ギルドの受付嬢ですが、残業が嫌なので定時に帰ろうと思います 作:can'tPayPay
昨日の激戦の爪痕は、特設事務室の壁に巨大な「穴」を残していた。
応急処置として薄いベニヤ板と遮音魔法の札が貼られたものの、その向こう側はギルドの主要会議室。今日は運悪く、王都の重鎮たちが集まる「予算編成会議」が行われていた。
「……死ね。今すぐあの会議室の床が抜けて、偉い人たちが地下墓地まで直行すればいいのに。なんでこんな時に、声一つ出せない状況になるわけ?」
アリナは筆談用のノートに、いつにも増して力強い筆致で呪詛を書き殴った。
すぐ隣では、ゼノスが指先に魔力を集中させ、極限までタイピング音を殺して書類を捌いている。
(――……。……静かすぎるわ。静かすぎて、ゼノスの衣擦れの音や、ペンの走る音、それに……彼の少し熱を帯びた吐息まで、全部私の鼓動を狂わせるじゃない)
隙間の誘惑:音のない挑発
壁の向こうからは、居眠り厳禁の厳粛な会議の声が漏れ聞こえてくる。
そんな緊迫した状況下で、アリナの悪戯心に火がついた。
(ねえ、ゼノス。あんた、どんな時でも「完璧な事務員」でいられるのかしら?)
アリナは机の下で、そっとヒールを脱ぎ捨てた。
そして、自分の足をゼノスのスラックスの裾へと忍ばせる。
「……っ!?」
ゼノスの肩が微かに跳ねた。タイピングの手が一瞬止まる。
彼は眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、アリナを無言で睨みつけた。
『……アリナ、何を。向こうには理事が十人もいるんだぞ』
ゼノスがノートの端に、震える字で書き込む。
アリナはそれを見て、口角を吊り上げた。
『いいじゃない。防音札があるんでしょ? 声さえ出さなければ、私たちがここで何をしていようと、あの無能共には一生かかっても理解できないわ』
アリナはさらに大胆に、ゼノスの膝の上へとしなやかに身を乗り出した。
彼の首筋に鼻先を寄せ、わざとらしく熱い吐息を吹きかける。
深淵の報復:静寂の限界
ゼノスの理性が、音を立てて軋んだ。
彼は持っていた高級万年筆を机に置くと、アリナの腰を両手で掴み、強引に自分の膝の上へと引き揚げた。
「っ……ん……!」
アリナは思わず声を上げそうになり、慌てて自分の手で口を塞ぐ。
ゼノスの瞳は、もはや事務員のそれではない。壁一枚向こうに他人がいるという背徳感が、彼の独占欲を極限まで尖らせていた。
ゼノスはアリナの耳元に唇を寄せ、消え入るような、だが抗いようのない重い声で囁いた。
「……。……先に仕掛けたのは、君だ。……いいよ。会議が終わるまでのあと一時間……。君がどれだけ『静かに』していられるか、試してあげよう」
ゼノスの手が、アリナのブラウスの裾から侵入し、彼女の背中を、そして熱を帯びた肌を容赦なく愛撫し始める。
「……っ、ふ……あ……」
アリナはゼノスの肩に顔を埋め、声を押し殺すために彼のシャツを必死に噛んだ。
壁の向こうでは、「来期の予算案についてですが――」という退屈な発言が続いている。
そのすぐ裏側で、アリナはゼノスに翻弄され、快楽と緊張の狭間で涙を浮かべていた。
会議終了:共犯者の勝利
一時間後。
「――では、本日の会議を終了します」
隣室の椅子が引かれる音と共に、廊下へ去っていく足音が聞こえてきた。
その瞬間、アリナはゼノスの胸の中で、ようやく肺に溜まっていた熱を吐き出した。
「……あんた、……バカじゃないの!? 本当に、声が出そうになったじゃない!!」
「……君が仕掛けてこなければ、僕はもっと平和に予算案をチェックしていたよ」
ゼノスは乱れたアリナの髪を整え、彼女の額に優しく口づけをした。その顔には、勝利した捕食者のような、淡い満足感が浮かんでいる。
「……。……最低。……でも、会議の内容なんて一文字も覚えてないわ」
「僕もだよ。……さあ、修理業者が来る前に、この『証拠』を片付けないと」
二人は乱れた服と、少しだけ温度の上がった室内を「事務的」に整理し始めた。
薄い壁一枚を隔てたスリルは、二人の関係にさらに濃厚な毒を注ぎ込む。
壊れた壁が直る頃には、二人の絆は、物理的な障壁など意味をなさないほどに深く、溶け合っているのだった。