「この時間から取れる宿なんて、今の大阪には一部屋だってありませんよ。駅のベンチや野宿がいやなら、とれる手段はもうひとつしかないじゃないですか」
畳みかけてくる千百閒の台詞をくじらのアニメ声が遮る。
「俺の部屋があるじゃないか。あそこなら雨露しのげるし。なんならあの部屋を一ノ瀬さんに譲って、俺は野宿でもかまわない」
「くじらさん、あんた馬鹿ですか?」
間髪置かず、千百閒がまくし立ててきた。
「あなた、今は二十歳の美少女なんですよ。そんなのがこの
宮部もいんかむげいんも桃山も、唖然として見守っている。そんな中、くじらの顔をした一ノ瀬が口を開いた。
「ひとつしかない手段、というのは?」
よくぞ聞いてくれましたと描いてある表情で、千百閒が厳かに弁じてみせた。
「ラブホテル、です」
男たち二人は小さくうなずき、くじらと桃山は目を伏せた。一ノ瀬の瞳は目一杯に開いている。
「ラブホなら、ひとかげさんの実験条件もオールクリアです。人目も遮断できるし、二人並んでゆっくり寝られる大きなベッドも完備してる」
「排尿のためのトイレもあるね」といんかむげいんが付け足した。
はあっと溜息をついた桃山が、あきらめたように話はじめる。
「たしかに。千百閒さんの言う通り、ラブホテルでなら検証実験はできますね。というか、現状を考える中では最適解かもしれない」
もう一度息をついた桃山は、顔をあげてくじらを睨みつけた。
「あくまでも元に戻すための手段ですからね! 少しでもそれ以外の不埒をしようものなら、私、法廷闘争も辞さないから」
桃山はそう宣言し、そっと一ノ瀬を見やる。消沈する一ノ瀬も顔を上げ、くじらに向かって小さくうなずいた。
*
二台のタクシーに分乗した六人が降り立ったのは、壁全面をまっ黄色に塗りつぶした五階建ての前だった。
『ホテル ロンゴロンゴ』
くじらの横に立つ一ノ瀬が、ホテルを見上げて唾を飲み込んでいる。
「じゃ、僕らはそれぞれのところに帰ります。くじらさんと一ノ瀬さんは実験がんばってください」
「さっき建てたディスコ―ドの
いんかむげいんと千百閒が口々に激励してきた。桃山は念押しをする。
「くじらさん、くれぐれも。くれぐれもですよ。あとみう先生も、勢いに流されちゃ駄目ですからね。この状況はあくまでも吊り橋効果。そうでなきゃ
待たせていたタクシーの片方にいんかむげいんと千百閒、もう一方に桃山が乗り込む中、宮部が二人に近づいてきた。
「くじら氏も一ノ瀬氏も、想定される条件だけでなく、ひとかげ氏でも想像の及ばない別の要因が存在し得る可能性を忘れないでください。拙はとにかく、完全体に戻ったお二人の無事のご帰還を心から望んでおりますので」
二台のタクシーを見送り二人きりとなったくじらと一ノ瀬は、互いを見てうなずき合う。ショートパンツから伸びる白い脚を真っ直ぐ伸ばして、くじらが一歩踏み出した。黒いジャージ姿の一ノ瀬がキャリーバッグを引いてあとに続く。
もうじき日付の変わる大阪の夜、美少女と中年のカップルは黄色くライトアップされた建物のゲートをゆっくりとくぐっていった。