俺と私の文フリTS顛末記   作:深海くじら

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第22話 奇遇~守護するもの同士の出会いと歓談

「名古屋」という名の駅で乗り降りの人間が入れ替わるごちゃごちゃの中、開きっぱなしになってる自動ドアの向こうに流れる光跡を、あたしは見た。

 理由もなにも関係ない。迷わず飛び出して、宙に消えた煌めきの跡を追う。列車の箱と箱を繋ぐ通路みたいな場所で、その子はあたしを待っていた。向こうもあたしに気づいてたんだ。

 鼻が触れ合うくらい目の前に降り立ったあたしの顔が、ちょっと太ったその子の瞳をはみ出していた。

「あたし、この五十年で初めて見たよ。あたし以外のひと」

 でも興奮してたのはあたしだけじゃない。その子にしても声が上ずってる。

「私だってそうよ。同じ仲間と会うのは二十年ぶり。ホントびっくりしたわ。この世界に、私以外にも誰かが来ていたなんて」

 あたしのより白っぽい羽根をぱたぱたさせて飛び跳ねるその子は、全身で喜びを示している。たぶん、あたしも同じようにしてるんだろう。

 あたしの両手を握り締めて、その子は言った。

「私はファ・ロン。ロンでいいわ。あなたのお名前は?」

 あたしの名前……。そういえばここにくる前に友だちや先生や、里の重鎮たちから呼ばれていたあの名前って、なんだったっけ?

 マスターはあたしのことを名前で呼んだりしない。そもそも見えてないし、あたしがいることさえわかってないんだから。使わないものは、誰の記憶からだって消えていく。ましてや五十年。そりゃ忘れるよ。

 あたしは遥か昔の、里で暮らしてたころのことを憶い出す。視線を結ぶだけでやりたい遊びが伝え合えた友だちたちとの間には、名前なんて必要なかった。でも教場で先生に差されたときや長老さまに呼び出されるときなんかは。そう。あの日、生まれたばかりのマスターの前で呼ばれたのが最後だったかも……。

「ネル。そうだ。あたしの名前は、ファ・ネル」

「ファ・ネル……ネルね」

 口の中で二度三度あたしの名をなぞったロンは、好奇心駄々洩れの顔で尋ねてきた。

「ねえネル、あなたのご主人さまってどんななの? 女の子、それとも男の子?」

「男の子。てか、もうおっさんよ。五十年っていえば、お勤めは折り返しを過ぎてるもん」

 向かいの壁の高いところにある窓の景色は、早くも凄い勢いで流れてる。身体にかかる力もぐんぐん増してくるから、真っすぐ立つにはバランスが必要。すごいのね、『こだま』って。

「ふーん、おじさんなのね。うちの子はねえ、女の子。このまえ二十歳になったばかり。記念にとか言って髪の毛ばっさり切ってショートにしてたけど、可愛いわよ。引っ込み思案で陰キャなのが玉に瑕」

「陰キャなのはあたしンとこのマスターも一緒だよ。いい大人なのに、仕事もしないで小説ばっか書いてる」

 座席の無いこの場所には立ち寄る人間もいないから、ロンとあたしは気兼ねなく長話ができる。

「小説?! ネルのご主人さまも小説家なの?」

「小説家なんて大層なもんじゃないよ。ただの物書き。趣味でやってるだけだもん。本人はなんか狙ってるみたいだけど。ていうか、ロンのマスターも小説書いてんの?」

 あたしよりもボリュームのある胸を反らせて、ロンが自慢げに応えた。

「んふん。うちの子は、去年から作家さんの仲間入りしたの。マンガの原作、ですって」

 なにそれ、超立派じゃん。若くて可愛い女の子な上に夢も実現できてるなんて、うらやましすぎる。粗大ごみみたいなうちのマスターもちったぁ見習って欲しいよ。

「いいなあ。替わってみたいよ。いやマジで。ちっちゃいころはめちゃくちゃ可愛いかったからこっちも喜んでなんでもやったげてたんだけど。ここ二十年くらいはずーっと思ってたもん、推し変できるならやってみたいよって。今日もさあ、似たような駄目オトナで集まって自作の本を手売りするイベントに参加するんだ、つって大阪に向かってんの」

「え? それって『文フリ』?」

 ロンが目を丸くした。

「そう言ってた。インデックスだかなんだかっていうとこが会場だって」

「インテックス大阪。すごい偶然だよぉ。うちのご主人さまも、今からそこ行くんだよ。やっぱり自作の本売りに」

 なにその計ったような偶然は。守護妖精同士が出遭えたってだけでも半世紀で初だっていうのに、目的地まで一緒だなんて。

 

 ロンとお話をしながらも、あたしの悪戯心はむくむくと湧き上がってきていた。

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