ラインハットのヘンリー王子に憑依転生してパパスを救う   作:拓拓

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第8話 運命の父子

 それから数週間後。

 ラインハット城に、一報が入った。

 サンタローズの村より、パパス殿が到着した、と。

 

 俺は自室の窓から、城門をくぐる一行を見下ろしていた。

 心臓が、かつてないほど激しく打ち鳴らされる。

 

 来た。

 先頭を行くのは、威風堂々たる戦士パパス。

 そして、その背中に隠れるようにして歩く、紫のターバンの少年。

 

 リュカ。

 俺の運命の相棒。そして、俺が守り抜くと誓った存在。

 

「……ようやく会えたな」

 

 俺は鏡の前で身だしなみを整えた。

 筋肉質な身体を王族の服で隠し、腰には最強装備の剣を佩く。

 表情筋を緩め、「我儘王子」の仮面を被る。

 だが、その瞳の奥の光だけは隠せない。

 

 俺はマントを翻し、謁見の間へと向かった。

 

 扉を開けると、ちょうどパパスが王に挨拶をしているところだった。

 

「お久しぶりでございます、国王陛下」

「おお、パパス! よくぞ来てくれた!」

 

 感動の再会。だが、俺の視線はパパスの横に立つ少年に釘付けだった。

 緊張しているのか、俯きがちに立っているリュカ。

 長い睫毛。透き通るような白い肌。

 大きな瞳が、不安げに揺れている。

 

(……っ、可愛いすぎるだろ)

 

 俺は内心で頭を抱えた。

 知っている。こいつは男だ。原作でもそうだった。

 だが、今のこの姿はどうだ?

 華奢な肩、形の良い唇。どこからどう見ても美少女にしか見えない。

 

 ふと、俺はリュカの足元に視線を落とした。

 いない。

 本来の歴史ならば、この少年の傍らには、リボンをつけたベビーパンサー――ボロンゴがいるはずだ。

 幼いリュカの最初の相棒にして、過酷な運命を共に駆ける忠義の獣。

 だが、今ここにその姿はない。

 

(……そうか。俺がアルカパでビアンカに託したからな)

 

 歴史は変わっている。ボロンゴは今頃、ビアンカと共に修行に励んでいるはずだ。

 本来の相棒を奪ってしまったことへの、一抹の罪悪感。

 だが、後悔はない。あいつはあいつで、ビアンカを守るという重要な役目を果たしている。

 

(その代わり、この城での相棒(ボディーガード)は俺が務めさせてもらうさ)

 

 俺は心の中でリュカに詫び、そして改めてその顔を見た。

 メタ知識がなければ、俺はこいつを一目で女の子だと勘違いしていただろう。

 危ない、危ない。

 こいつは男。俺の弟分。

 そう自分に言い聞かせ、俺はズカズカと二人の間へ割って入った。

 

「よう。お前がパパス殿の息子か?」

 

 俺の突然の登場に、パパスが驚いた顔をする。

 リュカがびくりと肩を震わせ、顔を上げた。

 その瞳と、俺の瞳が交差する。

 

「あ……」

 

 リュカが小さく声を漏らした。

 何かを感じ取ったのだろうか?

 

 ニヤリと、あくまで「不敵な王子」らしく笑ってみせる。

 

「いい面構えだ。……おい、お前」

「えっ……?」

 

 その子が初めて声を出した。鈴を転がすような、少し高い声だ。

 

「名前はなんていう?」

「リュ、リュカ……です」

「そうか、リュカか。俺はヘンリーだ。……退屈していたところだ。俺の話し相手になれ」

 

「え?」とパパスも兵士も驚いた顔をした。

 それもそうだろう。城内でも有名な「悪戯好きの暴れん坊」が、初対面の平民の子供に友好的(?)な態度を取っているのだから。

 

「どうした? 王子の命令が聞けないのか?」

「い、いえ! ……ほら、リュカ。王子様がお呼びだぞ」

「う、うん……」

 

 リュカがおずおずと前に出る。

 俺は心の中でガッツポーズをした。まずは第一段階クリアだ。

 原作の「子分イベント」をスキップし、最初から対等に近い関係値を築く。そして、このまま彼を鍛えつつ、パパスの護衛対象としてのポジションを確保するんだ。

 

「さあ来いリュカ。城の中を案内してやる。……ついでに、少し頼みたいこともあるしな」

 

 俺はリュカの手をとった。その手は小さく、柔らかかった。

 

 ♢

 

 俺はリュカの手を引いたまま、廊下を早足で歩いた。

 背後で兵士たちが「王子がおとなしい」「今日は癇癪を起こさないのか」とひそひそ話しているのが聞こえる。これまでのヘンリーの行状が知れるというものだ。

 

「あ、あの……ヘンリー王子さま、どこへ……?」

「静かに。誰かに聞かれたら面倒だ」

 

 リュカが困惑した声を上げる。

 俺の歩幅に合わせようと、小走りでついてくる様子がなんとも健気だ。それにしても、繋いだ手が驚くほど華奢だ。指も細く、皮膚も薄い。

 パパス殿のような豪傑の息子とは思えないな。母親似なのかもしれない。

 ……いや、待てよ。あまりに柔らかすぎる気もするが、もしかして過保護に育てられすぎたのか? まあいい。これから俺が鍛え直してやれば、立派な勇者の父になれるはずだ。

 

 俺は人の気配がないことを確認し、城の中庭、普段はあまり使われていない古びた倉庫の裏手へと彼を連れ込んだ。

 

「ここなら誰も来ない」

 

 俺は手を離し、くるりとリュカの方を向いた。

 改めて近くで見ると、やはり可愛い。大きな瞳、整った鼻筋。

 俺の知っているゲームの主人公リュカのイメージと、目の前のリュカの姿がどうにも重ならない。

 あまりに中性的に整いすぎている。将来は間違いなく美青年コース、いや、下手をすれば「男の娘」需要すら満たしかねない逸材だ。

 もしかして、母親のマーサさんの遺伝子が強すぎたのか?

 

「……あの、王子さま? 顔に何かついてますか?」

「い、いや、なんでもない。将来有望なツラ構えだと思ってな」

 

 リュカが不思議そうに首を傾げる。

 俺は強引に自分を納得させた。原作がそうである以上、こいつは男だ。間違いなく男だ。

 ただちょっと、飛び抜けて可愛すぎるだけだ。うん、そういうことにしておこう。

 

「リュカ。単刀直入に言う。俺と手を組め」

「え……手を、組む?」

 

 リュカが小首を傾げて、ターバンの隙間からこぼれた髪がふわりと揺れた。

 無意識なあざとさだ。さすが主人公、天然のカリスマ性(?)というやつか。

 

「そうだ。俺たちは狙われている」

「狙われてるって……誰に?」

「悪い奴らにだ。俺はこの城の王子だが、この地位を快く思わない連中がいる。そしてお前の父、パパス殿もまた、ある重大な使命を背負って旅をしているはずだ」

 

 俺の言葉に、リュカの表情が変わった。ただの子供ではない、何かを知っているような顔だ。

 パパスの旅の目的が「伝説の勇者を探すこと」や「母親を探すこと」だと、リュカも薄々感づいているのかもしれない。

 

 俺は一歩、リュカに近づいた。

 リュカがビクリと肩を震わせ、じりっと半歩下がる。頬が朱に染まっているのは、王族に対する畏怖か、それとも緊張か。

 

「だから、俺たちは強くならなきゃいけない。大人たちに守られるだけじゃなく、自分の身は自分で守れるように」

「でも……ボク、自信がないです。旅の途中で魔物とは戦ってきたけど……お父さんみたいに強くないし……」

 

 リュカが俯く。長い睫毛が影を落す。

 

(……謙遜しているが、立ち方や足運びには隙がない。ここまで来るのに相当な修羅場をくぐってきたな。レベルにして……10前後といったところか)

 

 俺は内心で舌を巻いた。

 6歳でレベル10。一般兵なら精鋭クラスだ。だが、パパスという「最強の父」が基準になっているせいで、自分の強さを過小評価しているらしい。

 もったいない。その土台があれば、俺の指導次第で化けるぞ。

 

 俺はため息をつくふりをして、腰の剣を抜いた。

 

「自信がないなら、自信がつくまでやればいい。見ろ」

 

 俺は倉庫の壁に立てかけてあった古い木箱を睨みつけた。

 意識を集中する。あの地獄の、レベル上げの成果を見せる時だ。

 

「メラ!」

 

 俺の指先から放たれた小さな火球が、真っ直ぐに木箱へと飛んでいく。

 ボッ、という音と共に木箱の表面が焦げ、小さな炎が上がった。

 

「わあ……っ!」

 

 リュカが目を見開く。その瞳がキラキラと輝いた。

 

「すごい……! 王子さまは攻撃魔法も使えるの!?」

「ああ、独学でな。……リュカ、お前も旅の中でいくつかの呪文を覚えたんじゃないか? その身のこなし、只者じゃないぞ」

 

 俺が指摘すると、リュカは少し驚いたように瞬きをした。

 

「う、うん。ホイミとか、バギなら少し……。でも、王子さまみたいに強くはないから……」

「いいや、才能はある。使い方が分かってないだけだ」

 

 原作の主人公は、回復呪文だけでなく攻撃呪文も使いこなす万能型だ。すでに基礎があるなら話は早い。

 俺が教えるべきは「基礎」ではなく、その力を「戦い」で活かすための応用技術だ。

 

「俺が稽古をつけてやる。パパス殿たちがこの城に滞在している間、毎日ここに来い。俺と一緒に強くなるんだ」

「ボクも……もっとすごい魔法が使えるようになるかな?」

「なるさ。俺が保証する」

 

 俺はニッと笑って、右手を差し出した。

 

「これは二人だけの秘密だ。大人たちには内緒だぞ」

 

 リュカは一瞬ためらったようだった。

 何かを言いかけた唇を結び、それから決心したように頷く。

 

「……うん! わかった」

 

 リュカはおずおずと、けれどしっかりと俺の手を握り返してきた。

 その瞬間、リュカの目がわずかに見開かれた。

 

「……硬い」

 

 小さな呟き。

 俺の手は、ここ数日の特訓と魔物狩りで、マメだらけの傷だらけになっていた。王族の白い手ではない。泥と血を知る、戦士の手だ。

 

「王子さまの手……お父さんと、同じゴツゴツがする」

 

 リュカはそう言って、俺の目を真っ直ぐに見つめ返した。その瞳から、怯えの色が消えていた。

 俺は思わず、その手を少し強めに握りしめてしまった。リュカが「あっ」と小さく声を上げる。

 

「悪い、痛かったか?」

「ううん、平気……です。王子さまの手、温かいね」

 

 リュカがはにかむように微笑んだ。

 その笑顔の破壊力に、俺は思わず視線を逸らした。

 危ない危ない。こいつが無自覚なタラシ系主人公だということを忘れていた。このままでは俺のノンケとしてのアイデンティティが揺らぎかねん。

 

 これで「共犯関係」の成立だ。

 俺たちは来るべき「古代の遺跡」での死闘に向け、秘密の特訓を開始した。

 

 ♢

 

 翌日から、俺たちの奇妙な秘密特訓が始まった。

 場所は人目のつかない倉庫の裏手。時間は、大人が昼食後のまどろみにある午後の一時。

 

「もっと腰を落として! 腕だけで振ろうとするな!」

「は、はいっ!」

 

 リュカが自分の背丈ほどもある木の棒を一生懸命振っている。

 俺が貸してやった練習用の棒きれだが、リュカはそれを器用に扱っている。さすがレベル10、基礎体力はあるようだ。

 だが、やはり線が細い。筋力で押すタイプではなく、速度と魔力を活かす戦い方が向いている。

 

「はぁ、はぁ……ごめんなさい、王子さま……」

「謝るな。動きは悪くないぞ。……ほら、水だ」

 

 俺は革製の水筒をリュカに放って寄越した。リュカはそれを慌てて両手でキャッチすると、「あ、ありがとうございます」と丁寧に頭を下げる。

 蓋を開け、両手で大事そうに持って、小さく口をつける。ゴクゴクと喉を鳴らして飲むのではなく、まるで小鳥がついばむように一口ずつ味わって飲む。

 飲み終わった後、袖口で雑に拭うのではなく、レースの縁取りがされたハンカチで『ちょん、ちょん』と唇を押さえる姿を見て、俺は思わず溜息をついた。

 

(育ちが良すぎる……。パパス殿、本当に傭兵生活してるのか? お嬢様みたいな育て方してないか?)

 

「少し休憩したら、次は魔法の練習だ。イメージトレーニングはしてきたか?」

「うん。……体の中の熱いものを、指先に集める感じ……だよね?」

「そうだ。魔力を練り上げる感覚だ。お前ならできる」

 

 リュカは木の棒を置き、真剣な表情で古びた木箱に向き合った。

 目を閉じ、深く呼吸をする。

 スゥ、と息を吸う音が静寂に溶ける。

 その瞬間だった。

 

 ビリリッ。

 

 俺の肌が粟立った。空気が変わる。

 風が止まったのではない。リュカを中心にして、周囲の大気が歪み、収束していくような圧力を感じたのだ。

 魔力だ。それも、俺が持っているものとは質も量も桁違いの、純度が高く、そして底知れない魔力が渦巻いている。

 レベル10程度の魔力ではない。これは……「王家の血筋」と「エルヘブンの聖なる血」が混ざり合った、異質なエネルギーだ。

 

「メラ……!」

 

 リュカがカッと目を見開き、可憐な掛け声と共に右手を突き出した。

 その瞬間、視界が真っ赤に染まった。

 

 ドゴォォォォォッ!!

 

 俺が放った豆粒のような火の玉とは訳が違う。

 バスケットボール、いや、バランスボールほどもある巨大な火球が唸りを上げて射出され、標的の木箱を直撃した。

 直撃しただけではない。火球は木箱を瞬時に炭化させ、さらにその背後のレンガ壁に激突して爆発四散した。爆風が俺たちの髪を煽り、熱波が頬を撫でる。

 

「……まじかよ」

 

 俺は開いた口が塞がらなかった。

 おいおい、今の本当に『メラ』か? 『メラミ』、いや下手をすれば『メラゾーマ』の片鱗すら見えたぞ。

 威力が高すぎる。これが主人公補正というやつか。

 

「わ、わわっ! ごめんなさい! 箱、壊しちゃった……壁も焦げちゃった……」

「いや、いいんだ。……すごいな、お前。天才か?」

「えへへ……そうかな?」

 

 リュカが嬉しそうに照れる。

 褒められて伸びるタイプらしい。だが、顔色は少し青ざめている。

 今のたった一発で、相当なMPを持っていかれたのだろう。

 

「よし、今の感覚を忘れるな。だが、実戦で使うにはコントロールが必要だ。今のままじゃ一発撃ったらガス欠で倒れちまうぞ」

「うん、なんかすごく疲れちゃった……足が、ふわふわする……」

「無理はするな。……っと、危ない!」

 

 ふらりとよろめいたリュカを、俺は咄嗟に支えた。

 華奢な肩を抱き留めると、リュカが「ひゃうっ!」と奇妙な声を上げて身を縮こまらせた。

 

「ど、どうした?」

「あ、あの……びっくり、した……」

「なんだよ、男のくせに随分と敏感だな。くすぐったがりか?」

 

 俺は何気なく、リュカの背中をポンポンと叩いて励まそうとした。

 その背中は驚くほど薄く、そして柔らかかった。服の上からでもわかる、小動物のような華奢な骨格。背骨のラインすら指先に感じ取れそうだ。

 

(本当に食ってるのか、こいつ……。パパス殿、ちゃんと息子に飯食わせてるか?)

 

「もっとしっかりしろ。男なら、背筋をこう、シャキッと伸ばすんだ!」

 

 俺はリュカの身体の向きを変えさせ、姿勢を正そうと脇腹に手を添えた。ぐっと持ち上げるように力を込める。

 瞬間、リュカの身体がビクンと跳ねた。

 

「ふぁっ!?」

 

 リュカの顔が一瞬で茹でダコのように真っ赤になった。耳の先まで赤い。

 瞳が潤み、パニックになったように俺を見上げる。

 

「お、王子さまっ! ち、ちかい……ですっ!」

「あ? 近くないと教えられないだろ。ほら、もっと胸を張って……」

「だ、だめぇ……っ! さわら……っ!」

 

 ドンッ!!

 

 リュカがバッと俺を突き飛ばし、数メートル後ろに飛び退いた。

 涙目で胸元を両手でギュッと抑え、荒い息を吐いている。まるで暴漢に襲われた乙女のような反応だ。

 

「おいおい、どうしたんだよ」

「ご、ごめんなさい! でも、その……触らないで、ください……」

「……?」

 

 俺は首を傾げた。

 男同士のじゃれ合い、あるいは指導の一環だろ? なんでそんなに必死に拒絶するんだ?

 もしかして、過去に何かトラウマでも……? いや、あるいは単なる潔癖症か? 都会(ラインハット)の汚れに染まりたくない的な? それとも、俺の手汗が嫌だったとか?

 

「……悪かった。嫌なら無理強いはしない」

「ううん、嫌いじゃないの! ただ、その……恥ずかしくて……変になるから……」

 

 リュカがモジモジと指を絡ませ、蚊の鳴くような声で言う。

 その姿を見て、俺の中の「鈍感アラサー男」の思考回路が、ズレた結論を導き出した。

 

(なるほど。極度の人見知り&潔癖症ってことか。箱入り息子だし、男同士の汗臭いスキンシップに免疫がないんだな。……あるいは、パパス殿が厳格すぎて『お父さん以外の男に触れちゃいけません!』とでも教育されてるのか? 過保護にも程があるぞ)

 

 俺は勝手な解釈で納得し、呆れたように肩をすくめた。

 目の前で顔を真っ赤にして涙目になっているリュカが、まさか「胸の膨らみに触れられそうになってパニックになっている」とは、夢にも思わずに。

 

「わかったわかった。じゃあ、言葉で教えるからよく聞けよ。触ったりしないから安心しろ」

「……はい」

 

 リュカはホッとしたように表情を緩めた。

 危ないところだった、とでも言いたげな安堵の表情。

 その実、彼女の心臓が早鐘のように打っていたことや、「男の子として振る舞わなきゃいけないのに、女の子として反応しちゃった」という焦りに、俺が気づく由もなかった。

 

 そうして、あっという間に数日が過ぎた。

 俺たちは毎日、人の目を盗んで倉庫の裏手に集まり、秘密の特訓を重ねた。

 レベル10の基礎スペックを持つリュカの成長は早かった。俺の指導でコツを掴むと、それまで威力が安定しなかった「メラ」も、三日目には掌の上で火の大きさを自在に操れるようになり、五日目には動く的——俺が投げた小石――を正確に撃ち抜くほどの精度を身につけた。

 

「すごいぞリュカ! 今のタイミング完璧だ!」

「えへへ、王子さまが教えてくれたコツのおかげです」

 

 俺も負けてはいられない。早朝の森でのレベル上げに加え、リュカとの模擬戦で「魔法使いとの連携」を身体に叩き込んだ。

 リュカが魔法で敵の体勢を崩し、俺が剣でトドメを刺す。あるいは俺が敵を引きつけ、その隙にリュカが大火力を叩き込む。

 言葉を交わさずとも、互いの呼吸で次の動作がわかる。そんな瞬間が増えていくにつれ、俺の中に確かな手応えが生まれていた。

 

「ボクたち、いいコンビになれたかな?」

 

 休憩中、汗を拭いながらリュカが小首を傾げて聞いてきた。

 その瞳は不安と期待で揺れていたが、俺は力強く頷いた。

 

「ああ、最強のコンビだ。パパス殿にも負けないくらいな」

 

 俺が笑って答えると、リュカは花が咲いたように微笑んだ。

 こうして、互いに背中を預けられるだけの信頼関係は築けた。……少なくとも、戦力的な意味では。

 リュカが時折見せる、熱っぽい視線や顔を赤らめる仕草の意味に、俺が気づいていないという点を除けば、完璧な相棒(バディ)の誕生だった。

 

 その日の夕暮れ時。

 俺たちは特訓を切り上げ、城の廊下を歩いていた。

 心地よい疲労感。リュカも少し自信がついたのか、以前のように俯いて歩くことはなく、俺の半歩後ろをしっかりとついてきている。

 

 だが、その穏やかな空気は一瞬で凍りついた。

 

 ――ゾワリ。

 

 俺の背筋に、冷たい蛇が這うような悪寒が走った。

 殺気ではない。もっと粘着質で、禍々しい「邪気」。

 レベル38の知覚(センス)が、警鐘を鳴らしている。

 この先に、「人ではないもの」がいる。

 

「……ッ」

 

 俺は足を止め、リュカを背中に庇うようにして立った。

 廊下の曲がり角から、数人の侍女を引き連れて、一人の女性が姿を現した。

 

 豪華なドレス。宝石を散りばめた扇。

 そして、白塗りの肌に紅い唇。

 一見すれば、美しくも威厳のある貴婦人だ。

 

 ラインハット太后。

 俺の義母であり、デールの実母。

 そして――この国を裏から操る、魔物の成り代わり。

 

「……あら? 誰かと思えば、ヘンリーではありませんか」

 

 太后が足を止め、扇の隙間から冷ややかな視線を向けてくる。

 その目は笑っていない。爬虫類のように冷たく、品定めするように俺たちを舐め回している。

 

(……臭うな)

 

 俺は鼻をひくつかせた。

 香水の匂いに隠れているが、その下にあるのは腐肉と硫黄の臭いだ。魔物の臭い。

 レベル1の俺には分からなかったが、今の俺にははっきりと分かる。

 こいつの正体は、ボス級の魔物ではない。ただの雑魚モンスターが化けているだけだ。

 今ここで剣を抜けば、一瞬で首を刎ねられる。

 

 だが、まだだ。

 証拠がない。ここで斬り捨てれば、俺は「義母殺しの狂った王子」として追われる身になる。

 それに、こいつの背後には「光の教団」がいる。

 泳がせるしかない。

 

「……チッ。散歩の最中に嫌なものを見たぜ」

 

 俺は舌打ちをし、あくまで「反抗的な継子」の演技を続けた。

 太后の眉がピクリと動く。

 

「相変わらず、口の減らない子ですね。……それで? その後ろにいる薄汚いネズミはどこの子かしら?」

 

 太后の視線が、俺の背後のリュカに向けられた。

 その瞬間、リュカがビクリと震え、俺の服の裾をギュッと握りしめた。

 恐怖。

 本能が、捕食者を前にした小動物のように怯えているのだ。

 

「ひ……ッ」

「パパスとかいう傭兵の子供か。平民風情が、王族の住まう区画をうろつくなど……図が高いにも程がありますよ」

 

 太后の声には、明確な悪意が込められていた。

 ただの嫌味ではない。精神を削るような、魔力混じりの威圧。

 リュカの顔色が青ざめていく。

 

 俺の中で、血管がブチ切れる音がした。

 俺を侮辱するのはいい。だが、俺の大事な相棒(リュカ)を、その汚い口で罵るのは許さん。

 

 俺は一歩、前に踏み出した。

 レベル38の「覇気」を、ほんの少しだけ漏らす。

 

「――おい」

 

 低く、地を這うような声。

 太后の動きが止まる。

 侍女たちが息を呑む。

 俺は太后を真っ直ぐに睨みつけた。

 

「俺の連れだ。文句があるなら親父に言え」

「な……」

「それと、あんたのその香水、臭すぎて吐き気がするんだよ。二度と俺たちの前に現れるな」

 

 俺の瞳の奥に宿る、明確な「殺意」と「看破」。

 それを感じ取ったのか、太后の顔が一瞬だけ歪んだ。

 

 まるでノイズが走ったように、優雅な貴婦人の顔が一瞬だけ『紫色の肌をした醜怪な何か』にダブって見えた。

 

(……気づいたか? だが、もう遅い)

 

 太后はハッと我に返り、扇で顔を隠した。

 額に冷や汗が滲んでいる。

 このガキ、何かが違う――そう直感したはずだ。

 

「……フン。野蛮な王子には、何を言っても無駄なようですね。行きましょう」

 

 太后は捨て台詞を吐き、逃げるように早足で去っていった。

 その背中は、以前のような絶対的な余裕を失っていた。

 

 廊下に静寂が戻る。

 俺はふぅ、と息を吐き、殺気を収めた。

 

「……大丈夫か、リュカ」

 

 振り返ると、リュカはまだ震えていたが、その瞳はしっかりと俺を見ていた。

 

「う、うん……。ありがとう、王子さま」

「気にするな。ただの厚化粧のババアだ」

「ふふっ……」

 

 リュカが少しだけ笑った。

 だが、俺の警戒レベルは最大まで引き上げられていた。

 奴は焦っている。

 俺という「計算外のイレギュラー」を排除するため、計画を前倒しにするかもしれない。

 

 古代の遺跡への招待状は、もうすぐそこまで来ている。

 俺はリュカの手を強く握り直し、自室へと急いだ。

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