ギルドの受付嬢ですが、残業が嫌なので定時に帰ろうと思います 作:can'tPayPay
ギルド「アイゼン」の午後は、戦場のような忙しさだった。
アリナは機械的なまでに正確な動作で、押し寄せる冒険者たちを捌いていく。
「はい、薬草の納品10束ですね。状態も良好です。ギルドカードをお預かりします(微笑)」
(――死ね。この薬草、土が落ちきってないわよ。あんたの家の絨毯にこの泥を全部ぶちまけてやりたいわ。この雑な仕事のせいで私の検品時間が5秒も延びたのよ。その5秒があれば、私はゼノスのことを一回考えられたのに!!)
内面で激しい毒を吐き散らしながらも、アリナの表情は一切崩れない。その横で、地味な事務服を纏ったゼノスが、音もなく立ち回っていた。
「アリナさん、隣の窓口の書類が滞っています。……そちらの精算業務は僕が引き受けますので、あなたは新規受付に集中してください」
「まあ、ゼノスさん。助かりますわ。よろしくお願いします(微笑)」
(――ナイスよ、ゼノス! 隣の窓口の新人がモタモタしてるせいで、こっちにまで飛び火してくるところだったわ。そのスマートなフォロー、今すぐここで抱きしめてあげたいくらいだわ!!)
ゼノスはアリナと視線が合うか合わないかの絶妙な距離感で、彼女の業務を圧迫する「ノイズ」を次々と排除していく。混雑するロビーの空気を読み、荒くれ者が騒ぎ出せばさりげなく声をかけて宥め、アリナが最も快適に、かつ最速で仕事を終えられるよう、完璧な舞台装置となって立ち回っていた。
【定時直後・路地裏の秘密】
鐘が鳴り、定時と同時にギルドを後にした二人。
周囲に人気がないことを確認した瞬間、アリナはゼノスの肩にぐったりと体重を預けた。
「……あー、疲れた! マジで疲れたわ! なんであいつら、揃いも揃って話が通じないのよ! 私の言葉は共通語じゃないわけ!? それとも脳みそが筋肉で圧迫されて耳まで届かないの!?」
「はは、お疲れ様。今日のアリナの捌き方は、見ていて惚れ惚れするくらい鮮やかだったよ」
「当たり前じゃない、ゼノスが完璧にパスを回してくれるんだもの。……でももう無理。一歩も歩けない。足の指が『ストライキ起こすわよ』って言ってる。……ゼノス、抱っこ。今すぐ」
アリナは子供のように両手を広げてゼノスにせがむ。窓口での「高嶺の受付嬢」の姿は微塵もない。
「はいはい。ほら、しっかり掴まって」
ゼノスがアリナを軽々と横抱きにすると、彼女は満足げに彼の首筋に顔を埋めた。
「……ん。……ゼノス、いい匂い。落ち着く……。……ねえ、さっきの窓口の男。私が『規定です』って言った時に舌打ちしたのよ。……今夜、あいつの家をこのハンマーで更地にしてこようかしら」
「だめだよ。そんなことしたら、また僕が隠蔽の書類を書かなきゃいけなくなる。……アリナには、ただの可愛い受付嬢でいてほしいんだ」
ゼノスはアリナの頬に優しく口づけを落とし、大人びた余裕で彼女の荒ぶる感情を鎮めていく。
「……。……ん。……じゃあ、ハンマーの代わりに、ゼノスが私をいっぱい甘やかして。……帰ったら、一緒にアイス食べて、膝枕して。私が寝るまでずっとトントンしてて」
「ああ、もちろんだよ。……君が明日も笑って窓口に立てるように、僕が全部癒してあげる」
ゼノスは腕の中の小さな「処刑人」を愛おしげに抱き直すと、二人の隠れ家へとゆっくりと歩き出した。