ラインハットのヘンリー王子に憑依転生してパパスを救う   作:拓拓

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第9話 最強の父

 太后との遭遇から数日が過ぎた。

 城内には不穏な空気が漂っていたが、表向きは平穏な日々が続いていた。

 俺たちはその「凪」の期間を使い、狂ったように特訓を重ねていた。

 

 ——ガギィンッ!!

 

 倉庫裏の空き地。

 乾いた金属音が響き、リュカの持っていた木の棒が弾き飛ばされる。

 

「……そこまで!」

 

 俺の声に、リュカがその場にへたり込んだ。

 肩で息をし、全身から玉のような汗が吹き出している。

 ターバンはズレかけ、白い肌が泥と埃で汚れている。だが、その瞳には以前のような弱々しさはなく、確かな光が宿っていた。

 

「はぁ、はぁ……ま、負けました……」

「いい動きだったぞ。最後のフェイント、もう少しで俺の剣にかするところだった」

 

 俺はタオルを投げ渡し、ニヤリと笑った。

 リュカのレベルは確実に上がっている。おそらくレベル12〜13あたりか。魔法の制御も板につき、実戦でもパパスの足手まといにはならないだろう。

 

「ふぅ……。でも、やっぱり王子さまには敵わないや」

「当たり前だ。俺は年季が違う」

 

 俺は自分の汗を拭い、シャツの襟元をパタパタと仰いだ。

 暑い。

 冬とはいえ、これだけ動けば汗だくだ。服が肌に張り付いて気持ち悪い。

 ふと見ると、リュカも汗で服を透けさせていた。首筋を汗が伝い、鎖骨のあたりで光っている。

 

(……やっぱり、やけに色っぽいなこいつ)

 

 俺は無意識に喉を鳴らし、すぐに頭を振った。

 男だ。相手は男。汗臭い部活動の相棒だ。

 

「よし、リュカ。今日はこれで終わりだ」

「はい。ありがとうございました」

「で、だ」

 

 俺はリュカの腕を掴み、強引に立たせた。

 

「汗をかきすぎた。このままじゃ風邪を引く。風呂に行くぞ」

「……え?」

 

 リュカがぽかんと口を開けた。

 

「ふ、風呂……ですか?」

「ああ。この城には自慢の大浴場があるんだ。一般には開放してないが、俺の連れなら特別に入れてやる」

「えっ、ええっ!? だ、だいじょうぶです! ボク、部屋で身体拭くだけで……」

 

 リュカが慌てて手を振り、後ずさりする。

 顔色が赤い。よっぽど恐れ多いと思っているのか、それとも俺の体臭が気になるとか?

 

「遠慮するな。裸の付き合いってやつだろ? 背中くらい流してやるよ」

「な、なおさらダメですっ! 王子さまにそんなこと……!」

「いいから来い! 命令だ!」

 

 俺は問答無用でリュカの手を引き、大浴場へと続く廊下を歩き出した。

 抵抗するリュカ。だが、レベル38の力には敵わない。

 まるでドナドナされる仔牛のように、リュカはズルズルと引きずられていく。

 

「いやぁぁぁ……! お父さぁぁん……!」

 

 悲痛な叫び声。

 俺は苦笑した。潔癖症もここまで来ると筋金入りだな。

 まあ、入ってしまえば観念するだろう。男同士、湯船で語り合えば絆も深まるというものだ。

 

 ♢

 

 ラインハット城の大浴場。

 そこは古代ローマを思わせる白亜の空間だった。

 高い天井、ライオンの口から注がれる豊富な湯。湯気が立ち込め、石鹸のいい香りが漂っている。

 貸切状態だ。

 

 脱衣所に入ると、俺はさっさと服を脱ぎ始めた。

 シャツを脱ぎ、ズボンを下ろす。

 鏡に映るのは、1年間の修行で鍛え上げられた、鋼のような肉体。8歳児とは思えない腹筋の割れ具合に、我ながら惚れ惚れする。

 

「ふぅ、さっぱりするな。……おい、どうしたリュカ。早く脱げよ」

 

 俺はタオル一枚を腰に巻き、振り返った。

 入り口付近で、リュカが固まっていた。

 顔を真っ赤にして、両手で目を覆っている。指の隙間から俺の方を見ているような、見ていないような。

 

「……ッ!」

「なんだよ、人の裸見て固まって。俺の筋肉がそんなに珍しいか?」

 

 俺はポーズをとって見せた。

 リュカは「ひゃうっ!」と悲鳴を上げ、茹で上がったタコのように赤くなって、くるりと背中を向けた。

 耳まで真っ赤だ。震えている。

 

「ぼ、ボク……やっぱり無理です! 帰ります!」

「はあ? ここまで来て何言ってんだ」

 

 俺はスタスタと歩み寄り、リュカの肩を掴んだ。

 リュカがビクンと跳ねる。

 

「観念しろ。男同士だろ? 恥ずかしがるもんじゃない」

「だ、だめぇ……! 脱げない……脱げないんですぅ……!」

「なんでだよ。怪我でもしてるのか? それとも……」

 

 俺の脳裏に、ある推測がよぎった。

 こいつ、あまりに華奢だから、男としての成長……つまり「大きさ」にコンプレックスでもあるんじゃないか?

 あるいは、体に大きな傷跡があって見られたくないとか。

 

 俺の表情が、少し真剣なものになる。

 もしそうなら、無理強いは良くない。

 だが、このまま汗だくで帰すのも忍びない。

 

「……わかった。じゃあ、こうしよう」

 

 俺は提案した。

 

「お前はタオルを巻いたままでいい。見せたくないところは隠して入れ。俺もあまり見ないようにしてやる」

「え……?」

「それなら文句ないだろ? ほら、さっさと服を脱げ。手伝ってやるから」

 

 俺は善意100%で、リュカの帯に手をかけた。

 

「ひっ……! や、やめてぇぇぇ!!」

 

 リュカが悲鳴を上げ、俺の手を振り払おうともがく。

 だが、俺の指が服の合わせ目に触れ、少しだけはだけそうになった瞬間。

 

 ――チラリ。

 

 見えた。

 少年のような平坦な胸……ではなく。

 さらしのような布で、きつく、きつく巻かれた胸元が。

 

(……ん? 怪我か? 包帯?)

 

 俺がその「白い布」の意味を理解しようと思考を巡らせた、そのコンマ1秒の間。

 リュカの目から、大粒の涙が溢れ出した。

 

「うわぁぁぁん! 王子さまのえっちぃぃぃ!!」

 

 バシィィィンッ!!

 

 乾いた音が脱衣所に響き渡った。

 俺の頬に、リュカの平手が炸裂したのだ。

 レベル38の耐久力を持つ俺だが、その一撃には物理ダメージ以上の「精神的クリティカル」が乗っていた。

 

 俺は呆然と立ち尽くした。

 リュカは脱衣所の隅にうずくまり、服をギュッと押さえて泣きじゃくっている。

 

「……す、すまん」

 

 俺は反射的に謝っていた。

 理由は分からない。分からないが、俺は今、人として越えてはいけないラインを越えそうになった気がする。

 

(……そうか。こいつ、もしかして……)

 

 俺の中で、一つの結論が出た。

 過保護な箱入り息子。潔癖症。そして、包帯を巻くほどの怪我、あるいは皮膚病。

 それを見られるのが、死ぬほど恥ずかしかったんだな。

 

 俺は深く反省した。デリカシーがなさすぎた。

 俺はため息をつき、自分の着替えを拾い上げた。

 

「……悪かった。俺が出る」

「え……?」

「お前一人で入れ。鍵はかけておくから、誰も入ってこない」

 

 俺は泣いているリュカの頭に、自分のバスタオルをポンと乗せてやった。

 

「ゆっくり温まってこい。風邪引くなよ」

 

 そう言い残し、俺は半裸のまま脱衣所を出た。

 廊下の冷気が肌を刺すが、火照った頭を冷やすには丁度いい。

 

 背後の扉の向こうから、しばらくして衣擦れの音と、お湯を浴びる音が聞こえてきた。

 俺は扉に背中を預け、腕を組んで仁王立ちになった。

 ここを動くわけにはいかない。

 リュカが安心して風呂に入れるよう、俺が番人(ガードマン)をする。それがせめてもの罪滅ぼしだ。

 

「……王子さまの、ばか」

 

 扉越しに、小さく呟く声が聞こえた気がした。

 その声には、怒りよりも、どこか安堵と甘えが含まれているように感じられたのは、俺の都合の良い解釈だろうか。

 

 湯気越しに見えたリュカの、泣き濡れた潤んだ瞳。

 それがやけに色っぽくて、俺の心臓が不覚にもドキリと跳ねたことは、墓場まで持っていく秘密だ。

 

(……あいつ、風呂上がったら冷たい果実水でも奢ってやろう)

 

 俺は来るべき「ゲマ戦」のシミュレーションをしつつ、相棒の長風呂が終わるのを根気強く待った。

 この平穏な時間が、嵐の前の最後の静けさであることを、俺たちはまだ知らない。

 

 ♢

 

 大浴場を出た俺たちは、城のテラスで涼んでいた。

 風呂上がりのリュカは、頬を桜色に染め、濡れた髪からは甘い石鹸の香りを漂わせている。

 手には、俺が厨房からくすねてきた冷たい果実水。

 

「……ぷはぁ」

 

 リュカが一気に飲み干し、満足げに息をつく。

 

「おいしかった……。ありがとう、王子さま」

「おう。風呂上がりの一杯は格別だろ?」

 

 俺も自分の果実水を飲み干し、夜風に当たった。

 色々あったが――主に俺のデリカシー欠如によるトラブルが――結果的にリュカとの距離は縮まった気がする。

「背中を流す」という野望は潰えたが、こうして並んで夜空を見上げる時間も悪くない。

 

 だが、その穏やかな時間は、重厚な足音によって破られた。

 

「……ここにいたか、リュカ」

 

 闇の中から現れたのは、岩のような巨躯を持つ男。

 パパスだ。

 その表情はいつもの温厚な父親のものではなく、歴戦の戦士のそれだった。

 

「お父さん……?」

「遅い時間まで連れ回してすまなかったな、パパス殿。リュカは無事に返すよ」

 

 俺は立ち上がり、軽い調子で言った。

 だが、パパスの鋭い眼光は俺から離れない。

 値踏みされている。

 ここ数日の俺たちの行動、リュカの急激な成長、そして俺から滲み出る「カタギではない気配」。

 最強の戦士の勘が、俺というイレギュラーに反応したのだ。

 

「ヘンリー王子。……少し、お時間をいただけますかな」

「俺にか? 断ると言ったら?」

「無理にでもお願いしたい。……一人の父親として、我が子の友人がどのような御仁か、知っておきたいのです」

 

 パパスの手が、無意識に腰の剣に伸びている。

 殺気はない。だが、断れば力ずくでも確かめるという、鋼鉄の意志を感じる。

 

 俺はニヤリと笑った。

 来ると思っていた。

 レベル38の気配は、隠そうとしても隠しきれるものではない。特に、同格の実力者の前では。

 

「いいだろう。場所を変えるか」

「……感謝します」

 

 俺たちはリュカをその場に残し、人気のいない中庭の練兵場へと移動した。

 月明かりが、石畳を青白く照らし出す。

 

「お、お父さん! 王子さま! 何をするの!?」

 

 慌てて追いかけてきたリュカが、不安げな声を上げる。

 パパスはリュカの方を見ず、静かに腰の大剣を抜いた。

 

「下がりなさい、リュカ。少し、手合わせをするだけだ」

「えっ……手合わせって……」

「安心しろリュカ。親父さんとスキンシップをするだけだ」

 

 俺もまた、腰に佩いていた剣を抜き放った。

 ジャリ、と足元の砂利を踏みしめる。

 

 対峙する二人。

 パパスの構えは自然体だ。だが、どこにも隙がない。大岩のような威圧感。

 対する俺は、重心を低くした実戦的な構え。

 

「……行きますぞ、王子」

 

 開始の合図は、風の音だった。

 

 ――ズドォォォォンッ!!

 

 最後の一合。

 パパスの渾身の薙ぎ払いと、俺の「火炎斬り」が激突した。

 爆風が巻き起こり、中庭の木々が激しく揺れる。

 互いの剣が、相手の首筋寸前でピタリと止まっていた。

 静寂。

 荒い息遣いだけが響く。

 

「……参りましたな」

 

 先に剣を引いたのは、パパスだった。

 彼は大剣を鞘に収め、深い溜息をついた。

 

「まさか、一国の王子がこれほどの手練れとは……。噂の『我が儘な暴れん坊』というのは、仮の姿でしたか」

「生き残るための処世術さ。……俺の勝ちでいいか?」

「ええ。持久戦になれば、老いた私が不利だったでしょう」

 

 パパスが苦笑する。

 嘘だ。こいつのスタミナは底なしだ。まだ数時間は戦えたはずだ。

 だが、彼は俺の実力を認め、矛を収めてくれた。

 

「ヘンリー王子。……貴方は、何者なのですか? その力、ただの王族教育で身につくものではない」

「……運命に抗いたいだけの、ただの子供だよ」

 

 俺は剣を納め、パパスを真っ直ぐに見つめた。

 

「俺は知っている。あんたたちの旅が、どれだけ過酷で、危険なものか。……そして、この先に待ち受ける『絶望』もな」

「……!」

「だから俺は強くなった。あんたの……リュカを守るために。そして、あんたを死なせないために」

 

 俺の言葉に、パパスが息を呑む。

 未来予知とも取れる言葉。だが、今の俺が見せた実力が、その言葉に真実味を与えていた。

 パパスは長い沈黙の後、ゆっくりと片膝をつき、頭を垂れた。

 臣下としての礼ではない。

 一人の戦士としての、敬意の証だ。

 

「……私の無知を恥じます。リュカが貴方に懐いている理由が、ようやく分かりました」

「分かってくれたか?」

「ええ。貴方のその瞳……。大切なものを守ろうとする、戦士の目だ」

 

 パパスが顔を上げ、ニカッと笑った。

 その笑顔は、リュカとよく似ていた。

 

「リュカを……我が子を、よろしくお願いします。私に万が一のことがあった時は……」

「縁起でもないことを言うな。万が一なんて起こさせない」

 

 俺はパパスに手を差し伸べた。

 パパスがその手を握り返す。

 分厚く、マメだらけの巨大な手。

 

「あんたの背中は、俺が守る。だからあんたは、リュカの前だけを見てろ」

「……ハハッ、これは頼もしい。一本取られましたな」

 

 ガッチリと握手をする俺たち。

 その様子を、物陰から見ていたリュカが、涙目で駆け寄ってくる。

 

「お父さん! 王子さま! 怪我はない!?」

「ああ、かすり傷ひとつないぞ。パパス殿は強かったよ」

「王子こそ、末恐ろしい才能だ。……リュカ、良い友人を持ったな」

 

 パパスがリュカの頭を撫でる。

 リュカは、俺とパパスを交互に見て、それから花が咲くような笑顔を見せた。

 

「うん! ボク、王子さまとなら、どんなことでも乗り越えられる気がする!」

 

 その無垢な言葉が、俺の胸に突き刺さる。

 ああ、守り抜いてみせるさ。

 最強の父と、最強の(予定)主人公、そして最強の(異物)王子。

 この3人が揃えば、ゲマだろうがミルドラースだろうが、敵じゃない。

 

 ♢

 

 だが、俺の準備はまだ終わっていない。

 精神論とレベルだけで勝てるほど、運命の強制力は甘くないのだ。

 

「……パパス殿、リュカ。ちょっと俺の部屋に来てくれ」

「へ? 部屋にですか?」

「ああ。渡したいものがある」

 

 俺は二人を連れて、自室へと戻った。

 そして、ベッドの下に隠していた大きな木箱を引きずり出した。

 

 中には、この1年間で集めた――あるいは城の武器庫番を買収し、裏ルートで調達した、さらにはルドマンとのコネクションを利用して取り寄せた「対ゲマ用」の装備一式が詰まっている。

 

「これは……!」

 

 箱の中身を見て、パパスが息を呑む。

 そこにあったのは、ただの武具ではない。薄暗い部屋の中でも鈍く光る緑色の鎧や、複雑な魔法紋様が刻まれた盾だ。

 

「俺のコレクションだ。……といっても、飾りじゃないぞ」

 

 俺は一つずつ取り出し、解説を加えた。

 

「パパス殿にはこれだ。『ドラゴンメイル』と『マジックシールド』」

「こ、これは……高価な魔法の武具ではありませんか。なぜ王子がこんなものを?」

「道楽さ。だが性能は保証する。特にその鎧と盾は、炎の呪文に対する強い耐性がある」

 

 ゲマの最大の脅威は、イベントシーンでパパスを焼き尽くす強力無比な『メラゾーマ』だ。

 直撃すれば、いくらレベルの高いパパスとてタダでは済まない。だが、この「炎耐性」装備でダメージをカットできれば、即死級の致命傷は防げる。

 

「そしてリュカ、お前にはこれだ」

 

 俺が差し出したのは、上質な素材で織られた『みかわしのふく』と、特注の『マジックシールド』の小型版だ。

 リュカはまだ非力だ。重い鎧は装備できないし、動きを阻害してしまう。ならば、回避率を高め、魔法ダメージを減らすのが最適解だ。

 

「軽く動きやすい服だ。それに、魔力を弾く加護がついている。……いいかリュカ、敵が強力な呪文を使ってきたら、迷わずその盾に隠れろ。絶対に顔を出すなよ」

「う、うん! わかった! ありがとう、王子さま!」

 

 リュカが新しい服を抱きしめて喜んでいると、俺はもう一つ、懐から大切なものを取り出した。

 蒼い光を湛えた、美しい宝石の指輪。

 

「それと……これもだ。リュカ、手を出せ」

「えっ? う、うん……」

 

 リュカが不思議そうに差し出した細い指に、俺はその指輪を滑らせた。

 サイズは少し大きかったが、指輪自体が持つ魔力が持ち主に合わせて調整され、ぴったりと収まる。

 

「きれい……。これ、なあに?」

「『水のリング』だ」

 

 その名を聞いて、パパスが「おお……!」と驚きの声を上げる。

 

「まさか、伝説の……! サラボナの大富豪が探しているという秘宝ではありませんか!」

「たまたま手に入れたんだよ。こいつには、炎のダメージを軽減する強力な加護がある」

 

 俺はリュカの目を見て言った。

 

「今回の敵は、強力な炎の使い手だ。パパス殿は装備で耐性を固めたが、レベルの低いお前が一番危険なんだ。だから、これはお前が持っておけ」

 

 これは合理的な判断だ。

 本来の歴史では、青年になったリュカが結婚のために手に入れる指輪だが、今この場で使わない手はない。

 どうせ未来でリュカのものになるアイテムだ。それが10年早まっただけのこと。

 

「……あ、ありがとう、王子さま」

 

 リュカは指にはめられた蒼いリングを見つめ、それからカァッと音が出そうなほど顔を赤くした。

 モジモジと指輪を触りながら、上目遣いで俺を見てくる。

 

「で、でも……指輪って……その……男の人から、贈られるものって……意味が……」

「意味? ああ、魔除けのお守りだよ。強力な装備品だ」

 

 俺があっけらかんと答えると、リュカは「う、うん……そうだよね、装備品だよね……」と少し残念そうに、でもどこか嬉しそうに呟いた。

 

(……やべ、また何か勘違いさせたか?)

 

 まあいい。生きて帰ることが最優先だ。

 

「それと、全員にこれを配る」

 

 俺は気を取り直し、大量の『まほうのせいすい』と、錬金術師に作らせた『万能薬』を二人に手渡した。

 長期戦になった場合のMP回復手段と、マホトーンや麻痺への対策だ。

 

「王子……貴方は一体、何と戦おうとしているのですか?」

 

 パパスが、まるでこれから戦場へ向かう将軍のような真剣な眼差しで問う。

 子供の遊び道具ではないと、理解した目だ。

 俺は不敵に笑って答えた。

 

「『最悪の事態』さ。……備えあれば憂いなし、だろ?」

 

 装備よし。レベルよし。絆よし。

 これ以上ないほど、盤面は整った。

 

 俺たちは装備を身につけ、それぞれの部屋で静かにその時を待った。

 そして翌日。

 ついに運命の時が訪れる。

 

 ――伝令! 伝令!

 ラインハット領内の「古代の遺跡」にて、魔物の動きが活発化!

 太后様より、パパス殿へ討伐の勅命が下りました!

 

 始まりの鐘が鳴った。

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