午後まだ早い太陽は、九月に入ったというのに未だに強烈な日差しで地面を灼きにかかっている。陽炎すら立ち上るアスファルトは
前開きのパーカーは最初からキャリーに押し込んで、半袖の白Tシャツ一枚で大股に闊歩する。この心地よさ。虚弱だった元の身体とは対極の力強さが、壮年と思しきこの身体にまだ
なるほど。ここまで文句ばかり言っていたけど、この身体だって案外悪くないかもしれない。
ホームページの画像で見覚えた建物が眺望に現れた交差点の赤信号で、一ノ瀬はクーラーボトルの水を飲んだ。口の端から溢れ出したひと筋が、顎を伝ってシャツの胸を濡らす。その男らしさを、一ノ瀬は好ましいと思った。
空調が効いた会場内は快適だった。
この快適さだってそうだ、と一ノ瀬は感じた。急激な温度変化で冷却材と化した汗は、以前の身体なら体調不良に直結していた。なのにこの身体は、熱を奪い取っていく冷水の感覚をストレートな快感に落とし込んでしまう。
なんなの、この身体。ずっとずっと老いてるはずなのに、このアドバンテージはずる過ぎるよ。前の身体からすれば、これってチートだよ。
一ノ瀬は今の自分を形づくる身体をそんなふうに評しながら、自分にあてがわれたテーブルを探した。
「と-30」は入り口から左に向かった最奥に近い列の端だった。中央の喧騒から外れたその場所は、家から出ることもなく世間から隔絶した生活を送る自分にぴったりだ、と一ノ瀬は思った。が、近寄ってみるとその前には十人を超える列ができており、しかもその列は僅かずつではあっても時間を追うごとに長さを増していた。
「嘘でしょ」
一ノ瀬は目を疑った。自分の書くものを並んでまでして手に入れんとする人が、こんなにもリアルに大勢いることを。
テーブルの内側では桃山さんらしき女性が、忙しく対応している。千円札を受け取り本を渡す。それだけのターンのはずなのに、自分の順になった客は必ず彼女に話しかけ、それを彼女が申し訳なさそうに説明して頭を下げる。そこまでして、ようやく取引に入れるのだ。
ああそうか。みんな私に会いに来てくれたんだ。こだまに乗り込んだときまではそうだった、あの虚弱でたおやかな身体の私に。
身体の大きい男性が桃山さんに詰問している。眼鏡の縁を光らせるその
「
いんかむげいんさん。そういえば記憶にある。やたら長文で熱い感想を書いてくる人だ。実際の人も、文章そのままの方なんだ。
一ノ瀬は、近づいて声を掛けたい衝動を強い意志で押し留めた。
出て行ってはいけない。今の私は一ノ瀬みうであって一ノ瀬みうではない。読者を、他ならぬ私の
中年男性の身体を纏った一ノ瀬みうは、自分の本が自分の存在を求める人たちの手に渡されていく様を、壁に背を押し当てたままじっと見つめていた。