落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:一般落第騎士

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第十一話

  

 

 黒鉄が《狩人》や《速度中毒(ランナーズハイ)》を破って七星剣武祭の代表入りを決めたらしい。

 

 今年度から新たに始まったレート戦。

 能力値を基に初期レート値を決定するこのシステムにおいて、黒鉄は最初、アホみたいに低いレートで始まった。低レートの相手とは勝っても旨味が薄いくせに、負けた時のリスクばかりはデカい。何となく選抜試合(セレクトマッチ)は同格とやる流れが生まれ、(下剋上を許さない上層部の思惑通りに)黒鉄は選抜戦初期は殆ど無視されていたはずだ。

 

 流れが変わったのは、弱者を甚振りたいというゲス根性で挑んできた《狩人》を返り討ちにしてから。大幅なレート上昇によって"学園の底辺"から"下位グループ"にまで順位を上げた黒鉄は、そこから連戦連勝。ついには生徒会メンバーである《速度中毒(ランナーズハイ)兎丸恋々(とまるれんれん)や《城砕き(デストロイヤー)砕城雷(さいじょういかづち)を破り、《七星剣武祭》へ出場できる上位六名へ名を連ねたそうだ。凄すぎ。

 

 落第騎士だった黒鉄一輝の逆襲、成り上がり。

 きっと俺が知らないだけで、彼には彼の物語があったのだろう。

 

 《無冠の剣王(アナザーワン)》黒鉄一輝。

 《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオン。 

 《深海の魔女(ローレライ)》黒鉄珠雫。

 《黒い茨(ブラックソニア)》有栖院凪。 

 《雷切》東堂刀華。

 《紅の淑女(シャルラッハフラウ)》貴徳原カナタ。

 

 以上六名が、破軍学園における代表メンバーとなる。

 

 黒鉄だけではない。この代表メンバーにも……いや、破軍学園の全校生徒に、それぞれが主役のドラマがあったのだろう。紙一重の勝利とか、涙の敗北とか、試合を通してはぐくまれる絆とか、積み重ねた過去の鍛錬とか。そういう、掛け替えのない彼らだけの物語があったのだろう。

 

 

 

「……………」

「ギャギャギャ! 人の金で食う飯が一番ウメぇ! 肉じゃなくて情報を食ってんのよこっちは。"血税を食ってる"っていう実感が、こう……何でもないケータリングの味を一段引き上げるんだよなァ」

「あーあ。何でもいいですけど、僕の服にソースとか飛ばさないでくださいよォ? これ洗いにくいんですから」

「ギャハ! お前がせっせとピエロ服洗濯してると思うとウケんなァ。冬は冷水で手がかじかんだりしてんのか?」

「勿論。意外と苦学生なんですよォ僕。アッハッハ!」

 

 …………。

 

 まあ。

 

 それを、今から俺たちが襲撃しに行くわけだが。

 

 気が進まなすぎる。

 

 黒鉄たちは、現在『強化合宿』の真っ最中。《七星剣武祭》前の追い込みとして鎬を削り合っているのだ。なんか奥多摩の合宿場で巨人騒ぎが起きたとかで、破軍学園の合宿場が使用停止。仕方がないから、《巨門学園》と合同合宿するために山形まで足を運んでいるそうだ。

 

 俺達は彼らが帰ってくるタイミング……より少し先に破軍学園を襲撃し、その後帰って来た彼らを待ち伏せて襲撃。各個撃破の策を取る形だ。そのためにわざわざ《道化師》平賀玲泉が巨人騒ぎを起こしたらしい。お前のせいなんかい。

 

 バカでかいリムジンの車内では、暁学園の生徒たちがケータリングをつまみながら雑談に興じている。破軍襲撃の緊張は特に無さそうだ。

 

「獣王の咆哮……いや、百獣王の威圧……。王獣服従……くくく、我が真言探求も未だ道半ばよ……(うーん、かっこいい技名考えるの難しいなあ)」

「お嬢様。お嬢様。私のも別バージョン考えてください」

「……伐刀絶技の名前って、何となく『あ、これだ』って頭に浮かんで来る物じゃないの? 魂の形でしょう?」

「フフフ……違うな、サラ。我が司るは『支配』の罪業(ドグマ)(うろ)なる獣に智慧は宿らず、なれば与えてやるのが主の務めよ……(そうだけど、スフィンクスの分は私が考えてあげなきゃダメなの)」

 

 風祭さんとサラ・ブラッドリリーさん、そしてお付きのメイドのシャルロットさんはかなり仲がいい。殺伐としたイメージの暁学園で、あそこだけほのぼのとした会話をしている。

 

 風祭凛奈さんといえばあの風祭グループ、日本でも有数の財閥のお嬢様のため、ここでお近づきになれればもう最高なのだが……女性三人の集まりに、俺が声をかけられる訳も無く。遠くから曖昧な笑みを浮かべて見つめるのが関の山である。

 

 ちなみに桃井は欠席。というか、『自分も暁学園に転校するっすよ〜』と聞いて以来、桃井には一度も会っていない。あれ嘘だったのかもしれん。今から向かう破軍学園に居てもおかしくないと、正直覚悟はしている。俺の説得、控えめに言ってもカスだったし。

 

「…………チッ………」

 

 唯一俺と同じように黙っている紫乃宮だが、かといって彼に話しかける事も出来ない。

 『何でも願いが叶うなんて人生楽勝じゃん! 羨ましいなぁ……』と言って以降、一切口を利いてくれなくなったのだ。なんで?

 

 桃井……ゲーム部のみんな……グアちゃん……!

 

 お前がいないと さみしいよ

 

「……到着です」

「アッハイ」

 

 一人でぽつんとしているとリムジンが止まり、運転手が恭しくドアを開けてくれる。

 

 数週間ぶりの破軍学園は、意外と郷愁を感じる事も無かった。今から破軍学園を解体するわけだが、特に感傷に浸ったりとか全然しない。思い入れがなかったのだろう。せいぜい、ゲーム部部室の高額なPC類が勿体ないと思うくらいだ。

 

 いつも通りの校舎。いつも通りの校庭。いつも通りの()()()()()()()()()()()正門―――

 

 

 ―――は? 何あれ?

 

 

「ギャギャギャ! 良いね、退屈な仕事だと思ってたが……ちょっとは手応えがありそうだ」

 

 車から降りるなり、多々良がそう言って笑う。

 

 それもそのはず。破軍学園の正門は積み重なった机や、異能の生成物であろう有刺鉄線、コンクリート等でガチガチに固められていたのだ。重厚に固められた入口の奥からは、無数の生徒が俺達を睨みつけている。

 

「なんだこれ……()()()()()?」

「ん〜……《黒の凶手》、あるいは《蟲使い》……どちらにせよ、見事にしくじってくれたようですねぇ」

「……え、嘘……襲撃がバレてたって事?」

 

 あまりに信じ難い事態に思考が硬直する。

 

 目の前にそびえ立つ巨大なバリケード。単に資材を積み重ねただけではなく、異能による金属で強化されていたり、門壁には射撃用の銃眼が造られていたりもする。一朝一夕で作ったものではない、明らかに綿密な設計の下計画的に組まれたものだ。バリケードというか、殆ど城壁に近い。

 

「ええ……? な、なぜ……?」

「そういう伐刀絶技持ちが居たか、あるいは内通者、裏切り者が居たか……。理由など幾らでも考えられる。どうでもいい事だ。俺たちの仕事に変わりはない」

 

 長髪を括った和服の男、黒鉄王馬が動じずに言う。

 ……まあ、確かにそうなんだけど。異能が存在する世界で推理とか割と成り立たない感ある。月影総理の上位互換みたいな奴が在野に隠れてても何らおかしくないのだ。伐刀絶技って結構本人の自己申告がそのまま通るしな。

 

 仕事に変更はない。

 今回の仕事は破軍学園の面子に泥を塗りたくり、名誉を地に墜とす事。連盟の教育に問題があると指摘し、譲歩を引き出すことだ。

 

 俺たちの戦果は、それ単体で利益に繋がるモノではない。戦果を国益に変換する政治家(月影総理)の戦いの、いわば前哨戦だ。政治上のパワーゲームにおいて、月影総理により良い手札を用意する事。それが俺たちの使命であり、それを考えれば、むしろ今回破軍学園が抵抗してくれたのは()()とさえ言える。

 

「……どうにかして襲撃を事前に察知して、万全の準備を以て迎え撃とうとして、その上で負けた……。まあ、そっちの方が完全敗北って感じがして良いか……」

「ギャハハッ! おいおい、意外と鬼畜だな《七星剣王》! 勝つことは前提かよ!」

「ククク……正しいな。100%勝つ気で()る!! それが伐刀者の気概というものよ……」

「モラウ=マッカーナーシさんじゃん」

「それフルネームでつっこむ人いるんだ、とお嬢様に代わり私が申しておきます」

 

 風祭さんが胸を張って言うのに思わずそう突っ込んでしまう。中二ならそりゃ読んでるか、ハンターハンター。殺伐とした暁学園において、風祭とは唯一価値観が似通っている気がする。趣味的にはかなり仲良くなれそうなタイプだ。

 

「ァッ、ヘヘ……」

「クク……我の覇気に気圧されたか……。我は七星の上に坐する極点なれば、畏れに身を竦ませるのも無理からぬことよ……」

 

 ……だが、美少女なので無理だ。ついうっかり口を挟んでしまったが、それに反応されるとキョドる事しか出来ない。世のみんなはどうやって女子との会話経験を積んだんですか? 誰か教えてください。

 

 

「……けい、警告する!! それ以上近づくな!! 名を名乗れ、見知らぬ集団よ!!」

 

 

 バリケード前で呑気な会話をしていたのが不味かったのか、門の向こうから声が飛んでくる。同じ破軍生徒だとは思うが、誰の声かは分からない。まあ、多分三年生か生徒会メンバーだろう。

 

 

「此処は《国立魔導騎士連盟》が管理する破軍学園の敷地内だ!! 許可無き侵入に対しては、ぶ、武力を以て処罰することになるぞ!!」

 

 

 銃。弓。鉄扇。多分遠距離武器なのであろう霊装たちが、バリケードに用意された銃眼越しに俺たちへ突き付けられる。

 

 だが、暁学園の生徒たちはどこ吹く風といった感じだ。勿論、俺を含めて。

 

「ケッケッケ……キョッキョッキョ……ニョホニョホニョホ……面白すぎて、どう嗤ってやろうか迷いますねェ……あまりに哀れで、一周回って抱きしめてやりたくなるくらいです」

「性格悪~。ま、同感だがなァ」

 

 警告をゲラゲラと嘲笑しながら、《道化師》平賀が前に進み出る。

 相手の決死の抵抗が面白い。痩せこけた獣が必死に威嚇してくるような、そんな挫ける事が決まっているどうしようもない"精一杯"を、ぐちゃぐちゃにしてやるのが愉快で堪らない。そういう笑みだ。

 

 

「レディィィス、アェンドゥ、ジェントルメェェンンンンンンンンッ!!」

 

 

 芝居がかった身振り手振りと共に、平賀が叫ぶ。

 

「楽しいお出迎えをどうもありがとうございます、破軍学園の皆さん。どうやら僕たちの()()()()を聞きつけて、歓迎の用意をしてくださった様子……。感謝の言葉に尽きません。我々も皆様に負けぬ、素晴らしいステージをお見せしようと一同奮起しておりますとも」

「黙れっ……! いいか、これが最終警告だ! 速やかに破軍学園の敷地から出ていけ!! 警告に従わない場合、連盟規則に基づき抑止攻撃を行う!」

「ンンンン、掴みは十分! しょっぱなからステージの熱気はクライマックス、なればこちらも十全を以てお相手いたしましょう……! さあ、驚天動地の絶技を目を見開いてご覧ください!!」

 

 心底楽し気に慇懃無礼な挨拶をかましつつ、平賀が背後に回した手で俺にハンドサインを送る。

 

 

 『攻撃開始』の合図。それに従い、スゥ……と破軍学園全体を()()()()()()

 

 

 ―――剣術について、様々な人に技術を尋ねられた事がある。足運びだとか、握りだとか、腕の振り方だとか。

 

 その全てに対し、俺は『斬りやすいように斬れば十分だと思う』としか答えられなかった。

 動きやすいように動けばいいし、斬りやすいようにやれば良い。それ以上の事を尋ねられても、非常に申し訳ない事に上手く言語化できなかった。

 

 今俺たちを睨み付け、魔術を撃ち出さんとしている人たちは、俺よりずっと立派だと思う。勝てない相手にも勇敢に立ち向かっているからだ。襲撃の情報を知ってるなら、逃げれば良かったのにも関わらず。

 

 俺には出来ない。俺は、多分、俺より少し格下程度の相手にもビビってしまうから。

 

 そういう立派で真面目な人達を襲撃するのは、正直に言って本当に心苦しい。政治とは、戦争とは本当に残酷な物だと思う。……だが、これは仕事なのだ。嫌な事をしてお金を貰うのが世の中のシステムなのだ。俺に出来る事は、月影総理の命に従って剣を振るう事だけ。

 

 ……そう考えると、こうやって向かってきてくれるのは()()()かもしれない。

 ちゃんとした人達だから、俺もちゃんとしようと素直に思える。

 

「さぁさぁ、ご注目ご注目!! タネも仕掛けもございません!! おっと御捻りは結構、お代は皆々様の命……ではなく、名誉でお支払いいただきます!!」

「……ッ、最終警告は拒絶されたと判断する!! 総員、攻撃用意!!」

 

 平賀が楽しそうに煽り、破軍の生徒たちが魔力を励起させる。

 緊張が飽和状態となり……そして、決壊する。

 

 

「第一演目―――――《七星剣王》による、切断マジックです!!」

「「「撃てぇぇぇぇぇえぇええええええぇぇぇぇえええええええええ!!!!」」」

 

 

 その時。

 

 三つのことが同時に起こった。

 

 俺は合図に従い、破軍学園の隅から隅まで視線を走らせた。

 破軍学園の生徒たちは、それぞれの《伐刀絶技》を解き放った。

 

 そして、三つ目。

 

 

「うぉおぉおおおぉぉおぉおぉおおおおおおおおぉぉぉおおおおおおお――――!!!!」

 

 

 空中に出来た()()()()()

 それを超高速で駆け抜けたバスが、超高高度から突如として降ってきたのだ。

 

 

 ―――俺たちの()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――暁学園という集団が、襲撃をかけてきます」

 

 終盤にかけて激化していった選抜試合(セレクション)

 奥多摩での巨人騒ぎ。《巨門学園》との合同合宿。

 その中で学園の尊敬を勝ち取り、己を認めさせた《落第騎士(ワーストワン)》の英雄譚。

 

 甘木悠の与り知らぬ、彼らたちの物語。

 模擬戦を繰り返し、互いに教え合い、《七星剣武祭》に向けた新技の試行錯誤を行う、切磋琢磨の日々。

 

 その日々が、東堂刀華の氷を溶かした。

 黒鉄一輝たちの説得と、成長、そしてコーチ陣の指導が、東堂刀華に『これならば』という思いを抱かせた。

 

 合宿二日目。東堂刀華は破軍学園の代表生徒を集め、己の知る限りの情報を開示した。

 きたる7月25日。【暁学園】という出所不明の集団が破軍学園へ襲撃をかける事。自分はその勧誘を受けた事。彼らの戦力も、背後関係も、裏に居るであろう黒幕(フィクサー)も一切が不明な事。

 

 ……己が暁学園の勧誘を受ければ、少なくとも破軍学園への襲撃は避けられること。

 

 そして。

 その上で、己と一緒に戦ってほしいこと。

 

 全てを打ち明けた東堂刀華に対し、黒鉄一輝たちの答えは一つだった。

 

「―――勿論。なーんだ、()()()()()()もっと早くに言ってくれて良かったのに」

「フフフ。副会長と同じ気持ちですよ、私も。家族でしょう? どんな理由だって、すぐに頼ってくれていいんです」

 

 東堂に全幅の信頼を置いてくれる、御祓泡沫と貴徳原カナタ。

 

「良く分からなかった所もあるけど……悪い奴らが襲ってくるなら、私が全員ブチのめしてやるわよ!!」

「今の話のどこに分からない要素があったんですか……? やはり、胸ばかり育って脳に栄養が……」

「はいはい、そこまで……。会長、話してくれて有難う御座います。その上で、むしろ僕の方からお願いします。僕も、破軍学園の為に戦わせてください」

 

 気炎を上げるステラ・ヴァーミリオン。捻くれながらも、決して否定意見は述べなかった黒鉄珠雫。真っすぐに東堂刀華を見つめ、一切悩むことなく快諾してみせた黒鉄一輝。

 

 そして。

 

「……ッ……、あ、たし、は……」

 

 《黒い茨(ブラックソニア)》……いや。《 ()()()()》、有栖院凪。

 

「お願い……あたしにも、勇気を出させて……! あたしは、もっと深く暁学園の事を知ってるわ……!!」

 

 破軍学園に潜り込みながら、黒鉄珠雫との友情を経て心変わりした、《解放軍》きっての暗殺者。彼の情報提供によって、東堂刀華たちの作戦は決定されたのだった。

 

 

 

 

 

 

「(―――狙い通り、着弾成功!! 無警戒な頭上に、旅客バスを質量兵器としてぶつけてやった……!! 相手の被害は!?)」

 

 東堂刀華たちの取った作戦は、言葉にすれば至極単純な物であった。

 

 狙いは、破軍学園生徒たちとの挟み撃ち。

 

 合宿予定より数時間早く山形を出発した刀華たちは、破軍学園から少し離れた山合いで、《影》を操る概念系能力者である有栖院凪の能力によって()()()()()()待機。

 

 暁学園の物と思しき車が学園前に乗り付けた時点で行動開始。物質化した有栖院の影、そして東堂刀華が操れるようになった砂鉄でレールを形成し、電磁加速によって己たちごと射出。無防備な背後かつ頭上から暁学園を強襲し、痛打を与える。そういう計画であった。

 

「黒鉄くん! 怪我は!?」

「問題ありません!! こちらも墜落直前に上手く脱出出来ました!!」

 

 もうもうと立ち込める砂埃の中、黒鉄たちと声を掛け合う。バスごと特攻する大胆な策は、意外と血の気が多い東堂の提案だ。誰一人傷を負う事なくそれを達成できたことに、確かな手応えを感じる。

 

「(いや、まだ此処からだ……!! 《天譴》なら、この程度どうとでもしてくる……!!)」

 

 狩人は、獣が獲物を仕留める瞬間を狙うと言う。敵が攻撃に移る瞬間こそが最も無防備で、だからこそギリギリまで魔力を隠匿してそこを突こうとした。実際、それは成功した。

 

 だが。《天譴》なら。あの才能の化身のような存在であれば、必ずどうにかしてくる。破軍学園において誰よりも彼と向き合ったと自負する東堂刀華だからこそ、それが分かるのだ。

 

「……お願い、《鳴神》……ッ!」

 

 己の固有霊装(デバイス)の名を呼び、刀を強く握りしめる。

 

 

「……驚いたな。相手にも、マトモな頭を持つ奴が居るらしい」

 

 

 風が吹き荒れる。砂埃が一瞬にして吹き飛ばされ、視界が開ける。 

 ごうごうと(たけ)る風の中心点には、長い野太刀(のだち)を携えた和服姿の男。そしてその周囲には、それぞれの方法で己の身を守った【暁学園】の生徒たちらしき姿が見える。

 

「(……無傷、か……ッ!)」

 

 東堂刀華の思考が加速する。

 奇襲は完璧だったはずだ。風使い、なら空気の振動で察知された? いや、他の生徒を守っていない。彼らは彼らでどうにかする手段があったのだ。つまり、この奇襲は完全に失敗した。

 

「(いや、まだ次善策がある……! )」

 

 これで終わるわけがないと、自分でも思っていたではないか。そう己を奮い立たせ、東堂刀華は強く前を見据える。

 

 一方、黒鉄一輝は目の前に居る男の存在が信じられないとばかりに震えた声を上げた。

 

「―――兄さん!? まさか、貴方まで暁学園に……!?」

「……はあ。そして、見れば分かる事をわざわざ聞く愚かな男が一人。俺はとうに黒鉄家(おまえたち)と縁を切った身。馴れ馴れしく話しかけるな」

 

 黒鉄王馬。黒鉄家の長男。《連盟》日本支部を統括する黒鉄巌の実子であり、武曲学園に所属する学生騎士であるはずの男。その血筋的にも身分的にも、最もテロ組織である【暁学園】に居てはならない存在だ。

 

 一輝や珠雫たちが王馬と言葉を交わす中、ピエロ服の男が腹を抱えて哄笑する。

 

「アッハハハハハ! あー……面白い。紛争地帯で子供が爆弾抱えて突っ込んだ時のことを思い出しますねェ。貴方たちもそういう(くち)ですか? 誇りの為なら死んだってイイ? あはは……そういう奴の顔を、ぐっちゃぐちゃのドッロドロにしてやるのが僕の趣味でしてねェ……」

 

 一瞬。東堂には、平賀の顔が()()()()と潰れたように見えた。目の奥に広がる果ての無い虚無。一目で見て分かる邪悪。世界を丸ごと穢すような、汚濁の如き底なしの悪意。

 

 思わず漏れ出してしまった、"傀儡王"の片鱗。

 

 それに、東堂刀華は怯まない。彼女の背中には今、破軍学園の生徒全てが乗っているからだ。

 護る為に戦う時の彼女は、精神的重圧を力に変える事が出来る。背負う物が大きければ大きいほど、彼女はなにか、理屈にない強さを発揮できるのだ。

 

「…………ッ!! 貴方たちの目的が何であろうが、私はこの学園の生徒会長です!! 生徒への乱暴狼藉は許しません!!」

「プッ……ククク、アーッハッハハハハ!! 東堂さん、東堂会長、東堂刀華!! 貴女は僕の『お気に入り』決定です、こんなに哀れな空回りは久しぶりに見た……ッ!! あー、お腹痛い」 

 

 啖呵と共に刀を向けた刀華へ、《道化師》平賀は余計おかしいと言うように笑い転げる。

 

「僕たちがコミックの悪役のように見えましたか? ヒロインの首に刃が迫る直前、ヒーローたちの登場によってギリギリで阻止できるって? あー、面白い。乱暴狼藉は許さない、と言いましたね、東堂会長? そんな貴女にこんな事言うのは非常に恐縮なんですが……」

 

 パチン、と平賀が指を鳴らす。

 

 

乱暴狼藉(それ)なら、ついさっき終わりましたよ」

 

 

 瞬間。

 平賀の背後にそびえ立っていた、破軍学園の校舎が崩れ落ちた。

 

 校舎だけではない。バリケードの奥で霊装を構えていた生徒たちも、全員が意識を失って倒れている。《幻想形態》による精神ダメージが、彼らの意識を全て刈り取ったのだ。

 

「――――――ッ!?」

「あー、最高ですねェその顔。ケ~ヒャッヒャッヒャ、ド~ウケシケシケシ! んんん、彼に負けないキャラ付けというのは難しい……」

「……《天譴》、ッ……!!」

 

 平賀の嘲笑に合わせ、東堂は視線を移動させる。バスの落下でも傷一つ負わず、特に避ける様子も無かった一人の男。《天譴》、甘木悠。今代最強の学生騎士。

 

 不意を突いた一撃で倒せるとは思っていなかった。

 傷を負うとさえ、心のどこかでは信じていなかったかもしれない。

 

 しかし、まさか、攻撃を中断させる事さえ出来ないとは。

 

 そんな戦慄と共に、東堂は甘木へ震える声で意図を問う。 

 

「……甘木くん……! 貴方は、何故こんな事を……!?」

「あー……まあ、仕事ですから。ちゃんと《幻想形態》なので、誰も死んでは無いですよ」

 

 何とも気まずそうに、《天譴》甘木は目を逸らしながら返した。 

 

 仕事。その言葉に、東堂は内心で歯噛みをする。

 

 甘木悠は決して悪人ではないと、東堂刀華は知っている。何と表現すればいいのか分からないが、彼の人格はその力量に反して非常に卑近的なのだ。決して犯罪に手を染めるような人間ではない。そんな彼が、明らかな不法行為である破軍学園襲撃に参加したという矛盾。操られている様子もない。己の意志でそれに参加したという不合理。

 

 

「(暁学園のバックは……おそらく、私が思っていたより何倍も大きい……!!)」

 

 

 それはつまり、黒を白に出来るほどの権力者が暁の背後に居るという事だ。

 

 心から『あって欲しい』と願っていた説得の目は消えた。

 これが仕事なら。権力争いの一端であるなら、甘木悠は決して此方に寝返ったりはしないだろう。甘木悠という人間を理解しつつある刀華には、それが痛いほどに分かってしまった。

 

「ん~……ま、友情に(ほだ)されて寝返るバカは有栖さん一人で十分ってことですねェ。加えて、《七星剣王》は破軍学園で嫌われていたみたいですしィ? 説得の根拠になる友情さえ、貴女がたには碌にありゃしなかったって訳ですがねェ!!」

「……………ッ!!」

え、俺って嫌われてたの? うそじゃんね?

 

 有栖院の裏切りさえ察知されていた事に、東堂は強く己の《鳴神》を握り締める。

 

 事前の取り決めでは、既に木の陰に隠れた有栖院が状況に合わせ味方のフォローをする手筈だった。意識外の、しかも味方であったはずの《黒の凶手》による一撃。伏せ札として用意していたはずのそれさえ、既に見抜かれている。

 

「クックック……それで、どうしますゥ? 今からでも暁学園に土下座して謝って、公共放送で破軍学園への罵詈雑言を24時間垂れ流してくれるなら……まあ、我々としてもこのあたりにしておいても良いんですがねェ?」

「ギャギャギャ! あーあ、生徒会長も可哀想に。ところでお前、笑い方戻したのか?」

「おっと。ドーウケシケシケシ!」

「無理があると思うなァ」

 

 暁学園の生徒たちは既に勝利を確信したように、そう漫才じみたやり取りをしている。

 

 事実として、既に破軍学園の校舎は倒壊したのだ。視線で斬るという、《道化師》平賀をして訳の分からない理屈で斬った《天譴》甘木悠によって、暁学園の目的は半ば達成されている。

 

 

 奇襲は失敗に終わった。

 挟み撃ちのはずの戦略は瓦解した。

 今から東堂達は、《七星剣王》擁する暁学園相手に、ごく少数のメンバーで戦わなければならない。

 

 

 平賀の口が嘲笑うように歪む。

 どう考えたって、勝ち目はゼロに近い。

 暁学園の全員がそう考えた。

 

 

 

 ……東堂刀華は、そう思わなかった。

 

 

 

「―――――()()()()()()()()()

 

 

 

「「「~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」」」

 

 重力が、暁学園の全員を押し潰した。

 

 通常の何十倍以上の重力を叩きつけられ、地面がピシピシと細かく砕けていく。破軍学園の生徒たちを巻き込まず、暁学園の生徒たちのみを効果対象に絞った絶技。それは、これほどの出力がたった一人の人間によって完璧に制御されている事の証だった。

 

 

()()()()()()、ってやつだ……。ま、根性見せてくれた《雷切》のお嬢ちゃんへ、ちょっとしたプレゼントって感じだな」

 

 

 頭上から声が降る。

 ふわふわと着物の裾を揺らしながら、上空から一人の女性が戦場へ降り立つ。

 『重力』を操る自然干渉系伐刀者。KOK世界ランキング第三位。日本において最強クラスの魔導騎士。

 

 破軍学園の強化合宿において、新任教師である新宮寺黒乃の伝手で呼び出された()()()()()。彼女は東堂刀華による決死の説得を受け、ほんの『気紛れ』を起こした。虐めても虐めても食らいついてくる彼女の事が気に入って、"一回くらいなら彼女の為に戦ってやってもいいか"という気になったのだ。

 

 成長だけでは、説得だけでは足りなかった。

 彼女こそが、東堂刀華に勝機を見出させた最後のピース。

 山中に待機しておき、一度目の奇襲を受けて『奇襲はこれで終わり』と無意識に警戒が緩んだ暁学園生徒へ痛撃を喰らわせる。状況に合わせて臨機応変(フレキシブル)に動く、伏せ札にして切り札(ジョーカー)

 

 

「それで……うちは、誰を相手にすりゃいいのかな?」

 

 

 運命を超越し、重力を振り切り、宙で独り笑う夜叉。

 

 《夜叉姫》西京寧音。

 

 彼女は、そう言って不敵に笑ったのだった。

 

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