俺と私の文フリTS顛末記   作:深海くじら

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第21話 鎮静~桃山夕顔、一ノ瀬みうを大いに語る

 食べかけのまま空席となった六分の一を五人の男女は見つめていた。

「あ~あ、行っちゃった」

 そうつぶやいた桃山は、ソースに浸したキャベツをカシュッと噛んだ。

「追っかけないと!」

 金縛りが解けて立ち上がろうとする宮部を、桃山がやんわりと止める。

「大丈夫ですよ、行くとこなんてどうせありませんし。みう先生、ちょっと頭を冷やしに出てっただけだから、どっかそこらのカフェにでも入って膝抱えてるはず。連絡だってちゃんと取れますよ。そもそもあの風体なら、外で変なのに引っ掛かる心配もいらないでしょうし」

「そうは言っても……」

 宮部の声は、いんかむげいんと千百閒を代弁している。遅ればせながら失言を重ねたことを自覚する彼らからは、さっきまでの陽気な調子が完全に息を潜めていた。

「たぶん、ですけど、みなさんは踏み抜いちゃったんですよ。みう先生のコンプレックスを」

 聞きながらくじらも、自分のやり方自体、傲岸不遜なものだった、と感じていた。

 筋肉の違和感から運動不足の陰キャという生活様式を導き出すまではいい。捜索にはプロファイリングが必要だったから。でも、彼女を「良い」方向に導こうという考えは、たしかに手前勝手でしかない。運動不足は将来の健康を考えれば是正されるべきだし、表情も豊かであればそれだけ他者とのコミュニケーションがとりやすくなる。一般論でいえば、それは間違いではない。だが一ノ瀬みうという個人において、それらは本当に「良い」方向なのだろうか。

 それだけじゃない。いやむしろこっちの方がより重要かもしれないのだが、俺の採った方法が本当に「良い」やり方だったのか。

 大きなお世話、と彼女は言った。

 あの怒り方から想像するに、彼女自身がすでに自覚して、もがいている真っ最中だったのではないか。おそらくは短くない期間続けてきた自らの在り方を否定し、どうすれば未開のドアをこじ開けることができるのかを現在進行形で悩み、苦しんでいるところなのかもしれない。そんなとき、まったく見ず知らずのおっさんたちが本来不可侵であるべき深い領域までずかずか踏み込み、真上からの目線でもって「ここんとこに不具合があったから直しといた」なんて言ってきたとしたら……。

 くじらは自らの無神経さに恥入っていた。

 

「みう先生、文フリの間じゅう、私にホントのこと隠してたんです。自分はみうの父親で、本人は急用でここには来れなくなったから代わりに来た、と。いやいやいや、それはないでしょ。みなさんもお気づきでしょうけど、あんなに男の人と話すのが苦手の中年男性なんて、私見たことないですよ。たしかに私も苦手ですけど、知らない中年男性。あ、みなさんはもう、一度かましてるから平気です。でもあの方の場合、そのレベルじゃない。しかも属性が『父親』ですよ。どう考えても不自然ですよね。それだけじゃない。そのお父さん、娘のスマホ持ってて、娘のXのアカウント()を自由に使ってんですよ。親にパスワード込みで運用を任せるなんて、女子としてあり得ない!」

「ちなみにみう先生、私とは普通に話せてますんで」とつけ加えた桃山夕顔は、最後に残っていたエリンギをぱくっと口に入れた。残り半分のビールをごきゅごきゅごきゅっと飲み干して、ぷはぁと息を吐きながらジョッキを置く。くじらもいんかむげいんも宮部も千百閒も、その動作一連を黙って見守っていた。

 ようやく落ち着いたのか、桃山は再び語り始めた。

「私、みう先生がⅩで文フリに出てみたいってつぶやいたときからずーっと一緒だったんですよ。フリマがどういうものかを説明して、申し込み手順を教えて、データの作成、印刷所の手配、本番までに準備するもの、当日の手伝い、そういうのぜーんぶ二人でやってきたんです。その私にろくな説明も無しにドタキャンして、挙句の果ては自分の代わりに父親を送り込む。ね。どっからどう見ても不自然でしょ」

 四人は誰も口を開かない。喋ることで立ち位置を測る千百閒も、湯水の如く言葉を紡ぐいんかむげいんでさえも桃山の長広舌に自説を差し挟むことなく、ただただ聞き入っている。

「その父親が、後片付け全部終わったところで私に頼んでくるんですよ。星屑城ってサークルのところに行って、さっき土産を持ってきたいんかむげいんっておじさんに、打ち上げの時間と場所を聞いてきて、って。娘が参加したいって言ってるからって」

 桃山はそこで言葉を切ると、四人を端から見回した。往復したその視線が、みうの姿をしたくじらの顔を捉えて止まる。

「素知らぬ顔でお使いには行ったけど、みう先生の声をした女の子、くじらさんのことがどうにも気になったんで問い詰めたら、ようやく真相を。ね、わかるでしょ。一ノ瀬みうって子はそれくらい不器用で殻の分厚い、それはもう、超メンドクサイ女の子なんですよ。だからみなさんに寄ってたかってあんな風に正論ぶつけられたら、どーんってシャッター下ろしちゃうんです」

 しかし、桃山の睨みつけてくる強烈な目力はそこまでだった。息をついて表情を和らげた桃山は、穏やかな口調で話を続けた。

「みう先生、きっと今ごろは、みなさんの言葉が胸に届いてるはず。自分が抱えてるってわかってる課題を、会ったばかりの年長者に見事いい当てられて子どもみたいに拗ねてただけでしょうから。いまやろうと思ってたのに! っていうアレですよ」

 と、いきなり視線の揺らいだ桃山は、ロングスカートのポケットに手を入れる。取り出したスマートフォンをタップした桃山は、満足げな笑顔を浮かべて顔を上げた。

「ほら、きましたよ。新今宮の駅に近いとこにあるアースって喫茶店にいるそうです」

 

 会計を終えて串カツ屋を出る。自分が払うと言って聞かないいんかむげいんを説き伏せて、一ノ瀬の分は星屑城の四人で均等割りにした。

 肩掛けのトートバッグに財布を仕舞う桃山がぼそりと告げた。

「それにしても、この不思議な現象の原因っていったいなんなんでしょうかね?」

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