見つめ返してくる……そんな錯覚すら覚える緊迫感。

 

 俺は躊躇なく、特定の石像に手をかけた。

 レベル22の力で、重量級の石像を押し込む。

 

 ──ズズズズズ……ゴゴゴゴ……!

 

 重たい石が擦れる音が響き渡り、地響きと共に水門が開く。

 轟音を立てて水流が変わり、今まで水没していた通路から、隠された階段が姿を現した。

 

 本来なら複雑な手順を要するパズルだが、俺には「攻略本」という名の記憶がある。

 だが、試練は謎解きだけではない。

 

 長らく人の訪れが途絶えていたこの聖域は、今や魔物たちの巣窟と化していた。

 

「キキキッ!」

 

 闇の奥から羽音が迫る。

 翼を持つ小悪魔、ガボットの群れだ。

 さらに通路の先には、巨大な槍を構えたオークキングが仁王立ちしている。

 

 ラインハット周辺とはレベルの違う、強敵たちの気配。

 試練の洞窟と呼ばれるだけはある。ここでの戦闘は、一瞬の油断が命取りになる。

 

「……ッ、速いな」

 

 ガボットの不規則な飛行軌道を読み切り、俺は剣を振るう。

 

 手にあるのは、ルドマンから譲り受けた至高の宝具『きせきのつるぎ』。

 刀身が淡い光を帯びて閃くたび、俺の体に活力が戻ってくる。敵の命を吸い取り、自らの力に変える奇跡の刃。

 

 オークキングの剛槍が襲いかかるが、『星降る腕輪』で加速した俺にはスローモーションに見える。

 さらに『しんぴのよろい』が放つ加護の光が、掠り傷程度なら瞬時に塞いでしまう。

 

 他にも、不気味に宙を浮くのろいのマスク、呪文を詠唱するメッサーラ、変幻自在のジェリーマン……。

 

 はぐれメタルを探して回廊を彷徨う俺の前に、次々と強敵が現れる。

 単調な狩りではない。一戦一戦が死と隣り合わせの緊張感を強いるが、最強装備を手に入れた俺にとっては、それすらも心地よい手慣らしに過ぎなかった。

 

 傷を癒やす手間すら省き、精神を研ぎ澄ましながら奥へ奥へと進む。

 最深部には、どこからともなく差し込む神聖な光に照らされた「王者のマント」が安置されているはずだ。

 

 今の俺にそれを手にする資格はないが、その場所こそが魔力溜まりの中心地。

 そして、たどり着いた階層。

 

 岩陰で、松明の光とは違う、流体のような銀色の輝きが走った。

 俺の心臓が、早鐘を打つ。

 

 いた。

 水銀のように不定形で、しかし確かな質量を持った、銀色の魔物。

 つぶらな瞳と、ふざけたような笑顔。

 

「はぐれメタル」

 

 経験値の塊。歩く1万経験値。

 距離は10メートル。

 

 奴はこちらに気づいていない。……いや、気づいている。

 あいつらは臆病だ。少しでも殺気を感じれば、光速で逃げ出す。

 

 まともに剣を振るっても、その身体は鋼鉄より硬く、すべての物理攻撃を弾き返す。魔法も効かない。

 

 勝負は一瞬。

 逃げられる前に、急所を貫くしかない。

 

「……ふぅーっ」

 

 肺の空気をすべて吐き出し、心拍すらも「無」の境地へと沈める。

 筋肉のバネを極限まで圧縮する。

 

 狙うは、あの笑っている口の奥。魔力の核一点。

 風が、止まる。

 

 世界が静止したその刹那──俺は限界を超えて大地を爆ぜさせた。

 

「そこだぁぁぁっ!!」

 

 爆発的な加速。

 はぐれメタルがビクリと反応し、身体を液状化させて地面に溶け込もうとする。

 

 逃がすか!

 

 俺は右手のどくばりを突き出し、神速の踏み込みで間合いをゼロにした。

 奴の身体が残像を残して消えかける。

 

 そのコンマ1秒の未来を予測し、俺は虚空へと針を突き立てた。

 

 ──ズシュッ!!

 

 会心の一撃。

 針先が、硬質な液体の奥にある「急所」を捉え、音もなく貫通する。

 

「キュ……?」

 

 はぐれメタルの動きが止まる。

 次の瞬間、その銀色の身体に亀裂が走り、眩いばかりの光が溢れ出した。

 

 ──バシュゥゥゥゥンッ!!

 

 轟音と共に、はぐれメタルが弾け飛ぶ。

 周囲に散らばるのは、ただの光ではない。膨大な、あまりにも膨大な魔力の粒子だ。

 

 それが、俺の身体へと奔流となって流れ込んでくる。

 熱い。熱すぎる。

 血管が焼き切れそうなほどのエネルギー。

 

 スライム1万匹分? いや、それ以上の密度を持った「経験」が、俺の魂のレベルを無理やり引き上げていく。

 

《テレレ・レッテッテッテ──―!!》

 

 脳髄を直接揺さぶる、勝利のファンファーレ。

 全身の細胞が歓喜に震え、魂の格が一段階、いや、次元を超えて昇華していく。

 

 レベルが上がる。1つじゃない。

 23、24……!

 

 身体が軽くなる。視界が広がる。世界がクリアになる。

 

「はぁ……はぁ……ッ!」

 

 光が収まった後、俺は岩場に大の字になって倒れ込んだ。

 全身が汗でびっしょりだ。だが、その疲労感は最高に心地よかった。

 

「やった……狩れたぞ……」

 

 俺は拳を空に突き上げた。

 積み上げてきた剣技と、どくばりの一撃。

 

 俺はついに、この世界の「(ルール)」を凌駕する入り口に立ったのだ。

 だが、これはまだ始まりに過ぎない。

 

 この洞窟には、まだまだ奴らがいる。

 そして、俺の目標はレベル40──人類最強の領域だ。

 

「待ってろよ、パパス。リュカ」

 

 俺は身体を起こし、ギラつく目で洞窟の深淵を見据えた。

 

「俺が最強になるまで、あと……3ヶ月」

 

 修羅の合宿が幕を開けた。

 

 ◇

 

 それから、俺は時間の感覚を失った。

 

 朝が来て、夜が来る。

 ただひたすらに、銀色の逃亡者を探し、追い詰め、どくばりで貫く。

 

 それだけではない。視界に入るすべての動くものを、俺は徹底的に駆除(デストロイ)し続けた。

 

 慈悲はない。手加減もしない。

 出会う魔物すべてを「経験値」という名の数値に変える、冷徹な殺戮機械と化した俺の前では、この聖域に溢れた魔物たちもただの獲物でしかなかった。

 

 食事は携帯食と、地下水路に潜む魚や湧き水で済ませる。睡眠は最低限の「めいそう」で代用する。

 

 狂気じみたルーティンワーク。

 だが、その成果は「数値」として確実に俺の魂に刻まれていった。

 

 レベル28。30。33……。

 

 身体が軽い。思考がクリアだ。

 かつては重く感じた『きせきのつるぎ』が、今は指揮棒のように軽く感じる。

 

 そして、ある日の夕暮れ時。

 俺は、その瞬間を迎えた。

 

 ──ピキーン!

 

 脳髄を貫くような閃き。

 新たな回路が繋がり、膨大な力と身体操作の技術がインストールされる感覚。

 

 来た。

 

「……試してみるか」

 

 俺は眼前にそびえ立つ、巨大な岩塊を見据えた。

 高さ5メートルはある花崗岩だ。普通の人間なら、ツルハシを使っても砕くのに数日はかかるだろう。

 

 俺は腰の剣を静かに構えた。

 イメージするのは、五月雨。回避不能の速度で降り注ぐ、刺突と斬撃の嵐。

 本来なら熟練の剣士のみが体得できる、多段攻撃の極意。

 

「──さみだれ斬り!!」

 

 剣が乱舞する。

 目にも止まらぬ速さで繰り出された四連撃が、岩塊の一点に集中し、そして拡散した。

 

 ドガガガガッ!!

 

 激しい破砕音と共に、巨大な岩が内側から弾けたように砕け散る。

 

「……すげぇ」

 

 俺は自分の剣を見つめた。

 

 さみだれ斬り。

 敵グループにランダムで4回攻撃を行う強力な剣技。これを習得したことで、対集団戦における俺の火力は跳ね上がったことになる。

 

 だが、驚きはこれで終わりではなかった。

 身体の奥底から湧き上がる、もう一つの衝動。

 威力ではなく、極限まで研ぎ澄まされた「速度」への渇望。

 

「……ふぅぅぅっ」

 

 俺は深く息を吸い込み、正眼に構え直した。

 狙うは、天井から垂れ下がる巨大な鍾乳石。

 一振りの動作の中に、二つの斬撃を織り込む神速の絶技。

 

「はやぶさ斬り……!!」

 

 踏み込みと同時に、世界がスローモーションになる。

 俺の剣が閃いた瞬間、空気を切り裂く鋭利な音が二度、ほぼ同時に重なって響いた。

 

 ──ズババッ!!

 

 十字の剣閃が闇を切り裂く。

 数トンはある鍾乳石が、音もなく滑り落ち、地面に突き刺さった。切断面は鏡のように滑らかだ。

 

「はやぶさ斬り……」

 

 俺は呆然と呟いた。

 間違いない。これはドラクエシリーズおなじみの「はやぶさ斬り」だ。

 

 原作のヘンリーには絶対に覚えられないはずの技。だが、理屈は通る。

 圧倒的な筋力と速度で剣を振るう。レベルの暴力が生んだ、物理法則への挑戦だ。

 

 冷や汗が背中を伝う。

 怖い。

 

 俺の成長は、もう原作の枠組みを完全に逸脱してしまっている。

 このまま強くなり続けたら、俺は人間としての形を保っていられるのだろうか? ゲマを倒すどころか、魔王すら単独で狩れる化物になってしまうのではないか?

 

 俺は震える手で、自分の顔を覆った。

 

「……くっ、くくっ」

 

 漏れ出したのは、笑い声だった。

 

「ははははっ! 最高じゃないか!!」

 

 恐怖? 違う、これは武者震いだ。

 原作設定を超えている? 上等だ。

 

 相手は運命だ。シナリオだ。神が定めた悲劇だ。

 それをねじ伏せるには、規格外の(バグ)が必要なんだよ!

 

 俺は拳を握りしめ、砕けた岩の前で高らかに笑った。

 さみだれ斬りとはやぶさ斬り。

 

 この二つがあれば、ゲマの側近であるジャミとゴンズなど、赤子の手をひねるより容易い。

 古代の遺跡での戦闘シミュレーションが、脳内で高速で書き換わっていく。

 

「勝てる……。これなら、誰も死なせずに、完全勝利できる!」

 

 俺は闇に向かって咆哮した。

 歓喜と興奮が、全身の血を沸騰させていた。

 

 だが、俺はまだ知らない。

 この洞窟の生態系の頂点に立つ者が、爆発音と崩落音を聞きつけ、静かに目を覚ましたことを。

 

 ◇

 

 その日の夜。

 俺は入り口近くの岩場に作った仮設拠点で、パチパチと爆ぜる焚き火を見つめていた。

 手には、昼間に仕留めた地下水路に潜む目の退化した魚を焼いた串。

 

 味付けは岩塩のみ。ラインハットの豪華な食事や、サンチョのシチューとは比べるべくもない粗末なものだ。

 だが、レベルが上がった身体は、どんな栄養素でも効率よくエネルギーに変換してくれる。

 

「……ふぅ」

 

 魚を腹に収め、俺は風の音に耳を傾けた。

 

 孤独だ。

 言葉を交わす相手もいない。温かいベッドもない。あるのは、殺伐とした修行の日々だけ。

 

 7歳の子供が耐えられる環境ではない。前世の記憶がある俺だって、時折、心が折れそうになることがある。

 なぜ、ここまでやるのか。

 何のために、修羅の道を往くのか。

 

 俺は目を閉じ、瞼の裏に焼きついている「笑顔」たちを呼び起こした。

 

 ──『ありがとう、お兄ちゃん!』

 サンタローズの森で出会った、紫のターバンの主人公。リュカ。

 

 あの子の無垢な信頼を守るためなら、俺はどんな鬼にでもなれる。

 

 ──『約束よ! 次会う時までに、ボロンゴと一緒にすっごく強くなってるから!』

 アルカパで見送ってくれた、金髪のおてんば姫。ビアンカ。

 

 彼女との再会の約束が、俺の足を前へと進ませる原動力だ。

 

 ──『頼りにしていますね、お兄様』

 船旅で出会った、青い髪の聖母。フローラ。

 

 ──『せいぜい野垂れ死なないようにしなさいよ!』

 そして、不器用な激励をくれた黒髪の美女。デボラ。

 

 一人じゃない。

 俺の背中には、彼女たちとの「縁」が繋がっている。

 この数ヶ月の旅で手に入れたものは、経験値だけじゃない。守るべき未来の具体像だ。

 

「……よし」

 

 俺はあぐらをかき、両手を膝の上に置いて姿勢を正した。

 特技「めいそう」。

 

 本来はHPを回復する技だが、今の俺にとっては「心のチューニング」を行う儀式でもある。

 

 深く息を吸い込む。

 湿った空気、焚火の熱、洞窟の冷たさ。

 それらすべてを肺に取り込み、体内を循環させる。

 

 雑念が消えていく。

 恐怖も、慢心も、孤独感も。

 

 心の湖面が鏡のように静まり返り、そこにはただ一つ、「勝利」への意志だけが青白く輝いている。

 彼女たちの笑顔が、光となって俺の丹田に溜まっていく感覚。

 

 温かい。力が溢れてくる。

 これなら、戦える。

 どんな絶望が相手でも、俺は絶対に折れない。

 

「……整った」

 

 俺はカッと目を見開いた。

 瞳の奥で、静かな闘志の炎が揺らめいている。

 

 夜が明ければ、修行は最終段階に入る。

 レベル30の壁を超え、さらなる高みへ。

 

 だがその時、俺の研ぎ澄まされた感覚が、異質な「圧」を捉えた。

 

 焚き火の炎が、風もないのに一瞬で消え失せる。

 背後の闇から漂ってくる、濃密な硫黄の臭いと、圧倒的な殺気。

 

 ……客か?

 それも、はぐれメタルごときとは次元の違う、本来この洞窟には存在するはずのない──。

 

 いや、俺が放ち続けた過剰な魔力の残滓が、深淵の怪物を呼び寄せてしまったのか。

 

 俺は立ち上がり、ゆっくりと『きせきのつるぎ』を抜いた。

 精神統一の直後だ。コンディションは最高。

 

 丁度いい。新しい力の試し斬りと行こうか。

 

 闇の中から現れたのは、巨大な牛の頭を持つ悪魔──アークデーモンだった。

 紫色の肌、巨大な三叉の槍。

 本来ならラストダンジョン手前で出現するような、Sランク級の魔物だ。

 

「グオオオオオッ!!」

 

 咆哮と共に、巨大な槍が振り下ろされる。

 風圧だけで岩が砕ける威力。

 だが、俺は動じない。

 

「……遅い」

 

 レベル30を超え、鍛え上げた俺の目と『星降る腕輪』の加速には、その豪腕の軌道がはっきりと見えていた。

 

 最小限の動きで回避。

 同時に、「気」を練り上げる。

 悪魔が体勢を立て直そうとした瞬間、俺はその懐へと飛び込んだ。

 

「刻め! ──さみだれ斬り!!」

 

 剣閃が乱舞する。

 回避不能の速度で繰り出された四連撃が、アークデーモンの巨体を瞬時に切り刻んだ。

『きせきのつるぎ』が敵の活力を吸い上げ、俺の疲れを癒やす。

 

「グギャアアアアッ!?」

 

 紫色の巨体が血飛沫を上げてよろめく。

 硬い皮膚も、鋼のような筋肉も、一点に集中し拡散する斬撃の嵐の前には無意味だ。

 

 俺は追撃の手を緩めない。

 体勢を崩した巨体に向けて、神速の絶技を叩き込む。

 

「とどめだ、はやぶさ斬り!!」

 

 ──ズババッ!!

 

 十字の剣閃が闇を切り裂く。

 アークデーモンは断末魔すら上げることなく、光の粒子となって闇に溶けていった。

 

 圧倒的だ。

 俺は剣を納め、静かに息を吐いた。

 

 魔界の上級モンスターすら凌駕する力。

 俺はついに、人間としての限界を超えつつあった。

 

 ◇

 

 それから、季節は巡り、俺は8歳となった。

 

 夏が過ぎ、秋の涼風が吹き始め、やがて冬の寒さが洞窟の外を包み込む頃。

 俺の修行は終わりを迎えていた。

 

 レベル38。

 

 それが今の俺のステータスだ。

 はぐれメタルを狩り尽くし、洞窟の生態系を書き換えるほど戦い抜いた結果だ。

 

 身体つきも変わった。

 8歳の少年の華奢さは消え、服の上からでも分かるほど強靭な筋肉が鎧のように肉体を覆っている。身長も伸び、マントの丈が少し短くなっていた。

 

「……そろそろ、行くか」

 

 出発の朝。

 俺は波打ち際に立ち、ナイフで伸び放題だった髪を切り落とした。

 ボサボサだった緑髪が、さっぱりとした短髪になる。

 

 髭はまだ生えていないが、顔つきは明らかに変わっていた。

 水溜まりを覗き込む。

 

 そこには、精悍さを増した少年の顔があった。

 鋭い眼光。引き締まった口元。

 

「……ふっ」

 

 俺は思わずニヤリと笑った。

 水面に写る自分が、少しだけ「あの人」──パパスに似てきたような気がしたからだ。

 

 偉大な背中。俺が憧れ、そして守ろうと誓った最強の戦士。

 今の俺なら、あの人の隣に立っても恥ずかしくないだろう。

 

「待ってろ、親父. リュカ」

 

 俺は短くなった髪を掻き上げ、懐から最後の「キメラの翼」を取り出した。

 目的地は、ラインハット。

 

 全ての準備は整った。

 あとは、運命の来訪者を迎え撃つだけだ。

 

「ラインハット!」

 

 俺の声が冬の空に響き渡る。

 光の渦が舞い上がり、俺の身体を包み込んだ。

 

 試練の洞窟よ、さらば。

 俺の少年時代と共に、この闇に置いていく。

 

 次なる舞台は、決戦の地。

 ラインハット城へ、王の帰還だ。

 

 ◇

 

 ラインハット城の玉座の間は、重苦しい空気に包まれていた。

 

 王、太后、そして大臣たちが深刻な顔で会議をしている最中だったからだ。議題は、数か月以上も行方不明となっている第一王子ヘンリーの捜索について。

 

 その静寂を破ったのは、扉を蹴破る轟音だった。

 

 ──ドォォォンッ!!

 

「な、なんだ!?」

「敵襲か!?」

 

 兵士たちが槍を構える。

 土煙が舞う入り口から、一人の男が──いや、少年が姿を現した。

 

 短い髪、潮風に焼けた肌。

 衣服はボロボロだが、その下にある肉体は鋼のように引き締まり、纏うオーラは百戦錬磨の戦士そのもの。

 

 何より、その瞳から放たれる眼光は、歴戦の将軍すら震え上がらせる鋭さを持っていた。

 かつてのひ弱な王子の面影は、そこにはなかった。

 

「……ただいま戻りました、親父」

 

 野太く響く声。

 玉座の間の全員が息を呑んだ。

 

 父王が震える手で指差す。

「ヘ、ヘンリー……なのか? その姿は……」

 

「地獄の釜の底で、ちょっと『観光』してきたんでね……」

 

 俺はニヤリと笑い、玉座への階段を登った。

 兵士たちが道を空ける。威圧感に押されて動けないのだ。

 

 誰もが本能で理解している。この少年は、触れてはならない「死」そのものだと。

 

 レベル38。

 今の俺は、この国の兵士長ですら一撃で沈められる「生物兵器」だ。

 

「兄上……?」

 

 父の横で縮こまっていたデールが、怯えたような、それでいて憧れを含んだ瞳で俺を見上げている。

 俺はデールの前で片膝をつき、その頭をガシガシと乱暴に撫でた。

 

「留守番ご苦労、デール. 泣いてなかったか?」

「な、泣いてないよ! ボクだって……」

「そうか. 偉いぞ」

 

 それだけ言い残し、俺は自室へと向かった。

 背中で、太后が「野蛮な……まるで山賊のようね」と呟くのが聞こえたが、今の俺には蚊の羽音ほどにも響かない。

 

 さあ、舞台は整った。

 あとは「主役」の到着を待つだけだ。

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