ギルドの受付嬢ですが、残業が嫌なので定時に帰ろうと思います 作:can'tPayPay
アリナが「処刑人」として活動を始めてから、最も神経を削るのが「証拠隠滅」である。
規格外の力で粉砕された魔物の死体、不自然なほどに浄化された戦場。それらは時として、鋭い冒険者や騎士団の目に留まる。アリナは夜な夜な、自分が残した「事務的な不備」を片付けるために奔走していた。
ある深夜。アリナはギルドの地下倉庫に潜んでいた。
今日、自分が窓口で受理した「魔力晶石」の報告書。そこに記された魔力の波形が、自身の神器による一撃と酷似していることに気づき、データを書き換えるために忍び込んだのだ。
「……よし。ここの数値を0.5%書き換えれば、ただの自然放電に見えるはず……」
暗闇の中、魔導端末に向かって高速でキーを叩く。その時だった。
「……その修正だと、明日の朝の定例報告で不整合が出るよ。監査官はそこまでバカじゃない」
背筋に氷を突きつけられたような衝撃。
アリナは瞬時に神器の戦槌を顕現させ、凄まじい殺気と共に振り返った。
そこには、ランタンを手に、眠そうに目をこするゼノスが立っていた。
「ゼノス……さん。……どうして、ここに」
「備品の在庫確認。……っていうのは建前で、君がいつここに来るか待ってたんだ。アリナ」
アリナの瞳が、処刑人の色に染まる。
「……私の正体を知った以上、生かしてはおけないわ。あなたがどれだけ有能な事務員でも、私の定時と平穏を脅かすなら、ここで粉砕してあげる」
「殺気はやめてくれよ、疲れる。……だいたい、君の隠蔽は雑すぎるんだ。窓口で書類を捌く時の指の動き、あれは剣士のそれじゃない。もっと重い武器を振り回す者の筋肉の使い方だ」
ゼノスはアリナの戦槌を怖がる様子もなく、数歩近づいた。
「それに、君が討伐した現場の跡。……あれは『効率』を重視しすぎている。魔力の無駄を一切省き、最短ルートで核を突く。それは、君が事務仕事で一秒を削ろうとする執念と、全く同じ美学だ」
アリナは絶句した。
今まで誰にも、高潔な騎士ジェイドにさえ見抜かれなかった自分の本質を、この地味な男は「事務の視点」から完璧に解読してみせたのだ。
「……なんなの、あんた。ただの備品担当じゃないわね」
「僕はただ、自分の仕事を邪魔されたくないだけの男だよ。……アリナ、君が処刑人として暴れるたびに、僕の仕事が増えるんだ。死体の隠蔽、被害報告の改竄……。この数ヶ月、君の尻拭いをどれだけ僕が裏でやってきたと思ってる?」
「え……? あなたが、私の後始末を……?」
アリナの槌が、わずかに震える。
「そうだよ。だから、これ以上勝手に動かれると困る。……ここで僕に殺されるか、それとも僕と『契約』するか。……選んでよ、聖女様」
ゼノスはランタンを台に置き、暗闇の中で初めて、底知れない知性を孕んだ琥珀色の瞳をアリナに向けた。それは、アリナが今まで出会った誰よりも、深く、冷たく、そして信頼に値する輝きを放っていた。