落第騎士の英雄譚 意識低い系風味 作:一般落第騎士
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これは《七星剣武祭》よりも更に前、【前夜祭】実行前の事である。
暁学園所有のホテルへ移動するため、破軍学園学生寮から引っ越す用意をしていた時。
唐突に、桃井がこんな事を言い出した。
「そういえば今度、先輩のご両親に挨拶しに行きたいんすけど」
「はい!?」
なんて!?
動揺のあまり、俺は手に持っていた小説類をドサリと取り落とした。
な……え!? なぜ桃井がここに居るかといえば俺の引っ越し準備を手伝ってくれてるからなんだけど、それはそれとして今なんて言った!? "ご両親に挨拶"って言ったか!?
「は……え、は!? え、どういう……ええ!?」
「んへへ、驚いてる驚いてる。
「お前の図太さにはある意味救われるよ……じゃなくて、は!? なんで!?」
動揺する俺を見て、桃井はニヤニヤと嬉しそうに笑っている。
曲がりなりにも(自称)後輩の取る態度か? それが……。
転勤族のため、現在は高知に住んでいる我が両親。この
「いやいや。普通に、先輩って今『月影総理の密命で』『政治工作に従事』してるんすよ? そりゃ、『協力者の家族には説明する』に決まってるじゃないっすか」
「クソ、都市伝説解体センター風に当たり前の事を言われた……」
「その様子だと、やっぱり先輩は事情説明とか忘れててやってないみたいっすね。ダメっすよー。いきなり自分の息子が転校してたら、普通のご両親はビビるでしょ。あと先輩の家族には護衛が付くっすし、その辺の事情説明をしたいらしいんすよね」
「あ、それは普通にありがて……」
感謝のワニ、アリガテーアリゲーターだ(登場二回目)。
確かに、突然息子が《連盟》へ反旗を
伐刀者は法律上15歳で成人とはいえ、家族は家族。雇い主が部下の家族へ事情を説明するというのは、確かに言われてみれば当然の話……なのか? 分からん。護衛まで付くのは月影総理のご厚情というか、かなり
「こういうのは両者顔合わせの上で説明したいけど、暁学園の
「月影総理ってあんま人材いないの?」
「うわ、失礼。んなわけ無いでしょ。ちゃんとプロの人が説明しに行くし、そっちが主体っすよ。さっき"友人枠"って言ったように、私は暁学園における人間関係を保証するための"証拠品"というか……あくまで、ご両親を安心させるための存在っす。暁学園が、将来的には普通の学校になる予定である事をアピールする役目っすね」
「ああ……なる、ほど……? まあ、そういう事もあるのか……?」
分からん。
桃井の語る理屈は確かに筋が通ってるようにも見えるが、しかし、"学校の友人を連れていく"とかって普通なのか……?
『特別招集』は特に何の説明も無かったから、相場が分からない。"詳しい話は現地で聞いてね"みたいな感じで、家族への説明も特に無かった。心配かけるのも嫌だから別に連絡して欲しいとも思わなかったし、ただ単に割の良いバイトとして歓迎していたが……。
「普通はこんな事やらないと思うっすけど……やっぱ、先輩はだいぶ総理に重要視されてるみたいっすね。さっき言った暁学園の
「な、なるほど……」
なんにせよ、月影総理がものすごく俺を
信頼ポイントが加算される音がするな。
「え……というか、桃井が高知に行くの? 俺の両親に会いに?」
「んふふ。そうっすよー。『甘木悠さんの彼女です』って自己紹介してきましょうか?」
「オヘウ。いや、あの、普通に、部活仲間とか言ってくれれば良いから……」
こちらをからかう桃井に平静を装って*1そう返すが、俺は内心ドッキドキに冷や汗をかいていた。
こ……怖い!!!
自分の母親と、
なんか……どっちも後で色々言われそうでイヤだ!!
桃井に『先輩のお母さんって面白い人っすね~』とか言われるのも恥ずかしいし、母に『桃井ちゃんって良い子ね~』とか言われるのも地獄!!
特に俺の母親は、世の大半の母親がそうであるように、息子の事を過大評価しがち……! 出来るわけも無いのに『学校で彼女とか出来た?』とか聞いてくる! 出来るわけないのに!! 残念ながら貴女の息子は、割と遺伝子を継ぐのが厳しい側……! 申し訳ないけど!!
「ちなみに……ほら、あの……キャ、キャンセルとか出来ない……?」
「えー? もう飛行機のチケットは取っちゃったし……そもそも、私もこれ、総理に気に入られるための"仕事"ですし……まあ、普通に無理じゃないっすか?」
「……ッスよね~……」
正論パンチを喰らって沈黙する俺。
あんまりです、月影総理……!! 貴方を信用した俺への仕打ちがコレですか!? こんな……こんな、思春期の男子高校生にとって超恥ずかしいイベントを巻き起こすのが貴方の『厚遇』ですか!?
「"地獄への道は善意で舗装されている"……そういう事ですね……」
「全然違うっす。月影総理も困惑してると思うっすよ」
全てを悟った顔でそう呟く俺を、桃井が冷めた目でそう見つめていたのだった。
その後。
桃井から『良いお母さんだったっすね~。先輩の卒アル見せてもらっちゃったっす』とか言われて羞恥に悶絶したり、母は母でその後『桃井ちゃんとは最近どうなの?』と定期的に聞いてきたり。予期していた事がそっくりそのまま起きた。
「あ、先輩~。先輩のお母さんからまたLINE来てたっす。『息子が全然連絡返さないから代わりに叱ってくれ』って。コラッ、良いお母さんは大切にしなきゃダメっすよ~」
「……仲良くなりすぎてない……?」
桃井のコミュ力が凄すぎて、多少予想外の事もあったりしたが。
◆
「……今考えてもおかしいよな。仲良くなりすぎだろ……」
選手控室で待機しながら、俺は少し前の出来事をそう思い返していた。
《七星剣武祭》三日目。
今日は準々決勝の計4試合しか行われないため、スケジュールにはかなりの余裕がある。よって、試合開始は昼から。午前中は1&2回戦のハイライトが繰り返し放映され、解説者の方や現地に呼ばれた人気芸能人たちが個々の場面を深掘りしていた。
なぜこんな事を回想したのか。
その答えは、俺の目の前に置かれた『
「…………ッ(固唾を呑み込む音)」
桃井が『試合前に食べてくださいね~』と渡してくれた (!?)、女子の手作り弁当である。
その時点でもう滅茶苦茶ヤバいというか、《
少し固めに焼かれた卵焼きを一口。甘めの味付けを口内で感じながら、俺は頭を抱えた。
「……母親の味がする……ッ!!」
レシピ教えられてんじゃんって。マジでどういう事?
普通に仲良くなって連絡取り合う仲になってたのは知ってたけど、実家のレシピを教えられてるのはだいぶ話が変わってくるだろ。
道理で最近、お母さんから『最近桃井ちゃんとはどうなの?』ってやけに聞かれる訳だよ……! 俺の母はこう……確実に、息子の
「何もねえよ……ッ!! いや、でもどうなんだ……!? コレ作ってくれたって事は……なんかこう、意図があったり……するのか!?」
こんなのさァ……ッ! もう"好き"ってコトじゃんッッ!! と、内なるハチワレが叫んでいる。
流石にここまで来たら、少々
……だよな? 合ってるよな?
これで『え、別にこの程度普通っすよ。マネージャーがハチミツレモンとか作るやつの延長線上じゃないっすか』とか言われたら本当に凹むぞ。人間不信になる。
「……分からん……旨いけども……」
こう……美味しいんだけど、なんか胃が収縮する味がする。恋愛という人間関係の深淵を垣間見た恐怖といえばいいのだろうか。人間レベルがまだ足りていないのだ。
桃井って俺の事好きなのか……? そして、もしそうだとすればどうしたら良いんだ……?
告白? というかそもそも、俺はどうなんだ? 桃井の事が好きなのか?
『なんかふんわりした謎の理由で俺のこと不思議と好きになってくれないかな』みたいな風に考えては居たが、実際好きかと言われると分からん。
俺は、桃井の事をどう思っているんだ……? 俺は何を……? 俺とはいったい……?
「あー………やめよう。試合の後でゆっくり考えるか………」
こんなコンディションで試合に臨むのはヤバいわよ!!
という事で、一旦これについては考えるのを止める。凄いぜ桃井、ステラさんより強敵かもしれねぇ。ステラさんを侮っているわけでは無く、桃井が強すぎる。
「よし。ご馳走様でした」
頭の中を一度空っぽにして、戦闘に向けてメンタルを整えていく。
目下の課題はステラさんとの準々決勝だ。恋愛の悩みで負けましたなんて冗談にもならない。
「…………さて、どうなるかなー…………」
一応、事前の予想だとほぼ問題なく勝てる、という目算ではある。だが、油断は出来ない。
ステラさん側の武器として、火炎というのが地味に厄介だからだ。熱を遮断する物質は物理学上存在しない。太陽の熱が宇宙を通過して地球に届くように、熱放射による電磁波は真空でも進むことが出来る。
魔力防御である程度は防げるが、結局はステラさんの火力次第だ。前回からどの程度成長しているか次第で、短期決戦を取るべきかどうか、そしてそもそも"どう戦うべきか"の戦略が変わってくる。
「短期決戦だと、エーデルワイスさんが上手そうだったな……参考にしてみるか」
エーデルワイスさんは手数で押し切るタイプなので、彼女の剣技は攻勢用に最適化されている。帰り道で見せてもらったあの手刀をヒントにすれば、多少は俺の試合運びもマシになるかもしれない。
「防御は……うーん、ステラさんの火力の伸びによるな……炎は一応斬れるし、最悪の最悪でもどうにかなるか……?」
試合開始まであと一時間。
ブツブツと呟いて思考を整理しながら、俺は準々決勝への対策を固めていくのだった。
◆
試合開始前のブザーが鳴る。
1&2回戦のハイライトを繰り返し流していたモニターが映像を切り替え、重低音の音楽と共に『10:00』と試合開始10分前のカウントダウンが開始される。
観客席の人々が、ざわざわと騒ぎながら己の席へ戻っていく。
今から始まるのは、恐らく《七星剣武祭》でもトップクラスに注目を集めるカードだ。何を置いても、見逃すことは出来ない。
《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオン。
《天譴》甘木悠。
ともに、『国家戦略に影響を与える』と認定された証であるAランク騎士。
ともに、観客の想像をはるかに超える暴力で
ステラ・ヴァーミリオンが《連盟》所属国の
『……なあ、お前どっち派?』
『えー? ヴァーミリオンさんかなぁ。やっぱ美人だし。皇女で騎士とか最強じゃない?』
『はあ? 分かってねえなあ、日本人なら甘木推しだろ』
『どっちが勝つと思う?』
『僕のデータだと8:2でステラ・ヴァーミリオン有利だね。そもそも魔力量っていうのは、伐刀者において全ての基礎となるステータスで~~~』
『はいはい……あ、おい。始まるぞ』
だんだんと、観客席の熱気が高まっていく。
ボルテージの高まりに合わせ、カウントダウンが『01:00』、『00:30』と徐々に数字を減らしてゆき……そして、ついに0となった。
『―――さて。とうとう、この時間が来てしまいました。この時をずっと待ち望んでいたような、いつまでも訪れて欲しくなかったような……。わたくし自身、この期待を正しく言い表す言葉を持ち合わせておりません』
実況席に座る飯田という人物が、マイクの前でそうアナウンスを入れる。
彼は、無意識下で感じているのだ。今年の《七星剣武祭》は、何かが
その予感に背筋を震わせながら、彼は実況者として堂々と弁舌を振るう。
『しかし! 世界に名立たるこの両名が揃ってしまった以上、この一戦はもはや必然、運命でありましょう!! 我々に出来るのはただ一つ!! この歴史に残る試合の立会人として!! ただただ、両者への声援を振り絞るのみであります!!
―――時間となりました!! これより《七星剣武祭》準々決勝、第一試合を開始します!!』
観客席から割れんばかりの歓声が上がった。
ヴァーミリオン皇国第二皇女、ステラ・ヴァーミリオン。前年度《七星剣王》、甘木悠。前者は生まれながらの美貌や出生、そして本人のカリスマにより。そして後者はマスコミの総力を投じたポジティブキャンペーンにより、共に世間人気が高い二名である。観客の声援は両者に等しく注がれていた。
大歓声の中、通路奥から選手が姿を見せる。
『まずは赤ゲートより破軍学園一年、《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオン選手の入場です! 《七星剣武祭》開催前に突如としてその姿を見せた新勢力、国立
晴天に照らされたリングの上で、ステラが己の霊装である長剣、《
《夜叉姫》西京寧音の食事療法により、今の彼女は生涯でも類を見ないほどの
彼女の視線に応えるように、青ゲートから一人の青年がゆらりと進み出た。
『そして、対するは青ゲート!! 暁学園二年、《天譴》甘木悠選手!! 前年度《七星剣王》にして、暁学園の"転校生"でもあります! 第一回戦では《
歓声に包まれ、《天譴》甘木悠が試合の舞台へと上がる。
およそ"戦闘"と呼ばれる物全てに対して万能の才を有するのが《天譴》である。試合前のグダグダとした緊張は既になく、戦闘に最適な精神状態を維持していた。
「……久しぶりね。甘木悠」
「どうも。良い試合にしましょう、ステラさん」
リングの中央で両者が向かい合う。
既に、ステラの中に《天譴》への嫌悪は無い。己の恋人である黒鉄一輝に『才能無いのに頑張ってて偉いね』と吐き捨てたために第一印象こそ最悪だったが、《雷切》東堂刀華との試合や、《夜叉姫》西京寧音との戦いを見て考えを改めたのだ。
あの時の事は、色々と間が悪かったのだろう。今はそう思える。
いや。悪かったのは間だけではない。己の未熟も大いに影響していた。
《天譴》の、ただそれだけで全てを圧倒する怪物的才能。それを目の前にして、ステラは無意識の内に、己の
『これほどの天才が、傲慢でないはずが無い』。
『これほどの才能を持って生まれていながら、
何らかの精神的弱点を抱えていなければ、
世界最大の
「
《
「己を“才能だけで生きてきた"と見る者が、アタシはずっと嫌いだったはずなのに。それなのに、貴方に同じことをしてしまったわ。貴方に、勝手なイメージを押し付けた」
『
傲慢であって欲しかった。敵意を燃やせる何かが欲しかった。そうでなければ、
「ごめんなさい。許してください」
他者に愚かであってほしかったこの心。これこそが愚かだった。
そう謝罪するステラに対し、《天譴》は心底不思議そうな顔をした。
なぜか謝られたが、特に何もされた覚えがなかったからだ。
「えーっと……ステラさん、俺に何かしましたっけ……? ごめんなさい、本当に覚えが無いというか……むしろ、以前黒鉄にとんでもない事言っちゃった俺が謝るべきなのでは?」
「……そう。特に、アタシに対して
「ある訳無いじゃないですか。校舎壊してしまって申し訳ないという
ステラ・ヴァーミリオンは4月に入学したばかり。《天譴》の接点は
"謝られた理由は良く分からんが、とにかく真面目な人なんだなぁ"と、《天譴》はそう思った。
「よかったわ。トーカに良い報告が出来そう」
「……? まあ、なら良かったです。じゃ、やりましょうか」
そう言って、《自在天》を構えた《天譴》。
彼を前にして、ステラ・ヴァーミリオンは《
―――己に。
「フゥー……ッ!」
観客席の全員が、"ドクン"と低く響く音を聞いた。
一回ではない。ドクン、ドクンと、規則正しくその音は会場中に響き渡る。音楽ではない。何か機材の不調による物でもない。
『巨大な生き物の
今年の《七星剣武祭》においては、試合開始前でも"対戦相手に害を与えない伐刀絶技"ならば使用する事が出来る。そのルールによって生まれた潤沢な準備時間を利用し、ステラはゆっくりと己の心臓を暖めていく。
巨大なエンジンが、その性能を完璧に引き出すために静かな
「(さあ、燃えなさいアタシの血。誰よりも熱く、誰よりも強く……!)」
己の持つ異能の本質。
神話に住まう頂点捕食者。
概念干渉系能力―――《ドラゴン》。
その力を解放するべく、ステラは《
「―――《
瞬間。
ステラ・ヴァーミリオンの身体から
『あつッ……熱い!? こ、これはどういう事だァぁああああ!? ステラ選手が自決したようにも見えた次の瞬間!! 目も開けられないほどの光の嵐が吹き上がりました! 光と熱! ステラ選手の伐刀絶技による物でしょうか!? しかし、これ程の物は私の実況者人生の中でもなかなか記憶にありません!!』
『ステラ・ヴァーミリオン選手の
会場を覆い尽くす光と熱の嵐。
周囲の魔導騎士たちが客席を守っているため被害は無いが、それでも
そして、吹き荒れる熱風が収まり、白く焼かれた視界が戻ってきた瞬間。
『『『ッ…………!?』』』
実況も観客も、皆が息を飲み込んだ。
ステラの
全身は超高温に達したフィラメントのように白熱し、眩い光を膨張・収縮させて明滅している。
瞳は全てを焼き尽くす炉心のような白熱色へ変わり、瞳孔は爬虫類のそれに変貌している。
髪は紅蓮の炎そのものとなり、陽炎のようにゆらゆらと揺らめいている。
"我はすべての人々の上に、恐怖の兜を被っていた。
大いなる財宝のうえに横たわりながら" ――『古エッダ』「ファーヴニルの言葉」第16節。
血液は沸騰するマグマに。吐き出す息はドラゴンの
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――ッッッ!!!」
人間の物とは思えない、怪物そのものの咆哮。会場を物理的にビリビリと震わせる音圧が、荒ぶる熱風を伴う衝撃波となって観客席へ叩きつけられる。
『ひィィぁあぁあああっ!! なんだこの咆哮はァァッ!? 観客席を隔てる結界が今にも壊れそうになっております!! 魔導騎士たちが冷や汗をかいているッ!! ステラ選手、これはもはや……もはや、人間の姿をした災害だァァアッ!! 』
実況席が半狂乱となる中。
人智を超えた怪物となったステラ・ヴァーミリオン。彼女は再構成した《
「待たせたお詫びに解説しておくわ。アタシの異能は、単なる炎じゃない。その先にある概念――《ドラゴン》そのものを
「……懸念が当たったなぁ……」
膨大な熱を孕んだ声が、空気を焼きながら会場に満ちる。
最強の幻想種を己の身に降ろす伐刀絶技。ただ立っているだけで空間を制圧する絶対者のプレッシャーを前にして、《天譴》は眉をひそめてそう呟いた。
己の能力を誤認していたという、Aランク騎士には有り得るはずが無い事態。
"フラグだったかなぁ"と昨夜の言動を内心で反省しながら、改めて《自在天》を構え直した。
二人が霊装を構えたのを見て、実況席が慌てながらマイクを握り直す。
『で……では、両者ともに準備が整ったようです!! ステラ選手の伐刀絶技には聞きたい事が山ほど有りますが、死闘を前にした両者にとっては無粋そのもの!! 早速《七星剣武祭》準々決勝、第一試合を開始したいと思います!!
LET'S GO AHEAD────ッッ!!』
「《
先手はステラ・ヴァーミリオン。
彼女は試合開始直後に己の長い足を持ち上げ、踵からリングへ叩き付けた。
瞬間、轟音と共に地面が
《
そして、恐ろしいことにステラはここで止まらない。
脳が焼けるような負荷を感じながら、立て続けに二つの魔術を同時発動させる。
「《
大地に突き立てた脚を起点に、地面をマグマへと溶解させる魔術。そして、炎熱による光の屈折で自らの姿を隠す魔術。先の《
「(ネネコーチは『効いたらいいね』『でも効かなかったらどうせ負けるし、効くって仮定して考えるしか無いよね』って言ってた技……!! 今なおアタシが戦えてるのを
視線は炎熱で、魔力は再生能力で耐える。そして《天譴》の直接攻撃を、様々な妨害技で少しでも遅らせる。そうやって稼いだ時間で、ステラは高速で思考を巡らせた。
「(アタシが《天譴》に勝てる所なんて、そう多くない……! 魔力制御も技術も防御力も、全部向こうの方が格上!! だから、たった一つ……!!)」
振りかぶった《
過熱、集束、制御。《夜叉姫》から散々に鍛えられた魔力制御を
「(火力で……ッ!! 無理矢理にでも押し通るッッッ!!)」
『ステラ選手、怒涛の猛攻ー!!! そしてこれはぁあああああああ!! ステラ選手の代名詞!! 彼女の持つ最強の伐刀絶技だぁあああああああああああ!!』
「―――
《夜叉姫》西京寧音は、ステラ・ヴァーミリオンに一つの戦術を授けている。
小細工を今からやってもどうせ間に合わない。お前はむしろその逆、小手先を力で粉砕する
『細けえこと考えんな。とにかく全部、己の全部でぶつかる覚悟で行け』
そう語ったコーチの教えを胸に、ステラは全身から炎を噴き上がらせた。
「(甘木悠……!! 貴方が避けるなら、リングごと焼き尽くしてやるまでよ!!)」
《
心臓から送り出される沸騰した血液がステラの全身を巡り、膨大な魔力となって剣へ注ぎ込まれる。白い肌に汗が滲み、その熱量によって一瞬で蒸発していく。
神話の頂点に立つ怪物が放つ
ステラの構えた長剣へ、致死量の光が雪崩れ込む。
「―――《
振り下ろされた《
『キャァァアアァアアアアアーーー!!』
『う、嘘やろこんなん……っ!?』
観客席から悲鳴が上がる。
先程の《
『す、ステラ選手の必殺技、《
『……己の異能を自覚した事で、伐刀者として数段上に上がったのでしょう。認識を改めるべきです。彼女は、"優秀な学生騎士"なんて範疇に収まる存在じゃない……。世界最大の魔力量を誇る、Aランク騎士です』
もうもうと黒煙が立ち込める中、最後の意地としてマイクを離さなかった実況解説がそう語る。
魔力量とは、世界に定められた運命の総量。伐刀者において、全ての基礎となるステータスだ。それが『世界一多い』という事が、一体何を意味するのか。それを真に理解できていなかった。
ステラ・ヴァーミリオンは、世界最高の
『こ、黒煙の中は静寂に包まれております……ッ!! 今の一撃で、決着してしまったのでしょうか……!? もしそうだった場合、《天譴》甘木選手の安否が非常に心配となりますが……!』
煙に包まれて中を見通せないリングを見て、実況がそう震える声を絞り出す。
先程までの破滅的轟音と光量は鳴りを潜め、リング内部は非常にひっそりとしている。ステラの魔術に圧倒され、息を潜めたざわつきが満ちていく中、観客たちは固唾を呑んでリングの黒煙が晴れるのを待っている。
そんな中。
一人冷めた目で観戦していた少女が、ポツリと呟いた。
「好き勝手に語る。一方的に謝罪する。開始直後の速攻。
……なんか……
少女の呟きが虚空に消えるのと同時。
分厚い黒煙がゆっくりと風に流され、徐々にリングの輪郭が露わになっていく。
《天譴》は。《紅蓮の皇女》は。あの破滅的熱量を《天譴》は
誰もがその答えを求めて身を乗り出し―――次の瞬間。
『『『―――え?』』』
ドームを包んでいた数万人の喧騒が、水を打ったように消え去った。
実況が手からマイクを取り落としそうになり、解説席に座る魔導騎士も言葉を見つけられない。
晴れゆく視界の先。
ひび割れ、マグマと化した凄惨なリングの中央には。
かすり傷一つ負うことなく、ただぼんやりと立つ《天譴》甘木悠の姿があった。
足元には、倒れ伏し、血を流すステラ・ヴァーミリオンが転がっている。
『なッ……何が、起きたのでしょう……!?』
『……
解説の口から、震える声がそうこぼれ落ちた。
《天譴》の由来となった彼の
『果敢に攻め込み、もしくは遠距離から一方的に攻撃を加え、そして攻勢が揺らいだ瞬間を彼に捉えられて負ける』。以前、黒鉄一輝が《天譴》を評した言葉。
前年度、彼はその繰り返しだけで七星の
いつの間にか全員の意識から消えていたその盲点を、《天譴》は鮮やかに突いてみせたのだ。
『きゅ……救護班ッ!! 試合は終わりましたッ! すぐにステラ選手を再生カプセルへ!!』
悲鳴のような実況の声を皮切りに、現実へと戻った救護班が慌てて担架をリングへ運び入れる。ステラ・ヴァーミリオンは完全に意識を消失しており、抵抗する素振りも見せなかった。
『……あまりにも、あまりにも凄まじい決着です……ッ!! ステラ選手の必殺技へ、甘木選手のカウンターが一閃……!! あの圧倒的な覇気を纏っていたステラ選手を……ただの、ただの一刀で斬り伏せ、《天譴》甘木悠選手が七星の頂へ一歩足を進めました……!!』
『前年度における甘木選手を彷彿とさせる活躍でしたね……今、ステラ選手が運び出されていきます。これは少し、試合映像を振り返りたいですね……』
実況の声が響き渡ってもなお、しばらく会場の空気は凍りついていた。
沈黙は、数秒だったのか、数分だったのか。観客の誰もが、目の前の現実を脳内で処理できずにいた。世界最大の魔力量を誇る、あの規格外の炎が。全てを焼き尽くすはずだった必殺の一撃が、ただの一振りで無に帰した。
パチ、パチ、パチ……。
水を打ったような静寂の中、どこからか、まばらな拍手が鳴り始める。
畏敬、と称するのが最も適切であろう感情。マスコミのポジティブキャンペーンによる元々の人気、受け入れられやすい
例えるなら、古今東西に数多ある"竜退治の英雄"のように。
観客の感情の針は、《天譴》甘木悠への賞賛へと振り切れた。
「う、おおおおおおおおおおおッッ!!」
「マジかよ! なんだよ今の!!」
「見えなかった……! 炎ごと斬り捨てたのか!?」
どわぁぁああああっ! と、地鳴りのような大歓声と、割れんばかりの拍手が爆発した。
『……見てください。先ほどのステラ選手の映像です。四肢、胴体、全てに
『ッ……!?
実況席では既に、先ほどの試合映像を用いた検証会が行われている。
準々決勝第一試合。鮮烈な決着を迎えたその試合にスタジアム中が熱中する中、甘木悠は静かにリングを降り、薄暗い選手用通路へと歩いて行った。
身体に一切の傷こそついていないが、その顔は疲弊に満ちている。
そんな彼の元に、一人の少女が通路の陰から現れた。
「あー……疲れた……」
「お疲れっす、先輩~。見事な『竜退治』でしたっすねぇ」
「ヒッホホ」
「え……? 顔を見せただけで……?」
暗がりからひょこりと顔を出した
……そして数瞬後、ニヤニヤと笑って甘木の傍まで近寄っていった。
「え~~~? なんで私が来ただけでそんなキョドっちゃってるんすかぁ~? 」
「いや? 別に? 何も無いけどね。何? 俺なんか言ってた?」
「しっかり"ヒッホホ"って言ってたっすよ。んふふ……ね、お弁当美味しかったっすか?」
「アエオ」
「んふふふふふ。あれ~? さっきまでのカッコよかった先輩はどこ行ったんすかー? ねえねえ」
つんつん、と甘木の腕をつつく桃井。
早足で歩く彼の周りをぐるぐると回りながら、楽し気に顔を覗き込む。
そのまま暫く『お弁当』と言うだけでキョドつく甘木悠をひとしきり
桃井は、持っていたペットボトルと小包みを差し出した。
「改めて、試合お疲れ様でしたっす。はいこれ、はちみつレモンとポカリ」
「……ホントにマネージャーみたいになってきたな、桃井」
「最近自認もマネージャーに寄って来たっすねぇ。選手の皆さまをしっかりサポートするっすよ」
薄暗い通路を抜け、有料観客席へと戻る。
柔らかなソファへ腰を下ろし、甘木は桃井に手渡されたポカリスエットを一息に飲み干した。
「おー。良い飲みっぷり。ステラさんとの試合はそんなにしんどかったっすか?」
「いや……久しぶりにカウンターやったから、精神的に疲れた感じ。出来る限り相手の大技に合わせてあげたいんだけど、その見極めが難しいんだよな」
《天譴》の由来となった甘木悠のカウンタースタイルは、彼の
出来る限り、相手が見栄えするように。なるべく『紙一重の戦いだった』と思われるように。そういう計算の下に彼の剣閃は成り立っている。問題は、いつ相手の"渾身の一撃"が来るか分からない為、『今斬っていいのか?』と悩んで気疲れする事だ。
そう言ってソファに深くもたれ掛かる甘木へ、隣に座った桃井が質問を投げかける。
「……あの……ステラさん、ちゃんと大丈夫っすか? あれ
ステラ・ヴァーミリオンには四肢と胴体、合計5つの刀傷が刻まれていた。
そもそも一度の交錯で斬り捨てた割には斬った数がおかしいような気もするが、桃井が気にしているのはそこではない。それ以上に重要な問題がある。
"刀傷が刻まれている事"、それ自体が問題なのだ。
甘木の伐刀絶技、《
「一応あの……ステラさんに今後一生治らない障害とか残っちゃうとその、月影総理のプランにもいろいろ差し障りが出るというか……。いやもちろん、勝利が最優先なんすけどね? でもまあ、出来ればちゃんと治って欲しいなぁと思うんすけど……どうなんすか、そこらへんは?」
「あ、大丈夫大丈夫。アレほら、ちょっと前の電話で話してた"新技"の一つだから」
もにょもにょと聞きづらそうに顔色を窺う桃井に対し、あっけらかんとした様子で甘木は返す。
「そもそも、《自在天》の刃が直接肉体に触れるから問題があったんだよ。"鞘"を被せれば良かったんだ。魔力を形成して、刀の周りに薄く纏わせる。刃を魔力でコーティングするんだ。そうすれば、直接触れるのはただの『魔力』だから傷は治る。極限まで薄く圧縮すれば、物理的な切断力も上がるしね」
「あ、あー……っ! ステラさんの《
「そうそう。結局やってる事は魔力で斬ってるのと一緒だから、問題なく治ると思うよ」
発想としては『魔力斬り』の延長線上である、と甘木は語る。
身体から放出した魔力はゆっくりとしか (当社比) 動かせない為、魔力を感知できる相手には避けられやすいという欠点があった。そこで、段々と二軍落ちに近づいてきた魔力斬りと、そもそも"危険すぎて使えない"という最大の欠点を持つ産廃野郎である《自在天》を合体。そうして出来上がった新技なのだと。
手元で気軽に取り回せるため相手に当てやすいし、高すぎた攻撃力も
「名付けるなら『魔力鞘』って感じかな? 簡単な技だし、
「うーん……そんなわけあるかとか色々言いたいんすけど……何か私がダウンしてる間に強すぎる反例が出来ちゃってたみたいっすし……」
「エーデルワイスさんなら初見で再現できると思うよ。視線で斬るのも出来てたし」
「うわ出たっすよ……なんか知らない間にフュージョンしてお互い強くなるの何なんすかマジで……」
桃井がそう言って頭を抱える。
《比翼》エーデルワイスと《天譴》甘木悠。この二人の意外なほどの相性の良さは、彼女や月影獏牙にとって中々悩ましい問題であった。
無論、相性が悪く、互いに殺し合いの喧嘩をするよりは何倍も、何百倍も良い。比喩抜きに国が一つ吹き飛びかねない。それに比べれば、仲良くしてくれている現状は天国に近いとさえ言えるはずなのだ。
しかし。超越者同士が勝手に高め合って行くのを見ると、なにか本能的な恐れが出てしまうのも致し方ない事だった。二つの超巨大台風が合流して大災害になるとか、核弾頭同士が融合して自己進化してるとか、そういう『あれコレどんどんヤバくなってない?』という根源的恐怖が出てしまう。
「いや、一旦それは忘れるとして……とにかく、ちゃんとステラさんは治るんすよね? なら良かったっす。言う事無し、百点満点っすよ!! 勝ち方としても、ステラさんの面子を傷つけない物だったし……総理の要望が完璧に叶えられてるっす!!」
「あ、本当? 良かった、桃井がそう言ってくれると安心できるわ」
「んへへ。その素朴な信頼が嬉しいっすねぇ。でもマジで偉かったっすよ、先輩!」
にへらと笑いながら、桃井がそう言って甘木を褒め称える。
ステラ・ヴァーミリオンのプライドは、この際問題ではないのだ。
重要なのは、"外からどう見えるか"という事。
世界的大スターである彼女が無惨に傷付いたり、お茶の間に見せられないグロ画像を晒す事になったり。そういうショッキングなシーンがあれば、国民感情に大いなる影響を与える事が予見される。甘木が取ったカウンター戦法は、見栄えの点においてほぼ満点と言ってよい出来だった。
「あ~……魔剣の使い心地が良すぎてダメになるっす~……先輩、実はあと100人くらい兄弟いたりとかしません?」
「姉が一人だけ」
「ぐえー、知ってたっす……。こう考えてみると、月影総理はつくづく傑物っすねぇ……」
ソファにぐだぐだともたれ掛かり、桃井がそう言葉をこぼす。
多少甘木悠の人物像を見誤っていると思っていたが……改めて考え直すと、あえて"誤ったまま"にしているのではないだろうか。
己が、月影獏牙が《天譴》甘木悠を扱えるのは、『彼への報酬総額が一定以下』の時まで。それ以降は、もはや国家存亡の事態になるまで使ってはならない。そう心に線引きをしていたのではないか。
そうしなければ。ズルズルと魔剣に魅入られて、政治家として劣化してしまうから。
「ま、想像っすけどね~……」
「ん? 月影総理の話?」
「っすっす。月影総理ってやっぱ凄いなぁと思ってたんすよ~。あの人に全賭けしたのは間違ってなかったっすね」
己の過去を思い出しながら、桃井はそう空を見上げて呟いた。
スタジアムの吹き抜けの上には、ただ青空が広がるばかりである。
しばらくそうしていた桃井は、ふと甘木へ疑問に思ったことを聞いてみる。
「……そういえば。先輩って、結構《七星剣武祭》に対して真面目というか、言っちゃうと"深刻に捉えすぎ"というか……正直今の私からすると『よくそんな伐刀絶技抱えて負ける心配出来たっすね、頭パラノイアっすか?』って思っちゃうくらいシリアスにやってるじゃないっすか」
「お前そんな風に思ってたの? 誹謗中傷だぞ」
「まあまあ。……でも今回、ステラ・ヴァーミリオンさんに対しては結構『勝負以外の事』に気を回したというか……。大不評だった、手加減の極みであるカウンタースタイルまで使ってたじゃないっすか。アレってなんか理由とかあるんすか?」
そう素直に疑問を投げかける桃井。
それに対し、甘木は『痛いところを突かれた』とばかりに顔をしかめ、天を仰いだ。
「……………」
天を見上げ、眉間を揉み、頭を抱え。
数分間脳内で思考を巡らせた後、甘木はやっと声を絞り出した。
「……まず。俺はこれが"失礼な事"だと分かってるという事を前提に置いてくれ。月影総理の政治戦においてより良い手札を用意するために、やむを得ないと判断しただけなんだ。本当はちゃんと全力で戦う。ノータイムで首を刎ねてる」
「それはそれで問題な気もするっすけど……」
「そして、本来誰にも言うつもりは無かったという事も覚えておいてくれ。桃井に質問されて、わざわざ嘘を吐くのもそれはそれで失礼だと思ったから答えるだけで。当然、桃井もこれを他人に言いふらすような真似は絶対しないでくれ」
「最近のミステリー小説くらい予防線張るっすね。どうしたんすか? 別に今更先輩のこと嫌ったりとかしないっすから、教えてくださいよ」
桃井としては単に興味本位の質問である。言い訳を並べられるほど責めたつもりは毛頭無い。
「…………」
甘木はしばらく沈黙した後、なんとも気まずそうな声でこう言った。
「あの……あんまり、
「うわ」
「だから言ったじゃん失礼だって!! 言うなよ、絶対に誰にも言うなよ!!」
「言えるわけ無いじゃないっすか……。あと先輩、たぶんエーデルワイスさんのせいで感覚バグってるっすよ」
顔を赤らめて言いつのる甘木に対し、桃井は現在どこかでケーキをパクついているであろう《比翼》を想像しながらそう返した。超越者を見たせいで明らかに基準がおかしくなっている。
「まあ……ほら、ちゃんと誰にも言わないっすから。元気出してくださいっす」
「別に落ち込んでは無いけども」
有料観客席は半個室仕様となっており、
幸いにも桃井新香だけが聞いたこの残酷すぎる真実は、月影獏牙にさえ伝えられず、闇に葬られたのだった。