新大阪駅27番ホームは大荷物を抱えた人々であふれかえっていた。三連休最終日の午後ということもあり、東に向かう列車を待つ旅行客の大半は万博観光帰りが占めている。その証拠に、彼らの多くがぶら下げる紙袋にはかの地のメインキャラクター「ミャクミャク」の絵柄がプリントされていた。
旅行者の喧騒を縫いつつキャリーを引きずる一ノ瀬みうと身軽な山之上くじらは、点字ブロックのでこぼこを避けながら進んでいる。桃山たちとは改札で別れたから、今はもう、ここにいるのはふたりだけ。
一ノ瀬が乗る号車の待機列には疲れ切った様子の家族連れが佇んでいた。そのうしろに立ち止まった二人は、ふうっとひと息を吐く。くじらは最後のひとときを噛みしめていた。
「そうそう。今朝、一ノ瀬さんが起きるまでの間に読んだよ『
「え。あ、ああ、ありがとうございます」
陰キャの作家モードにクラスチェンジしたのか、一ノ瀬は
「面白かったよ、すごく。俺、ファンタジーは正直苦手なんだけど、アレはいいね。なんていうか、地に足がついてるって感じ。編集部が目をつけるのもわかるよ」
一ノ瀬は所在なさげにもじもじしている。面と向かって褒められるのに慣れていないのだろう。
「続きも、このあとの時間で読み進めるよ。でもって、すげえレビュー書かせてもらう」
まあ、今更だけどね、とつけ加えるくじらに、耳を真っ赤にして俯く一ノ瀬が小さくうなずいた。
目の前を新幹線が入線してきた。
これが停まってドアが開いたら、この至福の時間は終わりだな、とくじらは思った。
もっとたくさん話したいこと、伝えたいことがある気がする。でもたぶん、それらは全部、単なる蛇足だ。俺たちは、あの不思議な丸一日をあとでゆっくり反芻するだろう。見た目が変わり、歳が変わり、性別まで変わったあの体験。息を吸い込むだけでも違っていたあの感覚は、百万の言葉を重ねるよりもリアルだった。あとは、俺は俺、一ノ瀬さんは一ノ瀬さんでじっくり咀嚼して、時間をかけて醸成させていけばいい。
スピードを緩めた列車は自分の停まる位置を探っている。ホームドアのナンバーと車両の肩に描かれた番号が近づいてきた。
「あの」
顔を上げた一ノ瀬が、くじらを見つめて口を開いた。視線が繋がる。
「あの、ライン交換、しませんか」
勇気を振り絞った一ノ瀬のひと言に、くじらはにっこりと笑った。
「喜んで」