俺と私の文フリTS顛末記   作:深海くじら

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第28話 失敗~記録と記憶と愛着と

 二人ともが寝入ってくれたときには、もう二時を回ってた。とはいえ、まだ夜は長い。あたしは隣でうつらうつらしているロンの肩を揺すった。

「ふわぁ、寝てたぁ」

 あくびを嚙み殺すロン。あたしは「こっちもようやく寝てくれたよ」と返す。

「ああやってきっちり寝る態勢やられちゃうと寝技が使えないのよね」

 ぺしぺしと頬を叩きながらロンがそう言った。あんた、『寝技』は意味が違うよ。

「さて、はじめますか」

 背中を伸ばしてストレッチするロンを見ながら、あたしは別のことを考えていた。

 居眠りしていたロンは聞いてなかったと思うけど、寝入る前にくじらがしていたバイクの話をあたしは憶えていなかった。過去の記憶をなくすなんて、いままで一度も無かったのに。

 ペアリングを外すってのはこういうことなんだ。

 いまのあたしにはみうの記憶が入ってる。やり過ぎなくらい大事に育てられた子ども時代も、中学時代の淡い初恋も、コミカライズの打診メールを見たときの震えも。でもそこにはあたしの記憶は乗ってない。驚きも切なさも喜びも。だってそれらのときに、あたしは横にいなかったんだもん。

 元に戻りたい。

 あたしは本気でそう思う。切れてしまったくじらとの繋がりを、どうにかして修復したい。なにもかも見てきて一緒に心を動かしてたあの記憶を、全部丸ごと取り戻したい。推し変なんてもう二度と言わないから、早くくじらに還りたいよ。

「ほら、ぼうっとしてないで始めるよ」

 ロンの声で、あたしの背中はしゃんとした。

 

 ロンはみうの頭の側、あたしはくじらの側のヘッドレストに仁王立ちしてる。

 探してみると、身体の方のフックは心の記憶が詰まってる塊の裏に隠れていた。あたしたちが覚えてる赤子との接続では記憶自体が無かったから、見失ったり迷ったりする要素もなく一度に繋ぐことができたんだ。

「場所も確かめたし、これでもう大丈夫だよね」

 あたしの念押しに、ロンもにっこり笑った。

 いま繋がってる身体の綱をそのままに、心のフックだけを外してあるべきところに架けなおす。うん。それだけのこと。

「ちゃっちゃと済ませちゃお。あたしももう眠いし。まあ、ロンは寝てたけどね」

 頬を膨らませてあたしを睨むロンだが、すぐに表情を戻して親指を立てた。

「じゃ、いくよ。一、二、三!」

 

 イメージの中に潜る。昼間の『こだま』のときと同じ。みうから外した留め金を掴んで、あたしはくじらのフックを目指して綱を伸ばす。カチ、なんて音はしないけど、ちゃんと繋がった手応えを感じた。

 記憶の奔流が流れ込んでくる……。

「ネル! 駄目っ! ストップして!!」

 ロンの叫びが猛烈な勢いで頭を殴りつけてきた。

 あたしは脊髄反射でフックを外す。寸断された流れは、カットオフの動画フレームみたいに一瞬で暗転した。

 とんでもないブチり方をしちゃった。なにがどこまで流れてたのかはバラバラすぎてわからない。でもそんなに多くはなかったはず。記憶、壊れちゃったりしなかったかな。

 手元の綱をひとまずみう(マスター)のフックに戻したあたしは、おそるおそる足元を窺ってみる。くじらの顔はさっきと同じく()()のままで、変わりなく気持ちよさげな寝息を立てていた。少なくともすべてをぶち壊す最悪の事態ではなかったみたい。

 大きな溜息を吐いてから、あたしはトンデモな合図を送ってきた元凶のロンを睨みつけた。

「なに止めてんの! おかげでうちのマスターの記憶がおかしくなったらどうしてくれんの!?」

 そう叫びかけた非難は、「おかげでうちの」の辺りで止まった。視線の先のロンの貌は真っ白だったのだ。

「なにがあったの?」

 あたしの呼びかけに反応してこちらを向くロンの動きはギギギギって音が聞こえるようで、さながら油の切れたブリキ人形だった。その人形が、ぎこちなく口を開く。

「みうが……ご主人が、繋がりを拒絶してる」

 幽鬼のような貌で、ロンがあたしを見ていた。

「どういうこと? もうちょっとかいつまんでわかるように言って」

 ゆっくりでいいからと付け加えたあたしに目だけで頷いたロンは、ぺたんと座り込んで大きな呼吸を繰り返す。あたしは、できるだけゆっくりとロンに歩み寄った。

 

「接続が弾かれるの。なんて言えばいいのかな、例えていうなら、繋いだソケットが外れないように留めるセーフティロックがちゃんと引っ掛からない、みたいな」

 ひと心地つけたロンは、だいぶまともに戻っている。ただ言ってることは十分には伝わらない。あたしは顔に「?」を浮かべた。

「ほら、記憶の流れってものすごい圧があるでしょ。あの最初の圧に耐えられなくてすぽーんって外れちゃうの。うーん。どう説明するとわかるかなぁ。ちゃんと繋いだときの手元の感覚……」

「カチッて感じの?」

 ロンの表情がぱぁっと広がった。

「そう、それ! それが無いの。無くなってるの」

 言われてみれば、今みうに戻したときもその感じはなかった。あたしの繋ぎは入れ替えじゃないから記憶の流れもそんなに圧は高くない。だから弾かれてないけど……。

「思い当たることってある?」

「えー、わかんないよぉ。こんなことするの初めてだもん。だいたい今のみうのことなんて、繋がってない私にわかるわけないよ」

 たしかにそれはそう。ロンにできることはない。あたしが、今のみう(マスター)と繋がってるあたしがなんとかしなくちゃ。それも今夜中に。

 やつれ顔のロンが見守る中で、あたしはみう(マスター)のこの半日を思いだしていた。もしもヒントがあるのなら、きっとそこにしかない。

 思えば最初の絶望から始まって、あたしが繋がってからのみう(マスター)は始終なにかを失っていた。若さ、立場、居場所、そして存在自体。

 桃山という味方や星屑城メンバーという状況の理解者を得て、リアルタイムで同じ経験をしているくじらとも協力体制がとれるようになった今は、随分と好転してきたように見える。でも、まだ駄目なんだ。なにかがみう(マスター)を元通りに戻す障壁となっている。いったいなにが?

 あたしは匙を投げた。とてもじゃないけど、独りでなんて探せない。こんなとき一番信頼できるのは……。

「ねえ、ロン。二人を起こそう」

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