俺と私の文フリTS顛末記   作:深海くじら

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第14話 観察~追われるものの心理

 流れに逆らって、一ノ瀬は身体をターンさせる。足がたたらを踏んだ。

 身体が思い通りに動いてくれないよ。

 急な動きがぎこちないのは一ノ瀬のイメージする反転行動より身体の反応の方が早いからなのだが、そんなこと彼女にはわからない。だが、急いでいる様子のない少女の足取りのおかげで、一ノ瀬は目標を見失うことなく視界に収めることができた。

 Tシャツにタンクトップを合わせ、ボトムは解放的なショートパンツ。自分でなら選ぶことのない活発な服を纏った後ろ姿。隣を歩く男の人と二人連れのようだ。一軒一軒店を確かめるかのように、頻繁に横を向いている。遠目に見るその横顔で一ノ瀬は確信した。

 間違いなくあれは私、「一ノ瀬みう」だ。私じゃない別の誰かが中にいて、自由に私の身体を操ってる。いったい誰が? いま私が纏ってるこの人?!

 一ノ瀬は二人をしばらく観察してみることにした。

 

 男と少女(みう)は頻繁に言葉を交わしていた。いや、喋っていたのは主に()()の方で、男の方は話の切れ目に短く応えるという感じ。だが面倒がっているそぶりは見えない。少し太った男の身長は百五十五センチの()()よりも少し高いくらいで、年齢は三十歳前後といったところ。いずれにしろ一ノ瀬には、男が今の自分の姿よりはだいぶ若いように思えた。

 と、突然()()が立ち止まった。笑いだしたのだ。腹をよじって大袈裟に。でもとても自然で、本心から面白がっているのはわかる。その姿を見て、一ノ瀬の胸がきりりと痛んだ。

 私、あんなにしっかり笑ったこと無い。

 相方の爆笑に少し困った顔を見せた男だったが、とくに不満も見せず、真面目くさった顔でなにかを熱く語っている。隣の()()は笑いを収め、目を輝かせて聞き入っていた。

 二人は再び歩き出したが、男の話が終わったわけではないようだ。攻守が逆転し、男が話し、()()がそれを聞く構図。

 無表情だった男がわずかに顔を歪めたのを合図にするように、()()が笑顔になった。華やいで、見る者すべてがほっこりする素敵な笑顔。一ノ瀬は、今度こそ、心の底から衝撃を受けた。

 なにあれ。私じゃない。私、あんな笑顔なんてつくれない。

 一ノ瀬の視線の先で、笑顔を緩めた()()がなにか言った。堅物そうな男の背中が急に丸まり、ほんのりと耳朶を赤くしている。コミュニケーション。それも、かなり親密で打ち解けた。

 あの()()は、もうずっと前から()()で、私の知らない交友を育んできている。今朝入れ替わったとか、そんなんじゃない。私ができなかった、外向きで明るく、決して壁をつくったりしない楽天家(オプティミスト)をずっとやってきた、余所の世界線の一ノ瀬()()だ。

 一ノ瀬は、もうなにがなんだかわからなくなっていた。

 今朝までの私は、本当にあの()()だったの? 実際は、その記憶が幻で、ホンモノの私は中年のおじさん。()()だった思い出のすべては、おじさんの私が眠ってる間に見ていた夢だったのかも……。

 

「す列」の途切れ目に(たま)っている人ごみの影で自分を失いそうになっていた一ノ瀬は、首を回した()()の視線がこちらを捉えたのに気づいた。

 不味い。隠れなくちゃ。

 思わず腰を落とした一ノ瀬は、人の壁を目隠しにして若い表示の列に向けて走った。三ブロックほど離れたブースの待機列の影に駆け込んで身を隠す。隙間から覘くと、さっきまで自分のいたところに()()が立ち、あたりを見回していた。やはり見咎められていたらしい。後から駆けつけてきた男に促され、()()は元の散策に戻ったようだった。

 

 二人の姿が視界から消えたのを確かめて、一ノ瀬は列の影を抜け出した。何人分かの非難の目を背中に感じたが、それもすぐ消えた。没個性のおじさんには批難する価値さえ無いのだろう。

 多少落ち着いた一ノ瀬は、改めていまの状況を考える。

 間違いない。あの()()は、私を探している。このおじさんの姿を知っているのだ。私が()()の姿を知るように。ということは、今の()()の中の人は、やっぱりこのおじさんなのだろう。ペアで動き、いっしょに追いかけてきた男の方も、おじさん()()の仲間に違いない。

 彼らはいったいなんのために私を探しているのだろうか。

 入れ替わり状態を元に戻すため、という期待が最初に浮かんだが、一ノ瀬はそれにかぶりを振る。

 だめだめ。そんなの楽観的すぎる。例えば、彼らは何かの組織の一員で、なんらかの新技術でもって身体交換を可能にし、若い身体を手に入れようとしてるのかもしれない。そうすると、元の記憶を持った私の存在が邪魔になる……。

 ドラム缶に押し込まれて足元に生のコンクリートを流し込まれる映像(イメージ)が頭に浮かび、一ノ瀬は身震いした。

 でも、と一ノ瀬は考える。

 もしもそうなら、彼らは元に戻す技術を持ってるってことになる。それならば……。

 いま現在、すでに居場所を失っている一ノ瀬にとって、彼らの魔手から逃げ切ってひっそりと暮らすことにたいした意味を見出すことはできなかった。

 それよりももっと彼らを探索し、背後にある組織の存在を追求する方がよほど建設的だし、うまく立ち回れば元に戻ることだってできるかもしれない。

 一ノ瀬は、自分の導き出した結論を支持することにした。

 大丈夫。彼らはまだ私を捕捉できてない。いま彼らがやってるのは虱潰しのはず。ならば行先の予想も立てられるし、安全な追跡だってできるに違いない。

 なんといっても今の私に比べれば、明らかにみう(あっち)の方が目立つんだから。

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