俺と私の文フリTS顛末記   作:深海くじら

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第11話 走査~千百閒と美少女の散歩

 入り口から見て右側、くじらたちの席「こ-42」から見れば真後ろの奥の壁に人気サークルが連なる「あ列」がある。いわゆる「壁サー」だ。頒布数が極端に多い彼らだが、それでもとくに人気の集中したサークルなどは開始から二時間余りで完売し、店仕舞いをするところもある。

「閉店し撤退してしまったら後を追うことは不可能に近いから、そっちの方から回ることにしよう」

 千百閒を相棒に、「あ列」に向かってくじらは歩きはじめた。ショートパンツから晒す滑らかな脚をできるだけ真っ直ぐ伸ばして。

 

「くじらさん、すみません」

 左右を見回しながら歩くくじらのうしろから千百閒が謝ってきた。思いあたる節のないくじらは不思議そうな顔で「え? なにが?」と振り返る。

「いや、俺、くじらさんの言うことずっと信じてなくて」

「ああ、TSの話か」

 合点のいったくじらは笑いながら前を向く。

「俺、ちょっと舞い上がってたんです。おっさんだと思ってたくじらさんがめちゃくちゃ可愛いくて、しかもちょっとネジの緩い女の子だったから、こりゃもう、絶対仲良くなるしかないなって」

「でもってあわよくば今夜の打ち上げのあとにでも、ってとこまで狙ってた?」

「……はい」

 あははは、とくじらは笑った。

「そりゃ、そう思うよな。あの状況なら。俺が千百閒さんの立場だったら、やっぱりそこまで狙っちゃうよ」

 笑い続けるくじらに、千百閒はむっとした声で抗議する。

「その声でそんな生々しいこと言わないでくださいよ。なんかめっちゃへこむ」

「わるいわるい。でもまあ、その辺は俺だって似たようなもんだよ。なにしろ入れ替わりの相方の可能性をひとかげさんに指摘される直前までは、いろいろと不謹慎な妄想巡らせてたもん。せっかくこんな若くてきれいな女の子になれたんだから、それこそ存分に楽しんでいろんな経験しちゃえってさ」

 たしかにこれは、可愛らしいアニメ声で話す台詞じゃねえな、とくじらも思った。

「でもさ、今は違うよ」

 真顔になってくじらは続ける。

「表情筋の話したろ。あれってさ、つまり肉体の経験値情報が引き継がれてるってことなんだよ」

 会話を中断して「あ列」と向かいの「い列」片側の目視確認を終えたくじらたちは、「い列」の端をぐるりと半周して、今度は「い列」の反対側と「う列」の片側に挟まれた通路を逆に辿った。

 左右に連なる店の内側に立つ売り子を、とくに精査する。が、今のところそれらしい人影は見当たらない。

「経験値情報の続きな。それって、彼女が運動をサボったり笑顔をおざなりにしたり、そういうのを遺伝による形質情報の上に乗っけて入れ替え先に送るってこと。だとすれば、こっちで俺がこの身体を酷使したり無下に扱ったりしたら、お返しするときにそれらのクソ情報も乗せちゃうことになるだろ。そういうの、借り手としては恥ずかしいよな」

 隣に並んできた千百閒が納得顔でうなずいた。

「それにどうせ乗せるんなら、彼女がサボってきた表情筋を思い切りほぐしといてやりたいな、ってさ」

「だからくじらさん、やたらに笑ってんですね」

「どこまで戻せるかわかんないけど、まあ、なるべく、ね」

 

「お列」と「か列」の間に入った。ここまでの経路では、オリジナルのくじらは現れていない。

 俺が「俺」を探してるんだから、ほんの一瞬でだって視界の中心付近に入りさえすれば必ず見つけられるはず。たとえ顔の一部であっても。

 傍目から見れば仲の良いカップルにさえ見える二人の探索はまだ続く。

 

「俺さ、今年五十になんだよ」

「いや、その声と顔で言われても」

 そう返して千百閒も笑う。

「ぜんぜん立派になんて生きちゃないけど、嫌なこととかキツイこととか、やったら誰かがツライ気持ちになることとか、そういうのはできるだけやってこなかったつもりなんだ。空気を読むより気持ちよくなる方へ、俺自身が納得する方へ。そうやってポリシーを育ててきたんだ」

 いったん言葉を切ったくじらは、全周をスキャンするように三六〇度ターンを決めてから、再び歩みと言葉を再開した。

「ポリシーは身体的なものにも影響するんだよ。行動だけじゃない。ほんのちょっとした仕草とかであってもね。俺が思うにこの身体の元の持ち主は、そういうのを少しサボってきたんじゃないかって。だから人生の先輩としては教えといてやりたいんだよ。心は細部にも宿るんだよ、って。せっかくこんなにも素晴らしい素材(ベース)を持ってるんだから」

 

「く列」と「け列」の間まで精査したくじらと千百閒は通路一本を残して自分たちのテーブルに戻った。

「それにしてもアレだよ、彼女マジで運動しなさすぎ。三分の一回っただけで膝が笑いだしてる。こりゃ顔合わせたらしっかりお説教せんといかんな」

 宮部から差し出されたペットボトルの水を口に含むくじらに、千百閒はいきなり深々とお辞儀しはじめた。くじらはただわけもわからず狼狽えるが、千百閒はそのままの姿勢で話し出す。

「くじらさんの考え方、マジで心に響きました。俺これからはもっといろんなことちゃんと考えて生きてきます」

 アラサーに頭を下げられる美少女の絵面なんてただでさえ目立つのに、この宣言はいったいなに? どんな羞恥プレイなの?!

 周囲の来場者が注目する中で、美少女のくじらはドン引きしていた。

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