俺と私の文フリTS顛末記   作:深海くじら

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第5話 転機~新たな視点で事態把握

 唐突に、どこからなのか『子犬のワルツ』の冒頭ピアノが鳴り出した。見回す三人をよそに、いんかむげいんがポケットからスマートフォンを取り出して音を止める。それを待っていたかのように、他の三人のスマートフォンからもそれぞれの着信音が上がった。

「ひとかげさんからのDMだ」

 グループチャットの吹き出しには、ひとかげとかげからの労いと様子伺いがしたためられていた。

「そうだ。ひとかげさんにも推理に入ってもらいましょうよ」

 千百閒の提案を待つまでもなく、素早いタッチでいんかむげいんが長文を打ちはじめていた。

 

――――

頒布は定刻通りはじめました。スタートから小一時間、予想通り一冊も売れてません。

が、そんなことはどうでもよくて、くじらさんがTSしました。中の人おっさんの超絶美少女に。

現在は頒布そっちのけで四人で頭を突き合わせ、原因究明の討議をしています。

ここはひとつ、ひとかげさんにも加わっていただきたく、現状確認済みの情報を以下に送ります。

・アラフィフ男子→二十歳前後(推定)の美少女

・乗車中だった新幹線こだま号の京都→新大阪間のどこかで発生

・推定時刻は午前十時四十分から五分間程度の幅

・発生場所は九号車後方の男女兼用トイレ内

・着座中に居眠りをしていた間に起こったと推定

・服装、持ち物はそのままで、身体だけが替わった(体型、サイズ、声等も女性化)

・記憶等の混在は無し(くじらさんのまま)

・現在の容姿については、くじらさんの記憶に該当者は無し(オリジナルとは似ても似つかないそうです)

・くじらさん本人は、当該現象を引き起こす要因は思い当たらず(要するに、いきなり)

――――

 

 送信を終えたいんかむげいんは、ドヤ顔で眼鏡を光らせた。ほどなく自分のスマートフォンに表示された吹き出しを見て、千百閒と宮部が感嘆する。

「さすがです、いんかむさん。補足事項は無いですね」

「たしかに。ここは『事例』をよく知るひとかげ氏のお知恵を拝借するのが得策」

 なんとなく自分の手から離れた感のあるくじらは、そう言い合う三人をぼんやり眺めていた。それよりも、頭の中では期待が膨らみ始めていたのだ。

 せっかく成れたこの身体。この機会にあんなことやこんなこと、いろんなことを試してみたい。幸い入れ替わりとかじゃなさそうだから、俺がこの身体でなにやったって俺以外に困るヤツはいなさそうだし。ああ、もう文フリなんかやってる暇はないよ。いつ元に戻っちまうのかわからないんだから。

 スマートフォンが着信を伝えた。むろん、ひとかげとかげから。

 

――――

なにそれ、めちゃくちゃ楽しそう。

僕もそっち行けばよかった。

あとで画像送ってください、くじらさんがよければ。

 

は、いいとして、くじらさんがまったく覚えのないルックスに変わっているとしたら、その現象は単なるTSじゃなくて、むしろ入れ替わりである可能性が高そう。

それも、精神が入れ替わる「君の名は」タイプではなくて、身体の物理形質情報が入れ替わる「思春期症候群」タイプの方。

当然のことながら、今のくじらさんの容姿だった女性がどこかに存在してて、そのひとにくじらさんの容姿情報が上書きされてると思われます。

その子、いまごろ悶絶してるだろうなあ。可哀相に。くじらさんはラッキーかもしれんけど(笑)

――――

 

 なるほど。ラノベオーソリティーの反応速度は伊達じゃない。これは納得の解釈だよ。

 文面を読んだくじらは二度三度首肯した。

 まてよ。てことは、俺の顔をした中の人女子の誰かがこの世界のどこかにいるってことか。

 

――――

(続き)

いま該当車両の平面図見たんだけど、そのトイレ、壁を挟んで女子専用のがありますね。

どういう力が働いてそうなったのかはわかりませんが、このトイレの並びは重要でしょう。おそらくですが、同じタイミングでトイレに入っていた女子がいたとしたら、その人こそがもうひとりの被害者ではないかと。

目を引くほどの美少女が同じ車両にいたとしたら、くじらさんなら見逃すはずがないですよね(笑)

てことは、彼女は同じこだまの反対側の車両に乗っていた乗客だと思われます。

――――

 

「あれって新大阪が終点でしたよね」

 千百閒の言葉にくじらはうなずく。

「ということは、くじら氏の着ぐるみを着た不幸な女性がまさに今、大阪にいる……」

 宮部のつぶやきは、くじらの心の声そのままだった。

 俺の知る限り、今現在の大阪で本来の俺の容姿を知る者は……。

 該当者は誰もいない。係累はすでに無く、リアルな交遊もほぼ皆無のくじらにとって、顔を見知ってると言える人はごくごく近所のコンビニ店員あたりが関の山だった。

 くじらはか弱く小さな手が赤くなるほど強く握りしめた。

 俺が、俺を探してやらないと。

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