落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:一般落第騎士

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第十六話

 

 

 

「……分かっていた事だけど。やっぱり、甘木くんの強さは凄まじいね」

 

 観客席。 

 眼下で行われた《天譴》甘木悠 対 《鋼鉄の荒熊(パンツァーグリズリー)》加我恋司の試合を観戦しながら、黒鉄一輝はそう呟いた。

 

 加我の首を断った、鋭く薄い魔力の刃。

 技の出、攻撃力、隠密性、どれをとっても最高レベルの初見殺し。

 

 伐刀者によっては、これを習得するだけで一生を費やす者もいるだろう。実際、それだけの価値がある技だ。KOKリーグでも、これ一本で暫く食っていけるだろう絶技。それが、甘木悠にとっては"ちょっと便利な小技"程度でしかない。見上げる天の高さを再認識し、黒鉄は武者震いした。

 

「フン……。最初から分かっていた事です。いまさら尻尾を巻くくらいなら、そもそも《七星剣武祭》を辞退したって良かった。私達は『それでも』と、《天譴》に挑む事を決めたのですから」

「……ああ。その通りだ、珠雫。こんなに強い騎士が同年代に居てくれた事、僕は感謝してるよ」

 

 これほどの高みを。これほどの試練を、与えてくれてありがとう。

 

 『少しのことにも、先達はあらまほしきことなり』とかつて日本の随筆家は言った。

 全くもってその通りだと黒鉄は感じる。術理においても剣技においても己の遥か高みにある先達(天譴)の存在が、有難くて仕方ない。兄の王馬やステラ程ではないが戦闘狂の気がある彼は、挑戦者(チャレンジャー)としてどこまでいけるかが楽しみだと獰猛に笑った。

 

「もう。二人で盛り上がられると、ちょっと寂しいわぁ」

「ホントよ。でも、良い事言ったわね。相手がいくら強かろうが、諦める理由にはならないわ」

 

 闘志を燃やす黒鉄兄妹を、二人の伐刀者が苦笑交じりに見守る。

 元々の友人である《黒い茨(ブラックソニア)》有栖院凪と、諸星雄大に招かれたお好み焼き屋『一番星』で知り合った《白衣の騎士》薬師(やくし)キリコだ。

 

 廉貞学園の3年生である彼女は、《七星剣武祭》に出場できるレベルの騎士でありながら、既に医師としても活躍している才媛だ。珠雫と同系統の、水を操る自然干渉系の能力者。水を介して他者の人体に干渉する、超一流の治癒魔法の使い手でもある。

 

 騎士としての活動に専念すればAランクは確実と噂されており、今大会においても有力候補と見られている内の一人だ。

 

「……薬師さんの相手は……」

「暁学園所属、紫乃宮天音(しのみや あまね)ね。どこか掴みどころがない、ぽやぽやした感じの人だけど……容赦はしない。必ず勝ってみせるわ」

「……どうか、気を付けてください。彼は……どこか、"不気味"ですから」

 

 気合を(みなぎ)らせる薬師キリコへ、黒鉄一輝はどこか歯痒げにそう忠告を送る。

 暁学園所属、紫乃宮天音。《未来予知》の因果干渉系能力を自称する美顔の青年。 

 

 暁学園が《前夜祭》作戦で鮮烈なデビューを飾るよりも前に、一輝は彼に出会ったことがある。商店街で偶々(たまたま)出会った彼は、『黒鉄の熱烈なファン』だと自称し、黒鉄を大いに応援してくれたが……なぜか、黒鉄は彼に言いようのない()()()()を感じているのだ。

 

 好意を寄せられているにも関わらず、どうしてか素直に喜べない。嫌悪感に近い感情を抱いてしまう。彼が暁学園の一員だと知る以前から、既に黒鉄一輝は彼の事が好きになれなかった。理屈が分からないこの感情に、黒鉄一輝自身も戸惑っている。

 

「ふぅん……? 達人の黒鉄君がそう言うなら、彼には余人には計り知れない何かがあるのでしょうね。忠告ありがとう、覚えておくわ」

「はい。不安にさせるような事を言って申し訳ないです。どうか、気を付けて―――」

 

 

「―――あれ。ひょっとして、僕の話してた?」

 

 

 バッ、と全員が驚愕の表情と共に振り返った。

 廊下の奥の暗がりから、少女のように高い声が響いてきたのだ。

 彩度の薄い金髪に、幼く甘い顔立ち。そして、何かが抜け落ちたようなヘラヘラとした笑み。

 

 《凶運(バッドラック)》紫乃宮天音が、そこには立っていた。

 

「……天音、くん……」

「本人の居ないところで悪口を広めるなんて、酷いよイッキ君。そういうせせこましいネガキャンが君の言う"努力"なのかい? 傷ついたなぁ。ま、どうでもいいけど」

 

 ニコニコと空虚な笑みを浮かべながら紫乃宮は黒鉄をすりぬけ、警戒した表情を浮かべる薬師キリコの前に立つ。

 

「えーと……薬師キリコさんか。どうも、初めまして」

「……どうも。紫乃宮くん、ちゃんと対戦相手の事を調べるような性格だったのね。感心したわ」

「え? いや、たかが五十音の六乗、156億2500万分の1を当てられない訳が無いっていうか……まあいいや、どうでも。で、何か()()()()()()のかな?」

「………は?」

 

 意図が読めない紫乃宮の発言に、薬師キリコが少し戸惑う。

 黒鉄たちが話している所へわざわざ訪れたのは紫乃宮の方だ。それでこちらへ用件を尋ねるなど、訳が分からない。

 

「……意味不明よ。貴方がこっちに来たんでしょう、貴方こそ何か用があるんじゃないの?」

「うーん、こっちも別に無いんだけど。何だろうな。女神は僕に何をさせたいのかな? わざわざ此処に来た以上、何かはあると思うんだけど……。じゃあ、他の人はどうだろう?」

 

 ブツブツとそう呟くと、紫乃宮はグルリと首を回し視線を一周させる。

 

「黒鉄くんは? 珠雫さんは? そこに居る裏切り者の有栖院さんは? 誰か僕にとって"都合の良い事"をしてくれる人は居ないのかな? 今すぐ棄権してくれるとか、薬師さんを串刺しにしてくれるとか、何でも(どうでも)良いよ。あははっ」

「天音くん……君は、一体……?」

 

 明らかに常軌を逸した紫乃宮の言動に、黒鉄が幾ばくかの警戒を滲ませてそう問う。

 

 今の紫乃宮は、()()。以前出会った時と、あまりにも様子が違い過ぎる。

 言い表すなら……何処(どこ)までも、空虚。原因不明の嫌悪感や、訳の分からない不気味さを感じる事さえもはや無い。人として大切な物が……いや、"人そのもの"が抜け落ちているようにさえ思える。

 

「あ」

 

 紫乃宮がそう声を発した瞬間、薬師キリコの胸ポケットから着信音が鳴り響く。

 

「……どうぞ? 多分、出た方が良いよ」

 

 笑顔でそう促す天音。 相手が作り出す得体の知れない流れに呑まれている事を感じながら、薬師キリコが舌打ちと共にスマートフォンを取り出し……連絡先の表示を見て顔色を変える。

 

 表示名は『薬師総合病院』。彼女が院長を務める総合病院だ。

 

「はい、もしもし? 試合直前よ、一体どうしたの?」

『先生!! た、大変! 大変なんです!!

 

 

 ―――当院の()()()()()()の容体が急変して、危篤状態なんです!!』

 

 

「は―――!?」

 

 電話越しにそう大声で訴える涙声に、薬師キリコの思考が止まる。背後から鳴り響く喧騒。ストレッチャーの移動音。電話相手が嘘を吐いていない事はすぐに分かる。が、いくら何でも脳の処理限界を超えていた。

 

 薬師キリコは《七星剣武祭》に参加する際、広島の病院患者全ての容態を事細かにチェックした。自分がここを留守にしている間、誰一人苦しい思いをする患者を出さないように。万全の検査を行った上で、『これなら一週間程度は留守に出来る』と判断して《七星剣武祭》の参加を決めたのだ。

 

 一人二人なら、まだ分かる。己の腕が未熟だったと猛省し、今すぐ広島の病院へ取って返すまでだ。だが、それが『全員』となると、絶対に有り得ない。何者かの作為を疑うほうが自然だ。

 

 ……例えば、今目の前で溜息をつく女顔の青年などの。

 

「あー……はいはい。ここに来たのは、直接対面しないと『因果』を動かしにくかったからか……。()()い力。僕にはお似合いだから、どうでも良いけど」

「貴方……! うちの患者に何をしたの!?」

「さあ? ま、電話の続きを聞いた方が良いんじゃないですか?」

『そ、それで……入院患者さんがみんな熱に浮かされたように、"薬師キリコが戻ってくれば完治する"って繰り返して……! こちらが何を言っても何をしても、皆さまずっとそれだけを譫言(うわごと)のように繰り返してるんです!! も、もうこんなの、病院(こっち)だけでは対処できませぇん!! お願いです、帰ってきてくださぁああああい!!』

「――――――ッ!? とにかく、すぐそちらに向かうわ! ヘリはもう回してるのね!? 私が戻るまで、何とか患者をもたせてちょうだい!」

 

 高熱による譫妄(せんもう)において、患者が失見当識(しつけんとうしき)に伴う錯乱した言動を行う事例は存在する。今回はそれが、"天文学的な確率で"全て一致したのだ。

 薬師キリコは混乱の極みの中にありながらも、何とか電話先へ対応を指示。移動用のヘリがこちらへ回されていることを確認すると、焦りと共に電話を切った。

 

「貴方……!!」

「良かったですねー。あなたが戻るだけで、患者全員が奇跡の恢復(かいふく)を起こすんですって。ネットニュースに載るんじゃないですか? 感謝されこそすれ、怒られる理由が分かりませんね。―――だから、離せよ。不愉快だなぁ」

「…………ッ!」

 

 怒りのままに紫乃宮の胸倉を掴んだ薬師キリコへ、紫乃宮は顔をしかめる。

 彼が体重移動と共にキリコの腕を握ると、まるで魔法のようにキリコの手は彼の胸倉から(ほど)け、キリコはたたらを踏んだ。

 

 傍で見ていた黒鉄が静かに瞠目する。今の体術は、非常に洗練された物だった。姿勢や歩き方は明らかに素人そのものだった紫乃宮が、突然武術の達人もかくやという骨法(こっぽう)を披露した事に、内心で驚愕する。

 

「さ。どうぞ行ってらっしゃい、ドクター・キリコ。あ、別に僕へ治療費とか払わなくていいですよ。僕、ブラックジャックと同じで無免許医なので。あはは」

「……説明するつもりは無いのね」

「まあ……正直、僕も説明できないんですよ。僕じゃなくて、女神が決めた事ですから」 

「…………ッ」

 

 最後に紫乃宮を一睨みしてから、薬師キリコは到着するであろうドクターヘリの着陸地点へ走っていった。一刻を争う状況に、はぐらかし続ける不気味な相手。これ以上は時間の浪費だと判断したのだ。

 

 後には、つまらなそうに佇む紫乃宮と、彼を遠巻きに眺める黒鉄たちが残された。

 

「……()()が、君の本当の能力か。紫乃宮くん」

「ん?」

「君の戦績を調べた事がある。六戦六勝、全て"不戦勝"による勝利。……《前夜祭》において、御祓副会長の相手をしたのも君だったよね。守勢に回ればほぼ無敵に近い彼を倒した時点で気づくべきだった」

「………へえ?」

「因果干渉系に最も有効な手段。それは、"より強い因果干渉系能力で上回る"事。未来予知なんかじゃない……君の能力は、もっと無法な物。―――『願った通りに因果を書き換える力』なんだ」

「………………」

 

 己の推理を開陳する黒鉄を、紫乃宮は冷めた目で見つめていた。

 

 実際の所、黒鉄の推理は的中している。しかし、それで紫乃宮が動揺するような事は無い。

 己の能力を言い当てられた。今後の《七星剣武祭》で不利になるかも。

 そんな懸念は、紫乃宮にとってどうでも良い事だからだ。そもそも、知ったからと言って対策できるようなものではない。いや、たとえ対策されたとしても、最早構いやしない。

 

 何もかもがどうでも良い。

 《天譴》に出会って。彼の力を思い知って。

 ―――あの極光を見て、紫乃宮天音の心はポッキリと折れた。

 

 無敵だと思っていた《過剰なる女神の寵愛(ネームレスグローリ―)》は、実のところ無敵でも何でもなかった。

 もっと理不尽で、強く、神々しく、絶対的な物が他にあった。

 

 因果干渉系の極みとさえ言える能力を有する紫乃宮には、分かってしまうのだ。

 自分は、絶対に《天譴》に勝てないと。己に注がれている女神の寵愛ごと、あの男には斬って捨てられる。己に憑いている女神の力は、別に最強でも何でもないのだと。

 

 紫乃宮の力は()()()()()()()。その程度の物に、自分の人生はずっと踏み(にじ)られ続けていた。親からは能力だけを目当てに育てられ、彼らの望みが叶わないと折檻を受けた。周囲からは(うと)まれ、妬まれ、心を許せる友人など誰一人いなかった。誰も天音という人間を見ず、背後にある巨大な能力だけを有難がった。そんな人生を送って来た。

 

 

 ―――心のどこかで、"仕方がない"と思っていたのだ。

 

 

 《過剰なる女神の寵愛(ネームレスグローリ―)》は絶対だから。この力に勝てる者など誰も居ないから。自分の人生がこの能力に踏み潰されているのは、不可避の災いなのだと思えた。"誰かに見て欲しい"という自分の願いは、叶わなくて当然なのだ。そう自嘲することで、紫乃宮は卑小で()んだ慰めを得ていた。

 

 その前提が木っ端微塵に破壊されたとき。

 『己の能力は実はちっぽけな(ゴミ)で、そんな物に台無しにされた己の人生はもっと矮小な(ゴミクズ)だった』と思い知って―――紫乃宮天音は、もう、何もかもがどうでも良くなった。

 

 

「……黒鉄くんって、可哀想だね」

「―――なに?」

「誘蛾灯に群がる虫みたいだ、君たちは。炎に巻かれるのが分かり切ってるのに、飛ぶことがやめられない。死に向かって飛翔する(ろう)の翼。人生楽しそうで良いね。羨ましいよ」

「……ッ、貴方! お兄様に向かって何を……!」

 

 

 もう語る事は無いと、紫乃宮は彼らに背を向ける。

 能力の答え合わせなどする必要も無い。

 これ以上彼らの相手をする必要だって無い。

 

 自分と同じ境遇でありながら足掻こうとする《落第騎士(ワーストワン)》が憎く、何とかしてその顔を歪ませてやろうと思っていた。もう遠い昔の事だ。今の自分にそんな気力は無い。

 

「棄権した方が良いよ。心から、善意100%の忠告」

 

 そう言って、紫乃宮は振り返らずに歩いて行った。

 

 どうして、人は勇気を出してしまうのだろう。彼らの本能は恐怖し、『逃げろ』と警告を発してくれているのに。どうして人はそれを無視し、前に進もうとしてしまうのだろう。

 

 

 天音にとって、重要な事実が一つ。

 ―――トーナメント表の操作は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 制御を完全に手放した《過剰なる女神の寵愛(ネームレスグローリ―)》は、以前にも増してその威力を強めた。所有者である紫乃宮天音ですら把握できない女神の手によって、因果は(うごめ)いた。女神が成功を補助した、別の計画が存在する。《連盟》以外の思惑があと()()()()()、《七星剣武祭》に絡んでいる。

 

 女神が己に―――こんな塵屑(ゴミクズ)に何をさせようとしているのか。天音は知らない。どうでも良い。

 ただ、祈るだけだ。敬虔な信者のように(へつら)い、(たてまつ)り、乞い願うだけ。

 

 どうか。

 

「―――どうか、僕を幸せにしてください」

 

 精神的幸福は、もう諦めましたから。

 僕の人生が平穏で、都合良く、下らない女神様(ゴミ)の慈悲で飼い殺して貰える物でありますように。

 それ以外はもう、何も要りません。

 

 ただそれだけを祈り、紫乃宮は暗がりへ消えていった。

 

 

 後日。

 薬師総合病院において入院患者ほぼ全員*1()()()()というニュースは、その後しばらく広島を騒がせる事になる。

 ステージIVのガン患者さえ恢復したその秘訣を尋ねたマスコミに、院長である薬師キリコはただ『……()()としか言いようがありません』と返した。

 

 取材を担当した記者(いわ)く、能面のような無表情だったという。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 七星剣武祭は、原則として各選手『一日一試合』で行われる。

 今年なら、初日に一回戦を16試合、翌日に二回戦を8試合、そこから三回戦4試合、準決勝2試合と減っていき、最終日は一日丸ごと贅沢に使って決勝戦を行うという感じだ。

 

 観客からすれば『もっと(なら)せよ』と思うかもしれないが、これは選手の休養時間を確保するため。各選手間の試合内容による不利を可能な限り削減するという、あくまで選手目線に立ったルールなのだ。

 

 そう。基本的に、《連盟》とは善良な組織なのである。多分。

 

「ホントっすかね~? 先輩の扱いを見てると普通に疑わしいっすけどねー」

「まあほら、代理戦争とはいえ、戦争って基本的に手段を選ばないものだし……。先にこっちが破軍学園をチリにしちゃったから、ブチ切れてるとかもあるんでしょ」

 

 そんなわけで、加我さんとの試合を終えた俺は、応援に来ていた桃井と合流。今日の仕事は終わりだし、“せっかくなので”と桃井の提案で一緒に試合を観戦していた。

 

 ちなみに、今座っている有料観覧席は総理が用意してくれた。

 一般席よりも豪華な席に二人並んで座りながら、ジュースや軽食片手に優雅な観戦である。

 

「加我さんを当て馬にしたのもっすか~?」

「……う~ん……まあ……敵側である俺がどうこう言う事じゃないよ。キレる権利は加我さんだけにあると思うし」

 

 酷い扱いだなぁ、とは思うが。

 今後抜ける予定の組織の悪口をぐだぐだ言っても仕方あるまい。

 

 ……それにしても。

 

 思えば《七星剣王》になってから、何気に女子とのイベントが大量に発生している気がする。超嬉しい。同級生の女子と一緒に試合観戦なんて、今までの俺では考えられなかった。

 小中学校時代は伐刀者としての力を振るう機会なんて全く無かったしな。母親にお小遣いをもらって、人力フードプロセッサーor粗大ごみ粉砕機として稼働する程度の物だった。1回100円。

 

 取ってて良かった、《七星剣王》。最高の資格だ。

 

 この前も、西京さんから『今度買い物付き合ってくれよ』とLINEされたし。

 これも回り回って考えれば、俺が《七星剣王》になり暁学園に招かれたからこその縁と言える。滅茶苦茶返答に悩んでから『承知いたしました』って返したら、『業務連絡かよ』と言われてちょっと恥ずかしい思いをしたりしたが。

 

 ……なんか、こう、気に入られたりしたのかな……。初対面が斬首から始まったのでファーストインプレッションは最悪だったと思うのだが、西京さんの懐が広かったという事だろうか。ともかく、俺も普通に楽しみにしているイベントである。西京さんってめっちゃ可愛いし、女性から遊びに誘われたという事実がまず普通に嬉しい。

 

 内心そんな事を考えていると、桃井が俺をジッと見つめていることに気付く。

 

「………………………………………………………」

「えっなに何、な、何か俺変な事言った?」

 

 急に黙られると怖いから止めてくれ。目が怖かった。

 加我さんへの扱いについて言及しただけじゃないか。俺が何をしたというのだ。

 

 そう慌てていると、桃井はしみじみと感慨深そうにこう言った。

 

「いや~……先輩が成長しているのが嬉しくて嬉しくて。もう人間一年生とは呼べないっすねぇ。二年生に進級っす」

「え、そ、そう?」

「そうっすよ。政治のドロドロとか裏工作とかを『あって当然』と受け止められている。裏工作を"仕方がない"と受け入れる従順さと、それでも不愉快には思う善良さを両立できている。国防に携わるノンポリ軍人として理想的な姿っすよ、先輩」

「……褒められてるのか褒められてないのか……」

「激褒めっすよー。従順さは当然欲しいけど、やっぱある程度の良識が無きゃ上も安心して扱えないっすからね。非倫理的な命令をノリノリでやられても、それはそれで困るんすよ。嫌だなぁと思いながら、それでもちゃんとやってくれる、上層部にとって理想的な護国の剣。先輩はその塩梅がマジで良いバランスっすよ」

 

 そう言いながら、桃井がニコニコと笑う。

 

 ……桃井、秘書研修だか何だかに行ってから、メキメキ政治関連の知識とかが身についてる気がするな。以前暁学園についてポロッと漏らしたら超速で真相を突き止められた事もあるし、今更ながら桃井ってもの凄く頭が良いんじゃないか……?

 

「なんか……マジで頭いいんだな、桃井って。IQテストとか受けたことある?」

「えー、今更気づいたんすかー? 自分意外と頭いいっすよー。TOEICなら982点だったっす」

「TOEICは5点刻みだぞ」

「早稲田医学部卒税理士一発合格高校の時に付き合った嫁が200円の玉子で身長182で海外都内85階タワマン電動ランボルギーニ乗りっす」

「嘘松の黒棺(くろひつぎ)?」

 

 ネットミームを撒き散らす桃井にそう突っ込みを入れる。完全詠唱すな。

 

「んふふ。先輩、ちゃんと突っ込んでくれるから面白くて好きっす」

「アエヘ、いやまあ桃井が合わせてくれるのもあるから……」

 

 ……やめておけよ、あんまり気軽に好きって言うのは……! 俺が本気にした時、本当に困るのはお前なんだからな……!

 

 何となくはぐらかされた気がしなくも無いが、まあ実際頭が良いんだろう。

 テストの点というより、地頭とか頭の回転が速いとかのタイプだ。

 

 凄いぜ桃井。あとコミュ力も半端じゃないしな。風祭さんと桃井が話しているときにも思ったが、持っている話題の幅が半端じゃなく広い。最新コスメもファッションもトレンドもゲーム実況もカスみたいなネットミームも、ありとあらゆる事に詳しい。オタクに優しいギャルというより、オタク趣味もあるギャルというか……。

 

 ゲーム部入部当初、"住む世界が違うギャル"からみるみるゲーム部に馴染んでいった彼女のコミュ力に想いを馳せていると、桃井がとんでもない爆弾発言を落とした。

 

 

「―――ねえ。先輩って、好きな人いるんすか?」

「ヒッホホ」

 

 

 飲んでいたジュースが気管に入った。

 

 は!? なんでそんな事聞く!!???! 気になるのか!??!?!? 気になるとしたらなぜ気になるんだ!??!??

 

 もしかして:こいつ俺の事好きなんじゃないのか (検索結果:1225件)

 

「アエッヘェ、いや、別にいないけど……?」

「えー、そうなんすかー? じゃあ彼女いたことは?」

「………………………………今はいないかな」

「嘘をついてない点は評価するっすよ……。"今は"どころか……って但し書きが付くっすけど。というか今思い出したっすけど、以前普通にゲーム部の雑談で『彼女いたことない』ってポロッと言っちゃってたっすよ」

 

 うるせぇ!!!!!!!

 ここでダンガンロンパすな!!!!!!!

 

「あー、そこがネックポイントかもしれないっすねぇ」

「え、な、なにが……?」

「何って、先輩の人間レベルの話っすよ。更に人間三年生へ進級するには、女の子への耐性が必要かもしれないっすねーって話っす。うぷぷ」

「あえいやあるけどね」

 

 あるけどね。マジで全然あるけどね。

 国防に女性経験とか関係なくない? そういうハラスメントやめなよ。男女経験の有無で人格を判断するのって、もう"古い"から。"上"へ意識をアップデートしな?

 

「えー? まあ先輩って《七星剣王》ですし、そういう浮いた話の一つや二つあってもおかしくないとは思うっすけどぉ」

 

 そう言ってにやにやと笑う桃井。こいつ……いたぶってやがる、俺を!!

 破軍学園時代マジで虚無だったの知ってるだろ。《七星剣王》取っても、なぜか東堂会長の人気が上がっただけだったんだぞ。あれは本当に何でなんだよ。

 

「いや、ホントにあるけどね? そういう話の一つや二つ」

 

 が、ここで桃井に『うわっ先輩ガチでモテないんすねー』と思われると傷つく。プライドとか。

 

 熱帯魚のグッピーは“モテているオス”を繁殖対象として選ぶという研究結果がある。既に他のメスが選んだオスなら、遺伝的な質や健康状態が一定基準を超えているはずだ、と判断するらしい。モテというのは雪だるま式に転がっていく物なのだ。よって、ここは虚勢を張るしかない。

 

 ……助けてください。本当にこれで合ってますか?

 

「今度俺《夜叉姫》の西京さんと買い物行く約束したしね」

「えー!?」

 

 オレ有名人と繋がりあるよ(笑)という、カスのテレビ関係者のような吹かし。

 内心で西京さんに滅茶苦茶謝りながら、俺は目先の見栄を取った。

 我ながら何という虚栄心だ。世が世なら虎になっているレベル。

 

「えっ、すごー! めっちゃ凄いじゃないすか先輩! KOKリーグ三位の超有名人っすよ!?」

「あいや、まあね……本当、西京さんの慈悲で成立したようなもんだと思うけどね……」

「いやいやいや、今さら謙遜しないでくださいっすよー! 全然浮いた話が無いと思ったらいきなりこんな大物捕まえてくるなんて……先輩も隅に置けないっすねー、このこの」

「あえへへ」

 

 にやにやしながら肘で小突いてくる桃井へ、愛想笑いを返す。

 桃井が良い人すぎて辛い。純度100%で感心されると、見栄を張ろうとした己の醜さが際立つ。

 

 ……あと……なんか、こう……。

 

 ただただ喜ばれると、それはそれで何か『あ、そうなんだ』みたいな……クソッ、消えろ邪念(マーラ)! そりゃそうだろ、桃井はただの同級生だぞ!!

 

「んー……でも、そうなると逆に心配っすねぇ」

「心配? なにが?」

「だって、相手はあの《夜叉姫》っすよ? 初デートの先輩がちゃんとエスコート出来るのかどうか……」

「で、出来るけどねぇ……? 別に、初デートじゃないし……?」

「ホントっすかねー。じゃあ、ここでクイズ。女性と一緒に歩道を歩くときはどこを歩く?」

 

 人差し指を立てて、桃井がそうクイズを出して来る。

 完全に舐められているな……。俺にだって現代の叡智、テレビ番組とインターネットが付いているのだ。知識だけはあると誇らせていただこう。

 

「車道側を歩く!」

「正解。じゃあ応用編っすよー。車道が無いor離れてる時、並んで歩くときの立ち位置は?」

「は?」

 

 何言ってんだ?

 車道が無い時……? そ、それでも車道があるであろう方へ立つ、とか……?

 まずい、そんなの僕のデータに無いぞ。そう戸惑っていると、桃井が指でバッテンを作る。

 

「ブッブー。女性がどっちの肩にバッグを掛けてるか見て、その『反対側』を歩くんすよ。バッグがぶつかると歩きづらいし、気を使わせるんすから」

「ひょえ」

「次。前方に金属の網(グレーチング)があるときは?」

「え、え……足音が響かないようにする……?」

「忍者がデートしてるんすか? 正解は、"網が無い方へ女性を誘導する"っす。女の子はヒール履く事が多いんすから、カカトが挟まって靴がダメになったり転んだりしちゃうっすよ」

「…………」

「おしゃれなカフェの中、足の長い椅子があるカウンター席とローテーブルの席、女の子を座らせるべきは?」

「……その人の目線が、先に動いた方……」

「先輩ならマジで分かるんでしょうけどね……。ブブー、正解はローテーブル席。タイトスカートで足の長いイスにはよじ登れないし、ヒール履いてるのに足置きがないイスに座らされたら、太ももが圧迫されて地獄っすよ」

「……………………………」

 

 分かった。殺せよ。

 

 したことねーよデートなんざ!!!!!!!

 バッグ? ヒール? 別世界の話すんな!!!!!

 

 男は黙ってポケット!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 俺の無様さを見て、桃井がくすくすと笑う。

 

「おほほほほ。これで西京さんとちゃんと買い物出来るんすかねー。相手は海千山千っすよー」

「ワァ……」

「んふふ、おもしろ。やっぱ先輩はからかい甲斐があるっすねー。ねぇねぇ、浮いた話って何だったんすかー? ねえねえ」

 

 そう言って、桃井がいたずらっぽく笑いながら身を寄せ、俺の顔を覗き込む。

 身を乗り出すように顔を近づけているせいで、俺の脚に桃井の手が乗っている。スキンシップが気軽すぎる。動じてないふりをしているが、もうなんか既に顔が熱い。

 

「ん~?」

 

 桃井の手は温かく、ズボンの布越しに伝わる体温から掌の形が分かる。

 手ちっちゃ。指ほそっ。肌柔らかっ。もう許してくれ。俺の情緒をこれ以上かき乱さないでくれ。

 

「おやおや、これは先行き不安っすねぇ~。一回くらい"練習"しといた方が良いんじゃないすか?」

「れ、練習……?」

「そうっすそうっす。西京さんに恥ずかしい所晒したくないっすよね? 誰かに頼んで、経験値積ませてもらった方が良いっすよ」

 

 た、確かに……? そうなのか……? 分からん。

 でも言われればその通りな気もする。俺の人生で女性と出かけた経験と言えば、姉と一緒に遊んだ小学生時代のゲームコーナー程度しかない。これ経験にカウントしちゃダメな奴だろ。

 

「んー、誰か居るっすかねえ? 先輩の無様(ぶざま)に付き合ってくれて、女子とのデートに詳しくて、良いアドバイスくれそうな、先輩と仲の良い人……。もしそんな超優しい女の子が居たら、先輩は今すぐにでも頭下げてお願いした方が良いと思うっすけど……?」

「……それって……」

「……ほら。一番近くにいる『適任者』の顔、ちゃんと見て"先輩から"お願いするっす」

 

 俺の脚を掌ですりすりと撫でながら、桃井がそう口角を上げて言う。だからさあ!!!!!!!

 

 からかわれている……そして、それ以上に誘導されている。

 俺は別に (自認としては)鈍感でも何でもない。桃井が俺に何を言いたいのかくらいは分かるつもりだ。

 

 ……しかし。

 "分かっている"と"出来る"の間には、沢山の"理屈は分かるが出来ない"がある。分かるね?

 

「つまり、桃井……が、練習? に、付き合ってくれるって事で、いいのか……?」

「ダメ。先輩から言ってくれないと嫌っす」

 

 桃井がにやーっと笑って首を横に振る。

 それどころか、逃がさないとばかりに少しだけ身を乗り出し、小首をかしげて下から真っ直ぐに俺の瞳を覗き込んできた。ふわりと何らかの甘い香りが鼻腔をくすぐる。殺せよ。

 

「えー……桃井……さん」

「ふふ、さん付け? もっと気軽に誘ってくれて良いんすよ」

「………………桃井………………今度、一緒に遊び行こうぜ」

 

 絞り出すようにそう口に出す。

 桃井は少しにやにやと考える素振りをした後、大袈裟な口調でこう言った。

 

「えー? もー、しょうがないっすね~。任せてくださいっす、先輩がしっかりエスコート出来るよう教え込んであげるっすよ」

「…………うす。ありがとうな……」

「ん~。ま、当面の目標はこれをサラッと言えるようになる事っすね。ここ、赤くなってるっすよ」

 

 そう言って、桃井が俺の耳たぶを軽くつまんだ。熱を持っていた左耳の先端を、ひんやりとした冷たい指先がツーッと撫でる。思わず、『ヒャッ』と声が出た。

 

「んふふふふ。可愛い声で鳴くじゃないっすか、先輩~?」

「桃井……! おま、お前なぁ……!!」

「将来軍人に……じゃない、公務員になりたいんすよねー? 大国同盟(ユニオン)系は平気でハニトラ仕掛けて来るっすから、今のうちにこういうのにも慣れとかなきゃダメっすよー」

「………………」

 

 指をうねうねと動かしながらそういたずらっぽく笑う桃井に、俺は何も言える事なく口を閉じる。強すぎるコイツ。もうダメだ 勝てねえ。口の上手さに差がありすぎる。

 

「………あ、次の試合始まるな。見よ見よ……」

「デートプラン、ちゃんと考えてくださいよ? 私、ちゃんと楽しみにしてますから」

「ヒッホホ」

「お、一日2ヒッホホだ。良いことありそう」

 

 観戦はあんまり出来なかった。何も頭に入ってこなかったからだ。

 なんか……王馬とか紫乃宮とかサラさんとか、残りの暁学園勢は全員勝ってたよ。良かった。

 

 あと、黒鉄とか東堂さんとかも勝ってた。マジで凄いぜ黒鉄。お前は一体何を持ちえないのだ……? 実家が太くて頭も優秀で性格も良いイケメンが、更にケンカも強いとかどうなっとんだ。いい加減にせえよ。福沢諭吉先生も天国でキレとるわ。

 

 

 人生において、戦闘力で片付かない問題のなんと多い事か。 

 それを実感しながら、俺は豪華なソファの上で必死に『高校生 デートプラン』『女子高生 流行り』などと検索していくのだった。……ドバイチョコ……? 何それ……怖……。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 一日に16試合もやると、最後の方はもうナイター戦になる。 

 『当然送ってくれるっすよね~?』と袖を引っ張ってきた桃井の言うがまま、俺は彼女が宿泊している高級ホテルの入り口まで送り届けた。エントランスがめっちゃデカかった。細かな所に、公的資金の流入を感じてビビるぜ。国家のパワーってスゴい。

 

 とにかく、そんな感じで豪奢なホテルを後にし、選手宿舎へ戻ってきたところ。

 

「……来たか」

「ええ……? 王馬さん? どうしたんですか、こんな夜中に」

 

 宿舎玄関前に、一人の男が座り込んでいた。

 着流しを無造作に身につけ、肩には大きな野太刀を担いだ長髪の男。

 暁学園三年、《風の剣帝》黒鉄王馬である。

 

「貴様を待っていた。……来い」

「え……自分、もう寝ようと……明日も試合あるし、というか王馬さんとの試合だし……」

「その試合についての話だ。さっさと来い」

 

 王馬さんはそう言って、風を纏って高速でどこかへ走り出した。ええ……?

 ぽつんと残された俺はしばし逡巡(しゅんじゅん)する。……これ多分、別に行かなくても良い系の奴なんだろうなとは思う。総理からの指示は無いし、そもそも彼に俺への命令権は無いし。試合前に選手二人が密談する、というのが既にリスクでさえある。

 

 ……でもなぁ。だからって、マジでここで無視するかというと……。

 黒鉄家の長男だし、年上だし……無愛想ではあるが、別に悪人という訳じゃないし……平賀とかのカスに比べれば遥かに優れた人品をしてるし……。何か軽微なトラブルがあれば現場で対応するというのも、状況によるが理に(かな)っているし……。

 

 まあいいや。行くかぁ。

 

 今日は色々(桃井関連で)有りすぎて、何かもう夜にゲームするとかいう感じじゃないしな。付き合おうじゃないか。

 

 

 

「遅い」

「す、すみません……」

「……いや、良い。確かに、俺の話も唐突だった」

 

 王馬さんは、試合会場からかなり離れた浜辺に立っていた。

 暗い砂浜を、月明かりだけが照らしている。周囲には俺たち以外誰一人居ない。

 

 ……遠くの方、微かに風が揺らめいているのが見える。人払いの結界を張ってくれているようだ。じゃあまあ、ギリ大丈夫か……。そもそもが《七星剣武祭》の時期以外はゴーストタウンと化す街だ。元々の人通りも少ない。

 

「……少し、歩くか」

「え? は、はあ……」

 

 すぐさま本題に入るつもりは無いらしい。

 王馬さんはどこか迷いを抱えたような表情で、静かに歩きだした。あえて何も問わず、俺も彼の後を追う。なにか思い詰めているような顔の王馬さんに、『どうしたんですか?』と聞けるようなコミュ力もしてないしな。

 

 砂浜に、俺と王馬さんの足跡が平行に刻まれていく。

 

 

「……俺は。《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンとの死闘を求めて、暁学園に参加した」

 

 

 サクサクと砂を踏みしめながら、王馬さんが独白するかのように語る。

 

「ステラ・ヴァーミリオンが持つ、世界最高の魔力量。それはつまり、全世界で最高の"才能"を持つという事だ。魔力とは、理を逸脱して世界を変革する力。個々人が持つ、生まれながらに定められた『運命の大きさ』だ。その一点において、彼女は全世界の誰よりも優れている。強さを求めて挑むのに、これ以上の相手は居ない」

「…………うす」

「会話下手(べた)か? 貴様。……まあいい。別に、お前の返事で一喜一憂したりするものか。考えを整理したくて喋っているのだ。ただ聞いていろ」

「うす」

「……なんだってこんな男が……」

 

 前に居る王馬さんは、そう一瞬かぶりを振った後、改めて語り始めた。

 

「《紅蓮の皇女》がその潜在能力(ポテンシャル)を開花させきれば、《闘神》や《夜叉姫》など物の数ではない。……逆に、愚弟のペテンに騙されている今は、彼女にとって時間をドブに捨てているような物だ。俺はそう思い、ステラ・ヴァーミリオンの才能を"叩き起こす"ため、父の頼みを承諾して暁学園に参加した」

「…………」

「ただ()の悪い勝負をするなら、国内にだって幾らでも敵は居る。だが、俺の求める物はそれでは無かった。俺はな。ただ死線を超えたいのではない。俺が望んでいるのは、()()だ」

 

 後ろに居たので気付く事が出来た。

 ……王馬さんの右手が、小刻みに震えている。

 

「もしもの余地など微塵も無い、圧倒的な暴力で。

 死力を出し尽くしても、手も足も出ない武力で。

 恐怖に押し潰されそうになる、超越的な存在に圧殺されたいのだ。そして―――

 

 ―――その上で、それを()()()()()()()()。それ以外に、この手の震えが収まる方法は無い」

 

 そう言って、彼はガタガタと震える己の右手首を反対の手で強く握り込んだ。

 爪が皮膚に食い込むほど力強く。

 

 恐怖から来る震え。何に怯えているのかは分からないが、途方もないほど強力な"何か"が、彼に今(なお)消えないトラウマを刻み込んだことだけは理解できた。

 

「ステラ・ヴァーミリオンとの戦いを望むのは、その為だった。鍛え抜いた身体も、研ぎ澄ました技も、全てを出し尽くして、なお届かないような高みへ挑むことが出来れば、と」

「…………」

「……だが。《前夜祭》以降、俺の考えに疑問が生じた」

 

 ピタリ、と王馬さんが立ち止まる。

 長髪を潮風になびかせながら、王馬さんは天の月を見上げて話を続ける。

 

「―――お前と、《夜叉姫》西京寧音の戦いだ。あれを見て、俺の心に疑念が生まれた。何故か分かるか? ……凄まじい力だったからだ。俺の記憶に色濃く残る()()()と比較しても、引けを取らない激闘だったからだ。怪物、という言葉をあれほど身近に感じたのは初めての経験だった」

「…………」

「《夜叉姫》が見せたあの異形は何だ? 全身が黒い魔力に覆われ、捻じれた角が生えたあの鬼人(きじん)の如き姿は、どんな伐刀絶技によるものだ? 異能の拡大解釈で済むものか。『重力』のどこを、どう解釈すればあんな姿になる。それに加え、最後の大技、《覇道天星》。あれは、明らかに普段の《夜叉姫》が持つ力の範疇を超えていた。世界最高の魔力を持つはずのステラ・ヴァーミリオンよりも高密度の魔力を感じた。……どれもこれも、今までの俺の常識では測れん物だった」

 

 滔々(とうとう)と語る王馬さんに、俺は沈黙を貫くしかない。

 ……西京さんの最後の一撃、そんな威力になってたんだ。あれがそのまま炸裂してたら、マジでヤバかったんじゃないか? やっぱ《禁技(シールドアーツ)》に指定されてる物って使っちゃダメなんだな。

 

「『魔力量=才能』という、そもそもの前提に疑義が生じたわけだ。貴様も《夜叉姫》も魔力量はAランクだが、ステラ・ヴァーミリオンに比べると劣る。……劣る、はずだったのだ。なら、最後にはステラが上回るはずだ。……しかし、あの戦いを見た後ではそれさえ分からなくなる。潜在能力を全て解放させたステラ・ヴァーミリオンに、貴様が負ける姿がどうしても思い浮かばん」

「…………」

「また、こうも思った。強者を求め、世界を(めぐ)ったが……結局のところ、俺の持つ知識など、大海の内の一滴に過ぎんのではないか? 世界にはまだ、俺の知らぬ、俺の手が届かない領域(なにか)がある。あの戦いは、その一端だったのではないか? 俺はずっと、そう考えてきた訳だ……」

 

 そう言って、彼は手元に刀を出現させる。野太刀《龍爪(りゅうづめ)》。風を操る自然干渉系能力者である彼の固有霊装だ。

 

 

「―――そして。すまんが、俺はこれ以外に確かめる方法を知らん男だ」

 

 

 そう言って、彼は太刀の切っ先を真っ直ぐに俺へ突き付けた。

 

「俺と戦え。闘争(それ)だけが。勝利と敗北だけが、俺の全てだ。不器用な(たち)でな、これ以外何も要らんと捨ててしまった」

 

 爛々と光る黒色の瞳が、闘志で燃え上がっている。

 全身から発せられる剣気。周囲の生物たちが異変を感じて逃げ惑い、木々がざわめく。

 

「―――剣を抜け。今、ここが、この月天の砂浜こそが《七星剣武祭》第二回戦のリングだ。無断拝借の上、急造で申し訳ないが、あの狭苦しいスタジアムでは貴様も全力を出せんだろう。邪魔な審判共も居るしな。なにより、八百長だのブックだので闘争に水を差されるのは、不快極まりない……!」

 

 風が吹き荒れる。砂が舞い上がり、海の水面(みなも)がさざめく。

 感情の発露による、己が司る属性(エレメント)の漏出。高度な魔力制御を修めているはずの王馬さんでそれが起こっているという事は、彼の感情がそれほどまでに高ぶっている事を逆説的に証明している。

 

 

「遺書は書いてきた。風の結界で人払いも済ませてある。俺がここで死のうが、誰一人困る者は居ない。

 

 ―――さあ。俺に、『試練』を与えてくれ。高みを見せてみろ! 《天譴》、甘木悠!!」

 

 

 荒れ狂う風の中で、王馬さんがそう叫ぶ。

 笑っている。顔を引き攣らせながら、手を震わせながら、恐怖を抑え込みながら。

 それでも挑む事が楽しくて仕方ないとばかりに、彼は鬼々(きき)とした笑みを浮かべている。

 

 ……西京さんとの戦いでも見たな、こういう表情。

 戦闘狂の人というのは本当に、度し難いと言うか……。

 

 

「……何言っても聞かなそうだし……良いですよ、残業しましょうか」

 

 

 視線斬りと魔力斬りを自ら縛る。手加減? 当たり前だろ新宮寺先生が居ないから殺したら取り返しつかねぇんだぞ。暁学園の仲間である王馬さんをわざわざ殺すメリットが一切無い。書いた遺書は、後で自分で処分しといてくれ。縁起でもない。

 

 手元に《自在天》を呼び出す。

 こちらも刀を構え、王馬さんの流儀に(のっと)って手加減を宣言しておく。グアちゃん……! きみとのコミュが、今俺の力に……!

 

 

「……一応、言っておきますね。これは友人(イグアナ)の言葉なんですが……『弱者には、本気を要求する権利すらない』そうで。だから、後で何も言わないでくださいね」

「クハハッ……ッ!! 上等だ、 良いだろう! ならその力で、俺を黙らせてみせろ……ッ!!」

 

 

 獰猛な笑みが弾けるのと同時、吹き荒れる暴風が砂を巻き上げる。

 極限まで圧縮された二つの魔力が大気を軋ませ――砂浜をすり鉢状に吹き飛ばす規格外の轟音と共に、俺たちは正面から激突した。

 

 

 

*1
既に余命幾ばくもない者を除く

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