俺と私の文フリTS顛末記   作:深海くじら

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第36話 解読~デビルマンの世界ではない世界

 盛り上がった精霊VS悪魔の世界構築もひと段落し、くじらと一ノ瀬はお互いの現実的な予定を確かめはじめた。帰りの列車の時刻、現在地と新大阪駅との位置関係、どのタイミングで昼食を摂るかどうか。

 チェックアウトの時間を確認すると言った一ノ瀬は、シーツに広げたホテルの利用案内を熟読している。

 一ノ瀬さんの帰りの新幹線は十四時半発。ここからなら歩く時間を入れても四十分もかからない。俺のは十六時発だから、見送ったあとは駅周辺のどこかで茶でも飲みながら今朝の続きを読んでりゃいい。

 そんなふうに予定を考えるくじらの耳に、一ノ瀬のアニメ声が飛び込んできた。

「ねえくじらさん、凄いですよ、このホテル。チェックアウトがお昼の十二時ですって。普通なら朝十時までとかですよね。余裕ができて超おトク」

 寝そべったままで利用案内のクリアファイルをめくっている一ノ瀬が、足をバタつかせながらはしゃいでいる。

 いや、一ノ瀬さん。ラブホ泊ってのは大概そんなもんだよ。

「あ。このハニートーストっていうの、初めて見た。めっちゃ美味しそう! これってお部屋に持ってきてくれるのかな? え? 映画もゲーム機も借りれるの?! もう、サイコーじゃないですか」

 ほっとくとフロントに電話して注文でもはじめそうな一ノ瀬に、くじらはやんわりと苦言を入れた。

「一ノ瀬さん。俺にはもういいけど、他の人たちにはそんなふうにここの良さを熱く語ったりしちゃ駄目だからね」

「そんなことしませんよぉ、誤解されちゃうもん。語るんだったらXでしょ。耳寄り情報ってことで」

「ダメ、ゼッタイ!! SNSなんてもっての外です!」

 まったく、世間知らずにもほどがある。

 頭を抱えるくじらの枕元でリングトーンが鳴った。いんかむげいんからのDMだった。

 

――――

くじらさん、無事戻れたそうでおめでとうございます。

みう先生とはまだご一緒ですか?

差し支えなければ、お見送りついでに新大阪あたりでお茶でもできればと思うのですが、いかがでしょう?

――――

 

「いんかむさんからお茶の誘いが届いたよ。どうする? 今からなら、ゆっくり準備しても正午過ぎには新大阪に着けるけど」

「ちょっと待ってください。私、桃山さんに連絡してみます。彼女にもちゃんとお礼言わなきゃいけないし」

 真っ当なセリフとは裏腹に、一ノ瀬は芋虫のように這いずって自分のスマートフォンに手を伸ばした。油断しきったその生態は、完全無欠の自宅モードと言っても過言ではない。さすがのくじらも呆れかえっている。

 ちょっとばかし慣れたからって、いくらなんでもゆるめ過ぎだろ。こんなのもう『親子の距離感』じゃん。

「あ。連絡つきました。彼女も昼過ぎには出てこれるって」

「じゃあ、新大阪駅十三時でいんかむさんに返信するから、桃山さんにはそっちから伝えて」

「私、どうせならスターバックスがいい! 地元に無いからいっぺん行ってみたくって」

 身体をぐるりと回して仰向けになった一ノ瀬は「♪キャラメルマキアートをフラペチーノでトッピング」などとテキトーな即興歌詞を口ずさみながら、スマートフォンをぽちぽちと打ち始めた。

 

 キャリーバッグから着替えとポーチを取り出した一ノ瀬は、「十五分ほど籠るから絶対入ってきちゃダメ」と厳命してバスルームに消えた。

 そういうことなら俺も着替えを……と立ち上がろうとしたくじらの前に、消えたはずの一ノ瀬が戻ってきていた。それも、切羽詰まった表情で。

「くじらさん、こっちに来て!」

 取り乱す一ノ瀬に手を引かれ、駆け込むようにパウダールームに連れ込まれたくじらは、洗面台の鏡を前にして立ち竦んだ。

「なんだ、これは……」

 幅広の鏡面を一杯に使って、ラメが混じる鮮やかなオレンジ色の平仮名で四行詩が書かれていた。

 

ごめんなさい

いれかわりはわたしたちのせいです

ちゃんともとにもどしたからゆるしてね

てへ❤

    ・・

 

「犯行……声明?」

 くじらのかすれ声に一ノ瀬の高い声が被さる。

「ていうか、これって謝罪文、じゃないですか?」

 謝罪文……か? いや、たしかに。徹頭徹尾、謝ってるし。でも誰が? いつ? なんのために? そもそもこの部屋には俺と一ノ瀬さんの他には誰も……。

「見てくださいくじらさん。このゴミ箱」

 一ノ瀬の指が指し示すゴミ箱には、ティッシュで作った小さなてるてる坊主が何体も捨てられていた。小さじの先ほどの小さな頭を文字と同じオレンジに染めて、まるで使用済みの医療用ガーゼのように。そしてその上には、四角いプラスチックの朱肉箱……。

「カラーバーム?!」

「くじらさん、これに見覚えがあるんですか?」

「昨日の昼、新大阪のユニクロで千百閒くんからもらった化粧道具……」

 あの色は間違いない。それが、がっつり使い切って捨てられてる。え? どういうこと? これでメッセージを書いたのはわかったけど、そもそもなんでこれの存在を知ってる?

「ねえくじらさん、これって手形じゃないかな?」

 一ノ瀬の探索は鏡の文字に戻っていた。四行詩の斜め下に汚れのような傍点がふたつ。だが、よく見ると……。

「ちょっとまって」と言って、くじらはベッドルームから自分の老眼鏡を取ってきた。傍点に顔を近づけてまじまじと見る。

「たしかに! 凄く小さいけど、たしかにこれは手形だ。お相撲さんが色紙に押す、あれとおんなじ」

 鏡に映りこむ背後に立った一ノ瀬が確信のこもった声で叫んだ。

「精霊さんですよ! 私たちのそれぞれについてる精霊さんが、連名で!」

 くじらは考える。このメッセージの意味を。

 今朝、俺がこの部屋に入ったとき、鏡にはこれが書かれてなかった。一ノ瀬さんが入ったのはそれより後の九時前くらいだけど、そのときも彼女はなにも言ってない。ということは、これが書かれたのはそれ以降から今までの二時間ちょいの間。書いたのが俺たちを護る精霊だとすれば、カラーバームの存在を知っていてもおかしくはない。問題は、なぜこのタイミングでわざわざ自らの失態をバラすような謝罪文を書いた?

 くじらは思い返してみる。その間に自分たちがしていたことを。

 そうだ。俺たちは虹の光跡の話をしてたんだ。そこから精霊の話になって、さらに敵対する『悪魔サイド』を仮想して……。

「わかった……気がする」

 見上げてくる一ノ瀬の視線の応え、くじらは考察を開陳する。

「守護精霊の存在まで辿り着いた俺たちは対立項を仮定して今回の入れ替わりを解釈しようとした。でも、それは間違いだったんだ。敵対する存在なんて無くて、要は、自分たちが起こして自分たちが回収したって言ってるんだよ。陰謀なんて無いよって、わざわざ署名までして」

 くじらを仰ぐ一ノ瀬の表情からすべての疑問符が消えた。

「そっか。だから、最後が照れ隠しの『てへ❤』なんですね!」

 ぱあっと音が聞こえるほどに晴れやかな笑顔。なにも意図せず自然にあらわれたその笑顔を見て、くじらは感慨を深めるのだった。

 やればできるじゃん。

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