「え? 本当に、
「くじらさんは今の今まで僕らを
小間テーブル「こ-42」の売り子として座っていた
文芸サークル『
純文畑で言い出しっぺでもある主宰者のいんかむげいん、ラブコメオーソリティーの
うち三名が関西圏在住だったため大阪開催の文学フリマがお披露目に選ばれたのだが、俺は首都圏だけど遺産暮らしの独り者だしどうせ暇だから遠征しちゃう、と言いだしたくじらの思いつきを、いんかむげいんたち関西組は聞かされていた。
「いや、騙していたわけじゃなくて。そもそもファンタジーが苦手な俺がそんなしちめんどくさい仕掛けとかするはずないでしょ。理由はわからんけど今朝の
「まだ言ってるし」
「こだまにはそんな仕掛けなどない!」
「
アニメ声で繰り出されるくじらの説明に、間髪入れず三様の応えが返ってきた。
「糸魚川は無いです。京都過ぎるまでは変わってなかったし」
宮部の質問だけを選んで答えたくじらの返事に、高校の教務主任を思わせる風貌のいんかむげいんが眼鏡を光らせて「それって証明できるんですか?」と噛みついてきた。
「京都駅出たあと、トイレで用足ししたときに自分で振ったから」
めんどくさそうにそう答えたくじらに、男たちは色めき立った。
「振ったって、いったいなにを?!」
そう突っ込む千百閒に向き直り、くじらは声高に答えを放つ。
「そんなん、決まってんでしょ。ちん……」
はっと気づいたくじら。思わず口を押える。
そうだった。今の俺はうら若き女子だった。見ると、両隣の売り子が二人とも、手を止めて固まっている。あきらかにこちらを窺っている様子だ。若くて可愛いアニメ声の女子が禁忌の言葉を口にする瞬間を待ち構えて。
「ちん……あなご?」
数年前に一世を風靡したアニメのワンシーンを模したポーズをとって、なんとか誤魔化す。
よくぞ咄嗟にこんな動きができたものだ。
くじらは心の中で自分を褒めてやった。
「言い合いをしていても埒があきませんから、ここはひとつ、くじら氏が強弁されるTS現象を検証すべき事実と前提した上で話を進めるのが良策ではないのかと」
ほとんど口を挟まなかった宮部が、落ち着いた声で静かに切り出した。両側の店主に届かないよう小声で告げる彼の配慮もそうだが、なによりも、自分の話を受け入れてくれる姿勢にくじらは感謝した。と同時に、これまでの五十年で感じたことのなかった胸の疼きも覚えた。
なにこれ? 強いて擬音をつけるなら「きゅん」としか置き換えられないこの感覚は。
「『トイレで居眠り』ってのが気になりますですな」
両隣が客とのやりとりをはじめたのを見計った宮部が、バックヤードにしゃがみ込む千百閒となぜか椅子を与えられているくじらに語り掛けてきた。これっぽっちも売れる気配のない自サークルの売り場を放っぽって、いんかむげいんも身体を向ける。
「居眠りから醒めたときは……その……確かめなかったの?」
言いにくそうに言葉を濁す千百閒の問いに、小声ではあるがはっきりとした口調でくじらは答えた。
「確かめてない。だってもうちゃんと切ったあとだったから、なぁんにも考えずにするっとパンツ上げた」
「座って?」
「うちは子どもの頃からそう教えられてた。跳ねの掃除をしたくないんなら、男でも座ってやんな、って」
いんかむげいんの茶々にも、くじらは真面目に答える。なにがトリガーだったのかわからないから、細かいことでも手は抜かない。
「てことは、そのタイミングじゃなかった可能性もあるんだよね?」
千百閒の言葉にくじらは腕を組み、しばし考えてから口を開く。
「いや、それはないと思うよ。そのあとはずっと周りに人がいた。あ、それと、トイレから戻って席に着くときに、京都から隣に座ってた若者が怪訝そうな顔をしてたっけ」
「そりゃそうだ。僕だって、さっきまで隣に座ってたおっさんが、席外した隙にいきなり同じ服着た美少女に早変わりしてんの見たら、素直にびっくりする」
いんかむげいんの同意を、くじらは感慨深く聞いていた。
なんだかんだ言っても、この界隈の、常識にとらわれない柔軟性には救われる。
「そこ。服装や持ち物は変わってないのですな」
「うん。替わったのは中身だけ。実際、靴とかは
「いま着てるそれは?」
「あ、これは俺が買ってあげました。新大阪のユニクロで」
千百閒の返しに、他の二人が同時に声をあげた。
「「それはうらやま!」」