俺と私の文フリTS顛末記   作:深海くじら

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第23話 策謀~妖精たちの無邪気ないたずら

「ねえ、ロン。お試しになんだけど、今日一日推し変してみない?」

「さっきも言ってたけど、そのオシヘンってなに?」

 ロン、きょとんって顔してる。さてはロンのご主人、あんまり推し活してないのかな?

「ご主人さまを交換してみない? ってこと。だってこんなチャンス無いよ。守護仲間に会ったのなんて五十年で初めてだし、ロンだってこれを逃したら、この先もう機会は無いかもしれない。別の人の面倒をみてみたら、自分のご主人がどんな人なのか再確認できると思うんだ」

「そんなことできるの?」

 大きな目を見開いてロンはあたしを見つめてる。

 そんなのあたしだってやったことない。でもなんとなくはわかる、気がする。今の繋がりを留めている結節点(フック)を一回外して、改めて始めから繋ぎ直すだけ。

「最初の日にやった手順を覚えてる? あれの逆を辿れば大丈夫、のはず」

「できるのかな」

「あのときだって別に道具とかは使わなかったし、長老さまだって見てただけじゃん。実際にやったのは全部あたしたちだけ。練習通りであっけなかった、でしょ?」

「そう言われてみれば、たしかにそうだったけど……」

 ロンがもじもじしてる。ここは先輩らしくもうひと押し、かな。

「ロンはさあ、今のご主人さまに不満は無いの?」

「え? そりゃまあ、あるよ。いろいろと。起きるのが苦手だから朝はめちゃくちゃ苦労するし、あがり症でいとも簡単にパニック起こす。とくに男の人相手だと、どもっちゃってうまく話せなくなるの。そのくせ内弁慶ですぐ怒ったり。他にも、ひとと会いたがらないとか出かけるのが嫌いとか。ねえ、聞いてネル。うちの子ったら、せっかくの修学旅行を仮病でサボっちゃったのよ。私、沖縄ってとこに行ってみたかったのに」

 スイッチが入ったみたいにロンが喋りはじめた。そうだよね。若くて可愛くって作家になれたって言ったって、いろいろはあるよね。

 ロンの口から流れ出す細々とした日常の愚痴を聞きながら、あたしは最近のマスターのことを考えていた。昼近くまでベッドでぐだぐだして、動き出すのはたいがい午後。ベーコンを入れたペペロンチーノを飽きもせず毎日つくって、あとはTVでアニメや映画を観たり本を読んだりしながら部屋でごろごろ。夕方になると大量のコーヒーを淹れて、お菓子をつまみに小説を書き始める。外に出掛けるのは深夜の散歩だけ。ひとのいない夜の歩道を知らない誰かと会話(スペース)しながら小一時間歩いて、最後にコンビニ寄って翌日用の買い足しをする。

 思いだしてるうちに腹が立ってきた。あたしはもっといろいろ見てみたいしやってもみたい。あたしの寝室に成り下がってるヘルメットをかぶって、昔みたいにあちこち連れ回してよ! ネットだけじゃなくて、もっとたくさんリアルな景色を見せてよ。

「うん。ネル、私もなんか息抜きしたくなってきたかも。おじさんの日常も見てみたい」

 ぱあっと顔を明るくしてそう言い放つロンだったが、急に顔を歪め眉を曇らせた。

「でもね、ずっと交換してたいってわけじゃないのよ。私、やっぱりうちの子に愛着があるし。だから、交換は面白そうだしすごく興味もあるんだけど、戻れなくなっちゃうくらいならやらない」

 あたしだってマスターと(つが)ってるのが本気で嫌になってるわけじゃない。ただ、あたしも少し別の景色を見てみたいだけ。守護妖精としてはまだ初心者のあたしの、この先の未来のためにも。

 そうだ。ただの悪戯なんかじゃない。あたしが、あたしとくじら(あたしたち)がもう一段階ステップアップするための、これは挑戦なんだ。

 あたしはそう言い訳をして、あたしの企てを正当化した。

 きっぱりと告げたロンの貌に、あたしは自信満々の顔で返す。

「心配しなくても大丈夫だよ。このあと別々になっても、どうせ午後には同じとこに行くんだから間違いなくまた会える。交換するのはたったの一日だけ」

 ロンの瞳が揺れるのがわかった。うん。これならいける。あとはどうやって場面をつくるかだけ。

「わかった。一日限定ってことなら。でも、どうやってやるの? 繋がり(ペアリング)を繋ぐのはすぐ近くにいないとできないよ。たぶん外すのも」

 ロンも同じことを考えてる。

 あたしは思いだす。最初の日のことを。あのとき生まれたばかりの赤ん坊とあたしとの距離は、たぶん1メートルも無かった。

「あたしのマスターとロンのご主人さまが並んで寝てくれれば、たぶんできるはず」

「そんなの無理よ。だって私たちがこうして一緒に居られるのは、この電車に乗ってる間だけじゃない。終点に着いたら、うちのご主人さまとネルのマスターは別々に行動するんだから」

 ロンの抗議はあたしの耳を素通りする。だってあたし、思いついちゃったから。いま目の前にあるふたつの扉を見て。

 

        *

 

「来たよ」

 ロンが短く合図を出した。

「10」と描かれた扉が開き、初めて見る女の子が現れた。ショートカットの可愛らしい子。ロンのご主人さま、一ノ瀬みう。

「あたしのマスターも席を立つみたい。ロンも構えてて」

 トイレの扉の前で逡巡してる女の子の背中を見上げながら、洗面所の足元に隠れたあたしは腰を落とした。隣に立つロンの緊張が伝わってくる。

「9」の扉の磨りガラスに人影が映った。くじら(マスター)だ。慌てた様子の一ノ瀬みう(ロンのご主人さま)は、急いで右の扉を開けた。

「行くね」のひと言を残し、あたしは女の子について中に入った。

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