ギルドの受付嬢ですが、残業が嫌なので定時に帰ろうと思います 作:can'tPayPay
窓口業務、残り30分。
アリナは、もはや職人芸の域に達した速度で書類に受領印を叩きつけていた。
(――よし、完璧。今日こそは定時と同時にギルドを脱出して、ゼノスと一緒にあの新作のタルトを食べるの。邪魔する奴は、たとえ神様だろうとこの神器で地平線の彼方まで消し飛ばしてやるわ……!)
しかし、現実は非情である。
受付の隅に置かれた魔導端末が、不吉な赤い光を点滅させた。
「大変だ! 倉庫の魔力晶石が暴走を始めたぞ! このままだと地下区画が封鎖され、今日の全データのバックアップが消失する!」
ギルド職員たちの悲鳴。それは、アリナにとって「全職員、復旧まで強制残業」という死刑宣告に等しかった。
(……バックアップ消失? つまり、私が今日一日かけて積み上げた完璧な事務処理が、全部パーになるってこと? ……そんなこと、させるわけないでしょ!!)
アリナの瞳が、冷徹な「処刑人」の色に染まる。
「……ちょっと、お腹の調子が悪いので席を外しますわ(微笑)」
アリナは同僚に完璧な外面(窓口モード)を見せると、音速で女子トイレへ駆け込み、窓から外壁を蹴って地下倉庫へと飛び降りた。
【地下倉庫・暴走区域】
「よくも私のタルトタイムを……!! この、ただの石っころがあああ!!」
暗闇の中、黄金の戦槌が猛り狂う。
暴走し、巨大な魔力体へと膨れ上がった晶石の核を、アリナは一切の躊躇なく粉砕した。本来なら専門の魔導技師が数人がかりで鎮める事象を、彼女は「効率」という名の暴力で一瞬にして終わらせたのだ。
「……ふぅ。これでデータは無事ね。あとはこれを、誰のせいにもせずに片付ければ――」
「お疲れ様、アリナ。こっちは僕がやっておくから、君は早く戻りなよ」
影から現れたのは、予備の魔力中和剤を手にしたゼノスだった。彼はすでに、爆発の痕跡を「ただの機材トラブル」に見せかけるための偽装工作を始めていた。
「ゼノス! 来てくれたのね」
「君が席を立った瞬間に、なんとなく予想はついたからね。……ほら、制服の襟が少し汚れてるよ」
ゼノスはアリナの襟元を優しく整えると、彼女の額にそっと唇を寄せた。
「地下の事故は、僕が『偶然通りかかって中和剤を撒いた』ことにしておく。……君は定時まであと5分、最後まで完璧な受付嬢でいて」
「……。……ん。ゼノス、後で絶対、タルト二つ分甘やかしてよね」
「わかってるよ。早く行きな」
【窓口・17時ちょうど】
「――はい。本日分、すべて処理完了いたしましたわ(微笑)」
アリナは何食わぬ顔で窓口に戻り、定時の鐘が鳴り響くと同時に日報を提出した。背後では「なぜか地下の暴走が収まったぞ!?」と騒ぐ声が聞こえるが、彼女には関係のないことだ。
ギルドの裏口。そこにはすでに私服に着替えたゼノスが、アリナのカバンを持って待っていた。
「……ゼノス、お待たせ。もう、今日は本当に最悪だったわ」
「はは、お疲れ様。でも、無事に定時を勝ち取れただろ?」
ゼノスはアリナの手を包み込むように握り、二人で夕焼けの街へと歩き出す。
「……。……ゼノス、大好き。……でも明日、またあの大盾バカが朝から来たら、今度こそ私、本当に爆発しちゃうかもしれないわ」
「その時は、また僕が受け止めてあげるから大丈夫だよ。……さあ、タルトを食べに行こうか」
アリナはゼノスの腕にぎゅっとしがみつき、ようやく訪れた「本当の安らぎ」を噛み締めるのだった。