ギルドの受付嬢ですが、残業が嫌なので定時に帰ろうと思います 作:can'tPayPay
すみません
名前少しだけいじらせてもらいましたが無事参戦決定です!!
案をいただきありがとうございました。
第7ギルドに、新しい風が吹き込みました。王都の事務官養成所を首席で卒業したという青年、ラノ。
「ゼノス先輩! 僕、先輩の『魔導書を用いた効率化理論』に感動して、ここを志願したんです!」
人懐っこい笑顔と、確かな実力。ギルド長は、この期待の新人の教育係に、迷わずゼノスを指名しました。
しかし、それが「静かなる魔王」と「暴君の聖女」の平穏を壊す引き金になるとは、誰も予想していませんでした。
事務室の異変:放置された「定位置」
「――……ねえ、ゼノス。ここの帳簿、計算が合わないんだけど。……死ね、今すぐ修正しなさいよ」
いつものように、アリナがゼノスのデスクへと書類を放り投げました。
しかし、ゼノスは顔を上げません。彼の隣には、身を乗り出すようにしてメモを取るラノがいました。
「……すまない、アリナ。今、ラノ君に『多次元式インデックス』の構築法を教えているところだ。……。……その修正なら、向こうの棚にマニュアルがある。……。……自分でやってみてくれないか」
「……。……。……は?」
アリナの手が、空中で凍りつきました。
かつて、どんな時でもアリナの不機嫌を最優先で「処理」し、彼女が言葉を発する前にすべてを終わらせていたゼノス。その彼が、今、自分を後回しにした。
「……ゼノス先輩! この術式、ここをこう書き換えれば、もっと処理速度が 1.2 倍になりますよね!?」
「……。……。……ほう。……。……筋がいいな、ラノ君。……。……よし、次の工程も続けて説明しよう」
二人の間に、アリナの入り込む隙間はありません。
ゼノスは、自分と同じ「論理の言葉」を話すラノの教育に、かつてないほどの集中力を注いでいたのです。
受付嬢の孤独:フォローのない窓口
午後、窓口は大混雑でした。
「おい、アリナちゃん! この依頼の報酬、安すぎねぇか!?」
「前任の事務員ならもっと融通利かせてくれたぜ!」
ガラの悪い冒険者たちが、アリナを囲んで怒鳴り散らします。
普段なら、ゼノスが背後から音もなく現れ、その冷徹な威圧感と「事務的論破」で冒険者たちを瞬時に黙らせていたはず。
しかし、ゼノスの席は空席でした。彼はラノを連れて、ギルド地下の資料室へ「現場実習」に行ってしまったのです。
(――……。……。……何よ、これ。……。……なんで、私があいつらの相手を、独りでしなきゃいけないのよ……)
アリナは震える拳を握りしめ、笑顔(の仮面)を引き攣らせながら、たった独りで怒号の嵐を捌き続けました。
彼女の腹部には、二人の愛の証が宿っている。少しずつ疲れやすくなっている体に、フォローのない重労働が容赦なくのしかかります。
夕暮れ:境界線の消失
定時。
ゼノスとラノが、談笑しながら資料室から戻ってきました。
「……。……。……お疲れ様、アリナ。……。……。ラノ君は驚くべき吸収力だ。……。……。おかげで、来期の予算案の草稿が一日で完成したよ」
ゼノスは満足げに、眼鏡を拭きながら言いました。
その視線は、まだラノの方を向いたまま。
「……。……。……。……そう。……。……良かったわね、有能な『お弟子さん』ができて」
アリナの声は、低く、冷たく、そして……壊れそうなほどに震えていました。
彼女は自分のポシェットに手をかけ、ゼノスを一度も振り返ることなく、ギルドの扉を乱暴に開けました。
「アリナ? ……。……。待ってくれ、一緒に――」
「――来ないで!!」
アリナの叫びが、ギルド中に響き渡りました。
彼女の瞳には、怒りよりも深い、裏切られたような絶望の色が浮かんでいました。
「……。……。……あんたなんて、……その『新人君』と一生、数字遊びでもしてればいいじゃない!! ……死ね!……大っ嫌いよ、ゼノス!!」
アリナは夜の街へと駆け出していきました。
残されたゼノスは、差し出した手の行き場を失い、呆然と立ち尽くしていました。
自分の「教育」が、最も大切にすべき「共犯者」の心をどれほど深く削っていたのか。有能すぎる事務員は、そのあまりに初歩的な計算ミスに、まだ気づいていなかったのです。