ギルドの受付嬢ですが、残業が嫌なので定時に帰ろうと思います 作:can'tPayPay
最近ネタ切れで困っているので止まりそうです!
許してください涙
「……信じられない。この世に神なんていないわ」
ギルドの昼休み。アリナは誰もいない備品庫の陰で、本日二度目の絶望を味わっていた。掲示板に貼り出されたのは、『倉庫の棚卸しに伴う全職員の残業命令』。
(――……死ね。死ね死ね死ね。残業? 誰が? 私が? 今日はゼノスが特製の手作りピザを焼いてくれる日なのよ! 埃まみれの在庫数えるのと、ゼノスの焼きたてピザ、どっちが人類の幸福に寄与するか猿でもわかるわ!!)
「アリナさん、顔色が優れないようですが。……やはり、この作業量は少し酷ですよね」
背後から、いつもの落ち着いた声がした。ゼノスだ。
「あら、ゼノスさん。……ええ、少し目まいが。でも、お仕事ですもの。精一杯頑張りますわ(微笑)」
(――ナイスタイミングよゼノス! 今すぐこの倉庫に火を放って、在庫ごと灰にして! そうすれば数える必要なんてなくなるじゃない!!)
「……ふふ。大丈夫ですよ、アリナさん。……あ、これ。棚卸しの『予備資料』です。後で目を通しておいてください」
ゼノスは事務的な動作で、一冊の分厚いバインダーをアリナに手渡した。その際、彼女の指先にだけ伝わるように、そっと手の甲を撫でる。
(……予備資料? ……これ、去年のデータじゃない。今年の在庫予測と、すでに僕が数え終わった中間報告のまとめ……!?)
「これで、あなたの担当分は大幅に短縮できるはずです。……定時、守りましょうね」
ゼノスは意味深な微笑を一度だけ残し、他の職員に呼ばれて足早に去っていった。
【定時後・一軒家のリビング】
「――はああああ! 終わった! 終わらせたわよ!! あの状況から定時に上がるなんて、もはや魔王討伐より難易度高いわよ!!」
アリナは玄関に入るなり、背負っていた完璧な外面を脱ぎ捨てた。髪を振り乱し、リビングの絨毯の上に大の字に寝転がる。
「お疲れ様、アリナ。はい、冷たい飲み物。……よく頑張ったね」
「……ゼノス。もう、本当に無理。あいつら、途中で『あ、この箱、数え間違えました!』とか言い出すのよ。その瞬間、あいつの頭をこの神器でカチ割って、脳細胞が何個あるか数え直してやろうかと思ったわ……」
アリナは床を這うようにしてゼノスの足元に辿り着き、彼の膝に顔を押し付けた。
「……あ、ピザのいい匂い。……ねえ、ゼノス。食べさせて。私、もう指一本動かす気力もないの」
「はいはい。ほら、あーんして。……熱いから気をつけてね」
ゼノスが切り分けたピザを口元に運ぶと、アリナはハムハムと幸せそうに頬張り、次第に瞳に潤いを取り戻していく。
「……ん。美味しい……。……世界で一番美味しいわ……。……ねえ、ゼノス。私、窓口では『備品担当のゼノスさん』って呼んでるけど、本当はあそこで今すぐ、あなたの首に抱きついて『私のゼノスを困らせないで!』って叫びたかったのよ」
「それは困るな。僕たちの『平和な日常』が壊れちゃうだろ?」
ゼノスはアリナを床から抱き上げ、自分の膝の上に乗せ直した。大きな手が、アリナの凝り固まった肩を優しく、それでいて的確な力加減で解きほぐしていく。
「……あ。そこ、気持ちいい……。……ゼノス、大好き。……明日も、私の隣で影のように守ってね。……じゃないと、私、本当にギルドを更地にしちゃうかもしれないから」
「ああ、約束だよ。……君がただの『可愛いアリナ』でいられるように、面倒なことは全部僕が引き受けるから。……さあ、次はデザートにしようか」
ゼノスの大人びた抱擁に包まれ、アリナの猛毒は完全に浄化されていく。
明日もまた、完璧な笑顔を貼り付けるためのエネルギーを、彼女はゼノスの温もりから目一杯補充するのだった。