ギルドの受付嬢ですが、残業が嫌なので定時に帰ろうと思います 作:can'tPayPay
「お疲れ様でございました! またのご利用をお待ちしております!」
定時1分前。アリナは最後の一人を完璧な笑顔で見送ると、指が折れんばかりの勢いで「受付終了」の札を叩きつけた。
心の中で唱えるのは、呪文よりも力強い言葉――『定時退勤』。
しかし、無情にもギルド長の声が響く。
「アリナくーん、悪いんだけどこの資料の整理も……」
「……っ!!」
アリナの笑顔が、一瞬だけ般若のように歪みかける。それを救ったのは、台車を押して通りかかったゼノスだった。
「あ、ギルド長。その資料、僕が倉庫の整理ついでにやっておきますよ。アリナさんは明日、朝一番で確認が必要な書類があるって言ってませんでしたっけ?」
「お、そうか? 助かるよゼノスくん」
ゼノスはアリナにだけ見える位置で、小さくウィンクをする。
アリナは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、ゼノスさん。助かります」
(――愛してるわゼノス! 後で死ぬほど甘やかしてちょうだい!!)
その30分後。
ギルドの裏庭にある、誰も来ない古い東屋で、アリナはゼノスの膝に顔を埋めていた。
「……もう、ギルド長も冒険者もみんな、一回ハンマーで更地にした方がいいと思うの」
「まあまあ。はい、今日のご褒美のプリン」
「……あーん」
ゼノスにスプーンでプリンを口に運んでもらいながら、アリナはようやく「一人の女の子」としての呼吸を取り戻していく。
アリナがゼノスの膝の上でプリンを堪能し、ようやく人心地ついたところからの続きです。
原作第一巻、隠しダンジョンの出現によってギルドが混乱に陥る直前の、束の間の休息シーンです。
「……ふぅ。生き返ったわ」
プリンを完食したアリナは、ゼノスの膝に頭を乗せたまま、だらしなく溜息をついた。
窓口で見せる、あの凛とした「ギルドの華」の面影はどこにもない。
ゼノスはそんな彼女の髪を、慣れた手つきで優しく撫でる。
「お疲れ様。今日は特に機嫌の悪い冒険者が多かったみたいだね」
「そうなのよ! 装備の自慢話を延々とする奴とか、クエストの失敗をこっちのせいにする奴とか……。本当、私の定時を何だと思ってるのかしら。あいつらの頭、一回カチ割って中身を洗浄してやりたいわ」
物騒なことを口にしながらも、アリナの表情はゼノスの手の温もりでとろけきっている。
彼女にとって、ゼノスは唯一「処刑人」としての血生臭い自分も、仕事に追い詰められた醜い自分も、すべてを委ねられる場所だった。
「でも、ゼノスが資料引き受けてくれなかったら、今頃まだあのクソジジ……ゲフン、ギルド長の隣で残業してたわ。本当に助かった。お礼に、何かしてほしいことある?」
「お礼なんていいよ。アリナが機嫌よく笑っててくれるのが、僕にとっての一番の平和だからね」
「……そういうこと、さらっと言うんだから」
アリナは少し顔を赤らめ、ゼノスの服の裾をギュッと握りしめた。
その時、遠くで鐘の音が響く。ギルドに緊急事態を知らせる、不吉な音だ。
「……チッ、何よ。せっかくの定時後なのに」
一瞬でアリナの瞳から温度が消え、冷徹な「処刑人」の光が宿る。
ゼノスは彼女の肩をそっと叩き、立ち上がらせた。
「隠しダンジョンの件かな。……アリナ、行くんだろ?」
「ええ。このまま放置して、明日以降の残業が増えるなんて耐えられないもの。……パパッと『掃除』してくるわ」
アリナは、ゼノスの方を振り返ると、先ほどまでの冷徹さが嘘のような、少しだけ寂しそうな顔を見せた。
「……ゼノス。終わったら、また撫でてくれる?」
「もちろんだよ。温かい飲み物を用意して待ってる」
その言葉を聞いた瞬間、アリナは満足げに微笑み、凄まじい速度で戦場へと消えていった。
「……はぁ、はぁ……っ。最悪……もう、最悪……!」
倉庫の重い扉を閉めた瞬間、アリナはその場にへたり込んだ。
戦闘の興奮(アドレナリン)と、定時を大幅に過ぎたことへの絶望が混ざり合い、呼吸が乱れている。
「おかえり、アリナ。早かったね」
暗がりからランプを手に現れたのは、ゼノスだった。彼は手慣れた様子でアリナのそばに膝をつくと、彼女の震える指先をそっと包み込む。
「ゼノス……っ、ひどいのよ。あんな変なダンジョンが出るせいで、私の残業代が……いや、お金の問題じゃないわ。私の、私の大切な『ゼノスと新作タルトを食べる時間』が奪われたのよ……!」
「わかってるよ。タルトは冷やしてあるから。……さあ、顔を拭こうか」
ゼノスは濡らしたタオルで、アリナの頬に飛んだわずかな汚れを丁寧に拭き取る。
アイビーが見れば驚愕するだろう。世界を揺るがす力を持つ「処刑人」が、一人の裏方青年の前で、今にも泣き出しそうな子供のように甘えているのだ。
「……ねえ、ゼノス。ぎゅっとして」
「はいはい」
ゼノスが腕を広げると、アリナは吸い込まれるように彼の胸に顔を埋めた。
彼の心臓の音を聞き、清潔な石鹸の香りを嗅ぐことで、ようやく「受付嬢のアリナ」としての仮面を繋ぎ止めることができる。
「明日も……また、あの笑顔を作らなきゃいけないのね」
「僕がずっとそばにいるから。明日の朝も、一番に美味しいコーヒーを淹れて待ってるよ」
趣味全開なので解釈違ったりするかも...