落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:一般落第騎士

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第二十四話

「んふふふふふふ。あぁ、実に良い試合でしたねぇ。圧倒的な強さというのは、ただそれだけで華を持つものです。やはり彼の試合は()()()。推し甲斐がありますねぇ」

 

 特等席であるVIPルーム。リングを見下ろす分厚い防弾ガラスの奥に、一人の男がいた。

 ぐふぐふ、と顎の下に蓄えた脂肪を揺らしながら、彼がそう呟いて笑う。

 

 《連盟》日本支部()()()()()、赤座守。

 連盟の一員でありながら連盟を裏切り、黒鉄家の傍系でありながら黒鉄一輝の敗北を喜ぶ彼は、現在わりと人生の絶頂にいた。

 

 薄汚れた裏仕事である《倫理委員会》から、花形である広報部へ華麗なる栄転を遂げた。

 前職で培ったスキルを活かし、総理大臣から直々に重要な作戦を任される立場になった。

 黒鉄家内でも赤座の立場は急上昇し、あの黒鉄巌さえ彼の意見には耳を傾ける。

 

 強欲で知られる赤座でさえ満足し、頬を緩めてしまう栄光の数々。

 それらを得る全ての切っ掛けとなった《天譴》へ感謝し、赤座が彼のファンになるのも当然の事だろう。

 

「最近はようやくマスコミによる宣伝効果が定着し、彼の人気もうなぎ上りですからねぇ。今回の準決勝、これは後々特番を組ませれば視聴率がドカンと跳ねますよぉ」

 

 先程の準決勝、《落第騎士(ワーストワン)》との戦いも素晴らしい物だった。思い返すだけで、赤座の頬はだらしなく緩んでしまう。

 

「やはり良いですねぇ……才能、という物は。あまりにも輝かしく、あまりにも絶対的。んふふふふふ、観客もさぞ目を焼かれた事でしょう。あれは良い試合でしたからねぇ」

 

 観客とは我が儘な物で、"見ていて気持ちの良い完勝"を求めるくせに、"一方的な蹂躙"は嫌うのだ。赤座からすれば何が違うのか分からないが、とにかく結果が分かり切った瞬殺が続くと観客は萎える。

 

 その点、《天譴》の戦いぶりは完璧であった。黒鉄一輝の《一刀修羅》、そして最後の一刀。あれは有り得ざる"もしも"を観客に植え付け、手に汗を握らせた。最後の最後まで勝負の行方が分からない、素晴らしい一戦だった。

 

 キチンと相手にも見せ場を作り、それを上回る。観客は熱い戦いに満足し、勝者と敗者、両方の株が上がる。本人はあくまで"盤石な勝利"の為にやっているのだろうが、むしろそれ故に非の打ちどころが無いと言えた。

 

「んふふ……黒鉄一輝クンもまぁ、なかなか良くやったんじゃぁ無いですかぁ? 流石は黒鉄家直系、大英雄の子孫サマ。いーい引き立て役でしたよぉ、んっふふふふ……」

 

 精神的な余裕を得た赤座は、チョロチョロと鬱陶しい《落第騎士》黒鉄一輝にも非常に寛容である。彼がステラ・ヴァーミリオンと恋人関係になったと聞いた時はそこそこの騒ぎになった物だが、まあ若者の愚かさとして大目に見てやろうではないか。

 

「彼のような無才の人間でも、努力すれば《七星剣武祭》準決勝まで進むことが出来た。これは、今後《天譴》の暴力的才能に晒される多数の伐刀者にとって"心の支え"になるでしょうしね……。んふふ、推し選手の応援以外にも頭を悩ませなければならないのが宮仕(みやづか)えの辛い所ですねぇ」

 

 口からぺらぺらと、隠しきれない歓びが独り言として溢れ出てくる。

 

 《天譴》の才能による蹂躙を見れた赤座は、非常に上機嫌である。

 清く正しく強くなれる、赤座のような汚泥に坐す小悪党とは対極に居る、正義の白の中に居る者たち。そういう清らかな者を赤座は嫌っていて、だからこそ《天譴》が彼らを生まれ持った才のみで打ち倒すさまが爽快で堪らないのだ。

 

「そうですねぇ……今度はどのテレビ局に依頼をかけましょうか……。わたくし秘蔵の《特別招集》時の戦闘映像コレクションを提供すれば、安価で特集を頼めるでしょうし……いや、今後の事を考えれば、むしろ向こうの方から擦り寄ってくるかも……?」

 

 政治もずいぶん簡単になったものだ、と赤座守は思う。

 《天譴》の勝利に()()()して、あとはその配当を受け取るだけ。ただそれだけで、赤座守は黒鉄家の中でも有数の立場を得るに至った。

 

「んふふふ……身を削った挙句に成果も出せないのが三流。己の欲望を押し殺し、血反吐を吐いた自己犠牲で成果を上げてやっと二流。……では、真の一流とは何か? 己の欲を満たす道のりを、自然と仕事の成果へ一致させられる者の事を言うのです」

 

 例えば、今の私のように。そう内心で呟き、また赤座はぐふぐふと笑う。

 《天譴》の才能に魅せられ、彼の後押しをした結果、今の赤座は押しも押されもせぬ日本有数の権力者である。趣味と実益を一致させるというのはこういう事を言うのだ。

 

 赤座守の眼がドロリと濁る。

 

 月影総理はいったい何に遠慮しているのか、とさえ赤座は最近思う。

 どうせ《天譴》は誰にも負けないのだから、もっと強気に出て良いはずなのだ。

 彼の武力を背景に、《連盟》にも《同盟》にも棍棒外交を仕掛けてやれば良い。向こうの上位騎士を2~3人ブチ殺して脅してやれば、日本は世界の覇権国として何十年も君臨出来る。

 

 

 《天譴》の死後?

 問題ない。彼の子孫なら、彼と同じように最強だろう。 

 

 

 ……この思考こそが月影獏牙から『魔剣に魅入られたな』と見なされる原因なのだが、赤座がそれに気付く事は無い。彼はあくまで、《天譴》という個人戦力を正当に評価しているつもりだからだ。

 

 赤座が考えを巡らせていると、観客席から歓声が聞こえてくる。リングの整備が終わり、《七星剣武祭》準決勝第二試合が行われるのだろう。

 

「えぇと? ……ああ、《雷切》と《血塗れのダヴィンチ》の試合ですか。両者ともに超一流の伐刀者、戦闘から退いて久しい私には勝敗が読めませんが……ふむ」

 

 そう言って、赤座は己の顎に指を添える。

 今から始まるのは、学生の枠を超えた日本最高峰の試合である。更に言えば、ここで《血塗れのダヴィンチ》が勝てば【暁計画】の成就は確定するという、赤座たち暁学園陣営にとっても超重要な一戦である。

 

 しかし。

 それが果たして、今から行う予定だった甘木悠特番に関するメディア関係者との打ち合わせ、《連盟》日本支部広報部長としての仕事より重要な物かと言うと。

 

「……見る必要はありませんな。どうせ、最後には《天譴》が勝つに決まっています」

 

 《雷切》が勝とうが、《血塗れのダヴィンチ》が勝とうが。

 《七星剣武祭》を優勝するのは、《天譴》甘木悠だ。ならば、自分はその結果だけに備えて動けばいい。他の可能性など、考慮する必要さえ感じられない。

 

 そう呟いて赤座守は階下のリングから視線を切り、出口へ向けて歩いて行った。

 

 《七星剣武祭》準決勝、第二試合。

 湾岸ドームを包む熱気と共に、その試合の幕がもうすぐ上がろうとしていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 東堂刀華は、自慢ではないが友人に恵まれる方だ。

 本人の善良な性格、強さ、真面目さなどから元々人気の高かった彼女だが、退院後は特にその人気が爆発している。破軍学園が誇る生徒会長として、ほぼ全ての生徒が彼女を慕っているのだ。

 

『……そんなわけで。破軍学園の再建も一区切りついて、わたくしたち破軍学園応援団もようやくそちらに移動できそうですわ。まったく、遅くなって申し訳ありませんわね。これでも最大限、工賃をかけたつもりなのですが……』

「あはは……気にしないで。むしろ、1ヶ月足らずで再建出来ちゃうって事の方がビックリだよ。カナちゃん、大丈夫? だいぶ私財をつぎ込んだんじゃない?」

『後で月影総理に請求する予定ですから問題ないですわ。【暁計画】が成就したなら、破軍学園は国が管理すべき(まな)()になるのです。その再建費程度、当然(こころよ)く出してくれるでしょう。総理が負けたら言わずもがな、ケツの穴に手ェ突っ込んででも有り金吐き出させますし』

「あ、あはは……」

 

 そんな彼女は今、携帯電話越しに、遠く離れた破軍学園の仲間たちとビデオ通話をしていた。

 

 苛烈な事を言ってシュッシュッとシャドーボクシングをする貴徳原に、東堂は苦笑いする。

 暁学園の襲撃 (+《夜叉姫》の()())によって、塵一つ残らず破壊された破軍学園。それをこの僅かな期間で再建したと言うのだから、貴徳原も相当な横車を押したのだろう。その動機が『応援のため』だというのだから、東堂刀華としてはただただ頭が下がる思いである。

 

『今日の夜に移動して前泊。応援できるのは明日からですわね。ホテルがアホほど高かったですけど、札束で支配人の顔引っぱたいたから問題ありませんわよ』

「あの……私のお願いを聞いてくれたのは、嬉しいんだけど……あんまり、無理はしないでね?」

『約束いたしかねますわ~。特にほら、貴方の幼馴染なんて今こんなのですわよ』

 

 そう言って、貴徳原がカメラをスイと移動させる。

 再建された破軍学園のグラウンド。そこには、ハッピとハチマキを身につけ、目を血走らせながら太鼓を叩く御祓泡沫(みそぎうたかた)の姿があった。

 

 

腹から声出せーッッ!!!! 喉が裂けても叫べ! 肺が潰れても吼えろ! 命捨てろ、ここで一生分の声出すつもりで行くぞォーッッッ!!!!』

『『『『『押忍!!!!!!!!!!!!』』』』』

『テメェらちゃんと気合入ってんのか!? 人生賭けろよ!! この応援で死んでも良いって気合、ちゃんと入ってんのか!??!?!!?』

『『『『『押忍!!!!!!!!!!!!』』』』』

『じゃあ声が小せぇよなァ!?!? 三々七拍子もう一回行くぞォ!!!! 三々七拍子ーッッ!! は、く、しゅ、ソレ!!!!!!!』

 

 

「……ウタくん、大丈夫? キャラが変わってない?」

『壊れかけのレディオが一番音量デカいってやつですわ~。大丈夫です、ちゃんと本人の異能で声帯は無事ですわよ。団員全員、"運よく喉が枯れない"って事になってますわ』

「それ以外は?」

『…………まぁ。ロウソクってほら、消えかけが一番よく燃えるって言うでしょう?』

「本当に大丈夫!?」

 

 目を逸らす貴徳原カナタに、思わずそう突っ込む東堂。 

 ちょっと見ない間に幼馴染がキャラ変していた。何故……? 最後に出会ったときはいつも通り受け答え出来ていたはずなのに……。

  

 戦慄する東堂を見て、貴徳原がコロコロと笑う。

 

『しょうがないでしょう。小さい頃から一緒だった幼馴染が、他の男に夢中になってるんですもの。そりゃ、ああいう男は脳味噌ぶっ壊れますわよ。脳破壊ですわ~』

「むちゅっ……!? か、カナちゃん!! なんば言いよっとかね!?」

『オホホ、愉快愉快。新発見ですわ、わたくし人の恋路で無限に紅茶が飲めるタイプでしたのね』

 

 そう言って紅茶をすする貴徳原。彼女たちの会話が漏れ聞こえて来たのだろう、叫んでいた御祓泡沫が唐突に膝から崩れ落ちた。

 

 

『……ゥッ、ォェ……』

『団長!? 何やってんだよ、団長!!』

『死なないでくれ副会長……!! 俺、今じゃアンタの事尊敬してんだよ……!!』

『早く担架持ってこい!! カプセルに運べ! BSSとNTRを同時に喰らったんだ、くねくねを数百回見た以上のダメージが脳に行ってるぞ!』

 

 

 御祓の周囲に筋骨隆々のむさくるしい男たちが集まり、御祓が担架で運ばれていく。

 すっかり静かになったグラウンドを背景に、貴徳原カナタは優雅に紅茶を一口飲んだ。

 

『……まあ、応援自体は何の問題もありませんわ。明日、楽しみにしていてくださいまし』

「どこにも安心できる要素が無い! そもそも、私と甘木さんはそういう奴じゃ無いし! 単にもう一回、生徒同士としてちゃんと仲良くなりたいってだけで……!!」

『ふーん? 御祓応援団長がそれを信じてくれると良いですわねぇ。まあ、本人は応援団に魂燃やしてますし、今は放っておいた方が良い気もしますけど』

「う、ウタくんとは《七星剣武祭》後に面談の時間をしっかり取らなきゃ……」

 

 震える声で、東堂刀華は《七星剣武祭》後の予定を一つ追加した。

 知らない間に幼馴染のメンタルがぶっ壊れかけている。普通に生徒会の危機であった。

 

 己と御祓泡沫は"信頼し合う家族同然の幼馴染"というだけで、そこに恋愛感情など互いに抱いていないはずだ(と、東堂刀華は思っている)。だからこそ、甘木悠との健全な交友関係を、彼が気にするはずがないのに。御祓が応援団長として覚醒している内はまだいいが、その後暴走しないようにちゃんと誤解を解かなくては。

 

「ウタくん……いったいどうしてガチ応援団長に……?」

『うーん、残酷。刀華ちゃんは何も間違ってはないですが、正しさとは時に苛烈な物ですわね』

 

 そう言って、貴徳原カナタは紅茶をまた一口啜り……ソーサーへカップを置く頃には、既に声色を切り替えていた。

 

『……それよりも。こちらは心配ない、と言ったでしょう。心配なのは貴女の方ですわ、刀華』

 

 ピンと姿勢を正し、雰囲気を真剣なそれへと変えて、貴徳原カナタがそう言った。

 彼女の凛とした声色に、東堂もまた真面目な顔になる。

 

『《万華鏡(カレイドスコープ)》……いえ、今は《血塗れのダヴィンチ》と言った方が通りが良いのですかね。暁学園所属、サラ・ブラッドリリー。()()()()()()()()を体現する、概念干渉系能力者。……正直言って、とんでもない強敵ですわよ』

「……うん。そうだね」

 

 そう重々しい声で語る貴徳原カナタに、東堂もまた電話越しに真剣な顔で頷く。

 

 サラ・ブラッドリリー。固有霊装、《デミウルゴス(偽神)の筆》。

 七星剣武祭開催前は単に《色彩》の概念を体現する異能者だと思われていた彼女だが、彼女の能力にはもう一段階先があった。

 

 万物をキャンバスへ写し取り、模倣再現(コピー&ペースト)する異能。《幻想戯画(パープル・カリカチュア)》。

 第一回戦、《剣士喰い(ソードイーター)倉敷 蔵人(くらしき くらうど)との試合でその力を解放し、一流の伐刀者であるはずの倉敷を圧倒。僅かな時間で現実を容易に改変するその異能は、熟練の騎士である貴徳原カナタをしてもやすやすと攻略法を見つけられない恐るべき物だった。

 

『空想上の存在である骸骨群体(ネクロバタリオン)、現実の兵器であるトンプソン、トマホーク。そして果てには伐刀者(ブレイザー)()()()()まで……。彼女が再現できる物に、おそらく限界は無いのでしょう。刀華、貴女はたった一人で、何十人もの伐刀者を相手にすることになる……』

 

 貴徳原カナタの声が、僅かに震える。

 

 彼女はただ、東堂刀華の事が心配なのだ。

 楚々(そそ)とした態度の裏では"東堂刀華が負けないか"と不安でいっぱいだし、明日まで応援に駆け付ける事の出来ない自分を、殺してやりたいほど恥じている。最善を尽くしたつもりとはいえ、もっと他にやりようはあったのではないかと。

 

 しかし。そういった"弱さ"を見せるのは、貴徳原家の振る舞いでは無い。

 不安や心配を全て飲み込んで、貴徳原カナタは悪戯っぽく笑った。

 

『……わたくしたち、明日応援に行きますのよ。……明日しか、応援に行けませんのよ。ちゃんと、貴女の事も応援させてくださいね。刀華ちゃん』

「……ふふ。大丈夫だよ、カナちゃん」

 

 彼女の心情を全て汲み取った上で、東堂刀華もまた、同様に笑顔で応えた。

 控室へ続く薄暗い廊下。外から伝わる喧騒の中で、東堂はそっと自身の胸元――心臓の鼓動を確かめるように手を当てる。

 

 一人で万軍を描き出す異能者、サラ・ブラッドリリー。

 だがそれを言うなら、東堂刀華だって同じだ。彼女の中には、破軍学園の……そして、今まで戦ってきた伐刀者たちの想いが()る。

 

 黒鉄一輝。ステラ・ヴァーミリオン。黒鉄珠雫。そして、今は遠く離れた場所にいる、破軍学園の仲間たち。彼らが託してくれた想いが、東堂刀華の背中を力強く押しているのだ。

 

 

「私だって、一人で戦ってるわけじゃない。……応援、楽しみにしてるからね! カナちゃん!」

『……ええ、ええ! 楽しみにしてなさい、度肝(どぎも)抜いてやりますわ!』

 

 

 最後に友人の心からの笑顔を見て、東堂刀華は電話を切った。

 試合開始15分前。選手は控室に移動する時間だ。

 

 不安は無い。恐怖も無い。ただ高揚だけがある。

 黒鉄一輝や甘木悠。彼らと同じように、戦闘者として最適なメンタルを構築する(すべ)を、東堂刀華もまた習得している。

 

 小さく息を吐き、笑みを浮かべ、東堂刀華は控室へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

『先程の試合によって、観客席にはまだ熱気が残っています! それ程までに素晴らしい試合でした……ですが!! これから始まる試合もまた、観客大注目の一戦!! リングの修復が完了いたしました! もう間もなく、《七星剣武祭》準決勝、第二試合を開始したいと思います!!』

 

 実況の言葉に、観客席がワァと盛りあがる。

 白熱した第一試合と同様、今から始まる第二試合もまた注目度の高い一戦。観客全員が急いで己の席へ戻り、リングへと歓声を送る。

 

『それでは、第二試合を戦う両選手に入場していただきましょう!!』

 

 観客の移動が落ち着いた頃を見計らい、実況が声を張り上げる。彼もまた、この一戦の行く末を見たいと待ち望んでいる一人なのだ。

 

 晴天の中、眠たげな眼差しをした少女がリングへと上がる。

 墨で描いたような濃い(くま)と、一切手入れのされていないボサボサの金髪。そして、ジーパンにエプロン()()という、放送コードに抵触しかねない危うい服装。

 《血塗れのダヴィンチ》サラ・ブラッドリリー。

 

 彼女が、のっそりとした動きでリングへと上がった。

 

 

『まずは青ゲートより選手入場です!! 暁学園一年! 《血塗れのダヴィンチ》サラ・ブラッドリリー選手!! 《色彩》を操る概念系能力者!? 多彩な技を持つ《万華鏡(カレイドスコープ)》!? 否、断じて否! ただでさえ強力なそれは、彼女の真の力の一端でしかありませんでした!! 兵器、兵団、怪物、伐刀者(ブレイザー)!! 全てを己の筆一本で描き、具現化してみせる異彩の絵描き(クリエイター)!! 査定すればAランク騎士は確実の恐ろしい汎用性、それこそが彼女の真の力だったのです!! 暁学園のダークホースが、今日は勝利の絵を描き上げるのか!?』

 

『おぉおおおおお!! 頑張れー!!』

『ウオーッ! サラーッ! 俺にも絵を描いてくれッ!! 俺をモデルにしてくれーッ!!』

『応援してるぞ暁ーッ!! もうここで学園優勝決めちゃってくれー!!』

 

 

 観客の声を意にも介さず、ピ、とサラ・ブラッドリリーが己の絵筆(デバイス)を構える。

 《無冠の剣王(アナザーワン)》黒鉄一輝は敗北した。彼とサラは『負けたら絵のモデルになる』という(一方的な)約束を交わしていたが、その前提条件を失った以上、サラにこの《七星剣武祭》に懸ける熱意は無い。ただ義理として、勝利というミッションを遂行するまでだ。

 

 こんな所で立ち止まっている暇は無い。

 己は"傑作"を描きたい。何を(ささ)げてでも、万人の心に残る傑作が書きたいのだ。

 

 画家としてのプライド。サラを動かす執念はただそれだけだ。

 それを邪魔する者は許さないとばかりに、向かいのゲートをサラが強く睨み付ける。

 

 

『そしてそしてぇ!! 赤ゲートから、日本が誇る剣豪少女(サムライガール)が入場!! 破軍学園三年、《雷切》東堂刀華だァーッ!! 雷で斬る! 雷を斬る!! 彼女ならばどちらも出来る、だからこそ彼女は《雷切》なのだ!! 先の試合では《浪速の星》諸星雄大選手を終始圧倒!! 堅実な試合運びで勝利を収めました!! その強さは今までとは段違い、成長というより"進化"としか言いようがありません! 三年目にして迎えた羽化の時! あと二勝で七星の(いただき)! 絵画を切り裂き、悲願の初優勝を掴みとれるでしょうか!!』

 

『キャーッッ!! トーカちゃーん!! こっち向いてー!!』

『サムライガール? なんだそれ、東堂刀華にそんな異名あったか……?』

『最近海外でそう呼ばれてんだよ!! ウオーッ! 東堂ー! 俺の事も斬ってくれーッ!!』

 

 

 爆発する歓声。

 一、二、三回戦と、堅実な試合運びで勝利を収めて来た東堂刀華。その純朴そうな見た目に反した強さ、凛々しさというギャップで、彼女には女性ファンも非常に多い。前回は惜しくも優勝を逃したが、今年ならあるいは。そう思う者たちが、喉を枯らして声援を送っていた。

 

 観客の声援。実況の賞賛。

 それを受けながら東堂刀華はまっすぐリングへと進み、開始線の前に立つ。その表情に、気負いと言ったものは一切存在していない。

 

 そんな東堂を見て、サラがパチリと目を瞬かせる。

 眠そうに細められていた眼が、『初めて"見るべき物"を発見した』と言わんばかりにせわしなく動く。

 

「……貴女、良いね。一輝に負けず劣らずの良いモデル。美しさとやさしさ、芯の強さを兼ね備えた顔立ち。ちょっと胸が大きいのが失点だけど、合理的に鍛えられた綺麗な身体。メシア……いや、マリア? 芯の強さという点ではマグダラの、しかし聖性という点ではナザレの……どう描くか難しい。うん。すごく良い。描き手を試して来るモチーフ」

「は、はい……?」

「合格ってこと。貴女は私のモデルに相応しい。文句なし。私が勝ったら絵のモデルになってね。決まり」

 

 ブツブツとそう早口で呟いた後、サラはそう言って一方的に会話を打ち切る。

 無礼を働いているつもりは無い。彼女にとって絵画こそが人生の至上命題であり、それ以外に割く時間はどうしても短くなってしまうのだ。今ここで対峙している事でさえ、本来は耐え難い苦痛だったのだから。

 

「試合に来てよかった。やっぱり《七星剣武祭(ここ)》は良い。いくらでも画想が浮かんでくる」

「……良く分かりませんが。貴女にとって大切な話をしているという事だけは分かりました。良いですよ。貴女が勝ったら、またちゃんと話を聞かせてください」

「む。モチーフポイント+1点。良いやさしさ、ますます描きたくなった」

 

 顔にやる気を漲らせ、サラ・ブラッドリリーが絵筆を構える。万物を描く偽神の筆。Aランク騎士相当の異能によるプレッシャーが放たれる。 

 

「……勝ったら、の話ですよ。そして私は当然、負けるつもりなんてありません」

 

 己の霊装《鳴神》を構えて、東堂刀華が静かに応えた。

 彼女の放つ剣気もまた同様に、サラ・ブラッドリリーの肌をビリビリと震わせる。

 

 両者の戦意が十二分な事を確認し、審判が実況に合図を送る。

 実況が声を張り上げ、今まさに準決勝の火ぶたが切られようとした―――その瞬間。

 

 

『両者ともに素晴らしい気迫!! それではこれより、《七星剣武祭》準決勝第二試合を開始いたします!!

 Let’s Go Ahea「―――待って」』

 

 

 大歓声を切り裂いて、底冷えするような冷たい声が響いた。

 声を発したのは。その眠そうだった瞳に打って変わって戦意を滾らせた、サラ・ブラッドリリーである。 

 

「……ひどい誤解。まだ、私に試合を始める意思はない」

『サ……サラ選手? それは申し訳ありませんでしたが、しかし、何かやり残した事でも……? 既に両者ともに言葉を尽くし、後はぶつかり合うのみだと勝手ながら思ってしまいましたが……』

「うん。刀華が良い選手だったから、私もすごくやる気を出した。この試合は絶対に勝ちたい」

『は、はぁ……?』

「だから―――こうする」

 

 実況の困惑をよそに、サラが空中へ絵筆を走らせた。

 サラ・ブラッドリリーの真の力。空想(イメージ)を具現化する、唯一無二の伐刀絶技。

 

 

「―――――幻想戯画(パープル・カリカチュア)

 

 

 リング上を、髑髏(ドクロ)の軍隊が埋め尽くした。

 

 

『な』『え』『は……?』

 

 観客も実況も、全員の思考が僅かながら止まった。

 一瞬の静寂。それを経て、まずは実況が現実へと再起動する。

 

『な、な、何が起こったァァァァァァアッ!? サラ選手、これは一体どういう事でしょう!? 試合開始の合図を止めたのは、他でもない貴女ですよねェッ!?』

「……? なに? あんまり大きな声出さないで欲しい、耳が痛くなる」

 

 実況の叫びに顔を顰めながら、サラは続けて絵筆を走らせる。

 

「《幻想戯画(パープル・カリカチュア)》―――《死霊軍隊(ネクロバタリオン)》。

 《幻想戯画(パープル・カリカチュア)》―――《風の剣帝》。

 《幻想戯画(パープル・カリカチュア)》―――《無冠の剣王(アナザーワン)》。 

 《幻想戯画(パープル・カリカチュア)》。《幻想戯画(パープル・カリカチュア)》。《幻想戯画(パープル・カリカチュア)》。《幻想戯画(パープル・カリカチュア)》。《幻想戯画(パープル・カリカチュア)》。」

 

 何度も何度も。

 彼女が絵筆を走らせるたび、リングへ新たな人物が現れる。それは隊列を組んだ骸骨であり、強さを求める嵐の龍であり、勝利を掴み取る剣士であり、そして数多(あまた)いる《七星剣武祭》に出場した一流の伐刀者たちであった。

 

 色彩の濁流が強化石材を埋め尽くす。描かれた一人一人が一騎当千。強力な能力者たちが、無表情のまま東堂刀華を取り囲んでいく。

 

 万物を描き出す偽神(デミウルゴス)の筆。それによって描き出された人物たちが、ついにリングの外へと溢れ出しそうになる所で―――実況の悲鳴のような声が、ついにサラの手を止めさせた。

 

『サ―――サラ選手ッッ!!! いい加減にしてください!! これ以上の警告を無視するようでしたら、失格処分として退場させますよッッ!!』

「失格? 出来もしないこと言わないで……。わたし、何もルール違反なんてしていない」

『しているでしょうッ!! 試合前に伐刀絶技をこんなに使って……使っ、て……』

 

 実況の勢いが止まる。

 気が付いたのだ。今大会は、例年とは大きく異なるという事に。

 

 《連盟》と日本の暗闘。それによって追加された、ある一つのルールが存在するという事に。

 

「……『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()』。でしょう? サラさん。貴女の伐刀絶技は見ての通り、私には一つも危害を加えていません」

「うん。だからいいでしょう? 私は暁学園(甘木悠)がやられた事を、そのままやり返してるだけだよ」

 

 観客席のざわめきが、いっそう大きくなる。

 実況は言葉を失い、背もたれへズルリともたれ掛かった。審判は額に汗を滲ませて理屈を絞り出そうとしているが、未だ明晰な閃きは彼に訪れていない。

 

 《連盟》は《七星剣武祭》開始前、サラ・ブラッドリリーの能力を知らなかった。

 彼女は己の実力を隠し、《色彩》を操る概念系能力者だと詐称していたからだ。だからこそ連盟は、圧倒的な実力を見せた《天譴》への対策のみに注力した。注力してしまった。もしサラの能力を知っていれば、決してこんなルール改定など行わなかっただろう。

 

「どうかな? 実況さん。わたし、ルール違反で失格になる?」

『……いいえ、いいえ。先ほどの発言を撤回します、サラ・ブラッドリリー選手。試合開始の意思を見せ次第、改めて開始の宣言をいたします……』

 

 実況席から力なく放たれた言葉に、ワッ、と観客席が沸いた。

 

『いや……いや、流石にどうなんだ……!? 《連盟》が悪いとはいえ、これはちょっと……!』

『良いだろ、連盟の横暴にトンチでやり返したんだ!! 良いぞーッ! サラ選手ーッ!!』

『ルールの中で戦ってるだけだろ!? サラ・ブラッドリリーの作戦勝ちだって!』

『だとしても可哀想なのは東堂選手だろ! 今からでも間に合う、あのルールは無効にすべきだ! これで勝って暁学園が優勝って、そんな塩試合ありかよ!?』

『じゃあ最初から制定すんな、せめて炎上した時点で止めとくべきだろ!! 甘木選手がそうなってもなんらおかしくなかったんだぞ!!』

 

 喧々諤々の議論が観客席で交わされる。

 賛成する者、反対する者、おおむね7:3程度の割合だろうか。反連盟の流れは全体が共有しつつも、ほぼほぼ一方的な虐殺(リンチ)現場と化したリングの威容に本能的な拒絶感を覚える者も多いようだ。

 

 喧騒の中、サラ・ブラッドリリーは少し眉をひそめ、頭を下げた。

 

「……ごめんね? こういう卑怯な真似、ホントはあんまりしたくは無いんだけど。でも――――絵のためなら、私、何でも出来るから」

 

 そう語る彼女の眼には、僅かな罪悪感と、そしてそれを()()()()()()、絵画への熱意があった。

 

 サラ・ブラッドリリーは、"求道者"である。

 善行も悪徳も、絵のためならば全てを踏み越えられる。《連盟》の制定したルールの穴を突く事への忌避感、目の前の凛々しい少女への罪悪感など、呑み込めて当然なのだ。

 

「ごめんね。貴女の絵は、ちゃんと名画にするから」

 

 そう言って、サラは己の絵筆を指揮棒(タクト)のように捧げ持つ。

 周囲の骸骨兵士、伐刀者たちが、一斉に《雷切》東堂刀華に向けて銃口や剣先を向ける。彼女の合図一つで、彼らは東堂刀華に向けて殺到するだろう。

 

 しかし。

 

「……ふふ。律儀な人なんですね、サラさん」

 

 殺意渦巻く絶死圏内で、東堂刀華は軽やかに笑った。

 

「……律儀?」

「ええ。モデルにする前には約束をする。"ルールの範囲内だ"と勝ち誇っても良いのに、そんなに申し訳なさそうな顔をする。騎士としての誇りを、ちゃんと尊重してくれてるんですね」

「……そう。対戦相手から初めて言われた、そんな事。変わってるね、貴女」

「ふふ。いえ……私も最近、ようやく、己の未熟さを思い知ったばかりで。まだまだ精進あるのみ、です」

 

 東堂刀華はそう言って、恥ずかしそうに微笑んだ。

 折られて、立ち直って、また折られて、また立ち直って。いつも周囲に支えられて、何とか立ち上がって来た。

 

 (おのれ)一人ではきっと、東堂刀華はあの孤児院で終わっていた。一人で泣いて、泣いて、陰鬱に落ち込むだけで生涯を終えていただろう。ただの小娘に過ぎない東堂刀華が《雷切》と呼ばれるまで成長出来たのは、そんな己を支えてくれる人々が居るからだ。

 

 だから。

 

 

「―――こちらこそ、ごめんなさい。私は、貴女に勝ちます」

 

 

 決意を漲らせ、東堂刀華は刀を構えた。

 鯉口を切り、腰を深く落とす。居合術。彼女が最も得意とする技の構えだ。

 

「……良い。すごく良い。ますます、貴女を描きたくなった……!」

 

 サラ・ブラッドリリーの肌が粟立つ。

 彼女の発する清廉なる闘気に、身体が畏怖を示しているのだ。

 

「お願い、守って」

 

 ザザザ、と具現化された絵画たちが動き、東堂刀華とサラ・ブラッドリリーの間を埋め尽くす。黒鉄王馬。黒鉄一輝。加我恋司。他にも、サラ・ブラッドリリーが探求してきた素材(モチーフ)のうち、防御に優れた伐刀者たちが何人も。彼らが、群衆となってサラ・ブラッドリリーを守ってくれる。

 

 群衆の壁に守られたサラ・ブラッドリリーが、審判に視線を寄越す。既にリングを埋め尽くすほどの《幻想戯画(パープル・カリカチュア)》は描き終えた。数値に換算して、東堂刀華100人分をゆうに上回る具現化絵画たち。無敵の軍隊を引き連れて、サラは油断なく絵筆を構えた。

 

 

『……で、では。眩暈(めまい)がするような光景ですが、それでも両者共に戦闘の意思を見せています!! ならば私の仕事は一つだけ!! 《七星剣武祭》準決勝、第二試合を開始いたします!!

 

 Let's Go Ahead――――――――――――ッッッ!!!』

 

 

 ◆

 

 

 時間が停滞する。

 

 ゆっくりと、銃弾が己の身に迫ってくる。風の剣帝が、無冠の剣王が、浪速の星が、東堂刀華に向けて剣や槍を振りかぶってくる。更に、背後からは《比翼》。遠くに構えるサラ・ブラッドリリーの傍には、身体を鋼鉄化させた加我恋司が護りを固めている。

 

 笑ってしまうくらい詰みの状況だ。

 

 数で囲んで棒で叩く。そんな単純明快にして強力無比な戦術を、まさか《七星剣武祭》でやれる人が居るなんて。そう思って、東堂刀華は思わず笑みを浮かべた。

 

 サラ・ブラッドリリーの異能は強力無比だ。

 彼女の異能に弱点は無い。無数の軍隊を従える彼女は、ありとあらゆる状況に対応札(メタ)を取る事が出来る。馬鹿げた汎用性の高さ。この能力だけで、『国家戦略に影響を及ぼす』Aランク騎士への叙勲は確実だろう。

 

 Bランク騎士である東堂刀華に、この状況を覆す術はない。サラはそう思っているのだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に気付かず、そう確信しているのだろう。

 

「(……黒鉄さん。私に、力を貸してください)」

 

 深く身体を沈め、絞り出すように息を吐き切った。

 剣術の達人。黒鉄一輝の姿を、脳裏に思い浮かべる。

 

 サラ・ブラッドリリーの異能に、弱点は無い。しかし。

 ()()()()()()、極めて重大な欠陥がある。

 

 彼女は、戦いに対する認識そのものを致命的に誤っている。

 戦いとは、単純により強い戦力を有する者が勝つとは限らない。数字の比べ合いではない。

 『能力値の合計で勝負が決まるんなら、そもそも戦う必要なんてねぇ』。己の指導者(コーチ)である、《夜叉姫》西京寧音の言葉だ。勝敗とは、数字の大小によって決まる物ではない。

 

 一瞬。一合。一撃。たったそれだけの勝機を奪い合う事が、闘争の本質であり。

 戦闘者ではなく創造者(クリエイター)でしかないサラ・ブラッドリリーが知る由も無い、ただ一撃に賭けた狂気の技がこの世には存在するのだ。

 

「――――――――――ッ」

 

 東堂刀華の全身から、()()()()()()()。 

 チリチリと空気を焦がす程度の物ではない。莫大な電力が、彼女の筋肉、神経、血管の全てを駆け巡り、肉体のリミッターを強制的に焼き切っていく。

 

 それはかつて、東堂刀華が再現に失敗した魔術。

 僅か一瞬の勝機に全てを賭ける、一時は異能を失う羽目になった愚者の一撃。

 

 だが。

 

 発想自体は、決して間違いでは無かったのだ。

 流麗な魔力制御があれば。強化に耐えられる肉体があれば。己の異能に対する深い理解があれば。狂気を凌駕するだけの、強い想いが在れば。

 

『テメェの人生を全てひっくり返せば、一つくらい"これなら目の前の相手に勝てる"って点が転がってる。そういうのを叩き付けてくる奴は、往々にして丸まった優等生より手強いもんだ』

 

 東堂刀華の一撃は、真に必殺足り得るはずなのだ。

 

 

 

「――――《命脈焼き尽くす紫電の刹那(ケラウノス・ディザスター)》」

 

 

 

 道が()()()

 

 骸骨兵士の弾丸も。具象化絵画である黒鉄一輝、黒鉄王馬らの刀剣も。リングを埋め尽くし、サラ・ブラッドリリーへの道を塞ぐ壁となっていた加我恋司たちも。神速の雷刃に触れた端から、抗う間もなくプラズマの高熱によって蒸発し、吹き飛ばされていく。

 

 全てが、一直線に斬り裂かれた。

 何十人ものAランク相当の壁を、紙切れのように貫通し。東堂刀華という雷は、目的に向けて一直線に駆けてみせたのだ。

 

「…………ありがとうございました」

 

 バチバチと弾ける紫色のプラズマが、強化石材を融解させている。

 一筋の道となったその終点で、東堂刀華はゆっくりと息を吐き切り、納刀した。

 

 チン、という甲高い音と共に、半身を斬り裂かれたサラ・ブラッドリリーが崩れ落ちる。同時に、彼女の魔術によって維持されていた具象化絵画たちも、ドチャリと音を立てて絵の具へと戻った。

 

 血の海に沈んだサラ・ブラッドリリーが、最後の力を込めて顔を上げる。

 東堂刀華を。最高の題材(モチーフ)の姿を、少しでも目に焼き付けるために。

 

「……わたしの、まけ、だね」

「……はい。そして、私の勝ちです」

「ふへ……良いね。やっぱり貴女は、すごく綺麗。モデルにしたら……きっと、良い絵が、」

 

 そこまで言って、サラは己の血の海へ倒れ伏した。

 最後まで、東堂の姿を己の絵の(かて)にしようと、目を見開いて。

 

「……ええ。もしかしたら、お願いする時があるかもしれませんね」

 

 東堂刀華はそう微笑み、彼女の眼を閉じてやった。

 少し悩んだ後、彼女の手をそっと優しく握る。《天譴》と《無冠の剣王》は、このようにして試合を終えていた。尊敬に値する名試合を成した彼らを、僅かでも真似したいと願って。

 

 

『け……け、決着ゥウーーーーーッッ!! なんという事でしょう!! 強化石材さえ融解させる見事な一撃!! 《雷切》東堂刀華選手、ただいまの試合時間……なんと、わずか0.8秒ォォオォオォッッ!! 大会最速記録、これは……()()()()ですッ!! 《天譴》甘木悠選手が見せた衝撃の断頭と、全くの同記録ゥゥウウゥッ!!』

 

 

 実況の声に、観客からの歓声がもう一段階ボルテージを上げる。

 圧倒的不利な状況を、鮮烈な一撃でひっくり返して魅せた東堂刀華。彼女の試合記録が、決勝戦でぶつかる《天譴》と同じ。

 

 

『誓います、誓って私は記録の調整などしていません!! 神に誓います!! ですが、これは……あまりにもドラマチック!! あまりにも宿命的!! 《天譴》対 《雷切》!! この二人の決勝戦、これは何があっても見逃せない大注目の一戦となりそうですッ!!!』

 

 

 声を上擦らせる実況の大声の中、東堂刀華はグルリと客席を見渡す。

 もしかしたら、と思い周囲の観覧席を探すと―――居た。《天譴》甘木悠は、『やはりな』という顔をして観覧席に座っていた。

 

「(……勝負です、甘木さん!!)」

 

 歓声の中、精一杯の大声で東堂刀華はそう言った。

 大音量に搔き消され、常人なら聞こえないはずの声。しかし、甘木悠はそれを聞き届け、真剣な顔でコクリと頷いた。

 

 

 《七星剣武祭》決勝戦。そのカードが、ついに決定された。

 

 《天譴》甘木悠。 対するは、《雷切》東堂刀華。

 全世界が注目する一戦の火ぶたが、衝撃と共に切られる。

 

 

 

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