俺と私の文フリTS顛末記   作:深海くじら

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第12話 探索~宮部きいと美少女の思索

 宮部きいと連れだって歩き出したくじらは、「こ列」を回り込み、さきほどの千百閒との探索でやり残した「け列」との間の通りから捜索をはじめた。空調が効いているとはいえ歩き通しのくじらの背中には汗がにじんでいる。重ねているタンクトップをすぐにでも脱ぎ捨てたかったくじらだが、その衝動はぐっと堪える。ミニT だけだとやはり刺激が強過ぎるし、まして本人と出会ったときにそんな恰好ではさすがに気不味い。

 脚が剝き出しで涼しいのが救いってとこか。

 

「宮部さんって、無駄なことを言わないよね」

 周りを窺う視線はそのままで、くじらは隣の宮部に話を振ってみた。

「そうですかねえ。あまり意識してはいないんですが」

「いやいやいや。なんかじっくり言葉選んでって感じだよ、口を開くときは」

「とくにそういうわけではないですよ」

 話、終わった! 宮部さん、捉えどころが無いから、会話回すのムズッ!

 せっかくのふたりきりだから何か聞き出してひととなりを知りたいと思っていたくじらだったが、そういえば尋ねたいことがあったのを思いだした。

「ねえ宮部さん。あのときは、なんで俺の話を支持してくれたの?」

「ネットおなべかTSか、ってときのことですね」

「それそれ。って、『ネットおなべ』とか、笑う」

 身体をよじってウケてみせるくじらをスルーして、宮部は淡々と言葉を続けた。

「正直、信じていたってわけではありません。どっちが本当かなんて、拙はくじら氏じゃないんだからわかりませんし。ただ、思ったのです。中年男子だと信じて疑っていなかったくじら氏が実は美少女だった場合と、中年男子であるくじら氏が突然TSして美少女になった場合のどちらが、拙にとって面白いのかな、と」

 虚空を見上げて長台詞を喋る宮部をくじらは注視した。

「拙はミステリーが好きなのです。良質なミステリーに触れる度に夢想するのです。謎解きの現場に拙も立ってみたいと。別に名探偵でなくてもいい。なんなら容疑者が並べられた部屋の給仕人でも。なんでもいいから、謎を解き明かす現場に立ち会いたい」

 そこで言葉を切った宮部は足を止めているくじらを促した。

「先、進まないと」

 人だかりの少ない過疎エリアに入ったところで、宮部の話は再開した。

「くじら氏が実は美少女、というのも悪くはないですが、それではある種のトロフィーワイフ。要するに物語の底が浅いのです。一方のTS。いままでフィクションでしか語られなかった事象が現実に起こっていたとすれば、これはもう完全に謎ですよね。だから拙は、拙自身が面白いと思う方に賭けただけなんです」

 宮部はそこまで言って、はじめてにやりと笑った。

 真面目に黙って聞いていたくじらが破顔した。誰が見てもほっこりする、とてもいい笑顔だった。

「でも、俺はそれで救われた。あんときは胸が『きゅん』ってしたんだぜ。もしかして『これって恋?』ってさ」

 朗らかに笑うくじらの隣で、宮部が赤面する。

「まあ、いずれにしても事態はまだ混沌だけどね」

 

「せ列」のコーナーを曲がるところでくじらが足を止めた。

「いましたか?」

 緊張する宮部の声を無視して、くじらは人ごみの一点に集中する。リュックや紙袋を抱えて行き交う群衆の中に「自分」の姿を見た気がしたのだ。

 黒っぽい服を着ていた。半袖とかの軽装じゃなくて、首までちゃんと留めてるタイプの……。

 固まって見えていた群衆がばらけ、一人一人の輪郭が捉えられるようになった。多少遠くても、くじらの目であれば「自分」を判別するのはたやすいはず。

 いた。黒いジャケット。

 ダッシュで駆け寄るくじら。宮部も後を追う。

 が、数歩でくじらの足は止まった。

「別人だったんですね」

 首肯しうなだれたくじらは、ゆっくりとした足取りで元居た場所に戻った。

「先を続けよう」

 

「そ列」「た列」。試し読みコーナーまではあと二列のみ。千百閒との探索も含め、ここまでの経路でオリジナルのくじらはまだ見つかっていない。本当にこの会場にいるのかが不安になってくる。でも、他にできることはない。

 

「くじら氏、話し言葉はいつものままですけど、動作や歩く姿などはあまり男性部分が表に出てこないですね」

 一歩下がって着いて来ていた宮部がそんなふうに声を掛けてきた。くじらは立ち止まり、身体をひねりながら自分の手足を見回した。

「そっかぁ。その辺、あんま意識してないんだけど。別に女性的に歩こうって繕ってるわけでもないし」

「でも、普通に女子ですよ。手足の動きも重心移動も」

 しばし思案したくじらは何かを得た顔で宮部に振り向く。

「たぶん、なんだけど、それって身体の記憶なんだと思う。筋肉の成長レベルや神経伝達のショートカットなんかに最適化した動きのパターン。そんなもんが身体の各部位にたくさん用意してあって、頭からふんわりした指示が送られてきたときは現場レベルが全部対処しちゃう、みたいな」

「ああ。プログラムで言えばモジュールのライブラリ化ってことですね。なるほど、あり得ます。その方が断然効率いい。訓練によって高度化する実情にも合致しますし」

 会話を中断せずに、くじらは足元に落ちていたチラシを拾いあげる。

「『あ、ゴミだ』って思って拾うイメージをしたら、あとは身体が勝手に重心動かして対象物に利き腕を伸ばす」

 言いながら小さく折り畳んだチラシを宮部に手渡したくじらは、いきなり腰を落とした。

「だからほら」

 四股のようなガニ股で、右足を地面に撃ちつける。

「上位存在の俺の意思がこうしろって具体的に指示したら、ちゃんとそう動く」

 鼻の下を勢いよく親指でこすって止めポーズをしたくじらは、「どんなもんだい」と言いながらニカッと笑った。

 

「つ列」を終えた二人は目の前の試し読みコーナーを見回した。だが目指すもの、オリジナルのくじらは見当たらなかった。

「残るはあの一角だけか」

 くじらは出入口のある壁に沿って奥に伸びている、短い列が連なるエリアを睨んだ。

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