俺と私の文フリTS顛末記   作:深海くじら

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第15話 膠着~次の一手が定まらない

「だからくじらさんは純文を書くべきなんですよ、純文!」

 隣を歩くいんかむげいんの唐突な切り出しにくじらは、ここではじまるのかよ、と呆れた。

 会場最後の一区画を探索するため、いんかむげいんと歩きだして十五分ほど。確認が終わっていないブースの列は残り僅かとなっている。未だオリジナルくじらは見つからず、ただただ無為に通路の踏破を試みているだけの状況にくじらは焦りを感じていた。そんな焦燥を知ってか知らずか、それまで黙ってついてきていたいんかむげいんが、ここにきて喋り出したのだ。

 いんかむさん、完全に飽きてきてるな。

「文章上手いんだから、絶対純文でいけますって。それにくじらさん、地の文書くの好きでしょ、会話より。あれね、ウェブには合わないから。ウェブ連載はスピード感(いのち)ですから。くじらさんの作品は、どれも場面描写に字数掛け過ぎ。もうね、カクヨムコンとか狙ってないで公募行きましょうよ、公募。ラノベなんか書いてないで、純文で公募! そうでなきゃミステリー」

 一旦喋りだしたいんかむげいんは留まるところを知らない。宮部と千百閒に店番を任せて人探しに出ているのを忘れてしまったかのように、ここぞとばかりに持論を展開してくる。まともに話を聞いていたら集中できないので、くじらは話半分以下で聞き流していた。

「あ、この奥ですよ、次の列の一番端」

 なんの話かと思ったら、一ノ瀬みうのブースだった。

「みう先生、なんで来なかったんだろう。直前のポストでは参加するって書いてたんですよ。僕なんか、会えると思ってお土産まで用意してたんですから。ほら、これ。熱田名物きよめ餅」

 そう言って紙袋を差し出すいんかむげいん。

 なんか持ってると思ったら、そういうことか。

「なんなら、あわよくば合同で打ち上げやってじっくりお話聞ければって狙ってたくらい……あ、みう先生のとこ片付け始めてるっぽい。すいませーん。ちょっといいですかあ」

 列の最後までチェックができてないというのに、いんかむげいんはテーブルの布を畳んでいる売り子の女性に向かって声を発しながら走って行ってしまった。

 フリーダムだなぁ、いんかむさんは。

 手前の列までの検分を済ませたくじらが近づいていくと、売り子との話を終えたいんかむげいんがこちらを振り向いたところだった。見ると、土産の紙袋が無くなっている。

「いんかむさん、熱田のなんちゃら餅は渡せたんですか?」

「熱田名物きよめ餅ね。お薦めだから覚えていってね。ええ、ちゃんと預けましたよ。この後みう先生のご親族の方がいらっしゃるって言うから、渡してもらえるようお願いしちゃいました」

「そりゃあよかったですね。持ち帰らずに済んで」

「いや、まったく。賞味期限短いんですよ、あれ」

 そう返すいんかむげいんの後ろで、片づけをしていたはずの売り子がくじらを凝視していた。それに気づいたくじらが視線を合わせると、売り子は目を逸らせて何事も無かったかのように作業を再開した。

 

「結局見つからなかったんですか」

 サークルの席に戻りひと休みするくじらに、千百閒が話しかける。力なくうなずくくじらは、本の売れ行きを尋ね返した。

「そんなん、一冊も売れてませんって。いや、それはもうどうでもいいんですよ。でも結局、くじらさんの皮をかぶった女の子は会場にはいなかったってことですよね」

「店仕舞いして帰っちゃってたところもいくつかはあったけど、まあ、そういうことだよね。向こうからの声もかからなかったし」

「今のくじらさんなら可愛さだったら会場一だし、歩いてるだけでも充分目立ってましたから、もしもここにいたとしたら見つけられないはずはないですもんねえ」

「ひとかげ氏の読みが外れた、ということでしょうか」

 宮部の感想に「そうかもね」と応え、くじらは肩を落とした。

 やれるだけのことはやったが、まるっきり空振りだった。次の手は全然思いつかない。

「Xに画像つけて『TSした』って投稿したら?」

 千百閒が雑な提案をしてきたが、いんかむげいんが一蹴する。

「ネタとしてちょっといじられて、あとはポイ、ですよ。炎上すらしそうにない」

「ひとまず、ここまでの結果をひとかげ氏に送っておきました」

 宮部が静かな声でそう告げた。

 

 しばらくして、ひとかげとかげからのDMがグループチャットに届いた。

 

――――

お疲れさまです。

運動不足女子の脚で会場くまなく歩いたのはさぞかしお疲れのことと思います。

それにしても、見つからなかったことは残念。けっこう自信あったんだけどなあ。

こうなると、どこまで推理をさかのぼればいいのかが難しいですね。

分かれ道としては以下のポイントが考えられます。

 

(1)女の子の大阪来訪の目的地が文フリではなかった。

(2)女の子が旅を中止して帰ってしまった。

(3)そもそも入れ代わりではなくて、単なるくじらさんひとりのTSだった。

 

(1)と(2)だと、今の段階でできることはほぼ無いですね。SNS等で現象を拡散して反応を待つ方法もないわけではありませんが、そうなるとくじらさんのプライバシーを駄々洩れにせざるを得なくなるし、現状が美少女となれば、ぜんぜん別の危険が発生しかねないからお薦めできません。

(3)の可能性は無いわけでもありませんが、そうなるとTSのメカニズム解明が急務になってきますよね。再現性があるのか、元に戻れるのか、とか。

どちらにしろ、態勢の立て直しが必要でしょう。

――――

 

「だよなぁ」

 溜息をつくくじらの手元で、再びスマートフォンが震えた。

 

――――

それと今思いついたんですが(4)として、彼女が意図的に避けているって可能性はどうでしょうか。

僕の読み通り会場にはいて、だけど敢えて会うことを拒絶してる、みたいな感じ。

例えば彼女が入れ替わった現状を元の状態よりも良いものと捉えている、とか。

あー、まあ、くじらさんがそれ言い出すんならわかるけど、フツーに考えて、若くてきれいな女の子がアラフィフのおっさんになって喜ぶことはないか。

うん。この案は却下ですね。

――――

 

 追加されたひとかげのDMに目を通しながら、くじらは捜索中の一場面を思い出していた。宮部と回っていたときのできごと。

 あのとき、一瞬ではあったけど人ごみの中に俺を見つけた気がした。真っ黒い服を着た人影。あのあとで人違いと認めたジャケットの男性は、俺が見つけた人影とは別人だったのかもしれない。

 

「あの、ちょっといいですか?」 

 突然呼びかけてきた女性の声に、思案中の四人は弾かれたように振り向いた。

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