落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:一般落第騎士

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第二十三話

 

 

 

 《落第騎士(ワーストワン)》黒鉄一輝。

 

 魔力量Fランク。

 拳銃一発さえ致命傷になり得る、一般人に毛が生えた程度の魔力量。

 加えて、有する異能は、身体能力強化系の中でも最底辺の《身体能力倍加》。

 体外に魔力を放出できない為、破軍学園における『魔力制御』の項目は前代未聞の"記録なし"。

 

 能力値(スペック)だけを列挙すれば、黒鉄一輝という伐刀者はあまりにも()()()()

 

 勝てる訳が無い。

 魔力によって現実を超越し、種々(しゅじゅ)の異能によって超常現象を巻き起こすのが伐刀者(ブレイザー)という生き物だ。そんな一騎当千の猛者共に対し、どうして身一つで立ち向かえるだろう。刀をへし折られ、無惨に地に伏せる事が当然の既定路線だ。

 

 それなのに。不利な戦いしか無かったはずなのに。

 《落第騎士(ワーストワン)》は。黒鉄一輝は、その全てに勝ち続けてきた。

 

 負け戦の百戦錬磨。照魔鏡のごとき観察眼、十全に鍛え抜かれた身体能力、神懸った剣術。

 そんな()()()武器だけで、彼はついに《七星剣武祭》の準決勝まで辿り着いた。

 それが一体、どれだけの偉業か。観客たちもそれが分かっているからこそ、今、リングの外から割れんばかりの声援を送っているのだ。

 

「……暁学園も、だいぶ少なくなっちゃったなぁ……」

 

 控室。

 外の熱狂を感じながら、俺は一人、ポツリと呟いた。

 

 既に《七星剣武祭》の出場者は残り四名となった。ガランとした控室に、俺だけが座っている。

 現在の出場者の内、暁学園は俺とサラ・ブラッドリリーさんの二人だけ。そして、昨日の東堂会長の試合を観る限り……恐らく、暁学園の優勝は俺の勝敗次第となるだろう。サラさんには申し訳ないが。

 

「あー、毎回緊張する。負けちゃいけない戦いってのはヤダね……責任が……」

 

 月影総理の【暁計画】は、『《七星剣武祭》の優勝』を前提として作られている。ここを失敗すればその後全ての計画が無に帰すという、綱渡りにもほどがある計画だ。裏を返せば、そんな博打を前提としなければ計画の見通しが立たないほど、今後の日本国の舵取りは難しいのだろうが。

 

 恐ろしいことに、俺の勝敗に月影総理の計画の成否、ひいては日本の国家戦略が懸かっている。そう考えると本当に気が重くなる。齢17歳に背負わせる重さじゃないよコレ。

 

 公務員になったらもっと閑職に回されたいと切に願う。そこそこの仕事とそこそこの給料。そして何より、揺るぎない安定。これが一番だ。なんか今、その正反対にいる気がするけど。

 

 

 ワァァァァ……と、遠くで歓声が聞こえてくる。実況の盛り上げる声も。

 

 

「……時間か」

 

 結局、黒鉄への対策は編み出せなかった。

 黒鉄の強みは、数値に表せられる能力(スペック)の中にはない。卓越した観察眼と武術をバックボーンに、その場その場で対応札(メタ)を突いてくる"頭脳"こそが黒鉄の根幹だ。対策出来る(たぐい)の強さでは無い。

 

 そもそも読み合いの土俵に立つ事自体が、相手を利する行為。

 ならば、取るべき対応はたった一つ。

 

 

 こちらの強みを押し付けて、一方的に圧殺する事だ。

 

 

 戦闘に向けて精神(メンタル)を整えていく。

 緊張や不安を一時的に脳内から消す。俺の仕事は、《七星剣武祭》の優勝。ひいては月影総理の手札をより良くする事だ。そのために必要な思考以外は、今は考えなくていい。

 

 歓声が一層大きくなる。黒鉄が先に入場したのだろう。

 

「ふぅー……っ、行くか」

 

 大きく息を吐き、俺はゲートへと歩いていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 第六十二回《七星剣武祭》、四日目。

 入道雲が悠々とそびえ立つ空から、太陽が容赦なく大地を照り付ける。深く息を吸い込めば、海の香りと共に、少しツンとした金属的なオゾンの匂いが混じる。

 前日以上の真夏日となった湾岸ドームはしかし、それすらも生ぬるいと思えるほどの熱気に包まれていた。

 

 

『気温三十五度、湿度七十パーセント! 焼けつくような太陽の下、お集まりいただきありがとうございます!! 第六十二回《七星剣武祭》もついに準決勝となりました! 上り詰めた全国ベスト4同士による激突!! いずれも一癖も二癖もある強者ぞろいの中、決勝戦への切符を手にするのは一体誰なのか!? 皆さま、声を枯らす準備はよろしいでしょうか!!

 

 ―――では、これより準決勝第一試合の選手に入場していただきましょう!!』

 

 

 実況の言葉に合わせ、会場から喝采が起きる。

 降りそそぐ拍手の中、精悍な顔つきの青年―――黒鉄一輝が、準決勝の舞台に現れた。

 

 

『まずは赤ゲートより、《無冠の剣王(アナザーワン)》黒鉄一輝選手が姿を見せました!! 六十年以上の歴史を持つ《七星剣武祭》の中でも、たった一人のFランク騎士! 彼がここまで勝ち上がると、一体誰が予想したでしょう!? いいえ、誰も想像さえ出来なかったに違いありません! 剣一振り、身一つで上り詰めた準決勝の舞台!! その引き絞られた肉体は鍛錬の結晶ッ!! この一戦に勝利すれば、遂に決勝戦です! 冴え渡る剣技で頂上決戦への切符を手にする事は出来るのか!?』

 

『頑張れー!! 負けんなー!!』

『でもなぁ、破軍って《連盟》所属だろ……? ちょっとなぁ、俺はあんま応援する気には……』

『関係ねぇって!! ここまで勝ち上がって来た実力は本物だろ!』

『そうそう。それに、彼は何も悪くないでしょ。裏工作してたのは《連盟》なんだし』

 

 

 実況の声と共に、観客からも黒鉄へ向けて声援が送られる。

 反《連盟》の議論がにわかに高まっている情勢であれど、強者には敬意を示すのがこの国の国民性である。《七星剣武祭》準決勝まで勝ち上がった黒鉄には、惜しみない応援が送られていた。

 

「……………………」

 

 歓声を噛みしめながら、黒鉄は一歩一歩リングへ上がっていく。

 緊張感を漂わせた表情だが、そこに硬さは無い。適度に集中して、適度にリラックスして、適度に緊張している状態。超一流の剣士として、戦闘に最適な精神(メンタル)という物を黒鉄は熟知していた。

 

 

『黒鉄選手、素晴らしい集中!! これは今からの試合にも期待が持てます―――そして、青ゲートからもう一人の選手が登場だァあぁあああッ!!』

 

 

 歓声の中、真向かいの青ゲートから彼の対戦相手が姿を現す。

 百人いれば百人が『普通の顔』と評価しそうな、凡庸な顔立ち。巌の如く鍛え上げられた黒鉄一輝の物と比較すれば平凡な体躯。

 

 だが、黒鉄一輝は―――そして観客全員は、よく思い知っている。

 彼がその身に秘める、圧倒的な才能の暴虐を。ここまでの試合を、全て"無傷"で勝ち上がってきたその実力を。彼が真実、《七星剣王》の名に相応(ふさわ)しい超越者であるという事を。

 

 

『攻撃力! 防御力! 魔力量! 魔力制御、身体能力、運、伐刀者ランク! その全てが圧巻のAランク!! 昨日(さくじつ)の試合では、《竜》の力に覚醒したステラ・ヴァーミリオン選手を華麗なカウンターで斬り伏せて勝利!! 付け入る隙の見当たらない彼に、果たして攻略法は存在するのでしょうか!? 優勝候補筆頭! 天から降り注ぐ神の怒り!! 暁学園二年―――《天譴》甘木悠選手です!!』

 

『キャーッ! 甘木くーん、頑張ってー!』

『またカウンター見せてくれー! 絶対勝てよー!!』

『フン……僕のデータによれば、この試合は《天譴》優位……聞かせてもらいましょうか、論理(ロジック)律動(リズム)を……!』

 

 

 同量の声援が《天譴》に向けて浴びせられる。普段であれば照れて苦笑いを浮かべている所だが、戦闘に際した今は違う。ただ真剣な顔で、リングへと上がる。

 

 

『開始線を挟んで、両者準備万端とばかりに向かい合います!! 《天譴》と《落第騎士(ワーストワン)》! 産まれも育ちも、その身に秘めた才能も、全てが対照的な二人!! この二人の勝敗は、長年《七星剣武祭》の実況を務めた私でも全く読めませんッッッ!!』

 

 

 観客の誰かがごくりと固唾を呑んだ。 

 晴天に照らされた、直径百メートルの強化石材リング。この試合が終わった後、ここに立っているのはたった一人なのだ。

 

 《天譴》と黒鉄の視線が交錯する。

 溢れる笑みを堪えきれず、黒鉄一輝は爽やかに笑った。

 

「……はは。困ったな。リベンジとか、言うべき台詞とか、色々考えていたんだけど。此処に立ったら、全部吹き飛んでしまった」

「…………………」

「―――君に、勝ちたい。甘木くん。世界最高峰の騎士である君に、なんとしてでも勝ちたくて仕方がない。どうしよう……今、すごくワクワクしてるんだ」

 

 ギリィ……ッと、黒鉄が強く己の拳を握り締めた。笑みが、徐々に獰猛な物へと変化していく。

 勝ちたい。素晴らしい相手に、己の全てを出し尽くしてでも勝利したい。常軌を逸した、勝利への渇望と執念。それこそが、黒鉄一輝という伐刀者の根幹。彼が剣を振り続ける理由。

 

 黒鉄一輝という男は、とんでもない負けず嫌いなのだ。

 

「……やろうか、甘木くん」

「……ステラさん(恋人)の事で俺を責めないあたり、やっぱ良い奴だよな、黒鉄。ああ、始めよう」

 

 両者が、それぞれの固有霊装(デバイス)を構える。

 《陰鉄》。《自在天》。共に日本刀型の霊装。

 

 高まっていく闘気の存在をビリビリと肌で感じながら、実況がひときわ大きく声を張り上げる。

 

 

『それではこれより、準決勝第一試合を開始いたします!!

 

 Let's Go Ahead――――――――――――ッッッ!!!!』

 

 

 《七星剣武祭》準決勝第一試合。

 《天譴》甘木悠 対 《無冠の剣王(アナザーワン)》黒鉄一輝。

 その試合の火ぶたが、観客の大歓声と共に切られたのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ッッ――――!!」

 

 合図が成されたと同時、黒鉄が大きく身体を沈めて距離を詰める。

 

 試合開始直後の速攻。そしてそれは、《天譴》も()()だ。

 彼の超人的な第六感は、今、まさに己の首筋が在った場所を、鋭い魔力の(やいば)が両断していった事を明瞭に捉えていた。

 

 魔力による遠隔切断。《鋼鉄の荒熊(パンツァーグリズリー)》を断頭した、西京寧音の語る『足切りライン』の一つ。それを並外れた直感と魔力探知によって避け、黒鉄一輝が力強くリングを踏み込む。

 

「(まずは一つ目!!模倣(コピー)した《比翼》の体技、0から100の急加速で魔力の刃を避ける!! 次、視線による切断への対策は――!)」

 

 身体が思うように動く。羽のように軽く、それでいて力強さは失われていない。正真正銘のトップギア、最高のコンディション。

 

 最高速で距離を詰め、《天譴》の間合いに踏み入る直前。黒鉄は、自身の踏み込みに一定の緩急を設け、ステップを左右に散らした。見る者を幻惑し、残像を生み出す動き。黒鉄一輝のオリジナル、第四秘剣《蜃気狼(しんきろう)》だ。《比翼》の体技と併用することで、その威力は今まで以上に凶悪な物に仕上がっている。

 

「(視線を惑わす体捌き……! これで、そもそもの視線を―――ッ!?)」

 

 早朝から入念に自分自身を調整し、一歩目から最高速度で動けるようギアをコントロール。機先を制した上で《蜃気狼》による幻惑を加えた、黒鉄一輝渾身の奇襲。

 

 その勢いのまま、黒鉄が得意とするクロスレンジ、一足一刀の間合いへ侵入しようとした刹那―――《天譴》の眼が、()()()()と動いて黒鉄を捉えた。視線斬り。《蜃気狼》による幻惑を物ともせず、切断の魔眼が黒鉄の姿を捉える。

 

「~~~~~~ッ!!」

「お」

 

 ―――しかし。傷を負うことなく、更に一歩、力強く踏み込んで黒鉄は刀を振るった。

 

 魔力に覆われた《自在天》と《陰鉄》がぶつかり合い―――そして、拮抗する。

 

 本来有り得ざる、()()()()()の体勢。

 《天譴》が、意外そうに目を丸くした。

 

「そりゃまあ、同じような事を思いつく奴は居るよな……被ってたのは、ちょっと予想外だけど」

「予想外なのは僕も同じさ……こっちとしては、割と『切り札』のつもりで用意してたんだけどね……ッ!!」

 

 至近距離まで顔を近づけ、両者がそう言い合う。

 冷静に呟く《天譴》に対し、黒鉄のひたいには汗が浮かんでいた。

 

 万物を切断する《天譴》の魔力鞘に対し、鍔迫り合いが成立している理由。

 

「いや。でもそっちの方が凄いな。()()()()()()()()()()()()ってのは、並大抵の事じゃないだろ」

  

 その理由は。

 黒鉄一輝の《陰鉄》もまた、全てを切り裂くだけの鋭さを備えているからに他ならない。

 

「率直に言って地獄だったね……興味があるなら、次は誘ってみるよッ!!」

 

 《夜叉姫》西京寧音による一週間(ヘルウィーク)の修行。

 

 その修行における黒鉄の成果は、全て『魔力制御の向上』の一言に集約される。

 

 世界最高峰の剣技を持つ黒鉄だが、それに対し、彼の魔力制御は"一流"程度でしかなかった。彼が、真に《天譴》を超えんと目指すなら。ただでさえ手札の少ない黒鉄が、その程度の魔力制御で高みを目指せるはずが無い。そう主張する西京寧音によって行われた、刀の上で指一本で倒立するなどの常軌を逸した修行。ほとんど拷問じみたそれらによって、黒鉄の魔力制御は爆発的に上達した。

 

「……ッ、ぉぉおおぉおぉおぉおおおッ!!」

「……刀での打ち合い。そりゃ、黒鉄の剣術なら"こう"なるよなぁ……」

 

 鍔迫り合いによる膠着は一瞬。嵐のような剣戟が、両者の間で交わされる。

 大上段から叩きつけられる《自在天》。魔力の鞘に覆われた鋭い一撃に対し、黒鉄は極限まで薄く変形させた《陰鉄》を斜めに差し込む。衝撃を殺すと同時、流れるような踏み込みで黒鉄が反撃の刃を繰り出し、これを《天譴》が捌き、弾く。

 

 ガァンガァンと、鋼の塊が衝突し合う音が響く。

 《風の剣帝》も《夜叉姫》も、ついに一度たりとも成し得なかった『《天譴》と打ち合う』という偉業を、黒鉄一輝は成し遂げていた。

 

 今、《天譴》の刃と打ち合えているのも、西京寧音による修行の成果の一つ。

 

 己の魂の具現である固有霊装(デバイス)、《陰鉄》の刃を極限まで()()変形させる事により、切れ味を飛躍的に跳ね上げる技だ。

 

 《七星剣武祭》第一回戦で敗北した《剣士喰い(ソードイーター)倉敷蔵人(くらしきくらうど)の霊装《大蛇丸(おろちまる)》が、無骨な野太刀の一振(ひと)りから、洗練された二振(ふたふ)りの日本刀に変質したように。後天的に霊装の形が変わる事例というのは確かに存在する。黒鉄はそれを、意図的に引き起こしたのだ。

 

 拮抗した数秒間の後、弾かれるように互いの距離が離れる。

 黒鉄は大きく息を吸い、緊張を押し流すように全て吐き出した。

 

「(……と言っても、これでようやく彼の《自在天》と打ち合えるというだけ……! 魔力の鞘で刀身を覆っているのか!? 西京コーチは『何らかの理由で《実像形態》の使用を制限してるんだろうな』と言っていたけど、それをこんな方法で解決してくるなんて……!)」

 

 内心そう戦慄する黒鉄をよそに、《天譴》が虚空を眺めながら何度か頷く。

 黒鉄一輝が手にした新技、修行の成果を"分析"しているのだ。

 

「……なるほど、固有霊装(デバイス)の変形ね……視線斬りを防がれたのも、根本は同じ。根幹に在るのは『魔力制御の向上』か。俺の視線の動きに合わせて、細く集約した魔力を放出した。一ミリのズレも無く、僅かな(にじ)みも無く。"弱い部分を通す"事で成立する視線斬りは、魔力の壁に阻まれて霧散する……。凄い技だが、おおむね西京さんと発想は同じか」

「~~~~~~ッ!!」

 

 ぎゅるり、と《天譴》の眼が、再び黒鉄の首を滑るようになぞる。極大の寒気。黒鉄は超人的な反射神経で首元を魔力で防御し、かろうじて視線による断頭を避けた。

 

「……ロスが少ないとはいえ、魔力の消費自体は発生する。視線を動かすだけの俺より、それを読み取って魔力防御を行わなければならない黒鉄の方が負担は大きい。……決め手にはならないが、まだやり(どく)ではあるな」

 

 納得したように呟く甘木。それを冷や汗と共に見据えながら、黒鉄は刀を強く握った。

 

 分かり切っていた事だ。

 《天譴》の最も恐ろしい点。それは、彼がここまでの強さを持ちながら、未だ()()()でしかない点だ。故に、彼は油断しない。慣れから来る慢心が無い。目に映る一つ一つを分析し、習得し、更なる高みへと(のぼ)っていく。

 

「魔力斬り、視線斬り、魔力鞘……。使いやすい技、だいたい全部対策されちゃったな。準決勝ともなれば、まあ不思議は無いか……」

 

 ぶん、と《天譴》が刀を一振りした。

 言葉と裏腹に、その表情に焦りの色は一切見えない。 

 

「……誉め言葉として受け取っておくよ、甘木くん」

 

 闘志を高ぶらせ、黒鉄は《陰鉄》を正眼に構え直した。これも、分かり切っていた事だ。《天譴》との戦いは結局のところ、『どこまで彼の手加減を外させるか』に終始する事になると。

 

 そうだとしても、もはや構わない。

 

 嫉妬は捨てた。黒鉄一輝の人生において、彼が"強者"側であった事など一度も無い。こと戦闘という分野において彼は紛れも無い『持たざる者』であり、そして、それでも、ありとあらゆる逆境を覆して勝利してきたのだから。

 

 きっと黒鉄王馬が見れば、『ペテンだ』と顔を(しか)めるような在り方。それでも、黒鉄一輝には彼なりの生き方と……それを貫く、動機がある。

 

 

「―――見ていてくれ、ステラ……!!」

 

 

 瞬間。

 黒鉄の身体から、()()が立ちのぼった。

 

 かつてのような、燃え上がるような魔力の燐光では無い。魔力制御の向上によって、出力の全ては身体の中へ押し込められている。静かに蒼く燃える炎が、黒鉄一輝の全身を覆った。彼の身体能力が、全て爆発的に上昇する。

 

 《無冠の剣王(アナザーワン)》、黒鉄一輝の独自魔術(オリジナル)

 

 弱者が強者を刺すための逆転札(ジョーカー)

 彼の生きざまを象徴する、精一杯の悪足掻き。

 『全力を出す』という言葉を、その言葉通り、愚直に実行する伐刀絶技。

 

 魂を絞り出すように、黒鉄一輝はその技の名を吠えた。

 

 

「―――――《一刀修羅》ァァァァァァアァアァァアァアアァアアァアアアアッッッ!!!!」

 

 

 黒鉄の魔力が尽きるまで、残り一分間。

 彼の生涯において、最も凄絶(せいぜつ)な一分が幕を開けた。

 

 

 ◆

 

 

『は、速いッ!! 黒鉄選手、消えたぁぁぁぁああァッ!!』

 

 蒼い炎がリングを舐めた次の瞬間、黒鉄一輝の姿は文字通り"消失"していた。実況の悲鳴にも似た声が響く中、黒鉄は放たれた矢のように《天譴》へ突貫する。

 

「シッ――――――ッッ!!」

 

 人間の動体視力の限界を容易く超える、真なる神速。

 鋭い呼気と共に、《天譴》の背後に回った黒鉄が首を薙ぎ払わんとする。余人の認識を置き去りにした、超高速の斬撃。それを、《天譴》が後ろ手に回した《自在天》が弾く。鋼と鋼が激突する甲高い音。

 

「ォオオォオォオォオオオッ!!」

 

 先制こそ取れなかったものの、黒鉄の勢いは止まらない。

 弾かれた反動さえも推進力へと変換し、次々に刃を繰り出していく。《比翼》の剣技。ゼロからのトップスピードを可能とするその技を以て、一息の間に数十の斬撃が《天譴》へと殺到する。

 

 

『す、凄いッ! 黒鉄選手の凄まじい攻め!! まるで剣撃の嵐! 右から、左から、上から、下からッ!! 怒涛の連続攻撃に、甘木選手、完全に防戦一方だァッ! これが《一刀修羅》!! これが《無冠の剣王(アナザーワン)》黒鉄一輝選手だぁぁぁああああ!!!』

『おいおいマジかよ……目で追えねぇぞ……!』

『頑張れぇえええええ! 黒鉄ぇえええええええ!!』

 

 

 実況が叫ぶ。観客が喝采を上げる。その間にも、黒鉄の猛攻は止まらない。

 

 右上段からの袈裟斬り、手首を滑らかに返しての逆袈裟、死角から足首を狙う薙ぎ払い。

 黒鉄一輝の鍛錬の結晶。常人であれば一太刀で即死するような必殺の剣閃の数々。

 《天譴》はついに反撃を止め、ただ只管(ひたすら)に攻撃を捌く事に注力する。

 

『て……《天譴》が、押されてる!? Aランク騎士が、剣技だけで防戦一方にされてるぞ!!』

『そんな……! 僕のデータが震えている!?』

『これが底辺のFランクだって!? 冗談キツいぜ、どこにこんな完璧な剣術を使うFランクがいるんだよッ!』

 

 ジャイアントキリングを予感させる展開に、観客がにわかにざわめき始める。

 その中で―――黒鉄一輝は、肚の底から()()を覚えていた。

 

 

「(…………届かない……ッッッ!!)」

 

 

 優勢?

 これが、優勢に見えるものか。

 

 真に黒鉄一輝が主導権を握っているというのなら。なぜ、《天譴》は()()()()()()()()()のか。

 

「………………」

「~~~ッ、がぁぁぁあぁぁああああぁああああああああッ!!!」

 

 《比翼》の剣をラーニングし、世界最高峰の剣技を以て、苛烈に攻めたてているはずの自分。

 だからこそ、観客席も実況も、誰一人気付かないのだろう。

 

 《天譴》が、結局のところ未だ"()()()()()"という事に。

 

 

「(一分……! 彼は、一分、凌ぎきれれば良いだけだからだ……ッ!)」

 

 

 《一刀修羅》とは、己の全てを絞り出す覚悟と共に発動する技だ。

 全力を出し尽くしたこの一分後、黒鉄は指先一つさえ動かせない完璧な木偶(デク)人形になる。この攻勢で押し切れなければ、彼を待ち受けているのは敗北しかない。

 

 それが分かっているから、彼は防御に徹しているのだ。

 この攻勢を凌げば、敵は勝手に自滅するから。変に反撃をしてリスクを負うより、そちらの方がよほど安全だ。そう考えているのだろう。

 

 それが分かるから、今、黒鉄一輝は必死に剣を振るっている。

 

「(《一刀修羅》の使用は避けられなかった……! 学習し続ける彼相手に、長期戦は自殺行為だから!! だけどその結果、僕は袋小路に(はま)ってしまった……!)」

 

 黒鉄も、そのリスクを吞んだ上で《一刀修羅》を発動したはずだった。

 もとより、勝利の可能性など万に一つも無い。奇跡を求めて足掻くならば、《一刀修羅》の使用は必要不可欠。身体能力の上昇幅による初見殺しをもってして、万に一つの勝利を()ぎ取るつもりだった。

 

 彼の誤算はただ一つ。 

 

 《天譴》甘木悠が、いっそ過剰なほど黒鉄一輝を()()していた事だ。

 

 《夜叉姫》の一件から、強く学習したのだろう。

 一流の伐刀者は、土壇場で覚醒してくる事があるのだ、と。

 

 だからこそ、彼は油断しない。慢心しない。紛れも無い強者でありながら、弱者の持ち物であるはずの『臆病さ』を決して手放さない。そんな《天譴》の"偏執的"とも言える慎重さが、黒鉄が仕掛けた大小二十以上の策を期せずして食い破っていた。

 

 《一刀修羅》の制限時間が迫る。

 黒鉄は懸命に刀を振るうが、その全てが届かない。手数。フェイント。奇策。その全てが、防御に徹した《天譴》に斬り捨てられる。

 

 隔絶した、遥かなる天の高み。

 その絶対的な差を目の当たりにして、ほんの僅かに、黒鉄の胸を絶望が支配した。 

 

 

「(……僕が用意した物は、全て出し尽くした。これ以上はもう、何も無い……)」

 

 

 魔力制御による固有霊装(デバイス)の変形。《比翼》の剣技。そして更なる進化を果たした切り札、《一刀修羅》。合宿で得た新たな手札は、全て《天譴》に見せてしまった。黒鉄が最も得意とする駆け引きも、《天譴》は怪物染みた偏執さで見抜いてくる。完全なる打つ手なしの状況。

 

 ぐらり、と黒鉄の体勢が傾いた。

 《一刀修羅》の発動時間はまだまだ残っている、時間切れによる脱力ではない。

 剣閃が鈍り、蒼い炎の勢いがわずかに揺らぐ。彼は諦め、身体から力を抜いたのか?

 

 否。

 

「(―――それでも!! それでも僕は、甘木くんに勝ちたい……ッッ!! 理由なんて、もう何だっていい!!)」

 

 ざり、と黒鉄の足がリングを強く踏みしめた。蒼い炎が再び勢いを取り戻す。

 高く飛ぶためには、一度(かが)まなくてはならないように。己の限界を超える為に、黒鉄は体勢を整えたのだ。

 

 手札は出し尽くした。

 黒鉄一輝の中に、この勝負をひっくり返せる可能性なんて、もう微塵も無い。

 

 ならばどうする?

 

 

「……だったら!! 今、ここで成長してやるまでだ……ッッ!!!」

 

 

 筋肉の限界、骨の軋み、血管が破裂する痛み。 

 それら全てを意志の力で強引に捻じ伏せ、黒鉄の瞳に炎が灯った。

 

「(指先一つ動かせなくなる? 馬鹿な―――この戦いの後に、灰一つだって残すものか!!)」

 

 それは、もはや防御を捨てた特攻の構えだった。残された四十秒。

 己の命すらもチップとして差し出し、黒鉄一輝は未知の領域へと跳躍する。

 

 

 "切っ掛け"を掴んだ時。極限まで鍛え上げた熟練者が伸びる時は、爆発的に伸びる。

 

 

 彼にとって、それは西京寧音による地獄の一週間の事ではない。

 《天譴》という世界最高の"お手本"を前にした、()()()()()であった。

 

 

「ォオオォオォオォオオオォオオォオォオォオオォオォオォオオオッッッ!!!!」

「―――――ッ!」

 

 

 この戦いで初めて、《天譴》の表情が変わった。

 

 黒鉄一輝の剣が、そのリズムを変え始めたからだ。

 速くなったわけではない。重くなったわけでもない。ただ、一瞬一瞬ごとに、恐ろしい速さで『無駄』が消え去っていく。最適解を選び取り、それ以外の全てを削ぎ落としていく。

 

「(見せてみろ……君の剣を! 君の"完璧"を! 全て僕が、丸ごと喰らい尽くしてやるッ!!)」

 

 黒鉄一輝の、照魔鏡じみた観察眼。

 数多(あまた)の強敵を戦慄させた、超常の洞察による技術の完全掌握。

 

 《模倣剣技(ブレイドスティール)》。

 

 それが今、《天譴》甘木悠に向けて発揮されていた。

 剣の型だけでは無い。《天譴》という規格外の怪物が、その天凛で行っている最適解の選択。体捌きや魔力制御を、一秒ごとに己の物へとしていく。

 

「おっ、っと……!?」

 

 初めて、《天譴》が、うめくような声を上げた。

 刃を交わすごとに、黒鉄が成長している。彼にとって予想外の成長。予想外の覚醒。

 

「黒鉄の動きが、変わった……!」

「……ハハ、すっげ。こと剣術に限っちゃ、黒坊には一生勝てそうにねーや」

 

 観客席で試合の行く末を見守っていた《世界時計(ワールドクロック)》新宮寺黒乃と《夜叉姫》西京寧音が、そう感嘆するように声を漏らした。

 

 《天譴》という、刀の一振りごとにこちらの技術を取り込み、成長し続ける怪物。

 そんなバケモノ相手に、黒鉄一輝は同じ事をやり返しているのだ。観客としては、ただただ呆れ交じりの賞賛を送るしか出来ない。

 

「あーあ、甘木があと8年早く生まれてくれてたらなぁ。最高の青春を送らせてやったってのに」

 

 性春でも良いけど、と(うそぶ)きながら、どこか羨望を込めた目で西京がリング上の二人を見つめる。くーちゃんと甘木。あまたん、とでもその時は呼んでいただろうか。その二人と共に学生時代を過ごせれば、きっと最高に楽しかっただろうに。

 

「……ま、その()()()に黒坊もやっと気付いたようだし。しゃーなし、その権利は黒坊たちに譲ってやるとするか」

 

 一刀ごとに、一秒ごとに、黒鉄一輝は進化していく。限界を超え、無限に成長するのだと言わんばかりに何処まででも強くなっていく。

 

 常識外れの進化。

 今、彼の身に起こっている『とある現象』に、西京寧音は痛いほど覚えがあった。

 

 己の可能性を極めつくした者が、"それでも"と手を伸ばす時。

 どうしても諦められない魂からの渇望が引き起こす、とある現象があるのだ。

 

「……寧音。あれは……」

「想像通りだろうね。甘木の剣が、黒坊にとって最後のピースだったんだろ。《一刀修羅》ね……天に挑み続けて、修羅が魔人になったって感じかー?」

 

 あの地獄の一週間で、黒鉄は己の可能性をほぼ(きわ)め尽くしていたのだろう。

 最後に。《天譴》の剣を間近で見た事が、最後の一押しとなった。そう西京寧音は推測した。

 

 

 死線にて輝く。

 死の淵という極限状態において、黒鉄一輝は《天譴》へと猛烈な勢いで追い縋ろうとしていた。

 

 

「ぁあああぁぁああぁあああああああああぁぁあああああああッ!!」

 

 

 そして。その事を、黒鉄自身が一番よく感じていた。

 

 刀を振るう手が軽い。

 身体は思考を超えて、ただ閃きのままに動く。

 肌を撫でる砂埃の数を数えられるほど感覚が鋭敏化し、己の筋繊維の(たわ)みさえ理解できる。

 

「(現金なものだ……さっきまでは、《一刀修羅》の効果時間が切れてしまう事ばかり心配していたっていうのに。今はもう、恐怖なんて何処にもない)」

 

 生まれ変わったかのような爽快感。

 心の中には、ただ感謝だけがあった。

 晴天に照らされたリングの上。何万人もの観客の声援の中。限界を超えて、心のままに剣を振るえる事への、限りない感謝だけがあった。

 

「(()()()()()()()()()()、消えていく。"自由になった"って事だけが、感覚で分かる)」

 

 身体を覆う黒い鎖が、少しずつ塵となって消えて行く。

 これが何なのか、黒鉄一輝にも分からない。だが《天譴》の剣技を取り込む中で、鎖はいつの間にか薄く、脆くなっていった。

 

「(ああ、そうだよな……『諦める』なんて、出来る訳無いじゃないか。こんなにも沢山の想いが、僕の中にあるのに)」

 

 想いがある。執念がある。愛する恋人と誓った約束が。《七星剣武祭》の中、戦った強敵たちから託された力がある。()()()()()()では到底燃やしきれない、果てる事なき情熱がある。

 

 Fランクという才能の限界。人間という器の限界。

 黒鉄一輝という存在をこの世界に縛り付けていた絶対的な法則が、崩壊していく。

 

 黒鉄の耳が、誰よりも愛する少女の声を捉えた。

 

 

「イッキィイイィイイイィイイイィィィィィイイィイイィイイイッ!!!

 頑張れぇぇえぇええぇえぇえぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええッッッ!!!」

 

「オオオオオオオォオォオォオオオォオオォオォオォオオォオォオォオオオッッッ!!!!」

 

 

 昏睡から復活した、ステラ・ヴァーミリオン。

 目覚めた瞬間、何を措いてでもこの湾岸ドームへ走って来たのだろう。病院着のまま、息を切らせて叫ぶ彼女の声を聴いた瞬間。黒鉄の魂の奥底で、最後の鎖が砕け散る音がした。

 

 最愛の彼女。ステラ・ヴァーミリオン。

 彼女と二人ならば、何処まででも行ける。そう心から信じる。

 同時に。彼女の前で、カッコ悪い自分は見せられない。

 

「まだだ……まだ、()()ッ!!!」

 

 咆哮。何に、とさえ分からぬまま、黒鉄は魂のままに吠えた。

 己の限界すらも超越した極限の集中状態の中で、黒鉄一輝の頭脳が冷徹に稼働する。

 

 《一刀修羅》の発動時間はまだ残っていたか? もうとっくに一分など過ぎたような気もする。分からない。魔力が増大しているような感覚。錯覚か? いや。この熱の前に、そんな事はどうでも良い。

 

 何かから解き放たれ、思うが儘に剣を振るえるのだという、訳の分からない確信だけがある。しかし、それが《天譴》に通じるかはまた別の問題だ。この一刀に、残りの魔力を全て込める。そこにしか、己の勝ち筋は無い。

 

「勝負だ、甘木くん……!!」

 

 距離を取り、黒鉄が己の《陰鉄》を真っ直ぐに突きつける。

 《天譴》がぎゅるり、と視線を巡らせるが―――少しして、諦めたように止める。今の黒鉄一輝に、『弱い部分』は存在しない。最も単純で、最も難しい対策を取られた。

 

 

「……全力、出した方が良いか? 今まで、色んな人にそう言われて来たんだが」

「―――()()。兄さんが聞いたら、『ペテンだ』って怒るかもしれないけど……僕の辿り着いた理想の騎士は、泥臭くても卑怯でも、『勝利』を掴む者だから。だから……甘木くんが手加減して負けてくれるなら、そっちの方が有難いかな? なんて。そういうのも、実力の内だと思うし」

「ははっ……。良いな。それはそれで、気が楽になる」

 

 

 悪戯っぽく笑う黒鉄に対し、甘木悠も気の抜けた笑みを返す。

 両者ともに、"次の一撃が最後になる"という根拠の無い確信があった。

 

「……じゃ、やるか」

「ああ……! 僕の最弱(さいきょう)を以て、君の最強を打ち破るッッ!!」

 

 黒鉄一輝の身体を覆っていた蒼い炎は、より熱く、より純度の高い『白』へと近づいていた。

 

 魔力とは、意志によって世界を変革する力。

 それを扱う伐刀者は、己が意志によって現実を捻じ曲げる者だ。

 

 そして、そうである以上。彼らを支える最も根本的な力は、『想い』だ。意志の力なのだ。

 負けたくないという願い。愛する恋人に、己の雄姿を見せたいという願い。限界を超えるほど、胸の中に際限なく溢れ出てくるそれらの願いを燃やし、黒鉄は最後の一刀分の魔力を捻り出した。

 

 

「――――《一刀羅刹》」

 

 

 《一刀修羅》の発動中に、《一刀羅刹》の重ね掛け。

 限界を超えた肉体強化に、全身から鮮血が噴き出す。それでも、黒鉄は表情一つ変えない。

 

 身体能力を数千倍にまで強化し、次に放つ最速の一撃に全霊を込める。

 身体が、自然と動く。その一撃を放つ構えを、彼の肉体は良く知っていた。鍛錬を続けた彼の身体が、己の肉体を最適に動かす方法を教えてくれるのだ。

 

 身体を斜に構え、背骨ごと捻るように腰を捻る。

 刀を持つ手は右腕一本。

 刃は脇腹を通し背中に回すように持ち、その根元を左手で掴む。

 

 刀を握る右手で押し、刃を握る左手で引く。

 そうする事で相反する二つのベクトルの間に巨大な力が蓄積され、爆発的な力が産まれるのだ。

 

「(会長……!)」

 

 それは鞘こそ無いが、居合抜きの構えであった。

 《雷切》東堂刀華。居合術の名手である彼女の力を借り、黒鉄は深く腰を落とす。

 

 この技こそ、《魔人(デスペラード)》に覚醒した黒鉄一輝の集大成(マスターピース)

 自身の影すら追いつけない、神速の一撃。『斬る』という概念を押し付ける、斬撃の究極形。

 その技の名は。

 

 

(つい)の秘剣――――《追影(おいかげ)》」

 

 

 黒鉄の剣が解き放たれた。

 

 固唾を呑んで決着を見守る観客たち。

 彼らが伐刀者の素養を持ち、黒鉄一輝と正面から相対していたならば、きっと気付けただろう。

 黒鉄の影が、()()()()()()事に。本体のあまりの速さに、影が"後を追う"事しか出来ていない事に。

 

 因果が破綻している。

 

 黒鉄一輝という《魔人》の引力が、因果に対する強い主体性が、世界に"結果"だけを焼き付けているのだ。発動と同時に『斬った』という因果を収束させる、運命に対する絶対決定権。それこそが、この技の本質である。

 

 そう。

 だからこそ。

 

 この技はある意味、《因果干渉系》に属するとも言える剣技であり―――。

 

 

「《内政不干渉(デリクトデューティー)》。いや―――真名、《不可戒律(ノリ・メ・タンゲレ)》」

 

 

『わたしにさわってはいけない。わたしは、まだ父のみもとに上っていないのだから。ただ、わたしの兄弟たちの所に行って、『わたしは、わたしの父またあなたがたの父であって、わたしの神またあなたがたの神であらせられるかたのみもとへ上って行く』と、彼らに伝えなさい』

 ――『ヨハネによる福音書』 第20章17節。

 

 

 一瞬の交錯。

 

 ピタリ、と。

 ドームを揺るがしていた数万の熱狂が、嘘のように静まり返る。

 時間が停止したかのようなリングの中央で――――勝者と敗者の明暗は分かれた。

 

「ガ、ハ――――――ッ」

 

 胴体から血を噴き出し、黒鉄一輝が地面へと倒れ伏す。

 甘木悠の因果に対する干渉は破却(はきゃく)された。(つい)の秘剣《追影(おいかげ)》はただの超高速の抜刀術となり、だからこそ、《天譴》に一刀で斬り伏せられた。

 

「な……に、が……」

「……凄い技だったよ。《内政不干渉(デリクトデューティー)》じゃギリ防げなかったかも」

 

 途切れそうになる意識で問いかける黒鉄へ、甘木は心からの賞賛を送った。

 

 ある意味で、事前に予想していた通りだ。黒鉄一輝という伐刀者は、土壇場で局面を覆す事に長けている。劣勢に慣れており、どんな窮地でも、即興で対応策を編み出して来る男だと、《天譴》は事前に予測していた。それが己の剣技の模倣であったり、訳の分からない超強力な抜刀術であったりというのは、流石に彼にとっても予想外であったが。

 

 しかし。予測していたからこそ、唐突な覚醒にも冷静に対応する事が出来た。初見殺しに対しても的確に対処できたのは、この数週間で彼に訪れた変化―――いわゆる、『人間レベル』の上昇による物だったと言えるだろう。

 

「まだ、だ……ぐッ……!!」

 

 胴体への攻撃は致命傷となっている。黒鉄は全身に力を入れて立ち上がろうとするが、地面に突き立てた《陰鉄》がズルリと己の血で滑り、地面へと再び叩き付けられた。

 

 五感全てが閉ざされていくような感覚。

 いつまで経っても慣れる事のない敗北の味を嚙みしめながら、黒鉄の意識が薄れていく。

 

「……次、は」

「?」

 

 意識を消失するその前に、黒鉄はゆらゆらと、右手を持ち上げた。震える手が、《天譴》甘木悠をしっかりと指さす。

 

「つぎ、は……ぜったいに、っ……負けない……ッ!」

 

 それだけを絞り出して、黒鉄の全身から力が抜ける。

 

「……決闘のご予約は、10万から受け付けております。当方のスケジュールをご確認の上、空き日にいつでもお問い合わせください……なんてな」

 

 地面へ落ちようとするその手をパシリと掴んで、甘木は冗談めかしてそう言った。

 

 試合終了後の握手が(変則的な形ながら)成された直後、主審が両手を交差。

 彼の合図と共に、試合終了を告げるブザーが鳴り響き―――《七星剣武祭》準決勝は決着した。

 

 

 

 《七星剣武祭》準決勝第一試合。

 《天譴》甘木悠 対 《無冠の剣王(アナザーワン)》黒鉄一輝。

 

 勝者、《天譴》甘木悠。

 勝者と敗者共に、万雷の喝采に包まれての決着であった。

 

 





 甘木悠
【能力名】:《選別する楽園(レマ・サバクタニ)
【伐刀絶技】:《不可戒律(ノリ・メ・タンゲレ)》→《内政不干渉(デリクトデューティー)》(劣化版)
       《災禍・第一項(プラガ・プリマ)》→《絶滅領域》(劣化版)、etc
 
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