俺と私の文フリTS顛末記   作:深海くじら

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第18話 会敵~夜の新世界はさながら魔窟

 平日ならばビジネスマンがメインであろう天王寺駅前ビジネスホテルのロビーだったが、三連休半ばの夕刻は中国語の喧騒で満たされている。占拠されたソファから少し離れて立つくじらは、その様子に所在なさを感じていた。

 欧米人(アングロサクソン)と違って見た目がさほど変わらないだけに、この違和感は半端ないな。

「はい。これ、ルームキー」

 いんかむげいんが差し出すカードをくじらは「ありがとう」と受け取った。

「ちなみに当方が知り得たお客様の個人情報は、本業務終了後すみやかに破棄されることをお約束いたします」

「ウェブサイトのプライバシーポリシーじゃないんだから。廃棄証明書って発行できます?」

 いんかむげいんの軽口に、くじらも冗談で応じる。横でやりとりを見守っていた宮部と千百閒もくつろいだ顔をしている。

 

        *

 

 結局、販売一冊、交換三冊、見本一冊を消費した「星屑城」の文フリは、残部五冊をメンバーで分け合うことで終了した。

 東京で手渡すひとかげとかげの分もまとめてリュックに仕舞うくじらに、千百閒が話しかけてきた。

「くじらさん、宿とってるんだよね」

「そうだった。まだチェックインしてないよ」

 あとのことを考えていなかったくじらは、いきなりリアルになる現実社会との接点を気づかされて狼狽えた。

 もちろん、普段なら思い悩むところではない。予約しているホテルのカウンターに立って名前を告げるだけだ。誰にでもできる簡単な仕事。だが今の自分は、生年月日はおろか正確な年齢さえわからない二十歳前後の女性だ。少なくとも見かけは完璧に。

「どうしよう。ぜったい受付で怪しまれるよね」

「シチュエーション的にはどう見たってパパ活女子ですもんね」

「誰かが代わってチェックインするしかなさそうですな」

 口々に自説を披露する千百閒と宮部。

「予約はどちらに?」

 そう尋ねてくるいんかむげいんに、くじらは短く「天王寺」と応える。

「なら新世界とは方向も一緒だ。どうせそのあとの打ち上げで再結集するんだし、みんなで一緒に行きましょう。おっさんくじらの代理人なら僕がやったげます」

 眼鏡の縁を光らせて、いんかむげいんが胸を張った。

 

        *

 

 半日一緒にいただけなのに、この心強さはなんだろう。

 歓談しながら前を行く男たち三人の背中を眺めながら、くじらは思った。この感覚は、昨日までの自分には無かった。いや、あったとしても、もっとずっと希薄だったはず。

 これってやっぱり身体から精神へのフィードバックなんだろうか。俺の意図が表情筋を動かし、その積み重ねが形質情報にパッケージされるとしたら、同じように身体が持つ物理的特性や動作の記憶が精神のどこかに経験値として刻印されたりもするやもしれん。てか、するだろフツー。今まで使われてなかった機能のスイッチが押される、みたいな。

 最初に比べ明らかに滑らかになってきた表情づくりを、くじらは思い返す。

 新しいニューロン接続とかは、心と身体の両側から手を伸ばし合ってるんだな。

 

 夕闇にそびえる満艦飾の通天閣に圧倒されていたくじらは、正面に連なる通りを見てさらに驚いた。

 なんなの、この街の異世界感。

 どの店も、どぎつい彩色と立体造形を施した巨大なオブジェを看板にしている。まるで行列祭りのフロートを並べているようだ。

 全周の異様に目を奪われている美少女くじらにいんかむげいんの声が届いた。

「着きましたよ、串カツ『でっせ』」

 

 顔馴染みなのか、会釈ひとつで店員に案内されるいんかむげいんに続いて、くじらたち三人は脂っこい店内を奥へと進む。新品のデッキシューズの底が帰るころには真っ黒になってそう、とくじらは思った。

 通された奥の小部屋は六人掛けの円卓で、うち五席の前に銀色の容器と箸が置かれている。とりあえずのジョッキ生を今いる人数分頼んだあとで、いんかむげいんは店員に言葉を足した。

「あとからもう一人女性が来るから」

 あとからもう一人、一ノ瀬みう。いったいどういうつもりなんだろう。一面識もないサークルの打ち上げに、わざわざ自ら参加したいと申し出てきた書籍化作家。若い女性って聞いてるけれど、今までのいんかむさんとのテキストのやりとりだけで、いきなりそこまで踏み込めるもんなんだろうか。はっ。まさかの色仕掛け(ハニトラ)? いんかむさんが実は凄い資産家だったとか? いや、それはさすがに……。あと、伝言役だった桃山さんって人の最後のひと言。あれもなんか意味深だった……。

 まだ見ぬ謎の人について頭を巡らせるくじらの前に、見事な比率の泡で蓋された琥珀色のジョッキがどん、と置かれた。隣のいんかむげいんは早くもそれを掲げ、乾杯の発声をはじめようとしている。

 その前にくじらが声を上げた。

「届いちゃってからで申し訳ないんだけど、俺の分、誰か飲んでくれるかな。この身体の持ち主が成年してるかどうかわかんないし、へんな経験値授けちゃうのも気が引けるから」

「たしかに! こいつは配慮が不足してました。大丈夫。ビールは僕が承ります。追加でウーロン茶でも頼みましょう」

 いんかむげいんが注文しようと顔を上げた入り口に、黒いジャージに身を包んだ中年のおっさんが立っていた。

「だ、大丈夫……です。は、二十歳(はたち)は先月過ぎた、から。それに……ビールはときどき、の、飲んでた」

 突然の闖入者に注目する四人の中で、一人くじらが絶句していた。

 なんでここに、俺が?!

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