落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:一般落第騎士

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第十話

 

 

 東堂刀華は、自慢ではないが友人に恵まれる方だ。

 

 こちらをからかいつつも、心の底では凄く自分を大切にしてくれる御祓泡沫(ウタくん)。優しくて大人びていて、いつも微笑んでいる笑顔が素敵な貴徳原カナタ(カナちゃん)。生徒会メンバーとして支えてくれる、兎丸恋々(とまるれんれん)砕城雷(さいじょういかづち)。他にも、クラスの友人や後輩、遠くには《若葉の家》の家族たち。

 

 まだまだ数えきれない、沢山の友人達に恵まれている。そう考えると、やはり大いに自慢していいのかもしれない。これも東堂刀華の強さの一つだなんて、驕ってみたりしてもいいのかも。

 

「ん~~~~~ッ……ふう」

 

 そんな事を、昼食を食べ終えた東堂刀華はふかふかのベッドに横たわりながら考える。

 なにせ、この広い病室に入院することが出来たのも、美味しいご飯を食べる事が出来るのも、全ては貴徳原グループの御令嬢である貴徳原カナタの口添えによるものなのだから。

 

 有難い事に、沢山の人達がお見舞いに訪れてくれる。病室は縫いぐるみや花で一杯。彼らから貰ったお菓子は消費するだけでも一苦労なくらいだ。無事自分が退院出来たら、生徒会でお菓子パーティーを開くのもいいかもしれない。

 

 コンコン。

 

「あ、は~い!」

 

 パーティーには誰を招待しようなんて考えていると、病室にノックの音が響く。誰かがお見舞いに来てくれたのだ。そう考えた東堂刀華は元気に返事する。

 

 扉を開けて現れたのは、ピンク髪の女子生徒だった。

 

「失礼するっす! えへへ……東堂会長に会いたくて来ちゃったっす」

「桃井さん! ふふ、来てくれてありがとうございます」

 

 生徒会長である東堂は、当然全校生徒の名前と顔を覚えている。

 桃井新香。二年生、Dランク騎士。《飼育》を司る概念系能力者。

 

 東堂刀華とは、特に親しい仲でも無かったが……この入院期間中、話した事も無い後輩が数多く訪ねてくれた。東堂刀華の試合を観て、ファンになったのだと言って。よって、特に不審に思う事は無かった。

 

「どうぞ、良かったら掛けてください」

「え〜! いいんすか! へへ、じゃあお言葉に甘えて……」

 

 ベッド横に用意された椅子に、桃井は一礼してから座る。

 

「しかし、会長~、元気そうで何よりっすよ~。入院してるって聞いて、超心配したんすからね?」

「あはは……ごめんなさい。でも、もう大丈夫です。リハビリも順調に進んでますから」

「マジっすか! 良かったー、今の学園かなり雰囲気暗いんすよ~。この前も―――」

 

 桃井は屈託なく笑い、そのまま数分程度雑談する。学園の近況等、他愛もない話だ。

 

「うふふ……ええ、ホントですか? それじゃあ―――」

「マジマジ、マジっすよ! そしたら新宮寺先生が―――」

 

 桃井は第一印象通りの明るくて良い子だった。

 彼女が話す学園のゴシップは面白いものが多く、ついつい引き込まれてしまう。

 

 破軍学園は生徒数も多いため、今まで話す機会も無かったが……これを機に、友人が一人増えるかもしれない。東堂刀華は素直にそう思った。

 

 

「……で、すみません……これ、最初は渡さない方が良いんじゃないかとも思ったんすけど」

 

 

 きゃいきゃいと話が弾んだ後、桃井はそう言いながらおずおずと傍らの小箱を差し出す。

 

 光を吸い込むようなマットブラックの箱に、刀華でも知っている超有名菓子店のロゴが金色に輝いている。あからさまに高級品なのだ。周囲を彩るサテンのリボンも上品さを漂わせている。

 

「わぁ……! 良いんですか、こんなの!」

「いやぁ……こいつを受け取るかは、ちょっと最後に判断してほしいんすけど」

 

 喜ぶ刀華に対し、桃井は頬をむにむにと押さえながら煮え切らない姿勢を取る。

 

「……自分は、結構()()()なんすよねぇー……」

「え?」

「この前も、めちゃくちゃ嘘ついちゃったっす。いくら何でも、『転校』と日付だけであそこまで辿り着けないっすよ。元々全部知ってて、そこにたどり着くためのゴールを適当に描いてみただけっす。転校も、元々()()される予定だったんで、ちょっと時期が前後しただけで」

「……何の話です……?」

 

 意図のつかめない言動に、東堂は戸惑いの声を漏らす。

 

 頬を押さえていた桃井は、俯いた姿勢のまま平坦な声で語り始めた。

 

「……月影総理は、この計画を10年前から練ってたっす。絶対に失敗できない……でも、計画遂行には不慮の事故が付き物。現場で情報を観測する『草』の役割が絶対に必要でした」

「……桃井さん?」

「その点、自分は割と卒なくこなしたっす。有力な学生騎士の調査。暁学園に敵対しそうな教職員の内偵。《七星剣王》のプロファイリング。()()()()でゲーム部に入部したのも、勿論その為。あはは、『先輩、タワマン貰ったら仕事辞めるっすよ』って言った時の総理は苦虫を嚙み潰した顔してたっすね」

「……何、何を……」

 

 刀華は、部屋の気温が1~2度下がったように錯覚した。

 

「《飼育》した小動物による情報網構築。それによる計画遂行のフォローとサポート。そういう仕事を与えた人間が居て、『仕事だからしょうがないよね』と受け入れた人間が居た。これは、そういう話っすよ」

 

 桃井新香が顔を上げる。

 

「お見舞いは楽しかったけど……今回は、仕事の話をしに来たっす」

 

 先程までの、可愛らしい後輩で、仲良くなれそうと思っていた少女はどこにもいない。

 ただ、表情を消した一人の魔導騎士(仕事人)だけがそこに居た。

 

 

「先に自己紹介を。内閣情報調査室・特務班潜入工作員(インサイダー)、桃井新香。それが私の正式名です。

 えっへへ……会長。貴女がもしウチの孤児院に引き取られていたら、私たち同僚だったんすよ」

 

 

 そう言って、桃井は気怠げに笑った。

 

 状況の変化に東堂の頭が追い付かないまま、桃井は土産をもう一度差し出す。

 

「―――これは、《七星剣王》から貴女に宛てた物っす」

「…………ッ!」

 

 七星剣王。《天譴》甘木悠。

 その名を聞いて、思わず東堂の身が硬直する。この流れで彼の名前が出てくる意図が読めない。

 

「悪気はない人なんすよねー、ずっと。でも直接会うとテンパって変な事言っちゃうから、私が代わりに来たっす。先輩、会長のことめっちゃ心配してたっすよ」

「……それは、どうも。彼には、どうか気になさらないよう伝えてください」

 

 折れた心は、既に仲間たちが繋いでくれた。東堂刀華は、何度だって彼に挑むつもりでいる。

 

 そんな東堂を見て、桃井は至極嬉し気に頬を緩ませる。

 

「んー……! 流石っすね、東堂会長。惚れ惚れするっす。見た目も可愛いけど、その心が一番美しいっすね」

「……それで……! 桃井さん、貴女は一体何が言いたいんですか……!? 計画、というのは一体!? 《七星剣王》も関わっている事なのですか……!?」

「関わってるどころか主犯格っすねー。で、ここからが本題なんすけど―――」

 

 そう言って、桃井がずいっと身を乗り出す。

 紫色の明るい瞳。そこに、警戒した表情の東堂刀華が映っている。

 

 

「暁計画へ、引き抜きのご案内っす。

 《雷切》東堂刀華さん。近いうちに、《連盟》脱退を掲げた【暁学園】が新設されます。

 この学園は示威的なパフォーマンスとして、近日中に破軍学園へ襲撃を掛ける予定っす」

「な、――――ッ!」

 

 

「でも。貴女がもし《暁学園》に加わってくれるなら―――

 

 

 ―――破軍学園への襲撃は、()()()()()にしてあげられるっすよ」

 

 

 学習した/させられた『極めて正しい笑顔』で、桃井新香はそう言った。

 

 

 ……暁学園の本質的な目的は、《連盟》の権威に泥を塗りたくる事。

 国内初の国立学園から《七星剣王》を輩出し、《連盟》の教育不備を指摘するのが第一の狙い。

 

 そのためには、そもそも《七星剣武祭》の出場権を確保する必要がある。それも、出来る限り《連盟》に煮え湯を飲ませ、世間へ衝撃を与えるセンセーショナルなやり方で。

 

 それが《前夜祭》。

 破軍学園を()()し、選抜メンバーを完膚なきまでに打ち負かすことによって、《暁学園》の強さと破軍の弱さ、ひいては《連盟》の惰弱さを世間に訴えかける。それが狙いだ。

 

 武士の本懐とは、舐められたら殺す事。魔導騎士において、無法は正道を以て撤回させるもの。

 《連盟》は傷ついた世間の信頼を取り戻すべく、暁学園を公の場で正々堂々ブチ殺してやろうと、憤怒と共に《七星剣武祭》出場を認める。そういう算段だ。

 

 

「―――だけど。この《前夜祭》計画は元々、()()()()あったっす。

 前夜祭の目的は、あくまで《連盟》がブチ切れるほどに挑発する事……。手段は何でもいい。

 

 例えば、生徒会長である《雷切》と、七星剣王である《天譴》が、揃って公の場で破軍学園を散々にこき下ろすとかでも。別に、問題なく目的は達成されるっす」

 

「――――――ッ!!」

 

 

 暁学園。破軍襲撃。連盟脱退。

 東堂刀華の頭脳は《天譴》とは違う。怒涛の如く与えられた情報を正しく処理し、全て呑み下す事が出来た。

 その上で、『これは自分の手に負えない』と判断した刀華は、今すぐ机の上の携帯端末を取ろうとして―――。

 

 

「―――言ったら!! ……破軍学園襲撃が、今日になるだけっすよ」

 

 

 裂帛の気合を込めてそう一喝した桃井に圧され、伸ばした手を止めた。

 

「……あんまり難しく考えないで欲しいっす。自分は東堂会長を尊敬してるし、仲良くしたいっすよ。破軍を切って暁に付けば、少なくとも破軍への凶行は止められるっす。ただ単に、《七星剣武祭》の出場校が一校増えるだけ。その後で試合に勝てば問題ないじゃないっすか。……会長の所属は、暁学園になっちゃうっすけど」

「桃井さん……、貴女……ッ!!」

 

 怒りを込めて、東堂刀華は桃井を睨み付ける。

 

 《天譴》甘木悠との戦闘を経て、東堂は如何に自分が周囲に支えられているかを強く思い知った。リハビリに協力してくれる御祓泡沫。すぐ傍でずっと見守ってくれた生徒会の仲間たち。ひっきりなしにお見舞いに来てくれる破軍学園の生徒たち。彼らの存在が涙が出るほど嬉しく、それに相応しい人間であろうと強く決意したばかりだった。

 

 それを裏切れなど、たとえ冗談だとしても許される物ではない。

 

 

「―――私は。破軍学園の生徒会長です。この学園を、強く愛しています。桃井さん。貴女の誘いには、乗れません」

 

 

 手元に霊装の《鳴神》を出現させる。いまだリハビリ中の東堂に、雷を操る力は戻っていない。戦闘力はほぼ0で、Dランク騎士の桃井の方がはるかに強いはず。

 

 ……だが。今の彼女には、『それでも、もしかしたら』と思わせる気迫があった。

 

 

 一触即発の空気が流れる―――前に、桃井はスッと身を後ろに引いた。

 

 

「……そう怒らないで欲しいっす。

 自分も、結構ギリギリの橋を渡ってるっす。さっき説明した第二案は、既に望み薄で廃棄予定だった物。それを引っ張り出して、何とか理屈を付けてただけで……どう足掻いても、襲撃の予定をバラしちゃったのは本当っすから。これがバレれば、自分は一発粛清ものっす」

 

「………!」

 

「ごめんなさい、この場はここで失礼するっす。

 お菓子、ホントに美味しい奴選んだので......できれば、食べて欲しいっす。

 

 ……襲撃予定日は、7()()2()5()()ですから。その日までに、気が変わったら自分に連絡ください。

 

 

 ちなみに。襲撃には、《七星剣王》も来るっす。なので、出来る限り連絡は早めに。

 

 

 ……自分も、別に……破軍学園が焼かれるところなんて、見たくないっすから」

 

 ドアを開け出ていく直前、桃井はそう爆弾を落とした。

 

 東堂が目を見開く。

 《七星剣王》甘木悠が、破軍学園襲撃に参加する。三度己の全力をぶつけ、それでも敵わなかった相手。今もなお遠い天の高みに座す《天譴》が、来る。

 

 頭に冷水を浴びせられたような感覚。己は良い。だが、破軍学園の生徒が傷つくとしたら。

 

「~~~~~~っ……! も、し……私が、《暁学園》に加わったらッ……襲撃は、無かった事になるんですか……!?」

「私の全権をかけて、約束するっす。……それと。他の人に言ったら、その日がXデーになるっすよ」

 

 最後にそう忠告を残して、桃井は病室から出ていった。病院に潜入させていた虫から、別の見舞客の気配を感じ取ったのだ。

 

 廊下を歩いていると、前から複数の生徒が歩いてくる。 

 要警戒対象のステラ・ヴァーミリオンと黒鉄一輝。そして生徒会メンバーだ。

 

「あれ。君は……?」

「あ、どうもっす~。あ゛っ……ステラ・ヴァーミリオン殿下、以前は本当に申し訳ございませんでした……えへへ……」

「フン……別に、もう気にしてないわ。イッキはちゃんと言い返したし、《七星剣王》は言うだけの実力があったもの。だから、貴女ももう気にしなくていいわよ。そもそもあの場に居ただけでしょうし」

「えっへへへ……流石殿下、お心が広い……。じゃ、自分は失礼するっす~」

 

 そう言って、病院に潜ませた虫ごと撤収する。

 桃井の《飼育》は、虫や小動物へ後天的に知性を与える事が出来る。明日にでもまた病院に来て、病院周辺の虫を《飼育》して話を聞き出せばいい。

 

 この後。

 リハビリの手伝いに来た黒鉄たちは、何かを強く思い悩んでいる東堂を心配し、何とか彼女の悩みを解きほぐせないか色々画策することになるが……彼らの頭に、すれ違っただけの同級生が浮かんでくることは最後まで無かった。

 

 彼女が仲間を信じる事を決め、全てを打ち明けるのは―――学園間合同合宿の二日目。

 

 

 

 

 

 

 路地裏を歩く桃井新香の腕に、とてとてと走ってきたイグアナが這い登る。

 

『……で? 色々やりやがって。何が狙いだよ』

「東堂会長が来てくれたら良いなって思ってるだけっすよー。自分は()()()()()()()()しか喋って無いっす。誠心誠意お願いしただけっす」

『嘘つけ。一回しか接触してねえのに相手が転ぶわけねえだろ、雑な勧誘しやがって。

 お前からは一回しか接触されてねえのに、仲間とはこの後何回も顔を合わせるんだぞ。

 揺さぶられた情緒がどっちに転ぶかなんて、分かり切った話だろうが』

「ヒッホホ……あ、これ先輩の真似っす。動揺した先輩の真似~」

 

 見た目に似合わず渋い声で喋るイグアナに、桃井はてへっと可愛く舌を出した。

 

 《雷切》東堂刀華の勧誘は元より決まっていた事だ。月影総理の未来視は万能ではない。その上、因果干渉系を拒絶する《天譴》甘木悠を配下に加えた事で、更に使いづらくなったらしい。今後に備えて使える駒は幾らあっても助かるという事で、桃井に勧誘の任が任されたのだ。

 

 ……本当は《天譴》に勧誘させようとしていたらしいので、桃井が止めておいた。途方もない事故が起きる。

 

「ま、あの場で快諾してくれなかった時点でそりゃ望み薄……というか、0っすよねー。

 おそらく、選抜戦メンバーへ襲撃情報が……そうっすね、3日前くらいには漏れると思うっす。それくらいは悩んでから決断するでしょうね」

『……当ててやろうか。【黒の凶手】へのリトマス試験紙だろ』

「おお、凄い!! 目的の一つが当てられたっす」

 

 破軍学園へのもう一人の潜入メンバー。情報収集役の桃井と、()()()の有栖院凪。

 桃井は有栖院の事を知っているが、有栖院は斥候である桃井の存在を知らない。Need to knowの原則だ。知らなくていい事は通達されない。

 

 【黒の凶手】として知られる凄腕の暗殺者であった彼だが、最近はどうも動きがおかしい。

 友人である黒鉄珠雫に感化され、《暁学園》を裏切る傾向が見られる。

 

 最悪、襲撃計画を何時バラしてもおかしくなかった。なら、こちらで明かした方がまだ状況をコントロールできる。

 

「あえて情報を与える事によって、意識の波を……強弱をつけてやるんすよ。襲撃予定日が決まっていれば、そこに意識が集中するっす。彼がもし()()()()()()なら、絶対にその隙を突く。突かなかったなら……まあ、お察しっすよね」

『襲撃予定の場所に破軍学園が全員揃って現れた時点で、有栖院の離反が分かる、ってか? ……弱いな。理由として弱すぎる。それだけじゃねえだろ』

 

 グルル、と不満げにイグアナが唸る。

 

『破軍学園の生徒全員に襲撃が伝わって、纏まって迎え撃たれたらどうする。《世界時計(ワールドクロック)》が出て来たらどうする。そういうリスクを無視してメリットだけ話すのは感心しねえな、俺は』

「教員でしかない《世界時計(ワールドクロック)》は幾らでもこっちで予定を詰め込めるっす。最悪、こっちは襲撃予定日をズラしても良いんすから。あっちの不在を狙えば済む話っすよ」

『話を逸らすなっての。じゃあ破軍学園の方は……ああ。お前、()()()()()か?』

 

 イグアナが得心したように低く唸る。

 

『人間同士の戦争ってのは心を病むやつが多いらしいな。鍛えられた軍人でさえ、()()()()()()()()()のは躊躇する。"相手が向かってきたから"。"敵だから"。そういう理由を付けなきゃ引き金を引けない人間は、殊の外多い……。成程ねえ。つまりは、《天譴》の()()()()()()か』

「東堂会長がこっちに来てくれるなら最上。

 こっちに来ず、一人で秘密を抱え込んだならプラスマイナスゼロ。

 もし対立姿勢を明確に打ち出してくれるなら、それはそれでこっちには好都合。 

 どう転んでもウチらに損はないやり方っすね~」

 

 元々嫌われており、更に友人は避難させられるとはいえ、同門の生徒へ剣を振るうのはそもそもとして大きなストレスだ。桃井の見立てでは、《天譴》はそういうあれこれを気にしない人間だと思うが……それでも、100%大丈夫だと言えるわけではない。

 

 古巣に歯向かうというのは、非常に心苦しい物だ。

 碌でも無かった孤児院を、出世後にあらゆる手段を使って潰した桃井はそれをよく知っている。

 

 そういう時は、相手がいっそこちらを汚く罵って、敵対してくれた方が、いっそ気が楽だ。

 まかり間違って命乞いなどされてしまっては(たま)らなくなる。

 

『あ~~~……《雷切》との選抜試合(セレクトマッチ)後、甘木をバッシングする風潮が強まったのも。あれもお前のせいか?』

「いや、あれは全然。あれはシンプルに、先輩が強すぎてもう"心"とかでしかケチ付けれなくなったってだけっす」

『あ、そう。じゃあいいや。俺の飼い主が勝者を貶すような奴だったら脱走してたぜ』

 

 そう言って、イグアナは『聞きたい事は全部聞いた、後は全部些事だ』と言わんばかりに桃井の首に巻きつく。大あくびもした。

 

 飼い主が下らない策謀で強者を汚していなければ、後のことは全部どうでもいいのだ。

 彼にとって重要なのは、強い奴がその強さに相応しい報酬を得る事。甘木はその辺り下手で危なっかしいので、兄貴分である自分がまだまだ面倒を見てやらねばならない、と思っている。

 

『にゃむにゃむ……ま、甘木なら後は上手くやるだろ』

 

 この飼い主は、東堂の事を『東堂会長』と呼ぶ。他のゲーム部部員の事は『〇〇先輩』と呼ぶ。

 こいつが『先輩』と呼ぶのは甘木だけだ。

 

 飼い主が信頼し、そして途方もない強さを誇る甘木悠ならば、たとえ何があっても上手くやるだろう。最悪、全員殺せばいいのだ。野生に生きるイグアナは、何故甘木がそうしないのか疑問でさえあった。

 

『満足。じゃ、俺は寝るから。虫共の取り纏めはそっちに委譲するな』

「自由っすねー……ま、良いっすよ。

 ……所詮私たちは斥候なんで、後は実行部隊の皆様が上手くやるようお祈りするだけっす」

 

 飼い主が何かつぶやくのを聞き遂げながら、イグアナはすやりと眠りについた。

 イグアナは一日の半分を睡眠に費やす生き物なのだ。

 




  
書き溜めが完全に無くなったので毎日投稿はこれで終わりです。
出来る限りハイテンポで更新できるよう鋭意努力いたします
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