俺と私の文フリTS顛末記   作:深海くじら

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第33話 帰還~一ノ瀬みうの異世界ファンタジー

 目が覚めたら、視界一杯に美少女の寝顔があった。

 近すぎて詳細がボケて見えるが、誰だかはすぐわかる。自撮り画像か鏡でしか見たことのない、そもそも目を閉じてるのもはじめてだけど、この顔は、紛うことなき一ノ瀬みう!

「戻ったのか!?」

 瞬時に覚醒した俺は、歓声を上げた。がばと起き上がってガウン越しに自分の身体をまさぐる。肩、良し。胸、無し。あそこは……、あったぁっ!

 ベッドに膝立ちになってきつく縛ってあるガウンのひもを結び直していると、隣の美少女が身じろぎした。くじらは思わず手を止めて彼女の寝姿を見下ろす。オレンジ色のルームライトの下、ゆるく縛ったガウンの合わせ目が乱れて胸の谷間が深い位置まで覗いていた。

 やはり二十歳美少女のしどけない姿の醍醐味は、対峙目線で見ればこそ。入れ替わってたときの素っ気無さとはわけが違うよ。この破壊力たるや、効き目の早さが凄すぎて……。

 一日ぶりの怒張をはっきりと自覚してしまったくじらは、邪念を振り払うよう素早く目を逸らし、足元の掛け布団を少女の上に広げた。

 一ノ瀬さん、寝起き悪いクチなのかな?

 掛け布団から顔だけ出した一ノ瀬みうは、緩やかな寝息を立てたまま。この寝顔なら、どんぶり飯何杯だっておかわりできる。そう思ったくじらだったが、いかんいかんと首を振って、ベッドを降りる。

 リュックを掴んで洗面所に入ると、幅広の鏡にアラフィフおやじが映り込んでいた。致命的にガウンの似合ってない中年男性。両手を上げ下げし、表情を動かしてみてからくじらは何度も大きくうなずく。

 戻ってる。たしかに、俺は俺だ。

 満足するも束の間のくじらは、さっきからきつく感じている下腹部の圧迫を解消すべく、リュックを開き、サイズの合ってない女性用ボクサーパンツを持ってきていた替えの下着に穿き直した。洗面台に張り付けられたデジタル時計の表示は06:42。

 三時間ちょいの睡眠か。俺みたいな爺いならともかく、二十歳の健康体にはやっぱ短すぎるよな。

 老眼鏡を片手に部屋に戻る。柔らかなオレンジの明かりの中で掛け布団がゆるく上下している。一ノ瀬みうは、目を醒ます気配も無い。

 隣を起こさないよう静かにベッドに戻ったくじらは、ケーブルに繋がったままのスマートフォンを手に取った。顔に向けると、なんの問題も無くホーム画面が開く。

 なんでもないことだけど、こんな小さな動作ひとつからでも還ってきたのが実感できるよ。

 淡い光を放つスマートフォンの画面を見ながら、くじらは満足げな鼻息を吐いた。ヘッドボードに背中を預けてディスコ―ドを開く。ルームには、宮部と桃山のアイコンが残っていた。

「無事、戻りました」

 そうひと言打ち込んで座り直していたら、タイムラインにコメントが浮かんだ。

 

――――

ももやま 06:46

 

くじらさん、元に戻ったんですか?!

みう先生は?!

――――

 

 愛が凄いな、桃山さんは。ずっと起きて待ってたのかな?

 口の端をあげて声を出さずに笑ったくじらは、たぷたぷと返事を打つ。

 

――――

山之上くじら 06:47

 

たぶん戻ってる。

隣でまだ寝てるので確認は取れてないけど、おそらく大丈夫じゃないですかね。

僕の方の違和感は全然ないですから。

――――

 

 

――――

宮部きい 06:47

 

おめでとうございます!

戻られたご自身の身体に変調等はありませんか?

――――

 

 

――――

ももやま 06:48

 

確認しなくていいです!

状況にかこつけてへんな気おこすのは厳禁ですからね!!

――――

 

 間を置かず、桃山からあくの強いアメコミキャラの睨みつけるスタンプが送られてきた。そのあまりの過保護ぶりに、思わずくじらは声を出して笑う。

「桃山さん、心配し過ぎ」

 変調はとくになく、彼女は自分で目を覚ますまで寝かせとく旨を画面に打ち込むと桃山も安心したようで、宮部と相次いで「自分も寝ます」と言って退出していった。誰もいなくなった部屋に一人残っていてもしょうがないので、くじらもログアウトしてアプリを閉じる。

 ケーブルを外して自由にしたスマートフォンを片手に、くじらは傍らで寝息を立てる一ノ瀬を見やった。二十歳というには幼い寝顔を眺めていると、まるで自分の娘を見ているような気になってくる。

 たしかに俺の歳なら、このくらいの子どもがいても不思議じゃないんだよな。

 失われた若き日々を思い出してナーバスになってしまいそうな感情を、くじらは頭を振って追い出す。手元を操り、カクヨムのアプリを立ち上げた。検索窓にぽちぽちと文字を打ち込む。

 

 一ノ瀬みう

 

 作者ページには何篇かの小説が並んでいた。紹介文にコミカライズと書かれているのは、その中で一番長い長編。もう一度、隣の寝顔に目をやったくじらは、その長編のタイトルをタップする。

 

『転生喪女は、召喚エルフと旅に出る』は、どうやら一風変わった異世界転生モノらしい。大学で地質学を研究している陰キャの喪女が、火山島でのフィールドワーク中に異世界に召喚されてしまうところから物語が始まる。

 隣国との戦争が続くその世界の辺境で、文民をリーダーとした小規模のパーティーは地脈の調査を行っていた。調査中に敵国遊撃隊と会敵したことから、チーム唯一の魔法使いであるエルフが緊急で異世界戦士の召喚をするハメになる。だが、当のエルフは新米のへっぽこ魔法使い。中途半端な召喚魔法は、チート技はおろか言語さえ付与されていない主人公を呼び出してしまうのだ。

 隠れアジトを転々とする中で、足手まといの主人公とエルフは少しずつコミュニケーションがとれるようになっていく。と同時に、その場所が自分の調査していた島とよく似た火山島であることに気づいた主人公は、絶体絶命のパーティーを持ち前の知識で導いて逃げ切らせることに成功する。辿り着いた港で母船に回収された調査パーティーは、そこで終戦の知らせを聞くこととなった。

 

 気がついたら、くじらは第一章の三十話を読み切っていた。

 なにこれ、面白(おもしれ)えじゃん。

 そもそもファンタジーが苦手なくじらなのだが、導入の混乱を端折ったり世界の描写を誤魔化したりせず丁寧に詰めていく一ノ瀬の筆致には好感を持った。というか、すでに絶賛している。

 物語は九章まで書かれており、まだ連載中だった。第二章からが本番のようで、終戦後の世界で主人公とエルフは統一された国の地図をつくる旅に出かけるらしい。その中で、主人公が持つ地質学の知識が活かされていくのだろう。

 続きを読もうかどうしようか悩んでいるくじらの横で、掛け布団が動いた。

「ふあ……」

 重たげな(まなこ)を薄く開いた一ノ瀬が、ぼぅっとした表情でくじらを見上げていた。

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