俺と私の文フリTS顛末記   作:深海くじら

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第35話 告解~ルージュの伝言

「なにかはわからないけど、いるんじゃないかな守護霊みたいなのが。俺と一ノ瀬さんにはさ」

 くじら(マスター)がそんなことを言い出した。あたしはロンと顔を見合わせる。でも当のロンは肩をすくめてるだけ。あんた、なにそんな余裕顔してんのよ。

「入れ替わりの原因はわかんないけど、少なくとも俺たちが戻れたのは彼らのおかげ、って考えるのは飛躍のし過ぎかな」

 マスターが話す「原因はわからない」ってとこであたしは顔をしかめる。隣のロンも、もう一度肩をすくめた。今度は舌まで出してやがるし。

 ロンのご主人が首をぶんぶん振りながらマスターに応えた。

「そんなことない。ぜんぜん飛躍なんかじゃないって思います。私の書いた小説みたいにこの世界にも精霊がいて、人知の及ばない魔法みたいなことをしてるんですよ、きっと」

「精霊だってさ」

 そう言ってロンが笑った。

「そんな偉そうなもんじゃないのにね、私たち」

「そんなことよりどーすんのよ。あたしたちがいること、バレちゃうよ」

「大声出さないで、ネル。いくら聞こえにくいからって、大騒ぎしたら気づかれちゃうよ。うちのご主人、耳はまだ子どもなんだから」

 あたしたちは部屋の端っこのカーテンレールに座ってマスターたちの会話を聞いている。この距離なら、いくら子どもの耳でもあたしたちのお喋りが聴きとれるとは思えないけど、一応あたしも声のトーンを抑えた。

「あんた、目立ち過ぎでしょ。ご主人の目の前で犬と話すとか」

「しょうがないじゃない、あの犬興奮してたんだもん。もちろんご主人と遊びたがってただけなんだけど。ていうかネルだって見つかってたんでしょ?」

 いや、あれは……しょーもないことで大騒ぎしてるマスターがウザかったんで、つい。

「これはあくまで仮定だよ。他の人には絶対言えない想像の話なんだけど、例えばその精霊には敵対する同じように超常的な相手がいて、今回の入れ替わりはそいつらの仕業だった、とか」

 マスター(くじら)がまたおかしなことを言いだした。聞き流してくれりゃいいものを、ロンのご主人(みう)も嬉々として応じてる。

「精霊サイドと悪魔サイドの抗争ですね。わかります。この世界の裏の覇権を争ってるの。そして私とくじらさんは、その争いに巻き込まれてしまった、ですね」

 なんなのよぉ、この二人。

「善と悪の二元論は好きじゃないから『悪魔』っていっても別にダークサイドって決めつけるもんじゃないけど、とにかくその両サイドは相容れない存在なんだよ。もしかしたら、あのまま入れ替わりが元に戻らなかったら、俺たちは悪魔サイドのいいように使われる手先にされてたかも」

「逆に言うと、私たちって、まだ目覚めてはいないなにか凄い能力を持ってるのかも!?」

「そういうことだね、おそらくは」

 目をキラキラさせながら持論をまくしたてるみうと、したり顔で応じるくじら。やつらの妄想は勢いを増してあさっての方向に広がっていく。このままだとあと三十分もしないうちに、永劫の時を統べる暗黒宇宙と世界を支配する隠された陰謀が構築されてしまう。

 この二人がダークサイドに堕ちきる前に、誰か止めて!

 

「しょうがない。バラすか」

 溜息をついたロンが、そんなことを口走る。

「ちょっ! バラすってどういうことよ?!」

「だからね、昨日の入れ替わりとそれの復旧は、両方とも私たちがやったことって教えてあげちゃうの」

 ロンがまた、とんでもないことを言いはじめた。唖然とするあたしを無視して、涼しい顔のロンは話を続ける。

「このままいくとうちのご主人、またよろしくない妄想世界に逆戻りしちゃいそうなの。せっかく陰キャから脱していい感じになれそうなのに。だからどっかで歯止めかけないとね」

「そんなの、どうやって? あたしたちのことまで全部?」

 あたしは色めき立った。そもそも、そんなことしていいの? 守護妖精はご主人(マスター)に存在を明かしていいものなの?

「全部バラそうってわけじゃないよ。さっきも言ったけど、入れ替わりのことだけ。とにかく、そんな大層な話じゃないんだよ、陰謀なんてないんだよって納得してもらうの。妖精かどうかは置いといて、背後に守護する者がなんかいるってとこまではご主人たちも辿り着いちゃったんだし」

「でも方法は……」

「メッセージを残せばいいのよ。私、いいもの知ってるから」

 そう言い残し、ロンはカーテンレールから舞い降りた。遅れてあたしもついていく。ベッドの二人は妄想構築に忙しく、部屋の片隅になんて注意を払ってない。

 マスターのリュックに潜り込んだロンは、プラスチックの四角いものを両手に抱えて出てきた。「なにそれ」とあたしは尋ねる。

「ネルも知らないの? あなたたち、ホントだめだめペアね。これはね、カラーバームっていうの。女の子が指につけて唇とか目元とかに塗るお化粧品」

「なんでそんなのをマスターが持ってんの?」

「新大阪で衣装替えしたときに千百閒(せんのひゃっけん)さん、昨日のメンバーにいた若い男の子ね、彼が買ってくれたの。結局使ってないんだけどね。くじらさん、使い方がわかんなかったみたいで」

 くすくす笑いながら、ロンは洗面所のドアの隙間から明りが消えている室内に入っていった。主導権を奪われたあたしも不満顔であとに続く。

「うん。ここがいいね」

 両手を腰に当ててふんすと鼻息を吐いたロンが、鏡の前で仁王立ちしてる。

「ネル、そこのティッシュを何枚か出して丸めといて」

 完全に一作業員と化したあたしは、命じられるままにティッシュを取り出しくしゃくしゃとまとめる。

「あー、あー。そんなんじゃダメ。もっときつく、小さなボールつくるくらいにしなきゃ。大きさは、そうねぇ、私たちの頭くらい」

「親方ぁ、いくつつくればいいんスか」

 あたしの嫌味の質問にも動じることなく、ロンはさらりと「十個もあれば間に合うかな」と答えた。

 隙間からの薄明りの中で舞い上がったロンは、蓋を開けたカラーバームのオレンジ色にティッシュの()()をこすりつけ、洗面所の鏡面に大きな文字を書いていく。予備の替え玉を抱えるあたしは、シンクの横に立ってただ見上げるだけ。

 

「できた」

 最後のハートマークをオレンジで塗りつぶしたロンはあたしの隣に降り立って、自分の作品を満足げに見上げる。横であたしは、マスターが若い頃に車載オーディオ(カーステ)でかけていた古いポップソングの歌詞を思い出していた。

 文末の空欄(スペース)を指さすロンが、にこにこしながら言い放つ。

「あとはここに、私たちの手形をつけるだけ」

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