俺と私の文フリTS顛末記   作:深海くじら

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第7話 停滞~顔が良いからといって陽キャとは限らない

「どうやらしばらくは新しい展開も望めそうにないし、僕はちょっと他を回ってきます。会ってみたい先生方もいるんで」

 そう言ってすぅっと立ち上がったいんかむげいんは、平積みにした新刊の山から数冊を掴むと、まるで何事も無かったかのような自然さでサークル席を後にした。あまりにもスムースなその去り際に、三人は口を差し挟む隙さえなかった。

 人ごみに紛れて見えなくなったいんかむげいんから視線を戻した千百閒は独り言のように口を開く。

「まあたしかに手詰まりだよね。この時期朝から大阪入りする観光客と言えば、十人が十人万博見物だろうし、そうなるともう人が多過ぎて、探し出す前にこっちが迷子になっちゃう」

 溜息を吐く千百閒にくじらがあやまった。

「すまんね。俺に自撮りの習慣がなくって。せっかくとっかかりが見つかりそうだったのに、肝心の顔見本が一枚も無いんじゃ」

「しょうがないです。拙も自撮りはまったくやりません。撮っても見せる相手がござらんし、そもそも拙の顔など拙自身が見たくないので」

「まあそうだよね。物書き界隈のインスタ率はかなり低いっぽいし。夜ごとPCで文字と格闘してるとか、イケメンだのリア充だのからは程遠い感じがするもんね。まあ俺は、旅先とかでちょくちょく撮るけどさ、自撮り」

「千百閒氏は見た目がよろしいから……」

 そう切り返す宮部の言葉を聞きながら、くじらも胸の中でうなずいた。

 たしかに見た目は重要だよな。いまの俺なら、美少女の容姿を身にまとった今ならば、なんぼでも自撮りしまくる気になるだろう。これだけ可愛ければ、自意識だって沸いてくるだろうし……。

「え? くじらさん、いったいなにを」

 千百閒が目を剥いた。

 その視線の先で、くじらが自分のスマートフォンで盛んに自撮りを始めている。角度を変え、ぎこちなくも表情まで変えながら。

「いったい何をはじめたので?」

 宮部の疑問にも応えずにひと通り撮り終えたくじらは、なにやらスマートフォンを操作してからリュックのノートパソコンを取り出した。起動した画面からフォルダを開くと、今撮ったばかりの画像がサムネイルで並んでいる。

「俺たちみたいなおっさんはやらないけど」

 そう言いながら、くじらはブラウザを立ち上げた。

「この身体の本来の持ち主なら、自撮りインスタもやってたんじゃないかなってさ」

 一番よく撮れている画像を選んでアップロード。

「なるほど。画像検索、ですな」

 美少女のくじらはうなずいた。この子のアカウントが見つかれば、なにかの手掛かりになるかもしれない。くじらはそう考えたのだ。手詰まりなら手詰まりなりに、思いつくことを試してみよう、と。

 

 千百閒と宮部きいが覗き込む中、くじらはアングルや表情を変えた何葉かの画像で検索を繰りかえしてみた。が、ピンポイントのヒットには当たらなかった。モデルや芸能人、インスタや個人ブログ、さらには美容院のカット事例など、似たようなショートカット美人の画像が候補としていくつも表示されたものの、印象が合致する顔写真は一枚も出てこなかったのだ。

「こんなに美人なら、インスタのひとつやふたつ顔出しでやってそうなもんなんだけどねえ」

 中の人がアラフィフのおっさんという前提で話が進んでいるにも関わらず、一旦根付いてしまった千百閒のタメ口は変わらない。

「一致レベルを調整できれば、もう少し網を広げられるかもしれませんが」

 渋い表情の宮部の台詞にかぶりを振るくじらが、アニメ声で応えた。

「それもそうかもしれんけど、そもそも顔出しをしてない可能性もあるんじゃないかな。例えば、顔に似合わず強度の陰キャだとか」

 くじらは自説を続ける。

「さっき表情をつくってて思ったんだけど、この子、笑顔をつくるのが下手だよ。なんつうか、表情筋がそういうのに慣れてない、みたいな」

「そんなことわかるの?」

「表情に限らずなんだけど、細かいとこで上手く動くとことそうでないとこがあるんだよ。おおむね無意識でいけるんだけど、ときどき操縦してる感覚が顔を出す、って言えばいいのかな」

 やっぱ自分の身体じゃないからな、とくじらはつぶやいた。

「他になにか気づかれた点は?」

「うーん、そうだな。あとはここ来るときに思ったけど、イマイチ体力不足かも。この程度のリュックを重く感じたり、すぐ疲れたり。とにかく運動不足の傾向は明らかだね。絶対インドア派だよ、この子は」

「プロファイリングには役立ちそうな情報ですな」

 真顔で腕を組む宮部はそう言ってうなずいた。

 とは言え、とくじらは目を伏せる。

 この子のプロファイル集めはまことに結構だけど、そもそも彼女自身いまは俺の姿をしているわけで、本筋の人探しに役立つ感じはあまりしないな。例えばそれが、彼女の今現在の行動原理を推理するあてになるなら話は別だけど。

 

 新たなネタを失った三人が黙りこくってしまったそのときに、朗らかに抜けた声が割って入ってきた。

「戻りましたよ。ご挨拶がてら三冊ほど交換してきました」

 いんかむげいんの帰還だった。

 ずかずかと裏に回ってきた彼は、沈滞する三人の間に入り込んで空気を読まない自分ごとの話題を続けてきた。

「でもね、実に残念なことに、一番会いたかったみう先生が今日はドタキャンで不在だったんですよぉ」

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