ギルドの受付嬢ですが、残業が嫌なので定時に帰ろうと思います 作:can'tPayPay
ゼノスによるラノへの「地獄の短期集中研修」は、わずか一週間で幕を閉じました。
その内容は、常人なら精神を病むほどの情報量でしたが、ラノはそれを見事に完遂しました。
「……よし。ラノ君、君の事務処理能力は、もはや地方ギルドに留めておくべきレベルではない。……。……僕が王都の総本部に推薦状を書いておいた。明日から、君はあちらの『特別監査室』へ配属となる」
「えっ、王都!? ……いいんですか、僕みたいな新人が、先輩の推薦でそんな大役……!」
「……。……。君にはその価値がある。……それに、君という『優秀な事務官』が王都にいることは、将来的に僕たちが……いや、僕が、より効率的に動くための布石にもなる」
ゼノスは淡々と語り、ラノの背中を押しました。
ラノは目に涙を浮かべ、「先輩の教えを、決して無駄にしません!」と誓い、翌朝、王都行きの馬車へと乗り込んでいきました。
静寂の帰還:事務室に漂う「重い空気」
ラノが去り、第7ギルドの事務室は再び、ゼノスとアリナの二人だけの空間に戻りました。
……しかし、そこにあるのは、以前のような甘く濃密な空気ではありません。
「……。……。……。……ラノ君は、行ったよ、アリナ」
ゼノスが、隣の席で黙々と書類を整理するアリナに声をかけました。
しかし、アリナは書類から目を離さず、氷のような声で返しました。
「……そう。……。……良かったわね。……あんたの可愛い可愛い愛弟子が、出世街道に乗れて。……死ね。……今すぐ、その推薦状ごと燃え尽きればいいのに」
「……アリナ。……。……まだ、怒っているのか? ……。……僕はただ、君の負担を減らすために、僕の代わりが務まる人材を――」
「――誰が、私の『隣』に代わりを置けって言ったのよ!!」
アリナがバタン! と激しくデスクを叩きました。
彼女の瞳には、薄っすらと涙が溜まっていました。
猛毒の告白:欲しかったのは「代わり」じゃない
「……。……あんた、本当にバカね。……。……事務員としては天才かもしれないけど、私の男としては最低よ。……。……。私がラノに嫉妬してたと思ってる? ……違うわよ」
アリナは立ち上がり、ゼノスの胸ぐらを掴んで、自分の方へ強引に引き寄せました。
「……。……私が嫌だったのは、あんたの視線が、一分一秒でも私以外に向いていたことよ。……。……あんたがアイツに教えてる間、私は……隣で、独りで……。……あんたが私のフォローを忘れて、数字に没頭してる姿を見るのが、どれだけ惨めだったか、分かってるの!?」
ゼノスの眼鏡が、アリナの熱い吐息で白く曇ります。
彼は、自分がラノの育成を急いだ理由――もし、アリナの身に何かあった時、自分が完全に彼女をサポートするために、仕事を丸投げできる「有能な駒」を王都に作りたかったという、彼なりの「執着」を口にしようとしました。
しかし、それが今の彼女をどれほど孤独にさせたかを悟り、言葉を飲み込みました。
「……。……。……。……すまなかった、アリナ。……。……。……僕は、君を楽にさせようとして、一番大切な『君の隣にいること』を疎かにした。……。……。初歩的な、致命的な計算ミスだ」
再契約:二人だけの「独占領域」
ゼノスは、アリナの震える手を優しく包み込み、自分の頬に押し当てました。
「……もう、新人は入れない。……。……王都への推薦も、もう終わった。……。……。これからは、君の呼吸一つ、瞬き一つ、すべて僕が管理し、僕がフォローする。……。……他の誰にも、君を支える隙なんて与えない」
「……。……。……当たり前よ。……。……。次、私を無視して他の奴に構ったら、……。……あんたをこの槌で、二度と事務仕事ができないくらい、粉々に潰してあげるから」
アリナはゼノスの胸に顔を埋め、子供のように彼のシャツをギュッと握りしめました。
ラノという「嵐」が去った後の事務室。
再びそこには、世界で一番重くて甘い、二人だけの、誰にも邪魔されない「共犯関係」が戻ってきたのでした。
「……さあ、アリナ。一週間分の『不在だった僕』を、今夜からたっぷりと精算させてもらうよ」
「……。……倍返しじゃ足りないから。……。……覚悟しなさいよ、ゼノス」