落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:一般落第騎士

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 王馬戦はキングクリムゾンしても良かったのですが、せっかくなのでちゃんと書きました。
 王馬さんは本当に良いキャラしていると思います。
 


第十七話

  

 

 

 《風の剣帝》黒鉄王馬。日本有数の名家、黒鉄家直系の嫡男。

 幼い頃から世代最強騎士としてメキメキと頭角を現していた彼は、小学生最後の年にU-12世界大会を制した後、黒鉄家と縁を切り出奔した。

 

 《実像形態》の使用が許可されるのは、伐刀者が成人する15歳から。それまでは、たとえどんな実力者であろうが《幻想形態》での試合を強制される。齢12にして当時の《七星剣王》に伍すると噂されていた《風の剣帝》でさえ、その例外ではなかった。

 

 王馬には、それが我慢ならなかったのだ。

 

 ぬるま湯のような弱者たちの中で。

 《幻想形態》という、刃引きした剣で斬り合い。

 生の充足も、全身が総毛立つような死闘も得られないまま、テンプレートの賞賛を浴びる。

 

 ()()()()()

 

 こんなところでダラダラと腐っていくために、俺はこの世に生を受けたわけでは無い。

 そう考えた黒鉄王馬は《連盟》を飛び出し、ただ戦いだけを求めて世界中を巡った。スラム街。地下闘技場。銃弾飛び交う戦場。硝煙と血臭漂う死地に、この幼い修羅は引き寄せられるようにして必ず現れた。

 

 今も世界各地に、黒鉄王馬の足跡(そくせき)は残っている。人々が愚かな争いに手を染めた時。血の匂いに引き寄せられ、戦いに飢えた小さな悪魔(ディアブロ)が現れるのだと。数年の武者修行で己の存在を伝承として刻み付けるほどに、黒鉄王馬は鉄火場に己の身を置き続けた。

 

 ―――武者修行の果て、《解放軍(リベリオン)》の盟主《暴君(ぼうくん)》に出会い、死の恐怖を刻み付けられるまで。

 

 

「(―――全てが繋がっていた)」 

 

 

 深夜の海辺に、幾度も幾度も轟音が響く。

 巨大な鉄塊同士がぶつかり合うような異音。

 衝撃波によって大気がビリビリと震え、砂が轟音に揺さぶられて波打つ。

 

 その中心地点で、王馬は己の人生を回想していた。

 

 

「(放浪の果て、《暴君》に出会えなければ。

 ステラ・ヴァーミリオンの噂を聞き、日本へ戻らなければ。暁学園に参加しなければ。

 ―――こんなにも、心躍る闘争には出会えなかった)」

 

 

 黄金の如き才能を持って生まれてきた。

 それを幼少期から鍛えられる、恵まれた家庭に産んでもらった。

 黒鉄家の剣術を修め、それが物足りなくなれば世界に飛び出し、実戦で技を磨いてきた。

 

 何のために?

 

「(―――勝ちたい)」

 

 理由などない。

 ただ、勝ちたい。

 全世界に、“最強”は己だと刻み付けたい。

 

 幼少期。初めて稽古で勝って、それがとても嬉しかった。

 もっと勝ちたい。もっとこの喜びを味わいたい。ただそれだけの素朴な欲求が、黒鉄王馬の人生を決定付けた。

 

 

「―――あ、ぁあ゛、あ゛あぁぁあああぁぁあああぁあああああああああ゛ッ!」

 

 

 叫ぶ。

 この高揚、この歓喜、この感謝。到底言葉では伝えきれないから、黒鉄王馬は魂の底から獣のような絶叫をあげた。

 

 なりふり構わず、目の前のバケモノ(天譴)へ刀を届かせようと、全身全霊で刀を振るう。

 

 《暴君》への敗北後。己の力不足を実感した王馬は、ある狂気的な発想を実行に移した。

 彼の持つ、『風』を操る能力。その総力を以て、己の全身を押し潰し続けたのだ。

 

 伐刀絶技《天龍具足》。風の鎧を纏うことで敵の攻撃を弾くこの技を、黒鉄王馬は"裏返して"使用した。単なる鍛錬では、世界の頂点に届かないと考えたからこその凶行。当然ながら、王馬の肉体は無事ではすまない。血流は滞り、筋肉は悲鳴を上げ、内臓は圧力に耐えられず機能不全に陥る。地獄のような痛みが彼の神経を焼き尽くす。

 

 だが。

 王馬は、一瞬たりとも己にかける力を緩めなかった。

 

 己の総身を押し潰したまま、また今まで通りの――いや、それ以上の鉄火場に身を投じ続けた。

 

 魔力とは、意志によって世界を変革する力。

 それを扱う伐刀者は、己が意志によって現実を捻じ曲げる者だ。

 

 数年が経ち―――王馬の身体は、数トン以上の圧力に適応した。自らに課された環境に適応し、進化してみせたのだ。骨格は鉄芯のように強度を増し、筋線維は鋼線のように粘り強く、皮膚は硬く、内臓一つ一つが今までにない強度を得た。細身な外見に反し、王馬の体重は300kgを超えている。あの《鋼鉄の荒熊》加賀恋司の突進さえ片手で止められるであろう膂力を、黒鉄王馬は手に入れた。

 

()()ぉオォオオオオォ―――ッ!!」

「…………」

 

 それなのに。

 既に《天龍具足》を解除し、全身全霊で振るっている刀が―――届かない。

 

 

 渾身の力を込めた唐竹割り。

 全く同じ量の力が込められた振り上げによって弾かれる。

 

 流水のように滑らかな逆袈裟。

 吸い込まれるようにして袈裟切りが迎え撃ち、また弾かれる。

 

 この激戦の中で研ぎ澄まされた事による、生涯最高を更新した一太刀。

 鏡写しのように、黒鉄王馬の極限のそれと同軌道を描く刀によって弾き飛ばされる。

 

 

「クッ、クハッ、ハッハハハハハッ!! 貴様、いくらなんでも手加減が()()()()()ぞッ!!!」

 

 

 渾身の一振りをまたも弾き飛ばされ、距離を取った王馬がそう哄笑する。

 

 そもそも、《天譴》を相手に、幾十合も打ち合いが成立する時点でおかしいのだ。

 轟音。異音。そんなものが発生する時点でおかしい。あの《夜叉姫》西京寧音でさえ、《天譴》の一太刀をとうとう防げなかった。ならば、王馬相手に"刀がぶつかり合う"ような事態など、本来発生するわけがない。

 

 何か不可解な事が起きている時、そこには必ず何者かの意図がある。

 今回であれば、話は単純。その頭のおかしな技量をもってして、《天譴》が打ち合いを"成立させてくれている"のだ。

 

 黒鉄王馬が振るう、並の伐刀者であれば風圧だけで血煙になっているであろう数々の攻撃。

 《天譴》はそれを、全く同じ力、全く同じ速度、鏡写しの軌道によって迎撃し続けていた。

 

 異様。

 

 才能という言葉さえ追い付けない、いっそ薄ら寒く感じるほどの異才。

 それをありありと見せつけた《天譴》は、刀を下ろすと困ったように頭を掻いた。

 

「いやー……むしろ、手加減が下手というか……"傷つけないで無力化する"って、初めてやるので。やり方考えるために、時間稼ぎしてました。あと、こうすれば心が折れてくれたりしないかなーって期待も望み薄ながらあって……すみません」

「ハッ、なぜ謝る? 見くびられた俺が悪いのだ。むしろ、こちらの方こそ謝罪してやろう。この程度で折れてやれずにすまない、諦めが悪くて申し訳ないとな―――ッ!!」

 

 強者の情けに、弱者が異議を唱える資格は無い。

 全くもってその通りだ。だからこそ、黒鉄王馬が甘木悠の異業に怒りを覚えることは無い。ただ、一分一秒、一瞬ごとに進化することでそれを打ち破ってみせようと奮起するのみだ。

 

 そう言って、黒鉄王馬が再び突貫する。

 《天譴》甘木悠に出会って以来、王馬の風の扱いは上達し続けている。空気抵抗を受けず、自ら作り出した追い風を受け、音速の砲弾となった王馬が刀を振りかぶる。

 

 

「まあ。でも、今思いついたので」

「ッ!?」

 

 

 《天譴》は、今度は刀を振るわなかった。

 ただ指を一本立てて、王馬の振るう刀の軌道上に置いた。

 

 ぬるり、と刀が滑り、行き場を失った力が地面へ激突する。

 

「(な、にが―――!? いやそれより、体勢が―――!)」

「先に言っときます。痛いですよ」

 

 渾身の力を込めた一刀を空振り、王馬の体勢が前へ崩れる。

 そこへ滑るようにして甘木が身を潜らせ、地面へと無防備に伸びきった王馬の右腕に掌底をあてた。

 

「フッ―――!」

「ガァア゛ッ……!?」

 

 王馬の右腕に激痛が走る。

 血管へ、溶けた鉛を直接流し込まれたような痛み。力が抜け、《龍爪》を取り落としそうになる―――所を、超人的な反射神経で堪え、左腕一本で迎撃の刀を振る。

 

 長き修行の末、全身に染み付いた武術の粋が成した雷速の反撃。

 それに対し、甘木は迎撃の姿勢さえ取らなかった。ただ棒立ちのまま刀を受け、肌の上を刀が再びぬるりと滑る。

 

 《天衣無縫》。

 

 《最後の侍(ラストサムライ)》と称される綾辻海斗が編み出した、体捌きの秘奥。精密な身体操作と相手の力を完全に理解する眼力によって、僅かな身じろぎのみで相手の攻撃を受け流す、綾辻一刀流最終奥義。奥義どころか綾辻流の存在さえ知らないはずの《天譴》は、僅かな閃きと才能だけでそれを再現してみせたのだ。

 

 二撃目を空振り完全に死に体となった王馬へ、《天譴》が拳を振るう。

 

「左腕」

「ぎっ、がっ、ぐぉおおおおおおぉおおぉおッ!!」

 

 再びの激痛。左腕から力が抜け、だらりと垂れて動かなくなる。

 

「ッ―――《真空斬》!!」

 

 両腕を実質的に失った王馬が、類い稀なる戦闘勘によって魔術を発動させる。自分に向かって真空の刃を打ち込み、次は脚へと狙いを定めていた甘木から、無理やりに距離を離させた。

 

「ハーッ、ハーッ、ハー……ッ!」

 

 額に脂汗をにじませ、両腕を垂れ下がらせた王馬が必死に呼吸を整える。

 

 腕に力が入らない。最後の意地として、刀だけはこぼさず握りしめたままだ。しかし、それを振るう事が出来ない。腕の筋肉が激痛と共にビリビリと痙攣し、王馬の命令を受け付けないのだ。

 

「(―――両腕が死んだ……ッ! 筋肉が痙攣しているのか!? 先の掌底は、筋の不随意(ふずいい)運動を引き起こすための……!)」

「今日の試合で、黒鉄が使ってた技。あれを真似しました。《毒蛾(どくが)太刀(たち)》でしたっけ? それの非殺傷版です。あと数分くらい痙攣はおさまりませんが、ダメージ自体はちゃんと0ですよ」

 

 砂浜へ倒れ込んだ王馬へ、甘木がそう語り掛ける。

 黒鉄一輝が開発した七つの秘剣、その内の一つ。第六秘剣、《毒蛾の太刀》。鍔迫り合いの状態から相手へ衝撃波を送り込み、相手の体内を破壊する浸透(けい)

 

 甘木が用いたのは、そのダウングレード版だ。衝撃を送り込み、相手に筋痙攣を誘発させる物。相手の体内に残留した魔力がしばらく衝撃を持続させるため、完治には王馬ほどの伐刀者でも数分かかるだろうという見込みだ。

 

「(落ち着け……ッ!痙攣からの速やかな復帰は困難、しかし痙攣範囲は両腕のみに留まっている! なら、まだやりようはある! 風で両腕を包め、背中と腰の筋肉を総動員しろ……!)」

「任意で相手の"こむら返り"を引き起こすような感じです。そう考えるとそこそこ非人道的な技ですが……どうですかね? こんな感じで、決着になったりは―――」

「――――まだだァッ!!」

「マジですか!?」

 

 《天龍具足》を、両肩から先へ纏わせる形で展開。背筋と腰の捻りで補助し、ただの身体に付いた棒となった腕を無理矢理に動かす。

 

「ぉ、おぉおおおおおぉおおぉおおおおおおおお―――ッ!!」

 

 風の魔術で己の腕を動かし、王馬が雄叫びをあげて剣を振るう。甘木の《自在天》と、王馬の《龍爪》、二振りの刀が激しくぶつかり合う。

 

「(既に動かん腕だ、いっそ壊してしまえ……! ただの二本の棒を、魔術で完全に制御すると発想を造り変えろ!!)」

 

 《天衣無縫》への対処法は、正しく刃筋を立てる事。刀が僅かにでもブレれば、ぬるりと滑るように受け流される。これを防ぐには、相手に対して垂直に、正しく刃を打ち込まなければならない。王馬の死んだ両腕でそれを成すには、両腕に纏わせた風を完璧に制御することが不可欠。脳の血流が沸騰するような錯覚を覚えながら、全霊で風を操る。

 

 腕を動かす。避けられた先、風で無理やりに軌道を変えて刀が追う。

 無茶な軌道変更に関節が軋みを上げ、断裂した筋繊維から血が噴き出る。それら全てを鍛え上げられた肉体で耐え、強引に攻勢を維持する。

 

「ギッ……が、ぁぁ……ッ!」

 

 絶え間なく魔術を演算しながら、己の身体を破壊する無謀な剣戟を続ける。

 

「(脳が、焼け爛れそうだ……ッ! だが―――これは、いい!! 魔術と剣術の混合(これ)には、まだ先の可能性があるぞ……ッ!!)」 

 

 既に王馬の風は腕のみならず、全身を覆い始めていた。

 

 風で己の動きを操作する事には、予想外のメリットがあった。人体構造上不可能なはずの、非人間的な理想の挙動が出来るのだ。一度振った刀を、慣性を無視して超速で切り返すといったような絶技が可能となる。

 

 魔術で己を動かすという発想。

 それは奇しくも、同じ暁学園に所属する《傀儡王》の切り札、《死霊遊戯(ダンスマカブル)》と同系統の系統樹(スキルツリー)にある物だった。

 

「ひぃ、血が……痛くないんですか、それ」

「ハッ、気にするものか! 貴様に追い縋れる歓喜が勝つ!!」

 

 王馬の剣戟は加速していく。煮えたぎるような頭の中、絞り出したアイディアを次々に繰り出すことで《天譴》へ対抗する。

 

 刀を風で加速させる。関節の可動域を無視して腕を動かす。周囲を真空に変え、抵抗を無くす。

 己を風で吹き飛ばす。足裏に回転する風を置き、間合いをズラす。技の硬直を魔術で潰す。

 思いつく限りの全てを成して、必死に《天譴》へと抗う。

 

 驚嘆するべきは、王馬の戦闘センス。複数の技を組み合わせ、閃きを現実へと落とし込む優れた技量。生まれ持った才能に加え、鍛錬を積み重ねたバックボーンがあるからこそ、彼はこの窮地にあたって爆発的な進化を遂げることが出来た。

 

「がぁぁああぁぁぁぁあああぁああああああああッ!!」

 

 王馬が吠え、地面に叩きつけられた刀が砂を巻き上げる。

 怪物的膂力によって跳ね上げられた砂に混じったガラス片や金属が、散弾銃となって甘木へ殺到する。並の伐刀者であればそれだけで必殺となる威力。

 

 それを《天譴》は、僅かに体を動かすことで受け流した。

 砂埃の中、刀を携えた甘木が困ったように呟く。

 

 

「うーん……無傷ってのは、ちょっと“虫のいい”話だったか」

「――――――ッ!!」

 

 

 来る。

 全身に鳥肌を立て、甘木悠の変節を感じ取った王馬が額に汗をにじませた。

 

 足場の悪い砂浜を、滑るようにして《天譴》が疾走する。目の前に居るのに、意識の内へ捉えられない足運び。周囲の風を観測する《龍眼》で、無理やりにその存在を認識する。

 

 《天譴》が、気遣いを一つ捨てた。

 いや、違う。王馬が、捨てさせることが出来た。

 

「(なら、恐れる事などない―――ッ!!)」

 

 懐へと飛び込んでくる甘木へ、カウンターを合わせるべく刀を振るう。

 限界を超えて刀を振りかぶり、全身の筋力に加え、捻じれた体勢から元に戻ろうとする骨や関節の反発さえ加速に利用する。最速、全身全霊の一太刀。

 

「旭日一心流・(じん)(きわみ)。―――《天照(あまてらす)》!!」

 

 王馬の全身が爆ぜる。未だ動かぬ両腕を風が流麗に動かし、迫りくる《天譴》へと完璧なタイミングで刀を振り下ろす。

 

 会心の手応えだった。満身創痍の状態だからこそ出せた、入神の一撃。

 未だかつてない鋭さと共に、王馬の《龍爪》が無防備な背中へと吸い込まれて―――

 

 

 ―――そして、ぬるりと受け流された。

 

 

「は―――?」

「両脚」

 

 完璧に入ったはず。刃筋を立てた、《天衣無縫》も使えないはずの一撃を受け流され、王馬が僅かに放心する。その隙を逃さず《天譴》が動き、筋痙攣を引き起こす打撃が両脚へ撃ち込まれた。

 

「グッ……ッ!!」

「両肩。腰。胸。背中。首」

 

 激痛と共に両脚が痙攣を起こし、王馬の命令に従わなくなる。体勢を立て直そうと《天龍具足》を動かすよりも早く、甘木の掌底が全身の機能を停止させていく。

 

「―――そして、脳」

 

 ぎゅるりと回転しながら飛び上がり、無防備となった王馬の顎へ甘木が回し蹴りを見舞う。300kgを超える王馬が、顎を蹴り抜かれ砂浜へ吹き飛ばされた。

 

「ヵハッ―――」

 

 呼吸が出来ない。

 脳震盪。魔術の演算に不具合が生じ、《天龍具足》を解除された王馬は地面に倒れ伏した。

 

 全身がドロドロのスープとなったような錯覚。意識が混濁し、寒気と吐き気が止まらない。周囲の風景がグルグルと回転し、地面の感触さえ定かではない。王馬の指が僅かにぴくぴくと動く。全身に力を込めて立ち上がろうとしているはずなのに、彼が動かせるのは指先一つが限界だった。

 

 うつ伏せで倒れる王馬を前に、甘木が申し訳なさそうな顔で語り掛ける。

 

「頭はどうしても万が一が拭えないというか、脳震盪で普通にダメージ行くんで……あとでちゃんとiPS再生槽行ってくださいね。あれなら治りますから」

「(……? 何、だ? なにを、言っている……?)」

 

 だが、王馬がそれを聞き届けることは無い。

 ぐわんぐゎんと耳鳴りが襲う。声がむやみやたらと反響し、言葉として像を結ばない。

 

「(筋痙攣を強制する浸透勁……それを真に活かすなら、脳震盪の誘発こそが最も有効。当然の話だ。それをやられた。何を捨ててでも防ぐべきだった、頭部への打撃を通された……)」

 

 全身に力を籠める。だが、指先が鈍く動くのみ。

 気を抜けばすぐにかき消えそうになる意識を必死に繋ぎ留め、《天龍具足》を起動しようとする。だが、今も揺れ続ける王馬の脳では、風を十全に操ることが出来ない。風の鎧は形を成さず、微弱なつむじ風だけが砂埃を立てる。

 

 

「(俺の技が全て通じない。

 必死の抵抗さえ歯が立たず、蹂躙され、無様に地に伏せる。

 ああ……()()()()。3年前にも、同じ思いをしたな……)」

 

 

 王馬の脳裏に、過去の出来事が蘇る。

 

 武者修行の果て。強敵を求め続けた末に、王馬は《解放軍》の盟主である《暴君》へと挑み、完膚なきまでに敗北した。力の差を思い知らされ、惨めに情けなく命乞いをした。世界最強の犯罪者、《比翼》のエーデルワイスが助けに入ってくれなければ、そのまま死んでいただろう。

 

 トラウマを刻み込まれたのだ。心身が恐怖で凍え、思い出すだけで右腕が震えるほどの。

 

 それを克服するために、王馬は暁学園へ訪れた。ステラ・ヴァーミリオンと戦うため。

 そして今、月天の砂浜で無様に倒れている。《天譴》に、あの日と同じ敗北を喫したため。

 

「(同じだ。あの時と、同じ……)」

 

 指を動かそうとする。体は動かない。

 魔術を使おうとする。風は霧散する。

 

 王馬の中にはずっと、3年前の敗戦が刻まれている。

 底知れぬ恐怖と後悔が、常に心の中にある。

 

 無様に蹲り、命乞いをした自分。《比翼》に助けられ、涙を流し、ただ天からの助けに縋りついた自分。あの日の惨めさを、一度たりとも忘れたことは無い。

 

「(……同じで、良いのか)」

 

 指を動かす。魔術を使う。

 動かない。風は形を成さず、霧散するだけ。

 何にもならない無駄な悪あがきを、それでも続ける。

 

 もう動かない身体を、それでも動かす。使えないはずの魔術を、脳内で構築し続ける。

 

 王馬の腕が、()()()と動いた。

 

「ぃ…、ゎけ……ぁるか……っ」

 

 それは例えるなら、心停止した死体が歩き出す程度には有り得ない事だった。

 限界に達していた腕が振り上がり、疲労で引きずっていた脚が地を踏みしめ、倒れるしかなかった身体が前へと進んだ。

 

 精も根も尽き果てた肉体の内側で、一体何を燃料にしているのか分からない爆発が生まれた。

 

 

「いい……わけが……っ、あるかぁああああああ゛あああああああああああ゛ッ!!!」

 

 

 魔力は、意志によって世界を変革する力。

 それを扱う伐刀者とは、己が意志によって現実を捻じ曲げる者だ。

 

「じゃあ、王馬さん。俺は早急に総理に連絡して、救急車とかを呼んでもらうので……え」

 

 己の上司(月影獏牙)と連絡を取るため移動しようとしていた甘木が振り返り、そして硬直する。

 

 視線の先。

 一つに結んでいた長髪がほどけ、幽鬼の如き有様となった黒鉄王馬が、そこに立っていた。

 両脚は自重を支えきれずに痙攣し、腕からは鮮血が滲んでいる。筋痙攣の影響は未だ拭えず、魔術の補助も受けていない、満身創痍の身体を震わせて、今にも倒れそうにフラフラと揺れている。

 

 ……だが、その瞳。燃え盛る双眸の光だけは消えていない。

 全身を破壊され、魔術も使えないはずの男が、"まだ勝負はついていない"とばかりに瞳だけを光らせ、刀を向けて立っている。

 

 

「……筋肉も脳も、完璧に機能不全のはず……。一体、(なに)で立ってるんです?」

「―――魂」

 

 

 理屈などない。

 諦めていないから、倒れないのだ。

 

 骨も筋肉も魔力さえ無くても、魂だけはそこに在る。

 

 

「俺は……3年前の戦いを、ずっと後悔していた」

 

 

 無音の砂浜に、王馬の独白だけが静かに満ちる。

 《龍爪》を片手で真っ直ぐに《天譴》へと向けたまま、王馬は滔々と語った。

 

「今、その本当の理由が分かった。真に恥ずべきは、敗北それ自体ではない。心折られ、惨めに命乞いをした事こそが、俺にとって本当の恥だった。《暴君》の力に怯え、挑むことを諦めてしまった事。それこそを俺は払拭したかったのだ」

 

 王馬の理想とは、勝利すること。勝ち続け、己が最強を世界に証明すること。

 言うまでも無く困難な道だ。世界には《暴君》も、《比翼》も、《天譴》だって居る。天上の才を持つ彼らに、たかだか"ただの天才"でしかない王馬が勝つなど夢物語に等しい。これからも自分は何度も何度も負け、あるいは道半ばで死ぬ事もあるだろう。

 

 それでも。

 立ち向かう意志を捨て、己の心を折るような無様な真似は、もう二度としない。

 次に《暴君》と出会い敗北したときは、限界まで醜く足掻き、最期には笑って死のう。

 

 己の人生はこれに使うと、既に道を定めたのだ。

 負ける事ではなく、そこからブレる事こそ最大の恥だろう。

 

 

「だから―――悪いが、最後まで付き合ってくれ」

 

 

 ひゅるり、と緩やかな風が吹いた。

 夜の海から吹き付ける潮風が不自然に向きを変え、王馬へと集まっていく。

 

 ここで一つ、王馬にとって重要な事がある。

 彼の持つ最大の大技、《月輪割り断つ天龍の大爪(クサナギ)》。刀へ巨大な竜巻を纏わせ、暴風と共に敵を切り刻むこの技は、彼にとって()()()の技なのだ。彼にとっての理想は、より先にある。

 

 王馬自身の未熟により、いまだ使えない未完の技。本来、周囲の(エレメント)を魔力として取り込むなどしなければ扱えない大技。だが、今の彼は、それを補う手段を知っている。あの《前夜祭》。西京戦において、彼らが何を行う事で伐刀絶技の制御や威力上昇を成したのかを。

 

 

「―――束ねるは龍の息吹。嵐の王は月夜に吠える」

 

 

 瞬間。世界から、音が消え失せた。

 何故か? 周囲の大気が王馬の刀へと吸い込まれて行き、絶対的な真空状態が生まれたのだ。呼吸すら困難なほどの気圧低下が、月天の砂浜の砂粒をふわりと無重力のように浮き上がらせる。

 

「いざや天降(あまくだ)()志那都比古(しなつひこ)高天(たかま)追われし荒ぶる神よ、我が太刀筋を嵐と()せ。八俣(やまた)の邪竜を討ち果たし、天叢雲(あまのむらくも)をこの手に握らん」

 

 次の瞬間。浮き上がった砂ごと、膨大な大気の塊が王馬の野太刀へと雪崩れ込んだ。

 致死の竜巻。荒れ狂う暴風の渦が、王馬を中心に天の月へと向かって逆巻く。異常な大気の密度によって空間そのものが歪み、月光さえ王馬に向かって歪んでいく。

 

 天地を裂く巨大な竜巻を、()()()()()()()()()纏う。ただ一つでさえ必殺と成り得るそれを、制御し、圧縮し、刀へと幾重にも重ねる。未だ自らの力だけでは実現出来なかった故に日の目を見る事が無かった、《月輪割り断つ天龍の大爪(クサナギ)》の完成した姿。

 

天之御柱(あめのみはしら)闇淤加美(くらおかみ)。反骨の象徴とは龍なれば」

 

 ギヂィィィィィッ!! と、限界を超えた鋼が悲鳴を上げた。

 暴走しようとする致死の風を、超高密度で刀身に固定する。月まで届かんとする竜巻が、刀身より一回り大きい程度の、薄ぼんやりとした輝きとなる。

 

 

「喰らいつけ―――《月輪割り断つ天龍の大爪(クサナギ)・真打》ッッ!!」

 

 

 世界が、王馬に向かって(かたむ)いている。

 ただそこに在るだけで、周囲の空間を捻じ曲げるほどのエネルギー。それを揺らぎなく統制しきった一刀を携えて、王馬は己が技を高らかに謳い上げた。

 

 

「俺はもう、同じ轍は踏まない。敗北から目を逸らさない。倒れる時は、ただ前を見て倒れたい」

 

 

 正眼に刀を構える。旭日一心流。王馬が修めた武術が、壊れた身体を今なお完璧に動かす。

 月にさえ届かんとする剣を静かに携えながら、王馬が静かにそう語る。

 

 『弱者には本気を要求する権利すらない』と、戦う前に《天譴》は言っていた。その通りだと、王馬も完全に同意する。

 

 

「―――だから。"お願い"だ、甘木。全力で挑んで負ける俺を、ちゃんと負かしてくれ」

 

 

 天に爪を立て、(おれ)は最後まで醜く足掻いていたいから。

 負ける時はせめて、遥かなる高みを目に焼き付けて負けたい。

 

 そういう思いを双眸に込め、王馬は真っ直ぐに甘木を見据えた。

 

「……一休さんじゃねーんですから、もう……」

 

 "要求"ではなく、"お願い"。とんちのような事を堂々と言い切る王馬を前にして、甘木はそう頬を緩めた。

 

 破軍学園に居た時、甘木は御祓泡沫を嫌っていた。本気を要求されるのが煩わしく、そしてたとえ本気を出そうが手加減しようが、何をどうしたって皮肉屋である彼の不満を0には出来ないと分かっていたからだ。

 

 だが今、同じ事をされているはずだが、何故だか別に悪い気はしない。王馬の異様な執念、全身痙攣と脳震盪から尚も立ち上がった、勝負に懸ける気迫を見せられたからだろうか。

 

 

 燐光が立ち(のぼ)る。

 

 

「……昏睡くらいは覚悟してくださいね」

「ああ。ありがとう」

 

 魔力を滑らせ、甘木が刀身へと文字を描いていく。

 その光景を見て、王馬は心の底から感謝を告げた。

 

「硫黄と火、塩の柱。裁きの象徴とは天なれば。災いを受け入れろ―――」

 

 風が砂を巻き上げる。

 青白い光が、周囲を消し飛ばしていく。

 

 

「全奇滅殺。幕を下ろせ―――《絶滅領域》」

 

 

 極光と、暴風。

 二つの規格外の力が正面から激突し―――そして、極光が全てを呑み込んでいく。

 

 月夜を切り裂く己の剣が、圧倒的な破壊の奔流に塗りつぶされるのを見ながら―――

 

 ―――最後の最後まで、黒鉄王馬は獰猛に笑っていた。

 

 

 

 

 8月6日、夜。

 湾岸ドーム付近の海辺において、局地的な極大魔力波浪、およびA級騎士規模の伐刀絶技が観測された。暴風と極光。前者に関しては暁学園所属の《風の剣帝》黒鉄王馬、後者については同じく暁学園所属の《天譴》甘木悠が破軍学園との"合同トレーニング"時に見せたものと酷似していた。

 

 《七星剣武祭》運営委員会にとっては見逃せないスキャンダル。

 大会規定違反(私闘)の嫌疑により、運営委員会は現場に居合わせた代表選手・甘木悠の失格処分を迅速に提議しようとした。

 

 しかし。発議の為のメンバーが集まるよりも早く、暁学園理事長・月影獏牙が動いていた。

 彼は先んじて、黒鉄王馬が事前に残した声明文を提出。"此度の私闘は全て黒鉄王馬の私情による物であり、決闘を仕掛けられた《天譴》は被害者である"と理論武装を構築した。

 

 一帯を抉り取った、風の魔術痕という動かぬ証拠。そして何より、月影総理と《連盟》日本支部長の嫡男である黒鉄王馬の『遺志』という、重すぎる政治的圧力を前に、連盟上層部は甘木悠への処分の断念を余儀なくされた。運営委員会は最終的に、現在昏睡状態となっている黒鉄王馬へ、形ばかりの失格処分を通達するのみであった。

 

 

 

 暁学園三年、《風の剣帝》黒鉄王馬。

 規則範囲外の私闘、および魔力騒乱罪により、《七星剣武祭》への参加資格を剥奪。

 失格裁定により、二回戦敗退。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「……と、いう感じの顛末でした」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………これだから、高位伐刀者は『扱いにくい』って言われるんすよ……………」

「すごい怨嗟」

「あほあほあほあほあほばかばかまぬけあほ」

 

 王馬さんが気絶し、総理にお願いして近隣の病院へと搬送してもらった後。

 『あとは此方で何とかしておきますよ』という頼もしいお言葉を胸に選手宿舎へ戻ると、そこにはジト目の桃井が立っていた。デジャビュ?

 

 今回の決闘騒動における俺への聞き取りと、あと口裏合わせの為に派遣されてきたらしい。

 深夜に叩き起こされた桃井は『メイクも出来てないんすよ……?』と少々気怠げにしていたが、俺の部屋(!?)に入り事情聴取をする頃にはすっかりいつもの桃井に戻っていた。

 

「……我が強いってのは、本当にもう……良いすか、先輩? 強い意志ってのは、必ずしも常に100%プラスの要素になるとは限らないっすからね……!! 政治の世界ってのは、強さや勝利が常に正解になるとは限らない伏魔殿なので……!!」

「は、はい……」

 

 そして今、大体の経緯を聞き終えた桃井は物凄く胃が痛そうに怨嗟を吐いている。タメになる事を教えてくれているので、俺は少々気圧(けお)されながら頷くしかない。

 

 ……あと、桃井がうつぶせに寝転んでるそこ、俺のベッドなんだけど……。いや、良いんだけどね? ただのワンルームだしさ、この部屋。俺は良いんだが、しかし桃井は本当に良いのか? "汗臭い"とか思われてたら普通に泣き出したくなるぞ。

 

 ぐりぐりとマットへ頭をこすり付けながら、桃井が疲れた声でこう(こぼ)す。

 

 

「……そういう意味では……先輩が、()()()()()()()()()()()()ってのは、本当、マジのマジで超絶偉いっすよ……。超ギリギリですけど、おかげで事態が収束可能な範疇に収まったんで……」

「え。あ、ありがとう……?」

 

 

 

 自室に女子が居る事への衝撃でリアクションが遅れながら、桃井の褒めにそうお礼を返す。

 

 そう。俺は王馬さんに『ついて来い』と言われた後、『……これ、俺だけで判断していい事か分かんないじゃんね』と思い、月影総理に電話で一報を入れたのだ。これに関しては俺だけではなく、一国の総理でありながら『判断に(きゅう)する事があったら、いつ何時(なんどき)でも掛けてください』とただの一学生へ直通の電話番号を渡した月影総理の方が凄いと思う。

 

 『なんか宿舎の前に王馬さんが居て……剣呑な雰囲気で"ついて来い"って言われて……』とふわふわ喋る俺の報告ぶりは率直に言ってカスだったであろうが、恐るべきは月影総理の洞察。ただ一言、『話の流れに()りますが、最悪の場合私闘を許可します』とだけ告げてくれた。凄すぎ。

 

 そのせいで王馬さんには『……遅いぞ』と言われてしまったのだが、桃井が褒めているのなら、俺の判断は正解だったのだろう。この自称後輩、政治に強すぎないか?

 

「……文民統制(シビリアンコントロール)が良く分かってるっすね、先輩……。本当、いつまでもそのままでいてくださいね……。先輩がいなくなったら、色々、マジで色々月影総理の計画が崩れると思うんで……」

「は、はあ……」

「宝石のような《天譴》、もうどこにも行くなって感じっす」

「それ後でめっちゃ手の平返されるやつじゃん」

 

 負けたら『バッティングピッチャーが先発』とか書かれるのか? 嫌だよそんなバッシング。

 

「……とにかく。《連盟》より早くにコッチが動けたんで、先輩に罰則どうこうは確実に無いっす。王馬さんが置手紙を用意してくれたのが有難かったっすね。さすが黒鉄家の嫡男、高位伐刀者の中ではまだ政治を理解してるっす。ま、そもそも決闘挑むなっていう話ではあるんすけど……」

「まあ……それ言い出したら、決闘を受けた俺も同罪だし」

 

 王馬さんは結構良い人だと思うよ。

 後始末とか弁済とかを言われると、俺は目を逸らすしか出来ないが。

 

「………………で、っすね。罰則は無いんすけど、同時に、マスコミの完全封鎖は無理っす。メジャーどころは抑えてるんすが、先輩に向けて突撃してくる三流文屋(ブンヤ)までは流石にシャットアウト出来ないというか……《連盟》向けにリソースを()く分、そういうアホはどうしても一匹二匹漏れちゃうと思うっす」

「あー……了解。明日はこの部屋で大人しくしとくよ」

「いや~……ま、それでっすね……。本題はむしろココからなんすけど……」

 

 そう言って、身を起こした桃井が両指を突き合わせる。もにもにと、何か酷く言い辛そうに。

 

 な、何だ……? 実際ここ数日で、桃井とか月影総理たち政治ガチ勢の凄さというのは大概身に染みたからな。何言われても多分気にしないよ俺。『やっぱ八百長で負けてくださいっす』って言われても別に構わないし。

 

 そう思いながら身構える中、桃井が右下に目を逸らしながらこう語る。

 

 

「―――あの()()。先輩の、未申告と目される伐刀絶技。……あれ、どこまで話すつもりあるっすか……?」

「…………あー………」

「っあ、いえいえ! マジで、言いたくなかったらぜんっぜん深入りするつもりは無いんすけど……! その、月影総理は先輩の事信頼してて、今後とも末永くお付き合いしたいと思ってて……で、ちゃんと先輩を一個人の武力として扱う時、想定性能(カタログスペック)を一応把握しときたいなーという感じで……えっへへ」

 

 わたわたと身振り手振りを交わしながら、桃井がそう慌てて言う。

 

「ほらあの、明日の過ごし方について! もちろん、自室待機してもらっても全然良いんすけど……! 良かったらその、せっかくだし、総理と一緒にお話し出来ないかなーって……自分が、メッセンジャー役になってるっす。すみません……」

「あ~……。いや、そりゃそうだよな……」

 

 なんか王馬さんの漢気というか、あの潔さみたいなものに釣られてつい使っちゃったが、普通にアレ失敗だったかもしれんな。以前西京さん相手に《絶滅領域》使った時もめっちゃ突っ込まれたし、そりゃ月影総理はずっと聞きたがっていたに決まっている。

  

「うーん……」

 

 おずおずとこちらを窺う視線を感じながら、顎に手を当てて黙考する。

 

 どうしよう。そもそも、出来るなら墓の下に持っていきたいタイプの奴なんだよな。

 月影総理の信頼度は……まあ、本当に優秀で愛国心が強い人なんだろうなとは思うんだが……。秘密を知る人間が一人増える事それ自体がリスクというか、拷問とか『情報を抜き取る』未知の伐刀絶技で漏れる可能性はどうしたって無くならないというか……。

 

 ……いやでも、月影総理は実際良い人っぽいし……。

 国内を統括しきってる怪物的政治家なら、そうそうそんなピンチに陥る事も無いのか……?

 ずっと秘密にしたまま、急に《選別する楽園(レマ・サバクタニ)》を使ったら、今回みたいなフォローも利きづらいだろうし……。うーん。

 

「ど、どうっすかね……?」

 

 頭の中で天秤がぐらぐらと動く。最後の最後、目の前で不安そうに首を傾げる自称後輩の頭脳、そこへの信頼が乗って、俺は腹を括った。

 

 

「……総理の知り合いとかどこかにさぁ……"()()()()()()()()()()"みたいな人って居ない?」

「―――! い、居るっす居るっす!! 『契約』を司る因果干渉系能力者が、今ちょうど総理の所に客人として来てて……! ()()()()()()()()()なんでちょっと動かしづらいかもしれないっすけど、そこら辺は総理が何とか調整すると思うんで!!」

 

 

 パッと表情を明るくして、桃井がそう弾んだ声で語る。

 ……まあ、良い決断をしたと思おう。桃井が喜んでるしな。一生存在を秘匿できたならともかく、もう既に使ってしまったんだ。しかも二回。その時点で、誰かに《選別する楽園(レマ・サバクタニ)》を明かすのは不可避の流れだったのだ。多分。

 

「えっへへへ……あー、良かった。本当にありがとうっす、先輩。ホントに良かった~……」

「桃井もお疲れ。メッセンジャー役って大変だろ、実際」

「んーん。確かに疲れる時もあるけど……良い報告できるときは、すっごく楽しいんで。んふふ、先輩大好きっす!」

「ヘヘヘ」

 

 何の他意も無いと分かっちゃいるけどね!!!!!!

 お前のそういう細々(こまごま)した好意の匂わせが、俺の情緒を如何に壊しているか!!!!!!!!

 

 罪深いぞ桃井。本当に。

 

「やったやった。へへへ、ホントに肩の荷下りたっす」

「……そんなに喜んでくれると、決断した甲斐があるな」

「えー、そうっすか? じゃあもっともっと喜んであげたいんすけど……それはまた明日以降で。早速、総理に報告しなきゃっすから」

 

 そんな俺の内心を露知らず、桃井ははしゃいだ様子で立ち上がった。

 

「じゃあ先輩、おやすみなさいっす。明日、またお迎えに上がりますから。あ、あと一つ言っとかなきゃっす。その『契約』関係の伐刀者さん、ちゃんと総理の()()っすからね!!」

「ん? ああまあ、分かったけども」

「斬っちゃダメっすよ!」

「俺を何だと思ってるの? お前は」

 

 まあ……前科があるので(リムジンとか)これ以上は追及しないけど……。

 

「じゃ、また明日っす!」

 

 そう言って、桃井はぱたぱたと嬉しそうに去っていった。

 

 一人残された部屋で、俺は備え付けの椅子にどさりと腰を下ろす。なんか色々あった一日だったな。よく考えたら俺、今日だけで加我さんと王馬さんで二試合してるような物だし。

 

「……………ベッド……………いいや、今日一日くらいは床で寝るか……」

 

 さっきまで桃井がうつぶせになって、ぐりぐりと頭を擦りつけていたシーツのあたり。

 そこからは、シャンプーだか香水だか分からない、ほのかに甘い香りが漂ってきている。

 

 ……お前、本当に罪深いからな。桃井。

 

 そう思いながら、俺は柔らかな絨毯を頼りに、床で眠りについたのだった。

 

 

 

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