俺と私の文フリTS顛末記   作:深海くじら

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第19話 開戦~俺の対処法、私の苦悩

 目を剥いて口を開けたまま放心するくじらに異変を感じ取った宮部と千百閒は、突然現れた中年オヤジに身体を向ける。斜向かいのいんかむげいんが落ち着いた声で応じた。

「失礼ですが、あなたは」

 中年の後ろからマンガのようにひょこっと顔を出した女性が、代わりに答えを引き取った。

「こちらは一ノ瀬みう先生です! 見た目はこんなおじさんだけど」

 躍り出るように前に出た桃山夕顔は、憤怒の表情で先を続ける。

山之上(やまのうえの)くじら! うまく騙しおおせたつもりだったんでしょうが私の耳は誤魔化せませんよ。みう先生の御姿を略取して、いったいどんな悪事を企てているというんです!?」

 ふんす、と鼻息あげて前のめりに顔を突き出す桃山にかぶせるように、いんかむげいんが大声を上げた。

「みう先生だったんですか! くじらさんがかぶってる美少女の正体は!?」

 弾かれるように色めき立つ千百閒が、一ノ瀬・桃山ペアとくじらを交互に見ながら台詞を重ねてきた。

「いんかむさん推しの一ノ瀬みうって、こんな可愛い子だったの?」

 顔を真っ赤にしていた桃山の口が、梯子を外されたかのような力無い言葉を漏らす。

「あなたたち……知らなかったんですか?」

 全員の声が止み、物音が消える。

 と、凍った場の空気を打ち破るかのように、緊張感の欠片も無い間延びした声が背後から飛び込んできた。

「あのぉお取込みのところなんなんですが、お連れ様の分、お一人様追加のご用意しますかぁ?」

 

 入り口前から時計回りに、千百閒(せんのひゃっけん)、山之上くじら、いんかむげいん、一ノ瀬(いちのせ)みう、桃山夕顔(ももやまゆうがお)宮部(みやべ)きいの六人が座る円卓。もちろんだが、くじらの見た目は二十歳(はたち)になったばかりの美少女一ノ瀬みうだし、一ノ瀬のそれは生まれてもうじき半世紀となるくじらのおっさん顔である。

「ヤバい。この牛串めっちゃ美味い」

「なんですか。これ、はじめて食べますよ紅ショウガ。こんなに絶品だなんて、大阪に住んでるのに知らなかった」

「いかんですな桃山氏。紅ショウガは揚げ物の基本ですぞ。今後は忘れずにご注文なされるよう」

「そこ、くじらさん、じゃなくてみう先生。この席は二度漬けオッケーですよ。ほら、自分用のソースが小分けで置いてあるでしょ」

 美食はすべてのわだかまりを雲散霧消させる。

 登場時は抜き身の刀を突き出していた桃山も、いんかむげいんの裏表なき天然さと、冷えたビール、揚げたての食材に当てられてすっかり打ち上げ気分にはまっていた。考えてみれば誰よりも一番働いた彼女こそ、この場をもっとも楽しむべき人物なのかもしれない。

 四人が思い思いに賞賛と感想を口走りながら串カツとビールを堪能する中、くじらと一ノ瀬は、目の前に置かれたキャベツや串カツを黙々と消費していた。いんかむげいんに二度漬けを許可された一ノ瀬は、半分残ったエビを恐る恐るソースに漬け直している。

 関東圏で食べるそれとはひと味もふた味も違う。

 そう感じていたくじらは、他の四人のように感動を分かち合いながら会食を楽しみたかった。だが、斜め向こうに座って黙りこくっている不景気な自分の顔を見ているとなかなか(はしゃ)ぐ気にもなれない。

 たった一日、いや、まだ半日すら経ってない体験ではあっても、この子にとって基盤を揺るがす衝撃だったのは間違いない。リアルのコミュニケーションが多少苦手だとしても、書籍作家となり三百冊の同人誌も数時間で売り切るほどの順風満帆の若い女の子が縁もゆかりもない五十歳オヤジの身体と入れ替わってしまったなんて、不幸にもほどがある。

 そんなふうに思いを馳せるくじらには、串カツの味を分析する余裕さえあった。

 俺の身体の味覚なら、この味を絶対美味いと感じてるはず。その信号が届いてるにもかかわらずのあの表情は、心の方に相当の屈託を抱えてるってことだ。

「一ノ瀬さん」

 くじらの呼びかけに一ノ瀬は顔を上げた。

「俺が仕掛けたわけじゃないんだけど、こんなことになってすまない。なんていうか、こうなったのが俺なんかじゃなくて、もっと若くて親和性の高い女の子とかだったら今よりもずっとマシだったと思う。そういう意味で、申し訳ない」

 はっとした表情で、一ノ瀬は口を開いた。

「やまのうえの……さん」

「『くじら』でいいよ。言いにくいから」

 一ノ瀬はうなずき、ひと呼吸してから話を再開する。

「く、くじらさん……は、どうして……そんなに平気……なの?」

「平気、とは?」

「わ、私、か、会場であなたのこと……見てた。くじらさん、私の身体なのに、ぜんぜん普通。お、お友だちと仲良くお話して……と、と、とてもいい笑顔、してた。私、あんな笑顔……今まで一度もしたことなかった……」

 それは、と言葉を継ぎそうになるのをくじらは堪えた。この歳若い精神に全部吐き出させてやりたい。そう思ったのだ。

「私、状況にひ、悲観して、絶望して……。私の代わりにき、切り盛りしてくれてた桃山さんにも、ほ、ホントのこと、言えなかった。……ち、父親ってウソついた。私はもう……ひ、ひ、ひとりぼっち、だった。い、居場所すら失った。なのにあなたは、お、同じように自分じゃなくなったあなたは……どうして、た、楽しそうに笑えるの?」

 訥々と話す彼女の疑問についてなら、この半日で答えに至った考えがくじらにはあった。でもそれが一ノ瀬みうには適さない、ということもわかっていた。

 過去と未来の比率。

 くじらはジョッキに残る泡の跡を見つめる。

 俺の辿ってきた過去情報は五十年あるから、そこから割り出される未来のアウトラインは概ね予想できるし目新しくも無い。言ってみればある種の自信と諦観に基づいてるってこと。だから失ったものをリカバリーする現実的展開も、駄目なら駄目で諦める判断もできる。要するに、冗長性に余裕があるんだ。交換したのが遥かに若く魅力的な肉体だったというのはめちゃくちゃ大きな余禄に違いないけど、それはたぶん本質じゃない。

 だけどこの対処法(メソッド)は、二十歳の彼女には当てはまらない。

 間に座るいんかむげいんは食事に集中するふりをしてくれている。

 彼もこっち側の世代だ。

 くじらは配慮に感謝しつつ、ゆっくりと言葉を発した。

「俺が単に楽天家だから、だと思うよ。深刻な顔で裡に籠るより、状況を開示して笑いながら知恵を寄せ合う。短くない社会経験の中で、俺はそんな対処法を選ぶようになってたから」

「そ、それが大人になる……ってこと?」

 この率直さ。俺にはもう望むべくもないな。

 くじらは意識してつくる自然の笑顔で、静かに応えた。

「大きな主語で括るほどのことじゃないよ。あくまでも俺個人のやり方さ。まあ、似たような連中も少なくないだろうけど」

 一ノ瀬は口をつぐみ、深くなにかを考え始めた。長考する自分の顔を見てくじらは思った。あまり見たことのない貌だ、と。

 俺が考え込んでも、たぶんあんな貌にはならないだろうな。

 

 唐突に、四人のスマートフォンが各々の着信音を奏でた。

「ひとかげ氏からのDMでしょう」

 アスパラ揚げの串を皿に戻した宮部が、そう言ってスマートフォンの画面を開いた。

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