ギルドの受付嬢ですが、残業が嫌なので定時に帰ろうと思います 作:can'tPayPay
それは、アリナの病み上がりの初出勤日。ギルド内に激震が走った。
掲示板に貼り出された「人事異動」の通達。そこには、信じがたい名前が記されていた。
『事務員ゼノス・スミス:国境付近の最果て支部へ、支部長補佐として転勤を命ずる』
(――……は? 死ね。今すぐこの辞令を書いた奴の指先を一本残らずへし折って、二度とペンを握れない体にしてやるわ。転勤? ゼノスが? 私のいない、あんな埃っぽい国境の吹き溜まりに!?)
アリナの笑顔が、音を立てて剥がれ落ちた。周囲の冒険者たちは、彼女から漏れ出る「実体化した殺気」に、命の危険を感じて次々と窓口から逃げ出していく。
「……落ち着いて、アリナ。これは、先日の僕の『越権行為』――君の看病のために他職員を脅した件が、上層部の目に留まった結果だ」
ゼノスはいつも通り淡々と、だがその瞳の奥には、アリナですら戦慄するほどの暗い泥のような感情が渦巻いていた。
「……事務的に判断すれば、これは『左遷』だね。……でも、大丈夫だ。あちらの支部の予算を三日で枯渇させ、運営を破綻させれば、僕はすぐにここへ呼び戻される。……その間の三日間だけ、我慢してくれ」
「三日!? 三秒だって無理よ!!」
アリナはデスクを拳で叩き割り、ゼノスの襟ぐりを掴んで引き寄せた。
「いい、ゼノス。あんたを行かせるくらいなら、私は今この瞬間、ギルドの建物を更地にして、王都中の帳簿を灰にしてやるわ! 私の隣からあんたがいなくなるなんて、この世界の終末と同じことなのよ!!」
夜の宣戦布告:共犯者の「最終処理」
その夜、二人は自宅の書斎で、地図と名簿を広げていた。
いつもなら甘いひとときを過ごすはずの時間は、今や「王都をどうやって事務的に詰ませるか」という冷徹な作戦会議へと変わっていた。
「……ゼノス。あんたが明日、あの馬車に乗るっていうなら、私はその馬車の車輪を原子レベルで分解するわ。……そして、この辞令を出した理事会の連中全員を、私の戦槌(アイアン・ローズ)で『物理的に更生』させてくる」
「……待って、アリナ。力尽くは目立つ。……僕が今、彼らの過去十年分の不祥事と裏金工作のデータを精査し終わった。……今夜中にこれを王立監査局へ匿名で送り、明日の朝には理事会そのものを『解散』させる。……そうすれば、僕の辞令も白紙だ」
ゼノスの眼鏡が、月光を反射して冷たく光る。
有能すぎる事務員の指先が、キーボードの上で「人の一生を終わらせるリズム」を刻んでいた。
「……。……あんた、本当に最高だわ、ゼノス。……殺戮(わたし)と抹消(あなた)。……二人で、この国を事務的にひっくり返してやりましょう」
アリナはゼノスの背中に抱きつき、そのうなじに熱い吐息を吹きかけた。
「……転勤なんて、一億年早いのよ。……あんたは一生、私の毒に当てられて、私の隣で死んだ魚の目をしてなきゃいけないんだから」
「……。……了解したよ、アリナ。……僕も、君のいない世界で生きるほど、お人好しじゃない」
翌朝:完全なる隠滅
翌朝。ゼノスが旅立つはずだった馬車の前には、騎士団の群れが押し寄せていた。
だが、それはゼノスを見送るためではない。辞令を出した理事会のメンバー全員を、「国家反逆の疑い」で連行するためだった。
「……あら、大変。理事会が解散ですって。……これでは、ゼノスさんの転勤も『無効』になりますわね(微笑)」
窓口に立つアリナは、いつにも増して美しい「完璧な聖女」の笑顔を浮かべていた。
隣には、何事もなかったかのように山のような書類を捌くゼノス。
「……ええ。残念ですが、仕方がありません。……さあ、アリナさん。溜まった業務を終わらせましょう。……今夜は、祝杯を挙げないといけませんから」
二人の間に流れるのは、昨日よりもさらに深く、濃密な「共犯」の空気。
自分たちの平穏を乱す者は、たとえ国の中枢だろうと、事務的、かつ物理的に、徹底的に「処理」される。
王都の平和は、今日もこの二人の、歪で完璧な愛によって守られ(支配され)ているのだった。